戦場へ
ギルドへやってきて依頼を受けようとしていた僕らを、ムースさんが止める。
そして手慣れた手つきで、僕たちをアンドレさんのところまで連れていってくれる。
もう何度目になるかもわからない。
周りの冒険者の人達も、明らかに特別扱いされてる僕たちを見ても、もう何も言わなくなっている。
数日ぶりに見るアンドレさんは、明らかにやつれていた。
何度も顔を合わせているからつい忘れそうになるけれど、彼は冒険者達を取りまとめるギルドマスターだ。
魔物の襲撃のせいで、今はまともに休む暇もないのだろう。
「お前達にはとりあえず、最前線に立って戦ってもらう」
「はい」
元々そのつもりだったので、すぐに頷く。
どうやら僕らには知り合いの冒険者達と一緒に、最前線で魔物達を食い止める役目をしてもらいたいらしい。
今回冒険者側の作戦は、一番前と一番後ろに実力者を置くという単純なものだ。
一番前にいる者達が魔物を蹴散らし、討ち漏らした奴らをその後ろの方にいる者達が倒す。
そしてどうしようもなくなった時のための最終防衛ラインとして、最後尾にも実力者を配置するという作戦らしかった。
冒険者達には戦争の経験のあるものも多いが、彼らはあくまでもパーティーで行動をする。
団体行動や集団行動なんかは、どうしても苦手な部分も多い。
「というかな、どんな戦いになるとしても今回の鍵はお前らなんだよ」
「僕たちですか? 確かシャノンさんや他の一等級の人達もいたはずですけど……」
今回の作戦には、僕も知っている人達が何人も参加している。
前にグリフォンをどかそうとした時に一緒に行動をしたシャノンさんも、以前僕たちに冒険者のイロハを教えてくれた『ラピスラズリ』の皆も参加するみたいだった。
たしかにアイビーの真の実力を出せば、僕たちが一番強いとは思う……もしかしたらうぬぼれかもしれないけどさ。
でもギルマス達からすると僕たちは、グリフォンをテイムできたという規格外なことはあっても、実力は一等級パーティーくらいだと思われているはずだ。
恐らくグリフォンを倒せるような冒険者パーティーの面々も、この作戦には参加してるはずだから。
「お前らはこの二週間で、そりゃもうメチャクチャに名前を売った。グリフォンライダーのブルーノと言えば、その名を知らない奴はこの街にはいない。辺境伯の喧伝もあっただろうが、今のお前達は他の一等級なんかより顔と名前を覚えられてる。わかるか? つまりお前らは、街の皆の心の支えになり得るんだよ」
「支え、ですか……」
気付けば、拳を握りしめていた。
歯を食いしばって、自分という人間を冷静に見つめ直す。
そうだ。
皆から見れば、僕はグリフォンライダーなんだ。
実際の実力なんか関係ない。
僕がただのひ弱で、荒事は全部アイビーに任せるような男だなんて皆は知らないんだから。
グリフォンを従えるような英雄がいるというだけで、皆の心に希望の光を点すことができる。
僕だってもし一般市民の側だったら、物語の主人公のようなグリフォンライダーの男がいれば、勇気を奮い立たせただろう。
アンドレさんは僕に、皆の精神的な支柱になれという。
きっと彼は僕の実力なんて見透かしてるだろうに、そういう役目を負えとそう言ってくる。
無茶を言う人だ。
アイビーのためという理由がなければ、僕はきっとそんな面倒を引き受けることはなかっただろう。
「わかりました。僕たちが一番前で、魔物達を止めます。全力で、昏き森を破壊するくらいの勢いで」
「この際実際に壊しても構わん。魔物に指向性がついたとなれば、昏き森を今までのように放置することは難しくなるだろうからな」
でも僕は引き受ける。
だって、やるって決めたんだ。
たとえブルーノという人間が、おこぼれに預かっただけのハリボテの英雄なんだとしても。
グリフォンライダーなんて大層なものじゃない、ただの凡人だったとしても。
それでも皆の力になりたい。
そしてアイビーの隣に立っていたい。
何より彼女の、支えになりたい。
実力が伴っていなくとも、虚像の上に虚像を重ねた偶像のヒーローだとしても。
僕にもできることがあるはずだ。
英雄の僕になら、アイビーが全力で暴れたとしても、怖がる皆をなんとかすることができるかもしれない。
……いや、かもしれないじゃない。
やるんだ、やらなくちゃいけないんだ。
街の皆が僕を英雄だと呼ぶのなら。
僕はアイビーを勝利の女神と、呼ばせてみせよう。
「僕らは全力で魔物を討伐します。後処理は任せました。きっと凄いことになるでしょうが」
「……はは、そんだけ軽口が叩けるんならまぁ上出来だろう。頑張れよ、ヒーロー」
去り際のアンドレさんの言葉は、バカな奴らを見送る大人の言葉だった。
僕達が決死の覚悟を持って、死地へ臨もうと思ってるみたいな口ぶり。
それは彼の勘違いだ。
だって僕もアイビーも死ぬつもりなんてない。
そんな不安も、恐怖も、ご大層な覚悟なんてものも、欠片ほども抱いてない。
魔物なんか怖くない。
本当に恐いのはアイビーの真の力を皆が知った、その後のことだ。
……正直な話、僕は今だって怖いよ。
でも僕は、アイビーをもう怖がらせるつもりはない。
僕が前に立つ。
全ての責任を、この身に負う。
グリフォンライダーとして。
アイビーとサンシタを使いこなす、空前絶後の従魔師として。
きっとそれが僕にしかできない役目で。
アイビーを守ってやれる、たった一つの冴えたやり方で。
地上最強の彼女の、その隣に立ち続けるために必要なことだと思うから。
「さぁ、行こうアイビー」
「みぃ」
「僕も一度も見たことのない、君の全力で……敵味方、全員の度肝を抜いてやるんだ」
「みーみぃ!」
僕は歩き出す。
前を向いて歩き出す。
もう俯かずに、ただ前だけを見て。
肩に愛する家族を乗せて、僕は戦場へ向かう――。
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