思いつき
空には太陽が燦々と輝いていて、直視できないほどに眩しい。
雲は欠片ほども出ていない晴天で、気温も高くて人の脳みそを溶かすくらいに暑い。
この世を構成する全ての要素が、僕という人間を眠りの世界に誘っているかのようだった。
こんな調子じゃ、いくらでも怠惰になってしまいそうだ。
「ふあぁ……ねむ……」
ごしごしと瞼を擦ると、目の端の方にあった目やにが取れた。
結構おっきいのが取れたなぁ。
僕が片膝を立てて座っていると、目の前が一気に暗くなる。
顔を上げると、それが女の子の人影だとわかった。
「む、寝不足かブルーノ。若いうちから生活習慣が乱れてると、将来身体がガタガタになってしまうぞ」
僕とは正反対に、朝から元気いっぱいの金髪少女のエカテリーナ。
彼女は僕が眠そうにしているのを見て眉をしかめている。
生活リズムが乱れている人間を見るのが、大層気にくわないようだ。
彼女の愛称はカーチャ。
様付けで呼ばれては親しみを感じないと言われたので、少し恐れ多くはあるけど僕も今では彼女を愛称で呼ばせてもらっている。
最初は貴族の娘だから偉ぶってるのかと思っていたけど、こうしてある程度時間を共有してみると、彼女が偉そうなのは言葉遣いだけだということがわかってきた。
言葉は大人っぽいが、それ以外は普通の、村に居た女の子と比べてもそうは変わらない。
辺境伯の自由な教育方針のおかげか、のびのびと育っているカーチャは今日も元気いっぱいだった。
僕は昨日昼寝したせいで夜なかなか寝付けなかったから……眠い。
昨日いい木陰を見つけちゃってね。
ひなたぼっこするアイビーのすぐ横でお昼寝してたんだ。
「みー」
「ほら、アイビーも怠けるなよって言っておる」
「いや、彼女は昨日は楽しかったねって言ってます」
「なんと!? まさかアイビーが共犯だったとは!」
「この世の終わりを見た!」というほど大きな身振りで驚きを表すカーチャ。
両のほっぺに手を当てて、目を大きく開いている。
彼女ももう随分と、アイビーと仲良くなった。
やっぱり他の人と同様アイビーの言葉はわからないみたいだけど、彼女なりにしっかりとコミュニケーションを取ろうとしている節がある。
偉い人の娘さんだし、将来も偉くなるだろうから、その時はアイビーのことを守ってくれたらなって思う。
僕たちは今、カーチャの護衛依頼を受けている。
辺境伯と会ったあの日から、早いものでもう二週間近くが経っている。
今のところ、一度として襲撃はない。
アイビーは何かあったときのために障壁を張る準備をいつも整えている。
けどアイビーはともかくとして、僕は本当にすることがない。
だからここ最近は、すごく気が抜けた炭酸みたいになってるのだ。
基本、カーチャと一緒に遊んだりご飯を食べたりするだけなので、気楽なものだし。
……でもそれじゃいけないよな。
あまりにもなんにもないから、ちょっと気が弛んでしまってる。
依頼なんだから、しっかりとしておかないと。
目をカッと開いて、背筋をしゃっきり伸ばす。
そのまま立ち上がって、一つ大きく背伸びをした。
「おっ、英雄殿の顔が格好よくなった。いつもそれくらい気を張っとけばいいものを」
「その呼び方はやめてって言ってるでしょ。柄じゃないんだよ、本当に」
「カカッ、わかっておるよ。『僕は普通で、凄いのはアイビー』、もう何度も耳にタコ作られるくらい聞かされている」
護衛として少なくない時間を一緒に過ごすにあたって、僕はまずカーチャの誤解を解いた。
ギルマスを倒したのも、グリフォンをテイムしたのも、やったのは全部アイビーだ。
僕はそのおこぼれに預かってるだけの凡人だから、あんまり期待しないようにってな具合でね。
最初は半信半疑だったが、時折怪我を治したり、アイビーが大きくなったり、ぷかぷかと宙に浮いていたりするのを見て、彼女もおおよその事情を察してくれたのだ。
凄いのは僕じゃなくてアイビーだってね。
そのへんは、変な先入観とか固定観念とかが出来る前に会えてよかったところだ。
まだ少し、僕を特別視するようなところはあるけど……そんな夢もすぐに覚めるでしょ。
女の子は夢を見ることが多いけど、その分夢から覚めるのも早いんだ。
「そういえば今日はサンシタはいないのか?」
「うん、手紙届けてもらってるんだ」
「一等級のグリフォンを、伝書鳩扱いとは……やっぱり何度聞いても慣れんの」
サンシタ、というのはあの三下グリフォンの名前である。
辺境伯にお目通りをした次の日、僕の候補である『風神丸』とアイビーが推している『フラウロス』のどちらを本決まりの名前にするか、議論していた時のことだ。
娘の様子はどうだと尋ねられた僕は辺境伯へ、つい心の中の呼び方であのグリフォンを三下と呼んでしまったのである。
「ほう、サンシタね……いいネーミングセンスだな。俺は好きだぜ、恐い物知らずなところが特に」
そうしてあのグリフォンの名前は、かわいそうなことにサンシタに正式決定してしまったのだ。
『あっしはサンシタでやんす!』と彼自身が嬉しげな様子なのが、せめてもの救いだろうか。
何も救えていないような気もするが、きっと気のせいだと思いたい。
今サンシタには、空を駆けて僕が書いた手紙を両親の下へ届けてもらっている。
一度乗って街まで行ったことがあるので、道に迷うようなこともない。
彼をテイムできたおかげで、その気になれば数時間もあれば故郷へ帰ることもできるようになった。
それにアイビーだけじゃなくてグリフォンも使役できるようになったって、村の皆に見せることもできた。
父さんや母さんに酷いことをしようという気は、きっとしばらくは起きないことだろう。
話を聞かせてもらった限り、特に何か変わった様子もなかったみたいだし。
「みー」
「たしかにね」
肩に乗っているアイビーが、でもしっかり目を覚ましても、特にすることないよと言っている。
実際その通りなんだよね。
護衛なんだし、襲撃はない方がいいに決まってる。
でも襲撃が全くないと、することがないという……これがジレンマというやつなんだろうか。
この護衛依頼には、明確な期限が定められていない。
カーチャの危険が去るまでっていう、曖昧な条件があるだけだ。
……これでお金がもらえるんだから、ありがたい話だよね。
しかも結構、バカにならない額を。
もう借金も返せるくらいはもらえたし。
このまま数ヶ月も働けば、小さい家くらいなら買えちゃいそうな勢いだ。
というか、貸し家でもいいから広い庭があるところに住みたいんだよなぁ。
もうしばらく、アイビーは元の大きさに戻っていないし。
そろそろ彼女も、窮屈に感じ始めてるんじゃないだろうか。
……うん、そうだね。
思いついちゃったから、もう行動しちゃおう。
一応、辺境伯から許可はもらってるし。
「カーチャ、ちょっと長めに休憩もらってもいいかい?」
「ん、別に構わんぞ」
護衛がいきなり抜けていいのかよと思うかもしれないが、別にこれは初めてのことじゃない。
アイビーの作り出す障壁は、サンシタがどれだけ全力で小突こうがびくともしないほどの防御性能を誇っている。
彼女はそれを何十時間でも持続させることができるため、四六時中ずっとついている必要は、実はあんまりないのだ。
寝るときとか、トイレ行くときとか、そういうプライベートタイムはしっかりと取ってもらっているし、僕たちも四六時中お側でお守りさせていただくって感じでもない。
なので護衛っていう感覚があんまりないんだ。
日中の話し相手、っていうのが一番近いかもしれない。
「みー」
離れるということもあって、アイビーが最高硬度で障壁を張り直す。
彼女が出す障壁は、魔法としての指定範囲にかなり応用が利くらしく、○○の周囲を覆うような障壁、というものも生み出せる。
それに障壁にも種類があって、物理用とか魔法用とか、攻撃が当たるとき以外は見えない障壁とか、バリエーション豊かだったりする。
僕にはよくわからないけど、これも普通じゃないんだそうだ。
アイビーが今張ってるのは見えない障壁――さっき言っていた、攻撃が当たるとき以外は見えないタイプのやつだ。
周囲に輝く障壁が張り巡らされてたら、カーチャも気が休まらないもんね。
アイビーは魔力を大量に込めて、念入りに障壁を作っていた。
力を入れてるときは彼女も力むし時間もかかるから、結構わかりやすいのだ。
「みぃ」
思い切り魔法を使ってちょっとやりきったような顔をしているアイビーを連れて、広すぎる庭を出て行く。
一応辺境伯の許可は得てるから大丈夫なんだけど……護衛だけど離れていいっていうこの感覚は、やっぱり慣れないなぁ。
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