vsクワトロ
五階に昇ると、そこは先の見えない霧がかかった空間が広がっていた。
数歩先まで見えないほどの濃霧で、これを進んでいくのはかなり骨が折れそうだ。
そう思って、いたんだけど……。
「これって……転移魔法だよね?」
僕らが階段を上ってからあたりの確認をして、気合いを入れ直してからすぐのことだった。 突如として、僕らの前に見たことのある真っ黒な空間が現れたのだ。
これがあの魔王十指のクワトロが作ったものだと、なぜか僕はすぐに理解することができた。
もしかすると罠なのかもしれない。
けれど冷静に考えて、あちらにそんなことをするメリットがない。
だから多分、大丈夫だとは思うんだけど……。
「アイビー、中に入っても大丈夫だと思う?」
「みみ……」
アイビーが目を閉じて、考えるような感じで眉間にしわを寄せる。
そして……
「みいっ!」
『大丈夫!』という感じで、元気に手を叩いていた。
彼女がそういうのなら、間違いはないだろう。
予想が確信に変わったので、僕らはそのまま中へと入っていくことを決める。
するとそこには……
「やぁ」
と気軽にこちらに手をあげているクワトロと。
「ほぅ、あれが……」
こちらを興味深そうに見つめている、頭に二本の角を生やした赤髪の美丈夫が居たのだった――。
「正直なところ、五階と六階はギミックが多くてね。本来であれば勇者パーティーを消耗させるためのものだから、とにかく時間と精神をもっていく作りになってるんだ。まぁそれでも良かったんだけど……君達なら大して消耗もしないだろうから、ショートカットを用意しておいたんだ。念のためのつもりだったから、まさか本当に使われるとは思ってもみなかったけど」
クワトロと恐らく右第五指と思われる男は、日傘を差したテーブルの下で優雅に紅茶を飲んでいた。
彼らは僕らの姿が確認しても、その態度を崩そうとしない。
それどころか……
「まぁ立ち話もなんだろうから、君達も座りなよ」
クワトロがパチリと腕を鳴らすと、僕らの前に再びあの闇の空間が現れる。
パキッと枝が折れるような音がしたかと思うと、次の瞬間には僕らの前にも彼らが使っているのと同じテーブルが一式置かれていた。
いきなりそんなことを言われても……僕は無意識のうちにレイさんの方を見つめていた。
彼女も呆けたような顔をして僕の方を見つめていて、互いに視線がぶつかり合う。
(ど……どうしましょう)
(どうしましょうって言われても、とりあえず座るしかないだろ)
小声で作戦会議を開いてから、言われた通りに椅子に座る。
金属製の椅子だけど不思議と座り心地は悪くなかった。
というか理屈は不明だけど、お尻のあたりには革張りの椅子のような温かみまである。
多分だけど、相当に高い代物なんだと思う。
「安心していい。ここで僕達を倒すことができれば、この先に待っているのは魔王様の待つ玉座の間だ」
そう言ってクワトロが指をさした先には、赤い絨毯の敷かれた階段が見える。
そして階段の上の空間が、明らかに淀んでいた。
何か黒い霧のようなものが、階段の先からこちらに漏れ出している。
あれは……魔力なんだろうな、多分。
目に見えるほどの濃密な魔力は、見ているだけで胸が詰まりそうだ。
あの先にいるのが……魔王。
つまりここを超えることができれば残すのは、魔王との最終決戦になるわけだ。
まあいきなり出鼻をくじかれちゃったわけだけど……。
とりあえず出された紅茶を飲ませてもらう。
悔しいことに、口に含んだ紅茶は、今までに飲んだことがないほどに芳醇な香りがした。
「二人は、焼き菓子食べるかい?」
「要らないです」
「必要ない」
「そっか。ベリアル、君は?」
「いただきましょう……あ、我は右第五指、『魔将』ベリアルと申す」
名乗ったベリアルさんが焼き菓子を食べるのを、僕とレイさんは黙って見つめていた。
彼女と視線を交わし合う。
レイさんは明らかに緊張している様子だ。
向こうは自然体な様子だが、僕らからすればいつ戦闘が始まるか気が気じゃないため、紅茶なんか飲んでもまったく気が休まったりはしない。
クワトロは無表情な顔を崩すことなく焼き菓子を食べ、そのまま無機質な瞳でこちらを見つめてくる。
黒い眼帯をしているため、開かれている目は一つしかない。
「せっかくの勇者達と親睦を深めるつもりだったんだけど……どうやらあまりお気に召さなかったようで、残念だよ」
「……これから戦うんだから、親睦を深める必要はないのではないか?」
「見解の相違だね。僕は女性を抱く時には、来歴をしっかりと知っておきたいタイプなんだ」
「――なっ!?」
緊張したまま少しけんか腰のレイさんは、予想外の答えに口をパクパクと開く。
どうやら彼女にはまったくそっち方面の体勢がないらしく、顔を真っ赤にさせていた。
「少し下世話なたとえをしたけれど、相手がどんな人物か知っておくのは大切なことだよ。敗者の歴史はそこで終わるが、勝者はそれからも歴史を紡いでいく。そうして勝者に都合の良いように、歴史というのは書き換えられてきたんだから」
「それは暗に、勇者のことを批判しているの?」
「まさか。勝った側がいいように歴史をねつ造できるだなんて、世界というのは本当に素晴らしいなぁと皮肉を言っているだけさ」
「批判と大差ないと思うけど……」
初対面で有無を言わさず攻撃を仕掛けられたり、本来なら仲間のはずの魔王十指の死体に対して攻撃を加えようとしていたのを見たからだろうか。
僕はクワトロのことが、あまり得意ではない。
「まあ、対話をしないと言うんならそれでもいい。それなら――やろうか」
ドゴオンッッ!!
テーブルが僕らの方に蹴り上げられ、風切り音を立てながらこちらへ飛んでくる。
「ふっ!」
軽く拳を当ててテーブルをクワトロの方へ飛ばし返してやる。
するとクワトロは少しだけ目を見開いたまま静止し、テーブルの脚が彼のお腹に突き立った。
衝撃に土煙が上がり、その奥から何かを払うようなパンパンという音が聞こえてくる。
「どうやら前より強くなったみたいだね、動きが見違えたよ」
煙の中から、当然のように傷一つついていないクワトロの姿が現れる。
そして僕とクワトロがにらみ合っている隣で、もう一つの戦いも始まろうとしていた。
レイさんとベリアルが向かい合いながら、お互いを見据えていた。
「魔王様のために……死んでもらおう」
「死ぬのは……お前だ!」
レイさんが鞘から抜いたオリハルコンの剣と、ベリアルが握る黒剣がぶつかり合い、火花を散らす。
「慟哭閃」
「ライトアロー」
その少し後ろから二人を追いかけるように、僕とクワトロの魔法がぶつかり合った。
こうして最終決戦前の最後の戦いが、幕を上げるのだった――。
あらかじめ言っておくけれど、僕は戦うことがあまり好きではない。
だから戦闘それ自体が楽しいということは、結局最後までなかった。
けれど僕には、才能――アイビーのおかげで身についたものだから、後天的な才能とでも言うべきかもしれない――があった。
僕とアイビーは、魂でつながっている。
サンシタとアイシクルにテイムをした時と要領は同じだ。
けれどその魂のパスとでも呼ぶべきものは、テイムなんかとは比較にならないくらいもっと根源に近い方にある。
だから僕は彼女の力を使うことができる。
でも彼女から力を借り受けるばかりでは、ダメだと思った。
僕は僕自身の力だけでしっかりと戦えるようにならなければいけないと、そう思ったのだ。
それはきっと、親離れする子供に似た感情で。
僕は自分一人だけで戦えるようになるために修行をしたのだ――。
「みぃっ?」
肩に乗ったアイビーが、僕の方を見つめてくる。
僕のことが心配なのか、うるうるとその瞳を潤ませていた。
彼女の顎をちょいちょいと指でつついてやってから、地面に下ろす。
そして笑いかけてやりながら。
「安心してよ。僕だって強くなったんだ。だから……アイビーは、そこで見ててほしい」
「――みいっ!」
アイビーはこくりと頷き、手を前に出しながら祈るようなポーズを取っていた。
彼女はこれから魔王との戦いを控えている。
なのでできれば消耗させることなく、僕だけでクワトロを倒したいところだ。
「さて……それじゃあ、やろうか」
僕は少し距離を置いて向かい合うクワトロの方を見つめる。
彼の戦闘能力は未知数だ。
僕が見たことがあるのは、先ほど彼が打った慟哭閃という黒いビームを打ち出す魔法だけ。
ただ飛び道具を使ってくるってことは、相手は遠距離型なんだろうか。
であれば僕と彼の戦いは、魔法の打ち合いということになる。
「ライトジャベリン」
「慟哭閃」
ライトアローより威力の高い、光の槍を放つ。
それもまた、慟哭閃で防がれた。
けれど先ほどと違い、両者の魔法がぶつかり合い、爆発し合ったのはクワトロの側に近い。
それならもう少し威力の高い技を使って、彼の手札を開かせることにしよう。
「ライトスタック」
かつて天界で磔刑に処されたという光属性の神を象徴する、光の杭。
ライトジャベリンよりも更に威力の高く高速で飛翔する飛翔物を見たクワトロは、人差し指一本だけではなく二本目の中指を立てた。
「哀哭閃」
彼が放った新たな技は、以前から見慣れた慟哭閃より一回り大きな黒の光。
ぶつかり合った魔法が両者の中間地点でその威力を発揮させ、爆発が起こる。
爆風が頬を撫で、強風にあおられて前髪がめくれ上がった。
「――これじゃあ、キリがないな」
そう言ってクワトロは、ポケットに手を入れる。
注いで聞こえてきたのは、パキ……という薄氷を踏みしめるような音。
彼の姿が闇の中へ入り、そのまま消える。
虚空に消えた彼を目で見て追うことは難しい。
故に僕は瞼を閉じて、己の感覚を研ぎ澄ませる。
――そこっ!
光の魔力を纏わせて放った拳が、先ほどまで何もなかったはずの空間を強かに打ち付ける。
「……なっ!?」
転移を使い僕のすぐそばから攻撃をしようとしたクワトロは、顔面にストレートを食らいそのまま後ろに吹っ飛んでいった。
恐らくだけど、クワトロの戦い方は転移によって距離を取ってからひたすら魔法を連打するチクチク戦法だ。
僕は転移魔法を使うことができないから、それをやられると今のように気配と魔力を頼りに相手を叩くモグラ叩きゲームのようなことをしなければいけなくなる。
おまけに相手は何度も失敗できるけど、こちらは一回ミスしただけで手痛い反撃を受けるなかなかのゲームバランスだ。
で、あるならば。
僕がすべきは、クワトロに転移をさせないこと。
それだけの余裕を与えずに攻撃を加え続けることだ。
ラッシュ、ラッシュ、ラッシュ!
右の拳を振り抜いて、そのまま軸足を変えて裏拳の要領でもう一発。
そのまま勢いを殺さず一回転しながら回し蹴りを喰らわせ、相手の身体を浮き上がらせる。 両手を固く組んでから握り、思い切り振り下ろす。
クワトロが地面に吹っ飛ばされ、そのまま勢いよくめり込んだ。
そこに僕はすかさずの攻撃。
「パイルライトアロー、装填」
ライトアローを輪投げの輪のように腕の周りにいくつもぐるりと巻き付け、そのままクワトロの下へ落下。
インパクトの瞬間に、パイルライトアローを発動させる。
一本を抜いてほぼ全てを拳の向きと合わせて放つ。
そして一本だけを内向きに放つことで、超速のライトアローによって拳を更に加速させる。
ドゴオオオオオオンンッ!!
爆発の勢いで地面がめくれ上がり、土砂崩れが起きたような状態になる。
「ふ………ぅ……」
以前のパイルライトアローと比べれば、威力は格段に上がっている。
一撃でアイシクルを仕留められたあの時の、ざっくり三倍程度にはなっているはずだ。
更に言えばライトアローによる加速、プラス魔力による身体強化の分の威力も乗っているので、純粋な破壊力だけで言えば三倍では効かないはずである。
煙が視界を茶色く染め、何も見えなくなった。
状況を少しでも読み取れるように聴力に意識を集中させると、遠くから聞こえてくる剣戟の音がよく拾えるようになってくる。
どうやらレイさんもあのベリアルとかいう角付きの魔物と戦っているみたいだ。
確認するだけの余裕はないけれど……とりあえず健闘を祈っておこう。
そんな風に考えていると、煙が晴れる。
(……まぁ、あれだけで仕留められるだなんて思っちゃいないさ)
現れたのは、ボロボロの服を身に纏うクワトロだった。
全身には擦り傷が、そして高熱のパイルライトアローを間近で喰らったことで腹部の服は破れていた。
当てた瞬間には大穴が空いていたはずなんだけど、どうやら即座に回復させたようで、そこからは白い肌が見えている。
クワトロはふらふらとした足取りでこちらへと歩いてきてから、そのまま前屈みになった。 そしてそのまま何かを堪えるように身体を震わせながら力を溜め、
「ふ……ふふっ……あははははははっっ!!」
上体を起こしながら、おかしくなってしまったように笑い出す。
そしてそのまま――
「まさかここまでとは……僕も本気を出さなくちゃいけないね」
次の瞬間、クワトロの姿が消える。
視界だけじゃなく聴覚や触覚まで鋭敏になっているはずだ。
どこに消え――
「今度は僕の番だ」
気付けば僕は背後から飛び出してきたクワトロに、思い切り殴りつけられていた。
肩へ振り下ろされた一撃によって、今度は僕が地面に叩きつけられる。
意趣返しってわけかい?
……やっぱり僕は君のこと、あんまり好きじゃないみたいだよ、クワトロ。
「近接戦は好きじゃないだけで、別に苦手ってわけじゃない」
彼は自身の言葉の正しさを証明するかのように、流れるような体さばきを見せてくる。
拳の向き、角度、力の入れ具合。
フェイントによる虚実と本命の狙いを当てるための工夫。
速度ではそこまでの差はないけれど、流石にそこは右第四指なだけのことはあり、戦闘経験ではあちらの方に分があった。
僕の本命の攻撃はことごとくがかわされるか相殺され、逆に僕の方は相手の狙いがどこにあるのかが理解できず、完全に防御姿勢に移れない状態で一撃をもらうことになってしまう。
「そうみたいだ……ねっ!」
一旦大振りの攻撃を入れて、距離を離す。
僕の方は若干息が荒くなっているが、あちらはいつもの調子を取り戻しているようで、呼吸は激しくなってはいるものの、荒くはなっていない。
「どちらかと言えば魔法戦の方が得意だけどね……肉弾戦なんて、優雅じゃないだろう?」
彼の放つ黒の光。
この強さなら問題なく弾ける。
光を纏わせた拳で、その光を叩き返してやる。
「そうかもね」
僕は再度クワトロに接近。
転移魔法を使われて一方的になるくらいなら、接近戦を挑んだ方がまだマシだ。
「君の魔法の出力はわかった。勇者じゃない君がここまでやれただけでも大したものさ。だからこれで……」
クワトロが放つ黒の光が、彼の拳に集束する。
そしてその拳が僕の身体の芯を捉え――
「あが……っ!?」
そしてその一撃が放たれるよりも先に、僕のアッパーが彼の顎下にヒットする。
「何か言ったかな?」
そして僕は先ほどまでよりも更に出力を上げて、クワトロをボコボコに殴り始めるのだった――。
僕には魔法の才能がない。
これはしっかりと訓練をするようになって、改めて突きつけられた現実だった。
僕は深い絆で結ばれているアイビーの魔力を借り、力を発動させることができる。
そして彼女の力を使うこともできる。
けれど僕がアイビーの力を全て使うためには、彼女の補助が必要だった。
そしてそれをしてアイビーが疲れてしまっては、そもそも僕が戦う意味はない。
なので僕は一人で戦うことができるよう、訓練を続けた。
そこで、わかったことがある。
どうやら僕個人の魔力が、とてつもなく多いらしいということだ。
これは考えてみると当たり前の話だった。
僕はいつも、無限にも近い魔力を持っているアイビーと魔力によるパスがつながっている。
人は魔力をタンクのように貯めることができる。
そして限界量を超えた魔力が供給されると、溢れて漏れてしまうようになっているというのは有名な話だ。
では限界量を超えた魔力を供給され続けた人間は、果たしてどうなるのか。
それを知っている人間は、今までは一人もいなかった。
そんな意味のなさそうことをする人は……アイビーから魔力をもらって戦う、僕みたいな例外を除いて誰一人としていなかった。
アイビーが魔法を使う度に、彼女の無限にも近い魔力のうちの一部が、パスを通じて僕の方に流れてきていた。
アイビーの魔力総量から見ればわずかなものであっても、純粋な魔力量としてはとてつもない量だ。
彼女から力を借りる度、彼女が力を発揮する度、ことあるごとに僕の中にとてつもない量の魔力供給が行われ続けた。
その結果がどうなったかというと……。
「はあああああっっ!!」
「ごふ……っ!?」
僕の拳が、十字にクロスさせた腕を貫通して腹部を貫く。
クワトロが吹っ飛んでいくのに合わせてそのまま攻撃を続行し、魔力量に飽かせた身体強化でそのままクワトロのことを吹き飛ばし続けた。
彼が防御をするのなら、それを吹き飛ばすくらいに強く。
彼が攻撃をしてくるのなら、それをはじき返してそのまま攻撃が続けられるくらいに強く。 ただそれだけを考えて、魔力を湯水のように使い続けていく。
――魔力のタンクがいっぱいになる度に、少しでも多くの魔力を貯められるよう身体はより魔力を受け入れられるよう、変化していった。
そうして人知れず、僕が彼女を拾ったあの時からずっと、少しずつ少しずつ僕の魔力許容量は増えていった。
故に僕の魔力総量は……自分でもわからないくらいでたらめな量にまで増えていた。
アイビーと同じように、どう頑張っても使い切れることがないくらいに。
「馬鹿な……それだけの魔力を宿して、なぜ身体が壊れないッ!」
なぜなのかは僕にはわからない。
いくら許容量が増えると言っても限界がありそうなものだけれど、僕は体内の魔力が多すぎるせいで身体に不調を来したことは一度もない。
もしかすると後ろで僕のことを見守ってくれている勝利の女神が、何かをしてくれたのかもしれない。
……そうだ、今僕の戦いを、アイビーが見てるんだ。
彼女に見せても恥ずかしくないような戦いを、しなくちゃねっ!
「ライトアロー、五百連」
発動と同時に叩き込まれる五百の光の矢。
一本一本に大量の魔力を込めているが故に、百を超えたところでクワトロの防御を貫通して彼の身体にダメージを与えられるようになった。
――アイビーには多彩な技があるけれど、僕はそのうちの大体一割くらいしか使うことができない。
なので僕は強くなるために……敢えて選択肢を、自分から狭めることにした。
僕が戦闘で使うのは、身体強化の魔法、ライトアロー、そしてライトアローを重ねて使うことで加速させ威力を上げるパイルライトアロー、この三つだけだ。
この三つの練度を上げ続け、魔力効率を上げ、そこにただひたすらに大量の魔力を注ぎ込み続ける。
それによって僕の戦闘方法は、完全に確立された。
「ライトアロー、千連」
僕の頭上に、シャンデリアのように展開された大量の光の矢が現れる。
それを迎撃するためにクワトロが同量の闇の光を展開させた。
光と闇がぶつかり合い、怒濤のような音が鳴り響く。
「パイルライトアロー、装填」
だがあのライトアローすらも、完全な牽制。
彼の意識が上に向いたその瞬間、身体から漏れ出してしまうほどの大量の魔力を使用して身体強化を発動。
クワトロに殴りかかり、攻撃の瞬間に己の腕の周囲に展開して置いたパイルライトアローを、インパクトの瞬間に解放させる。
「あがあぁっ!!」
クワトロの口から、血が噴き出す。
けどあまりに大量の魔力が込められすぎたことで超高温と化したパイルライトアローは、血中の水分すら一瞬で蒸気に変えてしまう。
ジュッという音が流れ、クワトロが吹っ飛ぶ。
「パイルライトアロー……五十連」
僕とクワトロの間に、パイルライトアローのラインを作る。
そして身体強化に魔力を注ぎ込み、でたらめな出力で全力疾走。
パイルライトアローをパイルライトアローで加速させ、光の速さになった一撃を放つ。
「くっ……魔眼、解放!」
クワトロはその一撃を前にして、眼帯を取って隠されていた左目を露わにした。
そこにあったのは、複雑な模様の描かれている紅の瞳だった。
「消去!」
けれど腕にかかっていた付加が消え、パイルライトアローが消えた。
どうやらクワトロの魔眼は、魔法そのものを無効化する力があるようだ。
けれど既に発生している身体強化には反応しないらしい。
それならどうとでも、やりようはあるよねっ!
殴り、蹴り、吹き飛ばし、なぎ払う。
相手の全てを貫通しながら、僕はただひたすらに身体強化のごり押しで攻撃を叩き込み続けた。
「む、むちゃくちゃだ……こんな戦い方っ!」
「無理押しも通せば――道理を引っ込ませることだって、できるのさっ!」
蹴り上げがヒットし、クワトロの身体が空中へ飛んでいく。
僕は落ちてくる彼目掛けて、己の放つことのできる最大の一撃をぶつけることにした。
魔眼で魔法をなかったことにされるというのなら……一つを消されてもいいように大量の魔法を展開させれば良いだけのことっ!
「ライトアロー千連……かける十、それから……パイルライトアロー、百連かける十」
大量のライトアローと、大量のパイルライトアローが、自然落下するクワトロ目掛けて放たれる。
クワトロが魔眼を使い威力の高いパイルライトアローを飛ばそうとするが、万に届くライトアローが重なってしまうせいでなかなか狙い通りに魔法を消すことができない。
普通の魔法使い相手だったら無敵だったかもしれないけど……僕にはその魔眼は、あんまり通用しないみたいだ。
完全に攻撃を消しきれずに食らい、ボロ雑巾のようになったクワトロに更に追撃を加える。 これで――最後だっ!
「パイルライトアロー、装填……どっせええええええいいっ!!」
光速の矢を纏った僕の拳が、クワトロにクリーンヒットする。
そして……
「魔王、様……どうか……」
クワトロはその言葉を残して塵になって消えていくのだった――。
「はぁっ、はぁっ……終わった、よね?」
いくら魔力が使い切れないほどあるからといって、無制限に魔力が打てるというわけじゃない。
魔力を使って魔法を使うわけだから、魔力の多寡とかは関係なく疲れるのだ。
むしろ大量の魔法を一度に使ったり、本来ではありえないくらいに大量の魔力を使ったりするわけだから、消費する体力はは普通に魔法を使う時と比べても何倍も多くなるくらい。
クワトロを圧倒するために気にせずに大量の魔法を使いまくったから、今になって疲れがドッと押し寄せてきている。
急に気を失ったりするほどではないけれど……少なくともしばらくの間、魔法は使いたくないなぁと思うくらいにはヘトヘトだ。
「――ってそうだ、レイさんの方は!?」
戦いも終わり一息ついたところで、僕はそういえば近くでもう一つの戦闘が展開されていたことを思い出していた。
もしレイさんが劣勢だったら、急いで加勢しなくちゃ。
そう思って当たりを見回してみると……。
「ぐ……あ……」
そこには胸から虹色の光を生やしているベリアルの姿があった。
胸から血を噴き出しながら地面に倒れると、大きな影に隠れて先ほど見えなかったところに、息を荒げながらも意識を保っているレイさんの姿があるのがわかった。
見れば彼女の方も全身が傷だらけで、満身創痍な状態だった。
けれど戦闘自体は無事に終わったようで、どこか呆然とした様子で自分の剣を見つめている。
「お疲れ様です、レイさん。レイさんの方も勝てたみたいですね」
「あ……ああ、勝ったのか、私は……」
最初はぼうっとした様子だったけれど、徐々に実感が湧いてきたからか、すぐに彼女はグッと力強く拳を握り、僕の方を見つめてきた。
自信に満ちたキラキラとした瞳は、今までで一番美しく見える。
「私の方は辛勝だったな。というかこれ……一体何がどうなったらこんなことになるんだ……?」
レイさんは我に返った様子で、僕達が戦ってできた跡を見つめている。
そこには天変地異でも起きたんじゃないかというほどの惨状が広がっている。
わ、我ながらちょっと気合いを入れ過ぎちゃったかもしれない……。
「これを見ると、私のベリアルとの激闘がなんだかかすむ気がしてくるな……」
「そ、そんなことないですって! それに……」
僕の視線の先には、あれだけの暴威にさらされながらも傷一つついていない階段と、変わらず漏れ出している真っ黒で不気味なオーラがある。
「これからのアイビーと魔王の戦いの前では、どんな戦闘だってかすんじゃいますよ」
「そ、そうだった。まだ本番はこれからなんだ、こんなところでくよくよしてられないよな、うん!」
気を取り直した様子のレイさんと話をしながら、僕らの戦いを見てくれていたアイビーの下へ戻る。
「――みっ!」
アイビーはぴょんと飛び上がると僕の頭の上に足を置いて、なでなでとなで始めた。
「みぃみぃ」
よく頑張ったと僕を労うかのような優しい手つきだった。
浮かんでいる表情も、なんだかこっちが恥ずかしくなるくらいの満面の笑みだ。
「みぃっ!」
「お……押っ忍!」
そのままレイさんの前に行くと、アイビーは腕を組んだ。
そして良くやった、という感じで目をつぶって頷いている。
アイビーとレイさんは師匠と弟子の関係なので、僕とはまた態度が違うんだろう。
僕らは小休止を取って、ある程度動けるようになってから向かうことにした。
この魔王城の頂上にある――魔王が向かう謁見の間へ。
「――みいっ!」
『任せて!』という感じでアイビーは軽い足取りで向かっていく。
彼女の頼もしい背中を見ていると、不安なんてものはまったく湧いてこなかった――。