成長
魔王が魔物達と共に暮らしている魔王島。
岩礁を超えて中央へと進んでいけば、生き物を拒絶するかのような毒の霧はどんどんと濃くなっていく。
更に先へ進めば霧はある地点ですっかり消えてしまい、鬼の顔のような形をした山である鬼岩山が見えてくる。
そしてその頂上、断崖絶壁にそびえ立っている城こそが、魔王城。
その城の偉容は人間の王たちが暮らす宮殿に勝るとも劣らない。
魔王城は全七階建てになっており、その内側には強力な魔物達が大量に住んでいる。
一階、二階、三階……と上れば上るほどに魔物達は強くなっていき、その階の最奥であり階段の前には魔王十指達が詰めている。
六階の上にある最上階に住まう者こそ、魔物の王であり、現在各地で起こっている魔物の凶悪化の原因である、魔王である。
その姿を見たことがある者は、魔物であってさえほとんどいない。
というのも今代の魔王は、ほとんど人前に姿を現すことがなかったからだ。
歴代の自己顕示欲の強い魔王達とは異なり、今代の魔王は自信ではなくその手足である魔王十指にほとんど全ての裁量を預け、自身はまったくと言っていいほどに魔王城を出ることがなかった。
故にその姿や存在を知っているのは、魔王十指の中でも特に信頼の篤い、魔王十指の右手指達に限られている。
更に言えば、魔王十指の中でもまったく動かない者達も多い。
魔王の恐ろしさを積極的に喧伝しようとしている左手指達とは違い、右手指達は魔王と同様に、俗世とあまり深い関わりを持とうとしていなかったのだ。
魔王や右手指達が何を考えているかはわからない。
ただ一つたしかなことは、魔物の被害は着実に大きくなりつつあり、このまま座視しているだけでは維持することすら難しくなるほどに国が疲弊していくであろう、ということであった。
『このままでは魔物が強力になっていき、一年以内に人間勢力に壊滅的な被害が生じることになる』
ゼニファーがイリアス王国国王ヴェント二世とセリエ宗導国現教皇であるラドグリオン七世と連名で出したこの声明は、世論に大きな波紋を呼んだ。
波紋を呼んだのだが……実際にこの声明で、人間の諸勢力が完全に一つにまとまるようなことはなかった。
「イリアス王国はつい先日まで、勇者であるレイの存在を隠していたではないか!
「そんな国の言うことを信じることはできないし、従う義理もない!」
つい先日、魔王十指達がやられたことによって裏工作が立ち消えになり、結果として国力を落とさずにすんでいた帝国。
魔物の凶悪化によって武器の売買でより多くの利益が出せるようになっている協商連合。
この二国が中心となって反イリアス王国派とでもいうべき派閥が生まれてしまい、魔王討伐に対して否定的な姿勢を示すこととなる勢力が多数生まれることになる。
結果としてヘンディア大陸の人間勢力はほとんど真っ二つに割れてしまい、むしろ以前と比べて小競り合いの頻度は増え、魔物相手に振り分けることができる勢力が以前より減るというのは本末転倒というか、なんとも皮肉な話である。
皆に協力を呼びかけるように各国を巡っていたレイだったが……彼女の足取りは、ある日を境にパタリと追うことができなくなっている。
勇者が世界を見放したのか、魔王討伐派だけで軍を組んで王国は魔王討伐の栄誉を独り占めするつもりではないのか……などと、世界中で様々な人間が、様々な噂を口にしていた。
けれどその中のどれ一つとして、的を射たものはなかった。
――彼女が力をつけて、魔王に挑もうとしているなどと。
魔王城の周辺には、強力な魔物達が住んでいる。
そこでは独自の生態系が発展しており、弱い魔物でも三等級、そして中でも強力な魔物の中には一等級の魔物も存在している。
「ガルウウウッッ!」
二等級魔物であるストームウルフのボスが、その周囲に竜巻を発生させる。
味方の群れを覆うように発動した暴風が、周囲へと風の刃を振りまいた。
「「グアアアッッ!?」」
ストームウルフ達を囲み、追い詰めたと慢心していた三等級魔物である鎧鬼達が血しぶきを上げながら吹き飛んでいく。
「アオオオオンッ!」
そしてボスの命令に従い、ストームウルフ達が鎧鬼達にトドメをさしていく。
新たな餌を得ることができて歓喜する狼達だったが……餌に夢中に食らいついた彼らもまた、慢心のツケを払うことになる。
「アンギャアアアアアアオッ!!」
やってきた一等級魔物――魔力含有金属である体表に身に付けたアダマンタイトティラノが、捕食している鎧鬼ごとストームウルフたちもまとめて咀嚼していく。
その速度は俊敏な狼すら容易く捕らえてしまうほどで、ストームウルフ達はなすすべなくやられていく。
「ガルウウッッ!」
群れのボスが再び竜巻を発生させるが、アダマンタイトティラノは体表に若干の傷をつけながらも竜巻の中をずんずんと歩いて行き、ボスを一息に噛み殺してしまった。
二等級魔物ですら捕食者に容易く殺される過酷な環境下。
ここを容易く超えることができるものでなくては、魔王城へやってくることはできない。
ふよふよ、ふよふよ……。
まるで風船のように、軽やかな動きで空中を動く一匹の亀の姿がある。
その亀は他の魔物に気付かれることもなく重力魔法で宙へ浮かび……魔王城の前で着地をした。
するとその存在に、この生態系で頂点に君臨するアダマンタイトティラノが気付く。
「ギャアアアアアアオオッッ!!」
また新たな餌がやってきたと、ティラノがその顎を大きく開く。
三重にぎっしりと並んだ歯が亀を食べるか……と思われたその時。
亀の前に、突如として六つの扉が現れる。
そして扉はひとりでに開いていき――その中から六人の男女と、一匹のグリフォンが現れる。
口を大きく開いていたティラノはそのまままとめて全員を食らおうとするが……
「マリア様、ここは私が――黒薙」
ティラノ目掛けて、真っ赤な鎧を身に纏ったハミルが得物を振るう。
その手には、馬鹿げたほど大きな刃渡りをした深紅の鉈が握られていた。
一閃。
黒いオーラを纏ったその一撃が、大きく開かれたティラノの口腔へと放たれ……そのまま体内を貫通していった。
「ギャ……オ……」
アダマンタイトティラノは、自身に何が起きたのかも理解しないままにその命の火を消した。
武技による一撃を放ったハミルが、くるりと振り返る。
するとそこには――数ヶ月前より遙かに精悍な顔つきになった、救世者のメンバーの姿があった。
その中心にいるブルーノが、肩に乗ったアイビーを撫でてからくるりと周りを見渡す。
「よし――行こう、魔王城へ」
ブルーノに頷きを返し、救世者は魔王城へと向かう。
この世界の命運をかけた最終決戦が、誰に知られることもなく、始まろうとしていた――。
あの扉をくぐってから、早いもので三ヶ月近くの時間が経過していた。
修行の一段階目を終え、二段階目も無事にクリアし、本気のアイビーとなんとか戦いながら第三段階へ至り……その後はずっとアイビーとマンツーマンで戦い続けていた。
本気のアイビーは、やっぱりすごかった。
けれど頑張ったおかげで、今の僕は彼女に食らいつくことくらいならできるようになっている。
もちろん勝てるかどうかと言われたら難しいけど……彼女が仲間で本当に良かったと思う。
僕相手に訓練をしている間もアイビーは他の救世者のメンバー達の面倒までしっかりと見てくれていた。
たまに様子を聞いたりしていたんだけど、皆もそれぞれ大変な特訓をしながらも頑張っているらしいことはすぐにわかった。
皆遠い地で同じように頑張っていることがわかったから、つらい修行にも耐えられた。
その結果が実ったのかどうかは……これから確認していかなくちゃだ。
でも……再会するのが魔王城だとは、流石に思ってなかったけど。
僕はなんだか様変わりした様子の皆と一緒に、魔王城の中へと入っていく。
『あっしに乗ってくだせぇ!』
「……うん、わかったよ」
キリリとした様子のサンシタは……なんだか全体的に前よりも傷だらけになっている。
けれど彼を見ても痛々しいという印象はまるでなくて、頼もしさが以前より増している気がした。
体格も前より一回り大きくなっているようで、僕を乗せてもまったく苦にする様子がない。 魔力を上手く隠す術を覚えたからか、身体から漏れ出る魔力の量は以前よりも減っている。 けれどその実力は、間違いなくとてつもなく上がっていた。
『食らうでやんす』
サンシタが魔法陣を生み出し、シングルアクションの魔法が飛んでいく。
今までは牽制程度の威力しかなかったはずの一撃が、容易く一等級の魔物達すら蹴散らしていく。
『ブルーノの兄貴とアイビーの姉御は、ギリギリまで力を温存しなくちゃなりやせん。つゆ払いはあっし達の役目です』
サンシタの駆けるペースは以前の全力疾走よりも速い。
けれどシャノンさんもレイさん、アイシクルにハミルさん、武闘派ではないはずのマリアさんまで、皆しっかりとサンシタの後をついていく。
そして走っても、まったく息が切れる様子もない。
アイビーが魔法を使ってくれているおかげで、中へ入った段階で魔王城のマッピングは終わっている。
なので僕らは最短距離で、上り階段へと到達することができた。
そして当然ながら、階段の前には一体のモンスターがいる。
普通の魔物だけを蹴散らせばいいかと思っていたけど……どうやらそこまで簡単にはいかないらしい。
「ふしゅるぅぅ……ふしゅ、ふしゅ」
そこにいるのは、縦にも横に大きな化け物だった。
全身は脂肪のようなドロドロに包まれていて、呼吸は荒く、口から吐き出す呼気は緑色をしている。
手には虹色に輝く棍棒を持っていて、いかにもパワータイプと言った見た目をしている。
その魔物は僕らがやってくると、その濁った瞳をこちらに向けてくる。
「お、おでは魔王十指、左第五指のマッシュ……いざ、じ、尋常に勝負、なんだな」
「ブルーノさん」
「ここは、我らが」
そう言ってサンシタに乗った僕の前に立ったのは、マリアさんとハミルさんだった。
マリアさんは見たことがない真っ赤な修道着を身に付けていて、ハミルさんは以前着けていた鎧をグレードアップさせたような赤と紫が混じり合ったような鎧を身につけている。
「うん、任せました」
僕はそれ以上は何も言わず、ただ頷いた。
これから先、恐らく一階上に上がるごとに魔王十指が待ち受けていることだろう。
それら全てに勝った先に、魔王との戦いが待っている。
順番はどうであれ、激戦は続くに違いない。
それなら恐らく一番体力がないであろうマリアさんが最大の力を発揮できるのは、この場所になるはずだ。
僕らが階段を上っていこうとすると、魔王十指のマッシュがそれを塞ぐように身体を動かしてきた。
「さ、させないんだな」
マッシュがこちらに棍棒を振りかぶり、そのまま振り下ろした。
その大きな図体からは想像もつかないほどのスピードで放たれる、亜音速の一撃。
全てがミスリル製でできているのであろう、その虹色の棍棒を見ても、僕らは誰一人として恐れることはない。
ガイインッ!
「な……っ!?」
ハミルさんはその振り下ろしを真正面から受け止めてみせる。
その身体は、うっすらと白く光っている。
マリアさんが身体強化の魔法を発動させているのだろう。
僕らは戦い始めた二人の間を抜けるようにして、階段を上っていく。
「皆様、ご武運を――」
マリアさんの言葉を聞きながら、僕らは二階へと突入する――。
「行かれましたね……」
階段を上る硬質な靴の音を聞きながら、マリアは少しだけ遠い目をする。
マッシュの攻撃を直に受けてその顔が見えないハミルが、思い切り鉈をかち上げる。
重心がわずかに浮いた隙をつきながら、マリアの隣に立った。
「こいつを倒したら、我らもすぐに後を追いかけましょう。我々にもできることはあるはずですから」
「そうですね……戦いで傷ついた皆様を癒やすのは、我々の役目です」
マリアがここで一番最初に離脱することを選んだ理由は、何も彼女の体力がないからだけではない。
これから先も続く激戦で、恐らく救世者のメンバーは苦戦を強いられることになるだろう。 そして傷ついて満身創痍である彼らをそのままにして、魔物の餌にするわけにはいかない。
故に彼女達はブルーノ達の後を追いながら、他の魔王十指と戦い傷ついているはずのメンバー達を癒やしていこうと考えているのである。
後ろから追いかける分には、ブルーノ達が進むのを邪魔することもない。
もちろん他の魔王十指にメンバーがやられれば自分達もやられることになるだろうが……マリアはそんなことは、まったく気にしていなかった。
「ぶ、ぶつぶつうるさいんだな! 頭がわれる!」
ハミル目掛けて振り下ろされる棍棒の一撃。
彼女はそれを鉈で受ける。
今度は武技を使わず、純粋な力比べをする形になった。
「流石魔王十指というべきか……腕力だとわずかに劣るようだ」
けれどマッシュが放つ攻撃は技の伴わない、速度と質量に飽かせた一撃だ。
ハミルはその一撃を時に流し、またある時は真っ正面から受け止めながらも、しっかりと攻撃を捌ききっていた。
「黒薙」
呪いの武器との対話を続けることで、彼女のメインウェポンは針から鉈へと変わっていた。
今ハミルが持っている武器こそ、彼女が現在扱うことのできる最強の呪いの武器である首狩り鉈、紅眼女王。
あの呪いの武器庫で邂逅してから既に二回もの進化を遂げ、完全に別物へと生まれ変わっている。
その大きさは大剣に匹敵するほどで、頭身だけで軽く一メートルは超えている。
刀身は赤と青と紫で構成されており、元の名残を残すように柄は光を吸い込むほどの漆黒だ。
鉈の中央部には名を冠する由来となった真っ赤な宝玉が埋め込まれており、そこから導線が走るように赤と青の魔力線が刃先へと続いている。
ハミルが放つ武技を中央にある宝玉が増幅し、更に動脈と静脈を思わせる魔力線がその補助を行う。
そのおかげでハミルの放つ武技である黒薙の威力は格段に向上していた。
武技を使えば、パワー勝負でもハミルの方に分があるほどに。
「黒薙」
黒薙は武器に闇のオーラを纏わせる武技である。
斬撃の威力を向上させるだけではなく、オーラを飛ばせば遠距離攻撃としても使うことができる使い勝手の良い技となっている。
ハミルが紅眼女王を強く振り、斬撃を飛ばした。
すっぱりとマッシュの肩の肉がそげ落ちるが、痛みを感じている様子は見受けられない。
(どうやら痛覚無効か、それに類する能力を持っているらしいな……)
スピードではハミルに分があるため、ハミルは近接遠距離両方を巧みに組み合わせながら、相手の能力を探っていく。
身体を切り飛ばしても動きが鈍る様子もなく、傷がひとりでに塞がっていき治ってしまうから、間違いなく再生能力は持っているだろう。
パワーは武技を使うハミルにわずかに劣る程度。
即座はマリアの補助魔法のかかったハミルと同等程度。
常に魔法と武技を使い続けなければ、能力値では劣ったままだ。けれどここは技と狙いでいくらでもカバーができるため、やはり相手としてうっとうしいことこの上ないのは、再生能力の方だ。
「げひひ、げひ……」
マッシュは斬っても斬っても立ち上がってきた。
そして立ち上がると、なぜかハミルの方を見て嬉しそうに笑うのだ。
妙な趣味を持っているらしい相手の君の悪い笑みを見て、ハミルは眉間にしわを寄せる。
(見たところスライムやゴーレムのような不定形の魔物ではなさそうだから、恐らく頭を切り落とすか心臓を潰すのが手っ取り早いだろうな)
と思い狙いを絞って攻撃を繰り返すが、流石に相手もそこが弱点であることを理解しているからか、腕や足を使って急所を狙わせないような立ち回りをしてくる。
あちらは攻撃を食らいながらでも損害度外視で攻撃を続けることができるため、ハミルはなかなか急所を射程に抑える超近距離に踏み込むことができないでいた。
ハミルの鉈が落とされ、マッシュの胸を大きく裂く。
胸郭らしき部分から骨が飛び出し、緑色の血が吹き出るが、マッシュは止まらなかった。
防御の姿勢に入ろうとするハミル。
彼女が現在身に纏っているのは重鎧真紅という全身鎧で、これもまた以前使っていた黒鎧という呪いの武器が進化をしたものだった。
けれどマッシュは、防御姿勢に入ったハミルを素通りする。
「ま、まずヒーラーからつぶすっ! お、おで頭いい!」
ハミルと戦っていても埒があかないと判断したマッシュは、彼女に補助魔法をかけているマリアの方に狙いを定めたのだ。
ハミルは一度体勢を変えてから、紅眼女王を構え直しながら呼吸を整える。
マリアに向かっているマッシュを見ても、彼女が慌てる様子はなかった。
ハミルはマリアもまた、厳しい試練をくぐり抜けてきたことを知っている。
故に自分がすべきことはマリアが生み出してくれた隙をつくことだと、必殺の一撃を放つための精神集中を始めた。
「うらあっっ!」
マッシュの力任せの棍棒が振り下ろされ……先ほどまでマリアが居た位置に衝撃波からクレーターができる。
マッシュは攻撃の手応えがなかったことに違和感を覚えて周囲を見渡すが、マリアの姿はない。
彼女が一瞬のうちに、マッシュの背後に移動していた。
――マリアは歴代の聖女達から、直々に教えを受けた。
まず最初にヒーラーから狙うというマッシュの思考は、通常であればおかしくない。
けれどことマリアという存在の前で、そんな常識は通用しない。
なぜなら本気を出した今のマリアは――ハミルよりも強いからだ。
「聖魔闘術奥義――透徹」
三代目聖女のミザリーがマリアに教えたのは、聖魔闘術の技術である。
聖魔闘術とは魔力を回復魔法や結界魔法に使う聖なる魔力へと変換させてから、敢えて体内に留めて循環させることで、肉体のパフォーマンスを飛躍的に向上させる格闘術のことを指す。
かつて最強の拳法の名をほしいままにし、その後習得難易度の高さのために後継者を失ってしまった聖魔闘術。
その力は当然ながらただ魔力を体内に留めるだけでなく、魔力を放出させることで相手に打ち出すような芸当も朝飯前だ。
聖魔闘術奥義、透徹。
己の体内で活性化させた聖なるエネルギーを相手の体内に直接打ち出す奥義だ。
通常であれば魔法などの具体的な事象を取ることでどうしても減衰してしまう魔力を、ほぼ百パーセントの伝導率で相手の体内へ飛ばすことができる。
そして打ち込まれた魔力はするりと身体の奥深くへと届き……そして弾ける。
拳から発された衝撃波に重なるように弾ける魔力が、マッシュの身体を大きく弾き飛ばした。
まるで馬車に突っ込まれて吹っ飛ばされたかのような勢いで飛んでいくマッシュ。
そして弾丸のように飛んでくるマッシュを待ち構えていたのは、全身から赤黒いオーラを立ち上らせているハミルだった。
武技によって纏われた黒のオーラと、紅眼女王が発している赤のオーラ。
二つが混じり合い、赤と黒の混ぜ合わされた巨大なオーラが刀身に宿る。
「ま、待っ――」
「――赤薙」
最後の命乞いを聞くことなく、ハミルは飛んできたマッシュの首を跳ねた。
胴体はそのまま壁に激突しひしゃげ、頭部はコロコロと転がった後にそのまま動きを止める。
念のために首に再度の一撃を加え、しっかりと絶命をさせてから……ふぅとハミルは一つ息を吐いた。
「小休止をしたら、皆を追いかけましょうか」
「ええ、ハミル」
こうして以前であれば苦戦していたはずの魔王十指を、二人は容易く仕留めてみせる。
けれどここから先に待ち受けるのは、誕生以後一度も序列が変わったことがないという右手指達だ。
ブルーノ達の戦いは、まだ始まったばかりなのである――。