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最後の剣

「レイ……」


 顔を上げたソエルは、やってきてしまったレイの背中を見つめる。

 何度か顔を合わせたことがあるからこそ、レイの実力はよく理解しているつもりだ。

 故にソエルは震える声で叫ぶ。


「今のあなたでは……勝てない、逃げなさいっ! ここは私が……」


「無理をしないでください、師匠」


 立ち上がろうとするソエルに、回復の光が降り注ぐ。

 レイが一瞬のうちに発動させてみせたそれは、以前は時間をかけなければ発動できなかったオールヒールだ。


(これなら、もしかして……)


 弟子の成長を感じたソエルは、なんとかして立ち上がり戦いの様子を見つめる。


 ベルトールがその手を払う。

 レイは降り注ぐ嵐と風の刃を――一刀の下に斬り伏せてみせる。


「ほう……やるな」


「あまり人間を……舐めるな!」


 ベルトールが連続で魔法を発動させ、レイはそれを斬り伏せながら近付いていく。

 近付かせたくないベルトールと、接近戦に持ち込みたいレイ。


 レイがその手に握る剣は、ミスリルより更に高度と強度に勝るとされるオリハルコン製だ。

 ベルトールの魔法を幾度となく斬り伏せるが、その度に風に刻まれ小さな傷が増えていく。

 けれどレイはその傷を、剣を振りながら回復魔法で治していく。


 レイは武技よりも魔法に適性の強い魔法剣士だ。

 だがそのため、武技を極めた剣士と比べるとフィジカルでは劣っている。

 故に彼女は魔法と剣技を組み合わせた戦い方を好む。


 今回の場合、レイは目の前にいるベルトールが魔法戦に特化した魔物であることを一瞬で看破してみせた。

 故に彼女が狙うのは接近戦、己の強みを活かしきれる範囲に入ることを狙う。


 当然ながらそれをわかっているからこそ、ベルトールも距離を取りながら戦い続ける。

 距離は以前と変わらず、レイの身体には傷が刻まれていく。

 けれど回復魔法を併用しているため、傷はたちまちに癒えていく。

 レイはそれでも前に進み続けた。


 お互いに魔法を使い続け、体力と魔力を減らし続ける攻防が続く。

 レイが何度か接近できる場面もあったが、ベルトールに終ぞ一撃は入らなかった。


 けれど焦れているのは、むしろベルトールの方である。

 自分が人間ごときを蹴散らすのにこれだけの時間がかかってしまっている。

 その事実が、彼の心をささくれ立たせるのだ。


 このまま持久戦に持ち込めば、恐らく目の前の人間を倒しきることはできるだろう。

 けれどそんな消極的な選択をすることを、己の矜持が拒んでいた。


「ちいっ、これで死ねいっ――ストームブレイク!」


 故に先に痺れを切らしたのは、このままでは埒が明かないと判断したベルトールの方だ。

 彼が放ったのは、風魔法の極致。

 先ほど周囲の人間を根こそぎ殺そうと発動させた範囲魔法、本来であれば前後左右あらゆるところに飛んでいく風を一点に収束させた、対個人用では最強クラスの風魔法であるストームブレイクだ。


 恐らくこれを食らえば、タダでは済まないだろう。

 けれどベルトールが魔法を放つその瞬間、レイの口許に笑みが浮かぶ。


「ソエル師匠。たしかに私は、未だ未熟で、一人では魔王十指すら倒すことができません。ですが……」


「セイントシールドッ!」


 レイの眼前に、突如として巨大な盾が現れる。

 呆然とした様子のソエルに、レイは笑いかけた。


「今はまだ、それで構いません。私には――仲間がいますからっ」


「結節貫手!」


呪いの一撃(カース・ブレイク)ッ!」


 自分にに完全に意識が向くこの瞬間を、レイは待っていた。

 マリアが攻撃を防ぐべく聖なる盾を出す。

 ベルトールの意識の外からの攻撃を仕掛けるのは、アイシクルとハミルだ。


 二人の一撃が綺麗に入った。

 それだけで倒しきれはしないが、ベルトールの腹部にはアイシクルが作った穴が空き、その背中は大きく切り裂かれる。


「ふうっ、ベルトール、あなたは本当に何も変わりませんのね」


「貴様――アイシクルッ!? 気でも狂ったかッ!」


 叫んでからすぐに、ごほっと喀血するベルトール。

 この千載一遇の好機を、レイは決して逃さない。


 レイは残る全ての魔力を使い、この戦場にやって来てから初めての攻撃魔法を練り上げる。

「――魔法剣」


 レイは剣を上段に構え、精神を集中させながら前へと駆けだした。

 


 魔法剣――それは己の剣に魔法を乗せて放つ、上級の付与魔法。


 魔法が強すぎれば、剣がダメになってしまう。

 そして魔法それ自体が剣と親和するように調節しなくてはならない。


 魔法に対して強い適性を持ち、なおかつそれを剣に纏わせる魔力の微細なコントロールを行えるものしか使うことはできぬ、適性を持つ者が極めて少ないレアな魔法だ。


 これこそが勇者であるレイの必殺技。

 彼女にしか使うことのできぬ致命の一撃。


 レイの持つオリハルコンソードの刀身の周囲を、炎がグルグルと回っていく。

 その外側を水が渦巻き、更にその外周を風が通っていく。

 そしてそれらを、土が圧縮し剣に纏わせた。


 四属性を纏った剣が漆黒に包まれ、そして最後に剣に光が溢れ出す。

 光が収まった時、そこに現れたのは――虹色に輝く、オリハルコンブレードだった。


「魔法剣――虹色の輝き(レインボー・ルイン)


 六つの属性を調和させ、そこに剣それ自体の魔力を掛け合わせることで生まれる、七種類もの魔力の波動。

 それらを一つに纏め上げ、一振りの剣として練り上げる。


 それこそが勇者であるレイが使える必殺の魔法剣――虹色の輝きだ。


 マリアが張った盾が割れる。

 そして防ぎきれなかったストームブレイクが、レイ目掛けて飛んできた。

 レイの取った行動は、迂回ではなく全身。

 このまま最短距離を突っ走るため、彼女は前傾姿勢になり剣を構え、虹色の輝きをストームブレイクにぶつける。


 防御魔法によって威力が弱まっていたとはいえ、ストームブレイクは未だ触れた生物を粉々に切り刻むだけの殺傷能力を持っている。

 けれどレイの魔法剣は……たったの一突きで、その凶悪な風魔法を消し飛ばしてみせた。


「なにぃっ!?」


 あれを食らったらマズい。

 ベルトールはそう直感した。

 身体は動く、故に今水中へ逃げ込めばやり過ごせる――そう考えたベルトールの顔に、膝蹴りが叩き込まれる。


「私は血迷ってなどおりません。これが私のこ・た・えですのっ!」


「アイシクルゥゥゥゥゥゥッ!!」


 ベルトールが吹き飛ぶ速度より、空気を割いて進むレイの全力疾走の方が圧倒的に早い。

 回避することもできぬまま胸に魔法剣が突き立った。


 そして起こる、魔力的な爆発。

 虹色の光の奔流が周囲を飛び回り、術者であるレイを除いた全ての人間がそのまばゆさに目を閉じる。


 再度目を開いた時、そこには……。


「よしっ!」


 ガッツポーズをしているレイと、黒焦げになり瀕死状態になったベルトールの姿があった――。



「レイ……強く、なったのですね……」


「はい、おかげさまで」


 レイの剣を突き立てられたベルトールは、目を見開いたままだった。

 しかし、そこから感じられる魔力はごくわずか。

 あと数分もしないうちに、間違いなく息絶えることになるだろう。


 弟子の成長を喜ぶソエルだったが、彼女が自分より遠いところに行ってしまったような気持ちに鳴り、寂しくなってしまう自分もいた。

 親の子供離れならぬ師匠の弟子離れだ。そう思い、傷だらけのレイに回復魔法をかけてやる


「貴様……こんなことをしてタダで済むと……第二第三の十指が、貴様らを必ず……」


「おーっほっほっほ、負け犬の台詞など耳に入りませんわ~」


 なぜか高笑いをしているアイシクルを見て、ベルトールは怪訝な顔をする。

 彼は諦めた様子で、小さくため息を吐く。そしてレイの方に向き直って、


「貴様は……何者なのだ?」


「私か? 私は、そうだな……レイだ」


「勇者……なのか?」


「……ああ、そうだよ」


「そうか……それなら俺も、魔王様に、面目、が……」


 それだけ言うと、ベルトールはガクリと身体から力を抜いた。

 意識を失い、そして二度と起き上がることはない。

 こうして無事、レイ達は魔王十指の討伐に成功した。


「「「おおおおおおっっっ!!」」」


 戦いの様子を見ていた周囲の人間達は歓声を上げ、残る魔物達を片付け始める。

 レイは自分に浴びせられる賞賛を、むず痒そうに受け止めていた。


 回復したソエルは立ち上がり、レイに向けて笑いかける。


「レイ……これから忙しくなりますよ。今回の一件で、あなたは世間からの注目を浴びざるを得ないでしょう」


「あー……多分大丈夫です、師匠」


「大丈夫? 何がですか?」


「私なんかよりはるかに目立つ二人が――恐らく全てをかっさらっていくと思いますので」


「……?」


 こてんと首を傾げるソエル。

 それに対しレイは苦笑するだけで、己の師の疑問を解消するつもりはないようだった。


 ソエルは気を取り直して騎士団を再び動かし始め、レイ達は相当に冒険者グループの一員として従事する。

 こうしてシナモンの街に続き、アザゼルの街も無事防衛に成功する。


 そして時を同じくして、レイ達を下ろして急ぎ先へ向かっていたブルーノ達は、最も劣勢に立たされている最北の港街、ガラリアへと辿り着くのだった――。


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