姿
だがそれができるのは、同行しているもう一つの騎士団のおかげでもあった。
「ぐうっ!?」
リザードマンの武装であるトライデントの突きを食らった騎士が、胸部に一撃をもらい吹っ飛んでいく。
第三騎士団の人間であっても決して無敵ではない。
衝撃で大きく凹んだ胸部装甲を支える団員が咳をすれば、呼気に合わせて血が飛び出した。
「シャアアッッ!!」
リザードマンはトドメをさすべく、槍を兜の隙間に差し込むべく突きを放つ。
思わず地面に膝をついた騎士は必死で剣を構えようとするが、彼が迎撃するよりも槍が脳天を貫く方が早い。
「オールヒール!」
そこに飛んできたのは、上級の回復魔法だ。
みるみるうちに傷は塞がっていき、体内から活力が噴き出してくる。
一瞬のうちに完治し、動きのキレを取り戻した男の剣が、リザードマンの首を刎ねた。
「――感謝します、ソエル卿」
「グウィン卿、まだ戦いは終わっていませんよ」
「はっ、もちろんです!」
今回、このアザゼルの街に派遣された騎士団は二つある。
勇猛果敢で、圧倒的な制圧力と攻撃力を持ち、魔物との戦いに秀でている第三騎士団。
そして隊の実に半分以上が回復魔法の使い手である第十騎士団である。
その隊長を務めるのはのソエル・グランツ。
『白星』の異名を持つ、王国騎士団最高の回復術士だ。
このアザゼルの街での攻防は、一進一退を繰り広げているが、常に人間側の勢力が優勢であった。
それは彼女率いる第十騎士団が、傷を負った騎士と冒険者達を癒やすことができるからこそ可能な芸当だ。
三等級以上の魔物が軍勢のように押し寄せる状態で押し込まれていないのは、ソエル達回復術士の働きは非常に大きい。
(これなら……問題なく倒せそうですね)
今回、二つの騎士団の統括指揮権をソエルは内心で胸をなで下ろしながら全体の状況を俯瞰する。
前線が崩れるのを防ぐため指令と己の魔法を各所へ飛ばす彼女の手腕のおかげで、未だ騎士に死者は出ていない。
このままの状態を続けることができれば、大きな被害を出すことなくアザゼルの防衛を完遂することが可能……それがソエルの推測であった。
けれどソエルは知っている。
世の中は、なかなか思い通りにはいかないということを。
故に彼女は常に最悪を想定して動き続け……その心配は、杞憂にならなかった。
そして事実は、その想定の更に下をいくのであった――。
「征けっ! 総仕上げだっ!」
「「「おおおおおおっっ!!」」」
激戦は日を跨いでも続く。しかし、昼夜を問わない戦闘によってようやく終わりが見えてきた。
魔物の襲来もはまばらになり、人間側の勢いは俄然強くなっていく。
そしてとうとう新たに泳いでやって来る魔物が途切れ、あとは陸に上がってきた魔物を倒せば戦いが終結する。
討伐の終わりが現実味を帯びてきたことで戦いのというタイミングだった。
フォンッ!
虫の羽音を何十倍にも増幅したような音が鳴ったかと思うと、それはもう戦場に立っていた。
「ふむ、当たりが出たかと思い来たはいいが……どうやら外れらしい」
「なっ、こいつ……一体どこからっ!?」
それは休憩のために後退していた冒険者達の列に、突如として現れた。
その姿を一言で言い表すのなら――人に似た特徴を持つ、ナニカだ。
一見するとそれは、真っ黒なローブを身に纏っているように見えた。
けれどよくよく見ると、そのローブと肉体の間には継ぎ目がない。
皮膚は薄い紫色をしており、その額にはねじくれた二本の角が生えている。
魔物だ――即座に判断した冒険者達が剣を向ける。
「邪魔だ」
男がうっとうしそうに手を払う。
次の瞬間、暴風が吹き荒ぶ。
「うおっ!?」
「あがっ!?」
しかもただの風ではない。
魔力を込められたその吹き荒れる風は、触れる者を傷つける風の刃を伴っている。
突如として現れた魔物へ一撃を当てに行こうとした冒険者達は、為す術もなく全身を切り刻まれる。
そしてそのまま突風に吹き飛ばされ、ボールのようにバウンドしながら吹っ飛んでいく。
「――エリアヒールッ!」
ソエルは突如として現れた魔物にも冷静に対処し、即座に範囲回復を行う。
完治とまではいかなくとも、応急処置くらいはできただろう。
怪我人の方を見るだけの余裕はない。
そんなことをすれば、自分もあの風の餌食になってしまうだろう。
「ブラッドベリ卿、コニー卿、私達で仕留めますッ」
「了解した!」
「承知致しましたっ!」
目の前の魔物が只者ではないことを一瞬で看破したソエルは、即座に少数精鋭の作戦に切り替える。
彼女と共に戦うのは、第三騎士団の団長であるブラッドベリと、副長であるコニーだ。
他の冒険者や騎士達は自体を察知し、即座に距離を取る。
ブラッドベリが主、そしてコニーがサブの形で、互いが互いの隙を補うように間隙のないミスリルソードが閃く。
ソエルが二人を援護、支援しながら適宜回復を重ねていく。
王国において最強の騎士が務める騎士団長二人と、副長。
ここにいる最高戦力で相手をした結果は――。
「――ぐうっ!?」
「あぐっ!?」
惨敗であった。
三人は立ち上がることもできず、地面に倒れ込む。
それを見た魔物は、つまらなそうな顔をしながらハンカチで手についた返り血を拭う。
「折角勇者が現れたかと思いやって来てみれば……まさか雑魚達による人海戦術とはな。期待外れも良いところだ」
ソエルは勇者の言葉に、ピクリと眉を動かす。
倒れているおかげでその様子を見られなかったのは、不幸中の幸いだった。
(どこかから勘付かれた? となれば今回の襲撃の理由は、まさか――)
「とりあえずこいつらを皆殺しにするか。人を殺し続ければ、いずれ勇者にも辿り着くことができるだろう……そうだ、冥土の土産に教えてやろう」
その人型魔物の周囲に、風が渦巻き始めた。
魔法を使ったわけではない。魔法を放つために体内で魔力を練り上げる際に、わずかに体表からこぼれ出る余波。
余波だけでこれだけの強風なのだから、その魔法の一撃は推して知るべし。
魔法についての造詣が深い分、使おうとしている魔法がどれだけ巨大で凶悪なものなのが、ソエルにはわかってしまう。
「我の名はベルトール――魔王十指、左第二指の『颶風』のベルトールだ……俺の名前を、死後の世界でも語り継ぐといい」
魔法が発動する。
そして圧倒的なまでの破壊が周囲にもたらされ……。
「何?」
ることはなく。
破壊が始まるよりも早く、飛来した何かによって霧散した。
眉をピクリと動かすベルトールと、地面に倒れ込むソエル。
二人の間に現れ全てを掻き消したのは、砂煙の置くに立っている一つの人影だった。
そこに立っていたのは、ソエルが脳裏に思い浮かべ、ベルトールが探している――勇者レイ、その人だった。
「良くも私の師匠を殺そうとしたな……貴様、絶対に許さんぞ」
「許さないから……なんだというのだ?」






