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なぜか魔族(可愛くない)をテイムしてしまった

作者: 華月




「いやァァァァァァ!!」



その日、とある森にうら若き少女の悲鳴が響き渡った。


その周辺にいた動物は、その高音の大声量に慄き、一斉に森の奥へと散った。

少女の嘆きを表すかのように、森を照らしていた月でさえも、夜空に漂う雲に覆い隠される。



その騒ぎの中心ともいうべき少女は、森の中でも開けた空間にぽつんと佇んでいた。



繊細な銀細工のような美しい容貌も相まって、まるでこの世から掻き消えてしまいそうな程に儚い雰囲気を纏っている。


少女は、人生最大の不幸に胸を痛めるかのように、鮮やかな赤色の瞳に絶望を宿し、ぷるぷると産まれたての子鹿のように膝を笑わせながらガクリと膝をついた。


その拍子に、とろりとした真珠色の美しい長髪がふわりと揺れる。


少女のそんな姿を傍から鑑賞する者がいたのなら、潤んだ瞳と、鳥肌が立ちそうなほど蠱惑的な容姿、そして世にも珍しいと評されそうな色を持つ、腰までの見事な髪にくらりと悩殺されたことだろう。



しかし現在。



それほどまでに悩ましげな表情を浮かべた少女は、絶賛失意のどん底を経験している真っ最中である。


心の中は、もはやこれからの人生への悲観しかない。

やはり、可愛い兎さんに逃げられたショックが大きいのだろうか。動物に嫌われるこの体質は、何とかならないものか。



しかし、事はそんな場合ではない。


兎の代わりに現れたのは、禍々しさが漂う存在で。

つまり。



「可愛くないっ!!!」


「………は?」



可愛いを求めて森までやって来た乙女を甚く絶望させたのである。



一方、渾身の力を振り絞って叫んだ台詞は、少女の目前で腕を組み、不機嫌顔で突っ立っている美麗な男を困惑させるのには十分なものだった。













「おい、勝手に召喚しておいて何なんだその意味不明な叫びは。説明してみろ」



憤然とした様子で舌打ちした男は、まだ二十代半ばの若い男に見える。


しかし、苛立たしげに顔を歪めたその表情は、青年というよりは老成した男にも見える。

物の見事に容姿と雰囲気が合っていない、何ともちぐはぐな印象を醸し出していた。



少女はそんな男をまじまじと見詰め、じとーっと観察する。



白いワイシャツを無造作に腕まくりし、首元には意外にもしっかりと締められている紺色のネクタイ。

そしてそれらを覆い隠すように羽織られた漆黒のローブ姿の謎な男。

さらに足元を見れば、光沢が出た黒い革靴の存在があり、それが彼を『清潔感のある男』という雰囲気にまとめ上げている。



少なくとも、森の中にいるような格好でないのは確かである。



頭からつま先までをじっとりと恨みでも篭っていそうな目で見られた男は僅かにたじろいだが、少女はなおも男を検分する。



そして、はたと気付いた。



人間のような格好をしているが、これは恐らく人間ではない、と。



何も言わずにじろじろと、被検体を眺めるかのような視線が、主に頭部ら辺で固定されたのに気付いた男は、無言で後退る。


真紅に青みがかった瞳は、こう語っていた。




__なんだこいつは、と。




少女の瞳の赤色は、少し茶色が混ざったような色をしている。しかし、真珠色の髪も瞳の色も、世では物珍しい色ではないが、人間に表れることはまずないとされている。



これらの配色が示す意味は、『人外者』。



突然現れたが、何故か自分と似たような人物がもう一人いると眉を顰めながら首を傾げたが、次の瞬間、急に衝撃が走った額の痛みに呻くことになった。



「っ! 痛い!!」


「……人の話は聞け」



可憐な乙女にデコピンをお見舞いするとは、この男、もしや悪魔か。


埒が明かないとばかりに腰に手を当て、ギロリと鋭い目付きで睨みつけた男を、まさに悪魔を眺めるがごとく眼差しで見返すと、男は厳しげに眉根を寄せた。

心無しか、目が三角に見える。



「俺を召喚しておいてケロリとしているお前は大概おかしいやつだが、今はそれを置いておく。……さぁ、さっさと俺と契約しろ。俺はもう帰りたいんだ」


「………へ?」


「だから! 召喚したからには契約しないと俺は元の場所に帰れないんだよ! これから会議なんだから、早くしてくれ」


「……なぜ、見知らぬ男性と契約することになっているのか分からないのですが。それに召喚魔法を展開した覚えもありませんし。よく分かりませんが、突然現れたので、不審者な悪魔ですか? 」


「………おいおい、あんなに熱心に観察していたのは何だったんだ。……ん? 悪魔? まさか、……気付いて、いないのか?」



ゆっくりと確かめるように問いかけられ、途端に私は嫌な予感に震撼した。

男の胡乱げな目に、余計に恐怖心を煽られる。



「はぁ……よく聞け。一度しか言わんぞ。まず、俺は魔族だ」


「ま、魔族……」


(悪魔と大差なかった……)



「『魔の者』を召喚できるということは、その魔族よりも上位の存在ということだ。よって、その魔族をその場で服従させたという扱いになる。よって、召喚者は魔族の主人となり、一生涯の忠誠を得る。魔族側は、そんな召喚者に忠誠を誓う義務が生まれる。これは、召喚魔術の制約により絶対遵守しなければならない。お前は、魔族である俺に今すぐここから立ち去ってほしいようだが、それはお前が俺と契約しなければできない相談だということだ………分かったな?」


「へぇー……って、ただの押しかけ契約じゃない!!」


「お前が召喚をしたんだから、責任は取れ」


「いや、そんな制約とかいいですからさっさとお帰り下さい! 私は使役魔法を使っただけですから! 可愛い動物をテイムするために!」



あんまりな事情に私がぎゃんと喚くように愚痴ると、男も負けじと言い返してきた。



「使役魔法で魔族が召喚できるとか、そっちの方がおかしいからな?!」


「召喚してません! ただ、月光兎の好物であるお酒と人参でおびき寄せて……その、あのモフモフの毛皮を愛でに来ただけで………」



サラッと流されたが、どうやら魔族であるらしいこの男は、そこで、得心したような、呆れた眼差しを向けてきた。



何なのだろうか、その不安になるような眼差しは。



人間を襲うという悪名高さで知られる異形と聞いていたのだが、いやに人間味を帯びていて逆に怖くなる。

思わず後ずさってしまう。


しかし、この小動物に避けられる業を背負ってまで、わざわざあの愛らしい兎さんをこんな夜更けに愛でに来た私の苦労を思えばこそ、ここで引くわけにはいかないのだ。


決して、そう決して、こんな可愛くない人型魔族をテイムしに来たのではないのである。



まだあの夢にまで見たふかふか毛皮を撫でてもいないではないか。


割と初期段階で頓挫してしまったが、ここで何とか軌道修正を図らねばならないだろう。

よって、この不審者はとっとと元いた場所に返却しなければならない。

というか、もう勝手にここに来てしまったのだから、どうか自力で帰って欲しい。



………多分、私のせいではないのだから。



(これから兎を探しても……うん、まだ時間に余裕はありそう。夜が明けたら、また毛皮を触る機会を逃してしまう! その前に、この不審者を退ける必要がある……)




例の魅惑の毛皮は、幼子のぬいぐるみの素材などにも使われるような素晴らしき逸品であるが、実は月光兎は、人を悪夢に落とし込む恐ろしい魔獣としても知られている。


私としては、酒と人参が好物という可愛らしさとのギャップに悶え苦しむばかりで、フシャーッと威嚇する様は見ていて癒されるだけなのだが。



どうか一度だけでいい。ちょびっとだけでもいいから、ふわふわの毛皮をなでなでさせてくれないだろうか。そしてあわよくば、手ずから人参を食べさせてみたい。


しかし凶暴なので、人間からの食事などは受け取ってはくれない場合もある。

その時は、フシャーッという威嚇だけでも視界に収められれば、それはそれで天に召されても文句はない。



ついつい思考が脱線し、目の前の邪悪な不審者のことなどそっちのけでニマニマと小さい灰色毛皮の兎が毛を逆立てる様を夢想していると、いやに疲れたような声が飛んできた。



「……お前、酒に月光を翳しただろ」



思わずキョトンとする。

そして、こんな月夜に何を当たり前のことを………と、可哀想な子を見る目を向けてみる。



「兎さんが舐めやすいように平らなお皿に注ぐ必要があったので、それは当然の摂理です」


「おいおい、それは一種の儀式だぞ。魔族を呼び込むためのな」


「はい?」


「俺たち魔族にとって、酒は唯一の嗜好品だ。それに、世界との境界線を曖昧にする “月光” を翳したらどうなるか、考えるまでもないな。おまけに、使役魔法まで揃っているときた。当然、それは魔族召喚の儀と同義になる」


「………。」




___もしかしたら、私はよほど深い罪を前世で犯してしまったのかもしれない。



嫌そうな顔で手をひらひらと振っている男を呆然と見詰める。



そのまま手元の酒瓶に視線を落とした私は、今度こそ可愛い動物を愛でてやるのだという決意と共に、意気揚々と夜にのこのこ出掛けた過去の自分を往復ビンタしたくなった。



なるほど。

小動物にも触れず、挙げ句の果てに魔族召喚とは。

なんて不運な人間なのだろうか、私は。



しかし、よくよく元凶を辿れば、確実に自らの『動物に嫌われる体質』に行き着くので、私はギリィッと歯ぎしりし、憎しみの眼差しで世界を呪った。


昼間に動物に逃げられていなければ、もふもふ動物欠乏症を事前に解決できていたし、もはや魔獣に賭けるしかあるまいと悲壮な覚悟で森に出陣した先程までの自分もいなかったはずである。



神はつくづく、自分に過酷な試練を与えるのだ。



まるで人一人殺してしまったかのような荒んだ眼差しをしている自覚はあるが、その反応で、私が真に正しく自らの行いを理解したことが読み取れたのだろう。



「どうやら、理解したようだな」



不機嫌ながらも、愉快そうな声音で片眉を器用に持ち上げた男を力なく見返す。

まるで、実刑判決を下された気分である。



「……可愛い動物を愛でたかっただけなのに。毛皮のけの字もない……なぜ、魔族……」



文句たらたらな私に、魔族な男はどんどん不機嫌になる。



「安心しろよ。俺は魔王だから、できないことなど何もない。よって、その辺の毛皮動物を触らせてやることくらい朝飯前だ」


「冗談言わないでください。自分の力で仲良くなってこそ、真のもふもふ欲が満たされるんですよ。ましてや、動物以前に魔族と契約なんて、面倒なことを誰がすると………ん? 今、何と言いました?」


「『安心しろよ。俺は魔王だから……』」


「うぇぇぇぇぇ!?!!」


「おい、それが女の叫び声か!」



耳がキーンとでもなったのか、迷惑そうな顔でますます凶悪な目付きになった男には目もくれず、私はただひたすらに絶望した。



「………まぁ、いい。俺は偉大なる魔王だからな。俺の手を煩わせないという条件の下の契約ならしてやろう。お前も、人間にしてはなかなか見られた方だ。さぁ、さっさと……」


「か、」


「は?」


「魔王なんて………ますます可愛くないぃぃぃぃ!!」



その後、凍りついた男を詰るように、ひたすらにびゃあびゃあと恥も外聞もなく泣き叫んだ記憶はあるのだが、途中で泣きすぎて頭が痛くなり、力尽きるようにパタリと倒れた。


恐らく、魔獣をテイムすべく、連日連夜徹夜で勉強していたのが運の尽きだった。

こんなことになるのなら、あの努力は要らなかったではないかと憤然たる思いでいっぱいである。





その次に目覚めたのはなぜか自分の部屋であり、ちょうど朝日が昇る場面だった。



泣きすぎて腫れぼったくなった目には非常に優しくなかったと記しておこう。

あと、隣にはなぜか母親のように甲斐甲斐しく世話を焼く、知り合ったばかりの魔王(契約済み)がいたとも。



いつ契約を取り付けたのだろうか、この疫病神は。



思わずそんな不遜な眼差しを向けた人間を実はお母さん属性だった魔王は、私の好物のアップルパイで鎮めてみせた。



なぜ私の好物を知っているのか。



まさか寝言で自ら自白していた人間がいたとは微塵も思わず、当然、しばらくはそっと距離を置いた。

アップルパイは美味しくいただいた。



後に、悪逆の限りを尽くしてきた魔王を簡単に服従させ、さらにはそんな存在にアップルパイを献上させるほど手なずけてしまった人間として、魔族界隈ではザワザワされることになるのだが、それはまた別の話。





アークシルと呼ばれる魔王と魂の伴侶と呼ばれる繋がりも得た私は今、渇望していたモフモフ兎を触らせて貰っていた。



魔術で何かしたのか、あれほど小動物に嫌われていた私の膝の上には、借りてきた猫のように大人しいモフモフがふてぶてしく居座っている。

背中を撫でれば、至福とでもいうようにふにゃりとなるのがまた愛いものだ。

来世でまた同じ体質だったなら、今度は最初から魔王をテイムしようと誓った次第である。



「今日のアップルパイは、魔界で有名なシナモンを入れてある。毛が入るから、その毛玉はとりあえず離してから食えよ」


「アップルパイ!! …………え、このアップルパイ、なぜか青いのですが? 毒ですか? 私を毒殺しようとしてるんですか?」


「それは魔界のシナモンだ」


「あの、普通のアップルパイでいいのですが。…………というわけで、こちらのアップルパイは遠慮させていただきます」


「何でだ。毎回同じアップルパイだと飽きるだろうが。そもそも、三日に一度とか普通に食い過ぎだからな」


「………アークも一緒に食べてますよね。大好きならはっきり言いましょうよ。そこのところは、相変わらず可愛くないと思います」


「分かった。三日後のパイはないと思え」


「私のパイを人質……じゃなく、パイ質にするなど! なんて卑劣なんですか! もう許しません絶縁です!」


「は?!」



そこから一週間、私は本当に魔王と口をきかなかった。

パイごときに何をと思うかもしれないが、食べ物の恨みとはそれはそれは深いものなのである。


ちなみに次代のパイは、街のパイを調達してくるか、自分で自給自足して繋いだ。



その間、ツーンと澄ましている私に向かって、魔王は何やら必死に言い募っていたが、たびたび会議やらで姿を消す魔王にかける慈悲はないのである。




とはいえ、魔王作のパイは別格であった。

あれが食べられないなど、一週間断食をしているのと同義である。


よって、最後は私が買ったフリフリの花柄のエプロンを無理やりに着せることで溜飲を下げた。


しかし思いがけず妙に似合っており、ツボに入ってしまった私は、喧嘩という名の戦争の度に、すっとエプロンを差し出すようにしてみた。


結果的に、フリフリエプロンを見ると大人しくするようになったので、思わぬ副産物だったと言えよう。








ここまでお読み下さりありがとうございました!

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― 新着の感想 ―
[一言] フリル付きのエプロンで甲斐甲斐しくお世話をする魔王…(笑) そしてこの娘…一体何者!?(笑)
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