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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ヴァンピール(吸血鬼)はそばにいる

ヴァンピール(吸血鬼)は感染される

作者: 河辺 螢

 吸血ウイルスに冒された人間が、ウイルス仲間を広げる「吸血鬼」事件。

 この国では滅多に取り沙汰されないが、海外で感染した奴が持ち込んだウイルスで、七年ぶりに国内感染者が出た。

 吸血鬼なんてただの伝説。多くの人がそう思っている。だから、このウイルスのことはほとんど知られてはいない。万が一知られれば、迷信的な解釈と共にこの世界にいる全ての「吸血族」が人の敵になる。例え、現実にはちょっと血をもらって生きているだけの、無害な蚊のような存在だったとしても。


 そんな事情もあり、このウイルスが広まっても人間の間ではほとんど話題にも上らず、追跡はもっぱら吸血族と、その研究をしている研究所の職員が対応していた。

 俺たち吸血族は血を得ると怪物的な力を発揮できることもあって、同じように人間離れした力で暴れ回る吸血化した人間を押さえ込むには俺たちが出向いてしかるべき、と言うことになっていた。日頃血でお世話になっている人間への恩返し的な意味もあると言われている。

 初めは自分とは関わりのない地域で流行っていたので、のんきに考えていたけれど、自分の住んでいる市に被害者が出るようになり、事態は一転した。

 俺の家族と、隣の市に住むいとこもかり出され、次々と感染されていく人間達を追いかけ、薬を使って「治療」していった。


 俺の祖父は、人の血を得て生きる「吸血族」だった。

 俺は人間とのクォーターながら、完全に人になることはできず、人と同じような食生活をしながらも、定期的に人の血を得て、食料とは違う栄養源にしなければいけなかった。

 親父や兄貴と違い、俺にはまだ決まった「ドナー」がいない。

 牙を持たない俺たちは、薄い皮を透して浮き出してくる血を吸い取る。定番の首筋か、または唇から理由をつけて血をもらうのは、そういったことが許される関係の特定のドナー、パートナーがいる方が安全だ。

 「恋人」相当の存在から補給するやり方は、割と定番の方法だった。血を与える方の負担になることを避けるため、頻繁に「恋人」を変えるのは、一応人をいたわった方法なんだけど、端から見れば顰蹙を買いがちだ。

 兄貴は本命の「彼女」ができるまでは、結構食い荒らすタイプだった。長子は先祖返りしやすいらしく、俺より兄貴の方が血を必要とする頻度が多かったからいろいろ大変だったんだろう。

 俺なんて、2,3ヶ月に1回血をもらえれば充分だから、結構行き当たりばったりで、そこにいた人にちょーっと催眠かけて、ちょっと血をもらって、はいさようなら、っていうパターンで何とかなっている。どこの誰とも判らず、向こうもこっちを忘れてる方がずっと安全な気がするんだけど。


 最近は、バイト先で補給することが多い。時にはバイト仲間、時にはお客さん、通学や通勤の行き帰りにふらりと、というのもある。

 誰もいない隙に暗示をかけて頭の中を乗っ取り、血をもらって、忘れさせる。

 だから誰も気がつかない。

 …通り魔に近いよな。

 でも、ちょっと血をもらうだけだから、罪悪感なんて沸きようがない。


 吸血鬼退治していると、人間離れした力を使いまくるため、どうしても血が足りなくなる。いつもよりも頻繁に血が必要になり、このところ月1回程度のハイペースで補給していた。

 俺たちの活躍でようやく吸血鬼騒ぎが解決し、そろそろいつものペースに落とそうかなと思っていた頃だった。

 新しくバイトに入った子がなかなかの美人さんだった。人当たりが良く、ちょっと大人しそうな感じで、平たく言えば俺好みだった。仕事もそつなくこなす。

 そんな彼女が、その日の上がりが俺と一緒で、帰る方向も同じだった。

「大分慣れた?」

「はい、お陰様で、皆さん優しいので、楽しく仕事してます」

 笑顔も悪くない。

 たわいもない雑談をし、そろそろ駅へと曲がるところで、何故か彼女は大通りの一歩手前の道を曲がった。

 人通りの少ない道に手を引かれて驚いていると、にっこり笑った目… あれ?

 いつも俺がやってるのの逆…?

 赤い目に、やばい、と気がついたのが、少し遅かった。

 考えていることがまとまらず、ぼーっとしてきて、体が勝手に動く。目に映るのは、さっきの何倍もきれいなお姉さん…美しい…。目が離せなくなる。軽いめまいと、嗅ぎ慣れない甘い匂い。

 微笑みの女神様。ワタシハ アナタノ トリコデス。

 首に回された手。ダキツカレテ シアワセデス。

 左に倒される頭。アナタニ チュウセイヲ チカイマス。

 痛みなく首に刺さった牙が、体の中の何かを逆流させた。

 首に刺した牙の痛みを麻痺させる、吸血牙族の毒が体に流れ、途端に、全てが楽しくなってきた。

 吸い付く彼女の頭を優しく掴んで、くいっと首から抜くと、ギラギラした目がとてもかわいいので、そのままぎゅっと抱きしめたら、ボキッと変な音がした。

 俺も吸わなきゃ悪いよなあ、牙はないけどごめんね。がぶっと口を首に当てたら、噴水のようにあふれてくる。こんなにいっぱいもらわなくてもいいのに。勿体ないからできるだけ飲んでおこう。

 ついでに他もいこうか。

 彼女の首に手を回して小脇に抱え、店の建ち並ぶ街の屋上に這い上がった。

 キラキラ光る世界がきれいだなあ…

 どの子にしようか。

 いっぱい飲んだから、何だか力が有り余っちゃって。

 どの子が良いですか? さっきまで美人だったのに、何か目をひん向いて泡なんか吹いちゃって、動かなくなった。足りないんだな? 足りないなら任せてください、女王様。

 女王様のために、急ぎ、活きのいいのを2,3人見繕ってきましょう!

 人間のはしご、万歳!

 ターゲットは、あいつだ! ようし!

 女王様は男の血がいいですよね!

 通りすがりのあの男にしましょうか。

 はい、ひっかかりましたー。どうぞ、お召し上がりください。いい感じにエサになってます。

 …あれ? 女王様の返事がない。

 仕方がないなあ…。男はあんまり好みじゃないけど、ご飯は残しちゃ駄目だからね。

 女王様は寝ちゃってるからもういいや。ぽいっと下に置いて、首筋からちゅー。一口、二口、…ぷはあ。まあまあかな。

 じゃあ、次は俺好みで女の子、行きましょう!

 と思っていたら、いつの間にか目の前に男が立っていた。

「玲二…?」

 ハイハイ、玲二君ですよー。って、こいつ、誰だっけ?

 やだなあ、次は女の子だって言ってんのに。

 あ、何だ、すぐそばにいるじゃないか、かわいい子。

 男の後ろにいたかわいい子の腕を掴んだ途端、その前にいた男に問答無用でぶっ飛ばされ、壁までぶっ飛んで…そこからの記憶は、ない。


 気がついたら、知らないところで寝かされていた。

 一見病院のようで、窓もなく、殺風景な部屋だった。

「目が覚めたようね」

 白衣でめがねのお姉さんが入ってきた。

 続いて、父さんと兄貴、いとこの流斗も来た。

 手首を固定していたベルトを解かれ、聴診器を当てられ、血圧測定。足首と腰もベッドに固定されていたけど、それも解いてもらえた。

「朝の血液検査の値だと、もう大丈夫じゃない?」

 みんなが神妙な顔をしている。

「何があった?」

「覚えてない…?」

 兄貴がじっと俺を見てる。

「何?」

「おまえ、吸血牙族にやられたんだけど」

 吸血…牙族?

 あ、バイト先の女の子。

「バッチリ虜にされた上、血を吸われて、悪酔いしたのか、大暴れ…」

「えっ??」

「吸血牙族の子は天国に片足突っ込んでるよ。あの子、吸血ウイルス感染の疑いがあったから、念のため治療薬打って。…おまえにも打った。」

 治療薬…。

 上半身を起こして、全身が痛いのに気がついた。脇腹も痛い。これ、肋骨折れてるかも。

 俺、暴れすぎ?

「俺は悪くないからな」

 流斗がえらい怒ってて、すごい目で睨み付けてくる。何で?

 訳が判らず首をかしげていると、兄貴が苦笑しながら教えてくれた。

「おまえを止めたの、流斗だから」

「俺、流斗にボコられたの?」

「おまえがあいつに手を出すからだ」

 ずいぶんお怒りだ。いつもクールぶって何があっても卒なくこなす奴なのに…

 あいつ?

 兄貴が俺の耳元で、小さな声で

「おまえ、流斗の彼女に手を出そうとしたから…」

 ぜんっぜん覚えてません!

 手を出す? 俺が?? いやいやそれより、

「あいつの彼女って、とっかえひっかえの短期捕食の獲物だろ? そんなムキになるなんて…」

「…最近できた本命の子だよ。かなり入れ込んでるようだよ」

 あいつが入れ込むなんて、初めて聞いた。それは、…すごくまずい。

「手出したって、…吸ってないよね?」

「口つけてたら、今頃あの世だ」

 うわあ、流斗が怒ってる。まじおこだ。

「牙族の毒でラリってようが、次、同じことをしたら容赦しないからな」

 それだけ言うと、流斗はプリプリと怒ったまま部屋を出て行った。

 父さんが溜め息をついた。

「まあ、吸血族同士で血を吸い合うなんて、かなりレアケースだけど。向こうもだが、おまえも気がつかないもんかなあ…」

 普段なら、確かに気配で気がつく筈なんだけど。うーん。何でだろう。

「周りの記憶消すのも大変だったし、流斗が怒るのも仕方がないよ」

 後で謝りに行こう。


 今回の事件で自分の立ち位置が変わってしまった。

 吸血族でありながら、吸血牙族に吸われ、吸血ウイルスの感染者になってしまった可能性のある俺は、抗体持ちであることが確認されたら、今後は定期的に自分の血を採られることになるらしい。

 牙がない俺たちが媒介することはないけれど、抗体のある吸血族の血は例の治療薬の素材になるそうだ。よもや血を採る側から、採られる側になろうとは。

 献血の補填のための血液提供は受けられるが、逆に言うと、安全な「素材」確保のため、ちゃんと検査を受けた人間の血しか飲んじゃ駄目だって…。

 ええーっ。そんな食糧管理あり?

 自分の好きな時に「食事」できないなんて…。しかも直飲み禁止? 冷たいし、パック詰めだし、男のか女の子のかも判らないし。

 面白くなーい! 我慢できるかー!!

「身から出た錆」

 …まあ、数回献血したら、とっとと逃げちゃえばいいや。人間のためにそこまでやる義理ないし。


 俺の血を吸った吸血牙族の子は、その後、無事回復したものの、意識が戻った途端、鍵のついたドアを壊していなくなっていた。さすがヴァンピール。

 そして俺もまたすぐに傷は治り、ヴァンピール研究所から退院することができた。

 幸い、あの吸血牙族はかなり前に感染歴はあったものの今はウイルス保持者じゃなく、俺も吸血ウイルスには感染していなかった。吸血の自由、万歳!


 その後、流斗が地味な女の子を連れて歩いているのを見かけた。「彼女さん」かなあ。

 何だか普通の子だなあ。

 誰かが味が気に入ったとか言ってたけど、ほんとかな。

 どうなんだろう。伝説のレアブラッドだったりして。一口、試してみたいな。でも、ヴァンピールは獲物を横取りされるのを嫌がるからなあ…。人間も一緒か。

 だけど、他の奴のお気に入りって、取ってみたくなるのも、人情? ヴァンピールの性?

 通りすがりに出会っちゃったら、仕方がないよね。

 どうせ忘れちゃうんだから、バレないし。

 まあ、そんな機会があったらね。


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