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6.昼の不思議



 月海が城に常駐するようになって一週間が過ぎた。

 護衛官とはいえ、和成が城内で通常業務を執り行っている状態では何の用もない。月海は和成とほとんど顔を合わせることもなく、今まで通り財務局官吏として働いていた。

 あの不思議な光景を目にしてから一週間、月海は気になって毎晩廊下に出て外を眺めた。その間和成は、毎晩現れては月に向かって何かを語りかけていた。

 他にも和成には不思議な行動が見られる。誰かに呼ばれたわけでもないのに、突然振り返るのだ。

 たまたま後ろにいて目が合うと、驚いたような、がっかりしたような、複雑な表情をする。実際に驚くのは後ろにいた人の方なのだが。

 昼休み、中庭にある池の畔の椅子に座って、月海は和成の不思議について考えていた。

 すでに自覚はしていた。自分は和成に恋しているのだ。

 気がつけば和成のことを考えている。姿を見れば目で追っている。言葉を交わせば一日中うきうきするし、姿さえ見ない日は心に穴が開いたような気分になる。

 自覚した途端、楽しいばかりではなくなった。想っても仕方のない相手なのだ。

 和成は君主で、父娘ほども年が離れていて、おまけに聞くところによると、亡くなった妻である先代君主を今でも深く愛しているという。

 池を見つめて大きくため息をついたところに、声をかけられた。

「どうした。里心が付いたのか?」

 驚いて声のした方を向くと塔矢が立っていた。

「そんなんじゃありません」

 月海は不愉快そうに塔矢から顔を背ける。塔矢は笑いながら月海の隣に腰を下ろした。

 塔矢は時々月海を子供扱いする。それがいつもシャクに障った。

 先輩たちが言うには、昔、優秀なくせに塔矢に手を焼かせた部下がいたらしい。その部下に月海がよく似ているので、塔矢が世話を焼きたがるのだろうと言う。

 優秀なところが似ているのならいいが、手を焼かせるところが似ていてもあまり嬉しくはない。

「城暮らしはどうだ? もう慣れたか?」

「……別に、どうと言うことは……」

 気のない返事をする月海の顔を塔矢は覗き込んだ。

「どうした? 何か気になることでもあるのか?」

 月海は塔矢を見つめて少しの間考えた。

 和成は昔、塔矢の部下だったらしい。夜の行動はともかく、昼間の行動については塔矢ならその理由を知っているかもしれない。

「和成様は何をご覧になってるんでしょうか?」

 唐突な質問に塔矢は怪訝な表情をする。

「時々、何もないのに突然振り向かれるんです」

 それを聞いて塔矢は納得したように口元を緩めた。塔矢もあの奇行を見たことがあるようだ。

「あれは多分、先代を捜しておいでなのだ。時々後ろにいるような気がするとおっしゃっていた」

 月海は思わず眉をひそめた。

「亡くなった奥様がですか? 怖いじゃないですか」

 塔矢は声を上げて少し笑った。

「確かに我々はそうだが、俺は以前、殿から伺っている。幽霊でもいいからもう一度会いたいと」

 胸の奥がチクリと痛んで、月海は塔矢から目を逸らした。

 塔矢は懐かしむように目を細めて話を続けた。

「おまえも知ってるだろうが、殿は若い頃から頭は切れるし、腕は立つし、見てくれもあの通りかわいいから城内の女性陣にモテモテだったんだ。けど、ニブイ方でなぁ。少年のようにかわいい容姿をおもしろがられて、からかわれているとしかお思いにならない」

 腕を組んで大袈裟にため息をつく塔矢を見て、月海は思わずクスリと笑う。

「自分のお気持ちさえ、俺が指摘するまでお気づきにならなかったほどニブイ方だ。何でもできて、大概のことは器用にこなすが、心は誰よりも不器用で、二度と会えない女を十年以上経っても変わらず想い続けている」

 塔矢の話を聞きながら、月海の胸はズキズキと痛みを増してくる。それでも和成の事を知りたい欲求の方が優り、月海は尋ねた。

「大恋愛の末に結ばれたと聞いてますが……」

「それはちょっと違うな。殿が一方的に想い続けていただけだ。やっと想いが通じて、結婚の約束をした翌日、先代は戦でお亡くなりになった。お二人が実質、夫婦や恋人同士だった時間は一日にも満たない」

「なんか……切ないですね……」

 そう言って俯いた月海の頭を塔矢はコツンと叩いた。

「こら。おまえが切なくなってるんじゃないだろうな」

 塔矢に指摘され、月海は俯いたまま、みるみる顔を赤くした。その様子が紗也への想いに気付いた時の和成にあまりにも酷似していて、塔矢は思わず額に手を当て目を閉じると、空を仰いだ。

「……ったく。俺の選ぶ護衛ときたら、どいつもこいつも想ってもしょうがない相手にばかり惚れる」

 塔矢の言葉をもっともだと思いつつも、月海は俯いたまま力なく反論する。

「身分違いなのはわかっています。あの方に応えてもらおうとは思っていません。でも、私が勝手に想いを寄せるのは自由でしょう?」

 塔矢は苛々したように月海を諭す。

「身分をとやかく言ってるんじゃない。さっき言っただろう。あいつは今も紗也様以外の女は眼中にないんだ」

 無意識のうちに塔矢が和成をあいつ呼ばわりしている。素に戻っているということは、それだけ月海を心配しているのだろう。

 塔矢は月海を見つめて厳しく言い放った。

「断言してもいい。あいつがおまえに振り向くことは絶対にない。傷が浅いうちに見切りを付けろ」

 月海はムッとして立ち上がった。そこまできっぱり断言されるとかえって闘志が湧いてくる。

 本当は密かに想っていようと考えていたが、白黒付けてみたくなった。

 月海は塔矢をまっすぐ見つめて宣言した。

「わかりました。塔矢殿が言う事が本当かどうか自分で確かめます」

 塔矢はひるむことなく、不敵の笑みを浮かべて月海を見つめ返した。

「いいだろう。あいつがおまえの想いに応えたなら、裸で逆立ちしてやる」

 月海はガックリ肩を落とすと呟いた。

「……見たくないから、それはいいです」




Copyright (c) 2012 - CurrentYear KiyomiYamaoka All rights reserved.



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