王子様と平民をくっつけたいので悪役令嬢に徹することにした
昔から憧れだった。
平民出身の女の子が王子様に惚れられ、そして二人が結婚する物語が。
女の子だったら誰しもが、身分を越えた愛の物語に胸をときめかせ、いつか自分もこうなりたいと夢を抱く。
わたしもそんな当たり前のような女の子だった。
けれど、わたしにはそんな未来は絶対にありえない。
なぜなら――
「なんで、わたしは公爵家の娘に生まれてしまったんでしょう」
誰かに聞かれていたら、顰蹙を買いそうな文句をわたしは口にしていた。
そう、わたしは公爵令嬢の娘。
なので、王子様と結婚しても、身分を越えた愛なんて、とてもじゃないが言い難い。
そもそも、幼い頃に第二王子と婚約を済ましてしまっているし。
王子様と結婚することは自分にとって当たり前のことすぎて、自分の心はなんらときめくことがない。
王子様と結婚すべき人は、平民出身の女の子であるべきだというのに。
「どうしたの浮かない顔をして?」
ふと、話しかけられて顔をあげる。
すると、そこには馴染み深い顔があった。
「いえ、お気になさらないでくださいまし。少し考え事をしていただけですので」
「そう、なら、いいんだけど」
話しかけてきた人は、まさにわたしの婚約者であり第二王子のルドビック・オルジェルド様。
端正な顔立ちに金髪碧眼。そして、背も高い。
しかも、学業も優秀な上に剣術も学院で一番の実力者。
「リリアーナが憂鬱だと僕までも気分が重くなるからさ。だから、気になることがあったら、なんでも言ってよね」
その上、性格まで良いときた。
まさに、理想の王子様。
だからこそ、わたしにはもったいなさすぎる。
ルドビック様のようなお方こそ、平民出身の娘と結婚すべきなのに!
なんで、わたしが婚約者なんだろうか。
はぁ、こんなことを思っているなんて、口が裂けても言えないですわね。
◆
王立魔法学院。
それが、わたしやルドビック様が通っている学院。
この国では、貴族というの魔術が使える者を指しますので、王立魔法学院には貴族しか通っていない。
なので、ルドビック様が平民出身の少女と知り合うなんてことは起こり得ない。
知り合う機会がなければ、結婚なんてできるはずがありませんわよね。
「ねぇ、リリアーナ様。この学院に平民出身の女子生徒が転入されたことはご存知ですか?」
「えっ? そうですの?」
複数人の生徒たちとお茶会をしていたとき、ふと、そんな話題があがった。
「この学院に平民出身の女子生徒ですか?」
「ええ、なんでも平民のくせに魔法が使えるらしいですわ。だから、特別にこの学院に通う許可がおりたんだとか」
「そうなんですの」
「それにしても、リリアーナ様にまだ挨拶もしに来ないなんて、とんだ失礼な小娘ですわね」
「平民だから、礼儀作法がなってないに違いありませんわ」
「なんで、そんな無礼の子をこの学院に入学させたのかしら」
「いくら魔法が使えるからって、入学させなくてもいいでしょうに」
生徒たちの会話はほとんど聞こえていなかった。
なぜなら、歓喜に胸を震わせていたから。
平民出身の女子生徒だって!?
もしかしたら、わたしがもとめていたルドビック様と結婚すべて少女かもしれませんわ!
「今すぐ、その生徒をここに連れてきてくださいまし」
気がついたときには、わたしはそう口にしていた。
早くその生徒をこの目で見たいと思ったのだ。
「そ、そうですわよね。公爵家のご令嬢であるリリアーナ様に挨拶しないなんて、とんでもなく無礼なことですものね!」
「今すぐ、平民の子を探してきますわ」
「早く、ここにつれくるのよ!」
取り巻きの生徒たちが慌てた様子で、散らばっていく。
どうやら平民出身の女子生徒を探してきてくれるらしい。
それから待つこと数分後――。
慌てた様子で、一人の女生徒がここにやってきた。
「お初にお目にかかります。ルーナ・アルビッシュと申します。その、自分は平民出身の身でありますので、リリアーナ様への挨拶を大変不躾ながら承知していませんでした。どうかご容赦していただけると、幸いです」
ルーナと名乗った少女はそう言って、頭を低くさげる。
ま、まさに、理想的な女の子!!
茶髪のカールかかった長い髪といい、大きなタレ目にあどけなさが残る顔立ちといい、まさに理想的な平民出身の出で立ち。
可愛ければ、素朴な雰囲気を残している。まさに理想。
こういう子こそが王子様と結婚すべきなんですわ!
あぁ、でもどうしましょう。
ルドビック様はすでにわたしの婚約者。
ルドビック様が目の前のルーナと結婚するにはどうしたら?
はっ、そうだわ!
悪役令嬢を演じればいいのよ。
そうよ、これからルーナを徹底的にいじめてやればいいのだわ。
そのことが発覚して、わたしは婚約破棄。
そして、王子様に助けられたルーナは恋に落ち、ルドビック様もルーナ様のことが好きになれば、成立しますわね!
よしっ、なんとしてでもルドビック様とルーナを結婚させる。
そのためなら、悪役令嬢になることぐらい容易いことですわ!
「ルーナ」
「は、はい!」
「あなた、これからわたしの荷物持ちを担当なさい」
「わ、わかりました」
ルーナはうやうやしく頭をさげる。
これからルーナをいじめるには、ルーナを近くに置かなくてはいけませんわ。
そのために、まず、荷物持ちをさせることからですわね。
それから、わたしは学院内では特別な理由がない限りルーナを連れ歩くことにした。
その上で、荷物持ちをさせるという虐めをすることにした。
もちろん、それだけではない。
例えば、ルーナは平民出身ということなので、礼儀作法がなっていないことが多かった。
「あなた! こんなことも知らないなんて、今までどんな教育を受けてきたのかしら!」
だから、礼儀作法がなってないのを見つけ次第、強く叱責することにした。
「も、申し訳ありません!」
叱責させるたびに、ルーナは涙目になった表情で頭をさげる。
いい感じですわね。
叱責した後は、正しい礼儀作法をルーナに徹底的に教えてさしあげた。
この子は将来、王子様の妃となる以上、正しい礼儀作法を身につけておかないと後々困ることになるだろうと思ってのことだ。
ただ、ルーナは平民だった頃の生活が長かったせいだろう。礼儀作法を身につけるのに、非常に苦労していた。
それでも諦めず徹底的に教えることにした。
いわば、スパルタだ。
このスパルタ教育も虐めの一貫である。
ルーナはわたしに叱責されるたびに、涙目になっていたが、がんばり屋なのか諦めずわたしについてきてくれた。
よしっ、計画は順調だ。
もちろんルーナに対する虐めはこんなものでは済まない。
例えば、ルーナは学業の成績があまり芳しくなかった。
平民出身だったから、これまでまともな教育を受けてこれなかったので、仕方がないことなのだろう。
とはいえ、わたしは悪役令嬢。
ルーナの成績が悪かったら、それを徹底的に追求した。
「こんな簡単な問題もわからないなんて、この学院に通う資格なんてありませんわよ!」
「申し訳ございません、リリアーナ様!」
と、こんな具合である。
もちろん叱責した後は、ルーナに勉強を教えた。王子様の妃となる以上、学業ができないと恥をかくと思ったからだ。
もちろん、優しくなんて教えない。
教えるときは、あえて厳しく教える。
これもルーナに対する虐めの一貫だ。
礼儀作法や学業だけではない。
魔法や馬術や、音楽など、できないことあれば、厳しく追求してから、ルーナができるようになるまで教育した。
よしよし、計画は順調ですわね。
きっと、ルーナはわたしのことが憎くて憎くて仕方がないに違いありませんわ。
それから、ルドビック様に対するアプローチも欠かさなかった。
この計画を成就させるには、ルドビック様がルーナのことを好きになる必要がある。
だから、わたしはルドビック様と会うたびに、ルーナの話をすることにした。
まず、ルーナがいかにダメかって話をした。
「ルーナって子は平民出身だからでしょうから、ホントダメな子なんですわ」
「へー、そうなんだ」
「えぇ、なんであんな生徒がこの学院を通っているのか、ホント理解できませんのよ。今日も彼女に言ってやりましたわ。なんで、こんなことも出来ないんですの! ってそれはきつくきつく言ってやりましたわ」
ここまで言えば、ルドビック様の中で、わたしに対する評価が下がり、それに対し、ルーナを助けてあげたいという気持ちが湧くはずだ。
「でも、リリアーナはルーナができるようになるまで教えてあげてるって噂で聞いたけど」
「それは、ただの憂さ晴らしですわ。彼女を厳しく叱ると、わたくしの気分が晴れますの」
「そ、そうなんだ……」
わたしの計画はこれで終わりではない。
ルドビック様とルーナが仲良くなるように、仕向けることもあった。
例えば、ルドビック様とルーナを同じ場所に同時に呼び出す。
けれど、そこに私は現れない。
そうすれば、ルドビック様とルーナが偶然会ったのをきっかけに自然と仲良くなるはずだ。この二人が結婚するには、そもそも仲良くならないことには始まらない。
「よしっ、うまくいったようですわね」
わたしは遠くの木陰に隠れては様子を伺っていた。
目線の先では、わたしが呼び出したルドビック様とルーナがばったりと出くわしては、なにやら会話を始めていた。
ふふっ、どんな会話をしているのでしょうか。
ここからでは聞こえないですけど、きっと、二人はわたしに関する話をしているに違いありませんわ。
わたしがいかにひどい悪女であるか、お互い認識しあっているに違いありませんわ。
そして、わたしを断罪しようと二人は協力するに違いありませんわ!
あぁ、それにしてもルドビック様とルーナはなんてお似合いな二人なんでしょう。
どちらも美男美女だからでしょうか。二人が会話しているだけで、周りにお花が咲いたんじゃないかと思ってしまいそうになりますわね。
あぁ~、やはり身分差のある二人が結婚するのを想像するだけでも幸せな気分になりますの。
よしっ、二人の結婚を実現させるためにもわたしは悪役令嬢をまっとうしてみますわ!
◆
ルーナを虐め始めてから、いくばくかの時が流れた。
「リリアーナお姉様、お荷物をお持ちいたします!」
「あら、今日もありがとうルーナ」
「いえ、私リリアーナお姉様のお役に立てて大変嬉しいです」
「あら、そう言っていただけるなんて、とても嬉しいですわね」
そう言って、わたしはルーナの頭をなでる。
すると、ルーナは幸せそうな表情を浮かべていた。
わたし実は、今困っていますの。
というのも、最近ルーナを叱責できていないのです。
わたしがルーナを厳しく教育したせいか、今のルーナはどんな貴族よりも貴族らしい振る舞いができるようになってしまいました。
だから、どこにも欠点が見当たりませんわ。
欠点が見当たらないと叱責するのも難しいんですの。
とはいえ、わたしが過去にやったルーナに対する悪行がなくなるわけではありませんし、ルーナとルドビック様が惹かれ合っているのは間違いありませんわ。
だから、わたしが断罪され、婚約破棄されるのも間近に違いありませんわ。
「そうだ、ルーナ。今度行われるダンスパーティーに出席いたしませんこと?」
「えぇっ、でも平民出身の私なんかが出席してもいいんですか?」
「あら、今のルーナなら平民だからと文句を言うような輩はおりませんわよ」
なんといっても、ルーナが妃となっても大丈夫なように、この私が教育したんですもの。
だから、今更ルーナに文句をいう貴族はいないでしょうね。
「そういうことでしたら、ぜひ、参加したいです!」
ルーナは嬉しそうに肯定するのだった。
そういえば、ダンスパーティーにはルドビック様も参加するご予定だったはず。
はっ、もしかすると、このダンスパーティーで婚約破棄されるかもしれませんわね!
これは期待せずにはいられませんわね!
それから、ダンスパーティーが始まりました。
ダンスパーティーは学院主導のもので、生徒のほとんどが参加する運びとなっていました。
もちろん、その中にはわたしやルーナ、そして、ルドビック様も参加しています。
「うわー、私こういうダンスパーティーずっと憧れていんです!」
ドレスを着たルーナを目を輝かしてそう口にする。
「ルーナ、あからさまに興奮するのは、はしたないですわよ」
「も、申し訳ございません、リリアーナお姉様」
叱責されたルーナはしょんぼりする。
よし、今の叱責は中々悪くありませんでしたわね。ふふっ、悪役令嬢ポイントが加算されたんじゃありませんこと。
それから、ルーナや他の女生徒たちと立食しながら、談笑をかわして過ごしていました。
「やぁ、みんな楽しそうでなによりだよ」
ふと、私でも見惚れてしまうほど、いつもより一段と凛々しい格好したルドビック様がいた。
どうやら女性も同じことを思ったようで、ルドビック様に対し黄色い声援があがっていた。
「そうだ、誰か僕と一曲どうかな?」
そう言って、ルドビック様が手を伸ばす。
とはいえ、ルドビック様はあまりにも高嶺の花。自ら進んで、踊ろうなんて名乗り出る生徒はいなかった。
「ルーナ、ルドビック様と踊って差し上げなさいな」
「よ、よろしいのですか?」
ルーナは私の顔を見て、そう訪ねる。
「あなたにはダンスだって教えたでしょう。であれば、なんの問題もないと思いますけど」
「そうだね、ルーナさん。この僕と一曲、踊ってくれませんか?」
「はい、よろしくお願いします……」
おずおずといった様子で、ルーナがルドビック様の手をとる。
しめしめっ、これで二人の仲はさらに進展するはずですわね。
私がうまく二人を引き合わせているおかげか、二人の仲は良好なようだ。恐らく、すでに二人はお互いを想いあっているに違いありませんわね。
「リリアーナ様、よかったんですか?」
「ん? なにがですの?」
ふと、仲の良い女生徒の言葉に耳を貸す。
「だって、ルドビック様はリリアーナ様の婚約者なのに、他の女性と踊るなんて……」
「あら、わたしがいいと言った以上、なにも問題ありませんよ」
私がそう言うと、「そうですよね」と女生徒は引き下がったと思うと、こう口にした。
「それにしても、リリアーナ様はルーナさんのことがホント好きですよね」
「……は?」
今、この女生徒なんと言いましたの?
「えっ、違うんですか?」
女生徒も困惑した顔をしていますし。
わたしがルーナを好きですって? わたしは悪役令嬢として、ルーナを徹底的に虐めてきたのですわよ。
であれば、傍から見れば、わたしはルーナのことを嫌いに見えるはずですわよね。
そんなことを思っていた矢先――。
ふと、ダンスパーティーの開場がざわつき始めたことに気がつく。
どうやら、誰かと誰かが口論を始めたようだった。
って、口論しているのルドビック様とルーナじゃありませんの!?
ど、どういうことですの!? お二人は愛し合っているはずではありませんの!?
「お、お二人ともなにをしていらっしゃいますの!」
とにかく口論をとめなくては! と思い、慌てて二人のいるところに行く。
すると、二人は同時にわたしのこと見て、こう口にした。
「お姉様は、ルドビック様より私のことのほうが好きですよね!」
「なんで、リリアーナは婚約者である僕より、この女のことばかり気にかけるのさ!」
「……え?」
わたしは二人がなにを言っているのか、理解できないでいた。
「いいですか、平民だからと虐められていた私をリリアーナお姉様は私を荷物持ちという付き人にすることで、守ってくれたんですわ!」
「リリアーナはどんな身分に対しても優しいだけさ!」
「いえ、違います。リリアーナお姉様は私にだけ特別に優しいんです。なんたって、私はリリアーナお姉様からたくさんのことを教えてもらいましたもん。礼儀作法に魔法、勉学、剣術、馬術、それに音楽あらゆることを私にだけ教えてくれましたもん。正直、私はこの学院に来て、自分のできなさに挫けかけていました。けれど、リリアーナお姉様が厳しく、けれど、できるようになるまで根気よく教えてくれたおかけで、私は脱落せずに済んだのです! こんなに私のことを面倒みてくれるんですから、リリアーナお姉様はあなたより、私を一番に愛しているに違いありませんわ!」
「く……っ、たしかに、リリアーナは僕と会うたびに、君のことばかり話題にする」
「あら、自覚あるじゃないですか。だったら、そろそろ諦めたらどうですか?」
「くっ、くそっ、わかったよ!」
ルドビック様は憎々しげな表情をして、わたしのほうを向き直った。
「リリアーナ、僕との婚約を破棄してくれ!」
「えっ……」
よくわからないですけど、これは目論見通り婚約破棄されたってことでいいのかしら……?
「僕には君の隣に立つ自信がない。その代わり、彼女を幸せにしてやってくれ!」
そう言って、ルドビック様は泣きながらパーティーの会場から走って逃げていった。
「え、えっと……」
なにが起きたかわからなすぎて、追いかけることもできないでいた。
「リリアーナお姉様!」
と、ルーナが腕にガシッしがみついてくる。
「悪い虫はいなくなりました! これでやっと私とお姉様が結ばれますわ!」
そう言ったルーナの顔は、恍惚としていて、どう見ても好きな人を見る表情をしている。
お、おかしい、こんなはずではありませんでしたのに。
一体、私はどこで間違えましたのぉおおお!
よろしれば、下より評価いただけると幸いです。
それと、普段はこういう長編ものを書いていますので、こちらもあわせてよろしくお願いします。
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