盗人の過去
「あんたと同じ"同業者"だ!」
少年は腕を組んでいる。
「えぇー!!」
俺と白玉様は同時に叫ぶ。
「同業者ってことは………そういうことだよな!?」
言葉が見つからず適当に言ってしまった。
白玉様も呟く。
「あり得ん。 この仕事は学一人のはず……」
少年は俺を指差し言う。
「稲守! 俺と戦え! 俺が勝ったらその刀を頂く!」
言うやいなや飛びかかって来た。
「ちょっと待て!君は一体!?」
「俺を倒したら言ってやるよ! おらっ!」
彼は腹に拳を当ててくる。
「ん? 痛くないぞ?」
少年を見ると地面にへたばっていた。
しゃがみこみ尋ねる。
「おい、大丈夫か?」
「腹減って力でねぇ……」
「腹減って……って……」
「とりあえず、これ食え。」
俺は持参していた食料を渡した。 少年は直ぐに食べだした。
「あんた、やっぱ優しいな。職業柄お前みたいな奴いないと思っていたが。」
「しかし、固がゆなんて久々だな」
固がゆとは、現代のように米を炊いたものをいう。
「それより、君は何者なんだ?俺と同じ職業とはどういうことだ。」
俺は疑問をぶつけた。
彼は少し思案したあと話しだす。
「命の恩人だから言うけど、他の奴には言うなよ!?」
「俺は"安麻呂"。盗人だ。」
「ぬっ、盗人!?」
「そうだ。 さっきはお前の刀を盗ろうとした。」
「刀を金に変える為だ。」
盗人発言に驚いた。 しかし、何故盗みなんてしているのか。
俺は至極当たり前な質問をする。
「なんで盗むんだ?」
少し口をつぐんだあと答える。
「妹の為だ。」
「俺の妹、月夜女は病に冒されている。俺があいつに食わせてやらねぇと死んじまう!」
「付いてこい。」
俺と白玉様は大人しく安麻呂に付いて行く。
大きな木下のボロボロな筵に少女は荒い息をし、寝ていた。
「月夜? 帰ったぞ」
安麻呂の言葉を聞き、彼女はゆっくりと起き上がる。
「あ、兄様。おかえりなさい。」
「ごめんな。今日の飯は……ないんだ……」
安麻呂は俺をチラッとみる。 なんだよ、刀を売って、飯代にするつもりだったのか。
白玉様は彼女を見つめ俺に告げる。
「この女子長くはない。 医者に見せればなんとかなるじゃろうが。」
「兄様、そこの方はお医者様ですか?」
か細い声で月夜女は言った。
俺はなんとも言えない気持ちになる。
「違う。俺を助けてくれたんだ。」
彼女は俺に視線を合わせ言う。
「兄様をありがとうございます。」
俺は悲しくなりながも答える。
「いいよ。」
そのやり取りをみていた安麻呂は何やら葛藤していた。
俺がその様子を見ていると、ガバッと顔をあげ、俺に懇願してきた。
「稲守! 飛鳥で一番腕のいい医者に妹を診せてやってくれないか?? 初めてあったあんたに頼むのもおかしな話だが……。俺は妹を救いたいんだ!」
「俺の唯一残った家族なんだ!!!」
安麻呂は泣いていた。 その涙をみると心が動かされ、自然と月夜女を背中に背負っていた。
「安麻呂! 今から板蓋宮に行くぞ!」
彼は涙を流しながら言う。
「いいのか?本当に……」
「あぁ! 安麻呂走れるか? 全速力で行く!」
白玉様はやれやれと言った表情をしていたが、何処か優しい目をしていた。
「学ならそうすると思った。」
なんとか板蓋宮についた俺達は一旦俺の部屋に集まった。
「稲守様! 湯と布をお持ちしました!」
佐久山郎女は急に帰ってきた俺に驚きながらも要求をこなしてくれた。
「ありがとう佐久山さん。」
「なぁ! 医者は……!!」
安麻呂は待ちきれないようだ。 俺の後を懸命に追い、息が切れているが妹から離れない。
「わかってる! 待ってろ! 月夜女……」
入口から皇子の声がする。
「帰ってきたのだな。稲守。」
「皇子!」
俺の声に呼応して安麻呂と佐久山は頭を床につける。
「この娘を救いたいんです! 飛鳥で一番の医者を!!」
皇子は月夜女を一瞥し、後ろにいる付き人に何かを伝える。 そして、彼らは何処かに行った。
「稲守。 その男は誰だ?」
「安麻呂と言う者です。」
皇子は顔をしかめる。
「安麻呂……何処かで聞いたな。………都を困らせている盗人か。」
安麻呂の身体が恐々と反応する。
「も、申し訳ありません! 妹の月夜女に食を与えたく……」
「言い訳は不要。」
「それよりも、お前達は渡来人の子孫ではないか? 髪と目の色が大和の者ではない。」
「はい。」
俺は安麻呂をみる。 そうだったのか。
安麻呂と月夜女は、隋からの渡来人の父母を持つのだろう。
だが何故、髪色が?眼の色も若干違う……。
「私の母は隋よりこの飛鳥の地に来、私達を産みました。父はこの宮殿で働く者です。」
皇子は待ったをかける。
「父君がこの宮で?」
「はい。母は病で亡くなり、父は私達を捨て子にしました。」
「父君の名前は覚えているか?」
「申し訳ありません。 生まれてからは母に育てられ、文字の読み書きは飛鳥の僧に教えてもらいました。父の存在は手紙の上でしか知りません。」
「捨てられた時も手紙で伝えられました。」
この感情は胸糞悪いと云うのだろう。 本当に聞いてて辛かった。
皇子は尋ねる。
「なぜ、お前達は髪色が黒くないのだ?」
安麻呂は髪を触りながら言う。
「私の母は渡来人の隋人ですが、その母……私の祖母は隋よりも西方にある国の生まれなのです。」
俺はあっ!と声をあげる。白玉様を含める全員が此方をみる。
「おい、安麻呂! お前の名前、漢字で書くとどうなる!?」
安麻呂は突然の問いに戸惑いながらも答える。
「"安"に麻に呂だ。」
「なるほど!」
白玉様はいう。
「何がなるほどじゃ?」
俺は安麻呂に言う。
「お前の母方の先祖は隋の西、中央アジアにいたゾクド人だ!」
安麻呂は戸惑う。
「は? え? ぞ………なんて?」
「安麻呂の安は、ブハラって都市を隋風に書くと"安"になるんだよ!」
彼は俺の肩を掴む。
「つまり、なんなんだよ!?」
「つまり! お前の母さんは、先祖が住んでいた土地の名前をお前の名前に入れたんだよ!!」
「生まれは大和だけど、先祖とは繋がっているんだな!」
安麻呂は俺を見つめたまま、目尻に涙を浮かべる。
「そんなことって……あるのかよ……」
「母上………」
皇子も佐久山も急展開に着いて来れずにいる。
「歴史好きのお前にしか気づかないな」
白玉様は美しい瞳で俺を見つめた。
「厩戸皇子! 医師を連れて参りました!」
従者と一人の僧が部屋になだれ込んでくる。 この時代の医者は僧だった。
僧は隋の人なのか、片言で言う。
「今から診ます。」
何十分と経った。安麻呂は妹の手をずっと握っている。
医者が口を開く。
「よく今まで生きていた。かなり深刻な容態だ。」
皇子と安麻呂は同時に言う。
「治るのか!?」
医師は口元を歪める。
「厳しい。 隋より持参した薬で治るかどうか………」
安麻呂は彼の肩を揺すり言う。
「お願いします! どうか、妹を!!」
医師は顔を緩め言う。
「わかりました。必ず」
夜。満月は夜空に煌々と浮いている。
月夜女の容態は安定してきており、今は佐久山郎女に飯を食べさせて貰っている。
俺と安麻呂は部屋から月を望みながら語り合う。
「なぁ、稲守。母上はなんで妹に月夜女と名付けたんだろうな?」
「………わからない。」
彼はニッと笑う。
「俺の名前にあんな意味があるだなんて、思いもしなかった。」
「ありがとう。稲守。」
月夜女は安麻呂に言う。
「兄様、私、生きてます。ありがとうございます。」
小さな声だがしっかりと伝わってくる。 佐久山と安麻呂は涙を少し流す。
「少し、いいかな?」
先程の医師がやってくる。
「月夜女の容態はどうだ?」
佐久山は答える。
「大丈夫です。」
彼は微笑み、良かった良かったと、隋語で言う
「安麻呂、月夜女、お前達の母は、"張 月香 "ではないか?」
安麻呂は驚く。
医師はまたも微笑む。
「やはりか。この国に来たとき、彼女とは同じ船に乗ってきた。 髪色が隋の者ではなく印象的だった。」
「兄様」
月夜女が兄を呼ぶ。
彼女の声に全員が彼女を見る。
「眠っている間、母上様の夢を見ました。」
「大きなお腹を擦りながらこう仰っておりました。」
「貴方のお父様は私の事を褒めてくださいました。」
「まるで、月からきた天女のようだと」
彼女は月を見つめながら、懐かしい思い出に浸るような眼差しで呟いた。
安麻呂は何か思い出したのか、言う。
「思い出した! 思い出した! 母上は言っていた!」
「父上から月から来た人の様に美しいと褒められたと!」
「とても懐かしい気分です。」
瑠璃色の満月を見つめる彼女の顔は月光を反射している涙で濡れていた。
俺と安麻呂の間から声が聞こえる。
「腹の中にいた時の記憶があるのか。珍しい。」
小さな声で言う。
「白玉様いたんですね。」
「ずっと居たぞ!?」
右腕に猫パンチを食らわせてくる。
「安麻呂、初めに会った時に何で俺が盗人だと思ったんだ?」
彼は笑いながら言う。
「そんなみずぼらしい格好しながら、高そうな太刀をもってたらおかしいだろ?」
白玉様の毛が逆立つ。
「貴様! 天機織姫の織った神衣を………!!!」
ヒゲの間に青白い光が走っている。今すぐにも喉元へ飛びかかろうとしている彼女を諌めようと声をだす。
「あっあぁ、お気に入りなんだよ。この服、動きやすいしさ!?」
彼女をチラチラ見ながらジェスチャーも交えて弁解した。
功が奏したのか渋々納得したようだ。
刀をじーっと見ているので言う。
「この刀を売っても二束三文にもならないぞ?? 貰い物だからな。」
嫌な汗が頬を伝う。 真横から怒りと殺気を帯びた視線を感じる。
佐久山郎女は月夜女を介抱しながら俺に問う。
「その胸の傷と左腕の傷。どこで怪我をしたのですか?」
俺は彼女のじっと見つめる。
服の間から傷が顔を出している
「これは……転んだ時に出来たんだよ。佐久山さん。」
「本当ですか?」
「本当だって。」
彼女は表情を落とし言う。
「貴方は私に隠し事を沢山している気がします。」
身体が一気に熱くなる。
「………言えないことの1つや2つ皆持ってるよ。」
視線をそらしながら言う。
気まずい空気が流れる。
月夜女はいつの間にか眠ったらしく、可愛らしい寝息が聞こえてくる。
どかどかと先程の従者が、文書をもって部屋に入ってくる。
「盗人、安麻呂に告ぐ。」
安麻呂の背筋が伸びる。
「どんな罰でも受けます! しかし、妹だけは……!」
真剣な眼差しの彼を不安げに見守る。
「安麻呂………」
ヒゲを生やした男は言う。
「お前は人々の生活を脅かした。」
「本来なら重罪だが、本件に関しては厩戸皇子、推古様のご意向に沿い、貴様を無罪放免とする。」
隣にいる男は不服そうな顔をしている。
「マジかよ………」
一番驚いているのは安麻呂だった。
「本当ですか!?」
「あぁ。しかし、これまで盗みを働いた者共に謝罪をし、全員に許されなければならない。」
「生きる為なのはわかるが、人の道を外れた事は看過できん。」
そう言うと、彼らは出ていった。
安麻呂はその場にへなへなと倒れこむ。
「緊張したぁ。」
俺は言う。
「ここに暫く住んでいいから、全うに生きような?」
「稲守。ありがとう。」
「稲守は物知りなんだな。」
「え?」
「さっき、俺の名前の由来を知ってただろ?」
「あんなのたまたまだよ。」
彼は此方を見据え言う。
「最近拾った物があるんだ。 俺には何なのか皆目検討もつかないが、お前ならわかるかもしれねぇ。」
安麻呂は胸から一つ物体を取り出した。
その物をみて、俺は固まった。
「黒くて四角いこれはなんだろうな? 近づけると顔が映るんだが、鏡か?」
彼の言葉に、月夜女を除いた全員が物体に近づく。
「何でしょうか?これは。」
佐久山郎女は恐る恐る手に取り首を傾げた。
「稲守様は知っていますか………?」
「…………スマホだ! 俺のスマホだ!」
自分でも理解できない感情が込み上げてき、現代日本語で言ってしまった。
未知の言葉に各々は頭に疑問符を浮かべる。
「こんな所で再会するなんてなぁ!」
佐久山郎女から携帯を手渡され、電源をつける。
「あれ? つかない………」
白玉様は呟く。
「2年もの間ほったらかしじゃたんじゃろ? 動かなくなるもの当然じゃ。」
「……確かに! うおおおおお!」
久しぶりに、何千年ぶりにも感じられる運命の再会は悲しい結末で幕を閉じた。
月は漆黒の闇夜を照らし続けている。
ある神が一柱、ある者を見つめて笑みを浮かべる。
「お前はこの闇に飲み込まれるか、光を差すか……どちらだ?」
この日を境に、太陽は顔を見せなくなった。
夜が始まる。永遠の夜が。




