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神結の剣  作者: ソメイヨシノ
8/9

山ノ神

一人の少女が、今日も私の元へやってくる。

「お山様! 今日もお母さんと、今度産まれる赤ちゃんをお守りください!」

小さな掌を胸の前で合わせ、真剣に祈る彼女の姿はとても可愛げがあった。

私は古来から淡路の山の神として人々に祀られていた。

文字が伝わる前、人々が後に縄文時代と呼ぶ時代、私の信仰はとても盛んに行われた。


「「あい、わかった。」」

少女には、私の声は聞こえない。しかし、それでも声にしたくなる。

毎日欠かさずここに通っては、己よりも他者の為に願う。

その純粋で無垢な子供心に人間の美しさに惹かれていった。


私に身体があればどれほど良かっただろう? そうすれば彼女を抱きしめる事ができるのに。

霊魂だけの存在を自分自身呪っていた。


ある日から彼女の姿は見えなくなった。 何か合ったのだろうか? 


彼女との再開は想像もしない形だった。


「お山様、この娘の御霊をどうか良い場所へ連れて行って下さい。」

ムラの長老が彼女の亡骸を持ってきたのだ。

長老に続きムラの者たちが声をあげる。

「………原因不明の病で死ぬなんて可哀想に……」

「今度産まれる赤ん坊の変わりに持って行かれたのよ………」


彼女の死をきっかけに、私の人の子に対する価値観が変わった。

「最期の最期まで苦しんでねぇ、不憫ね………」

「「うるさい……うるさい!」」


大切な人の子の死は、私を一つの悟りに導いた。


「「苦しみながら死ぬのなら……死ぬ運命さだめにあるのならば、最初から生まれなければよい!!」」


手始めに高天原の神々に気づかれぬようにムラの人々を殺した。

みな隣の家で死人がでると畏怖し、私に命乞いをしに来た。 

「「そなたらは死ぬべき運命だ。」」

身体はないが、呪詛でムラを全滅まで追い込んだ。


人の子への負の感情の増幅は、高天原の神々への怒りとなった。

「我と共に高天原へ挑戦する気はないか? 神殺しだ。」

ある神は私にそう言った。

「我々の手で掃除するのだ。高天原も葦原あしはらの中つ国も」

黒い顔の口辺りが嫌な笑い方をしていた。

「貴様が協力するのならば、身体を与えよう。」

神の言葉に感極まる。私に身体が……。

「「お願い致します! ぜひ、わたくしめに身体を!」

次の瞬間、地面の感触を初めて知った。 手足と胴体、顔がある。


私は歓喜に震える拳を抑えながらも伝える。

「「私は、貴神あなた様に、この身を捧げます!!」」


「「必ずや、高天原の愚かな神々に天誅を!!」」



俺の刃は国津神の首、寸前で止められる。

鍔迫り合いの最中、俺は言う。

「国津神!思い出……せ!」

押し込み、後方へ吹き飛ばす。

「「くっ……」」

「彼女がどんな気持ちでお前の元へ通っていたか。知らないとは言わせないぞ!!」

眼光をギラつかせて国津神は言う。

「「黙れ……。」」

消えたかと思うと、後ろからの砂煙が上がった。

振り向き、刀で受け止めようとするが、国津神は俺の腕目掛けて、刺突してきた。

「っ!!」

左腕に刀が深々と刺さり痛みが脳天まで走った。

力を込め、筋肉を締めて刀を抜けなくする。

「「こしゃくな!」」

左目を細め、痛みを我慢しながら叫ぶ。

「国津神! お前は少女の死を暴走する理由にしてるんだ!」

彼の頬が引きつる。

「「そんなことはない!」」

「いや、ある!」

右手にある刀を手放し、右手で国津神の刀を握り左腕から引き抜く。

「お前が暴挙に及ぶ理由を、死者のせいにしてはいけないんだ!!」


国津神は荒い息をしている。

「お前は確かに、その子に何もしてやれなかったかもしれない。」

「彼女が苦しんでいる時も、息を引き取った瞬間も側にいてやれなかったんだろう?」

「だから、罪悪感のようなものを抱いている。」

彼は俺の話をじっと聞いている。

「「………。」」

俺は刀を拾い上げ、鞘に納める。

「これは俺の推測だ。でも、確信をもって言える。」


「少女はどんな時でも、"お山様"である、あんたを信じてたんだよ。」

「死ぬ瞬間までな?」


国津神は拳を強く握りしめる。

血が両拳から滴る。

「国津神、今からでも遅くない。戻ってこい!」

彼は不気味に笑う。 目からは涙が、手からは血が流れている。

「「断る。 私のやる事は変わらない。」」

「「神意により貴様を殺す。」」


「「かつてムラを滅ぼした時よりも残酷な方法でだ。」」


彼はおもむろに刀身を握り、一気に引き抜く。 刃の先から血が次々と雫のように落ちる。

「なんで、血が……建御雷神様は出なかった!」

彼は俺の言葉を無視し、構える。

「「抜け。その刀を。」」


失敗した。 説得出来なかった。

戦う事を余儀なくされ、嫌な汗が頬を伝う。

本当は戦うことなんてしたくない。 彼はもう後戻り出来ないのではないのだろうか? 

俺の説得で確かに動揺はしている。 あと、一押し、一押しだったんだ。


思案していると、目の前から、国津神は消えた。

空間内を縦横無尽に高速移動している。

「「死ね稲守! 我らが障壁となる人の子よ!」」

隙あらば高速突進からの斬撃を繰り出してくる。

なんとか避けることは出来るが、避けるたびに次の攻撃までの間隔が狭まっている。

どうにか手を打たないと………最速かつ最も強力で、相手よりも先に攻撃できる技。


"居合抜き"しかない。 

俺は右手を刀の柄にかける。

左親指で鍔を少し押し出し、次の攻撃進路を測る。

目を閉じ、五感と右腕に意識を集中する。

「俺はお前を倒す。そして、悪神もだ。」

「これは俺に与えられた"使命"だ。」

「やるんだ。絶対に!」


天井を蹴り、死角である真後ろから国津神は電光石火で突撃してくる。

「白玉様! 建御雷神様、俺に勝てる力を!!」

左足を軸足として半回転させ、

一気に刀を引き抜き、鞘内で刀身を走らせ、抜き放つ。刃は俊速で彼の身体を引き裂く。

「「ぐぅ!!」」

血が俺の顔に勢いよく掛かる。

両手で刀を握り首に斬りかかる。


「俺は……必ず倒す!!!」

白銀の刀身は頚椎を捉え斬り裂く。

刹那、国津神の顔に笑みが浮かぶ。


後ろから激痛が走る。視界の下端に血塗られた長刀の剣先が見える。

どうやって、いつ!?攻撃されたんだ?

肺がやられているのだろう、上手く呼吸が出来ない。

刀が前に動き出し俺の身体を貫く。 後ろに引き抜かれる。


血が傷穴から止めどなく流れ出す。

「な、なんで……!?」

薄れゆく意識のなか呟いた。

真後ろから声が聞こえる。

「「幻影だ。お前が見ていた私の姿も、刀も、全てな。」」

「「なぜ、種明かしをするかわかるか?」」

俺は国津神を睨みつけ、口端の血が泡を吹いている。

「「私の勝利が確定したからだ。 まもなくお前は」」

「「死ぬ………」」


倒れ込む身体に勝手が効かない。

顔を鷲掴みにされ、足が地面を離れる。首筋に俺と国津神の血が混在する刃を当てられた。

嫌に生暖かい感触と、冷たい刀身を感じる。

「「死ね、稲守!」」

「「この状況でもなお、私を倒すと言うか?」」

馬鹿にする口調で尋ねてきた。

俺は力なく答える。

「あ、あぁ。 倒す。」

首に刀が押し込まれ、血が服に赤い丸模様を描く。

死ぬ。 刃が引かれたら死ぬ。 


諦めたらダメだ。意識を手放すな。 痛みに耐えろ。

生きて、現代に帰るんだ!!

俺は大声を出す。

「おおおぉぉぉぉお!!!」

国津神は驚き、顔を掴んでいる左手の力を緩めた。

「ふっ!」

サマーソルトを繰り出し、男神の顎を蹴り上げる。

宙空で一回転し、右足で神の腹を蹴り反動を利用して後方へと退く。


瀕死の重症を負っても反抗する俺に国津神は怒り狂う。

「「何故、生きようとする!?」」

「「何故、なおも闘志を燃やし続ける!?」」


「俺は、帰るんだ! 日本に!」

「こんなところで死んでられるか!」

腰の帯にぶら下がっている巾着から日国光巫女ひくにみのみこに貰った薬草達を取り出し、口に含む。

マズイし苦いが噛み続けて柔らかくする。

柔らかくなり、掌に吐き出す。

胸と左腕の負傷箇所に当てて、応急処置を施す。



彼は赤光を放つ目で睨みつける。

「「早く死ねば楽になるものを。何がそこまで貴様を動かす??」」

痛みに耐え、顔をしかめながら答える。

「あんたを倒すって言う意志だ。」

口から垂れる血を拭う。 


「国津神! 少女はお前が暴走して、人々を皆殺しにするなんて嫌だと思うぞ?」

彼の眼光が左右に揺れた。


「彼女の愛した"お山様"のお前を思い出せ!!」


これまでよりも強く空間が揺れる。彼の怒りが最高潮に達した。

「「貴様に指図される覚えはない! 苦しみから人の子を救うのは死だ!」」

「「私は人の子の苦しみを断ち切る!!!」」


俺は痛む傷を抑え、目を見開き叫ぶ。


「そんな暴論通るかよ!! 少女は苦しみながら死んだ! "死"自体が苦しみなんだ!」

「人は神と違って、命に制限時間が設けられている。」

「その限りある命の中で生きるからこそ、人は美しいんだ!」


「お前も、そんな人間達が好きだったんだろ!?」


「簡単には終わらせない! 俺がいる限り! 天照大御神様が高天原にいる限りな!」



俺は首飾りにしている黄色の勾玉を一つ千切り、掌に乗せ握りしめる。

「決着をつけよう。国津神。」

彼は無言で刀を構える。 眼の赤光は一段と輝きを増し、身体全体から蒸気が上がっている。

「「………貴様を殺す………殺す!」」


勾玉を口に入れ、噛む。

目を閉じ、一人呟く。

「建御雷神様、貴神あなたから頂いたもの全てをぶつけます!」


目を開き、国津神を捉える。


  神宿かみやどし ―いかずち―   


修業の際、建御雷神から教えられた奥義を使う。

神の力が宿った勾玉を体内に入れる事で一時的に神憑かみがかり状態となる。

神宿し 雷では、雷のように高速移動する建御雷神の足と、パワーを得られる。


「はぁっ!」

縮地より更に速い"神縮地"を繰り出し、平面ではなく、立体的に移動する。


「「その程度!」」

国津神も同じ動きをする。 幾重も衝突し、互いに剣撃を放つ。

しかし、今の俺は刀を交え、壁を蹴る度、高速化していく。

国津神は俺の動きを見ながらうろたえる。

「「稲妻が……! 何故!? 人の子に!?」」

「神と人は共存の関係だ! どちらも欠けてはいけない!」


「今の俺がいるのは、その事実のおかげだ!」


彼の真上に移動し、天井を蹴り、急降下する。

すれ違いざまに逆手に持っていた刃を振るう。

防御しようとしたが、俺の方が速い。

胴体を切断し、俺は地上へと着地する。


地面に彼の胴体が下半身とは別々に落ちてくる。

「「何故だ!? この私が!? かのような人の子に!?」」

俺に斬られたことが信じられないようだ。

「確かに斬ったぞ! 幻影なんかじゃあない!」

手応えは合った。 それに国津神の動揺具合から察すれば、本当に切り伏せたのだろう。


大きな空間が崩壊を始める。 久々の空の色に目を細める。


「って! ここ、空かよ!?」

地面が消えると同時に落下が始まる。

どう見ても上空100m以上の地点にいた。 

「「貴様も道連れだ!」」

上空で留まったままの国津神の姿は徐々に小さくなる。

「どうする!? 着地したら全力で衝撃を逃さないと!!」

みるみる地面が近づいてくる。


地面には白玉様と、瀬織津姫せおりつひめがいた。

「そこをどいて下さい!!!」

上から聞こえる俺の叫び声に白玉様は驚き上を見る。

俺が着地する寸前で瀬織津姫の服を引っ張り避ける。


両足に激痛が走った瞬間に受け身を取る。

なんとか生きている。

少しふらつくが、立ち上がり白玉様も側へと駆け寄る。

「白玉様、国津神を倒しました!」

瀬織津姫は座り、俯いたままであったが、肩がビクッと跳ねた。

「よくやった!」

白玉様は満面の笑みを浮かべた。

消え入りそうな声色で女神は言う。

「次はわたくしですか………」

「そうだ。瀬織津姫、彼の邪神に手を貸した罪は重い。」

白玉様は続ける。

「お主は父君も殺したな?」

俺は驚き、問いただす。

「瀬織津姫! お前、なんで!?」

暫しの沈黙の後、不気味な笑い方と共に話し始める。

「………殺してなどいません。私は何もしていません。殺さないでください。」

俺の方を涙目でみつめる。

「お前、船で俺を殺そうとしたよな?」

「あれはつい魔がさしてしまいました。」

「国津神の記憶を見たんだ。嘘をつくな。」

俺の言葉を聞くと、彼女の涙は無くなり、顔を下にした。

「もう、終わりなのですね……」


少しの間が開き、彼女は小刀を俺に振ってきた。

彼女の腕を掴み攻撃を止める。

「貴方さえ死ねば! 貴方さえ死ねば! 貴方………」

彼女は目をギラつかせて、呪詛を唱える。


俺はずっと彼女に言いたかった事を伝える。

「瀬織津姫。聞いてくれ。」

彼女は腕に力を入れるが、制す。

「あんたは、長年人と神から認知されてこなかった。」

「とても苦しかったと思う。誰だって、自分の存在を認められなかったら、心が荒ぶ。」

「あんたの気持ちはわかる。」

彼女は口を開く。

「貴方にわかるハズがありません。神代の時代から……」

彼女の言葉に被せて言う。

「全部はわからないぞ?」


「でも、100分の1でも、1000分の1だけでも理解してもいいだろう?」


女神の真っ白な眼から透明な涙が流れ出す。

「俺は死ぬまで、瀬織津姫がいた事を忘れない。 あんたを絶対に忘れない。」

「一人の人の子の意見だけどな。」

彼女は嗚咽を上げて泣き出した。


俺は笑いながら言う。

「まぁ、殺されかけたのもあったけど。それ含めて瀬織津姫って云う存在を忘れないよ。」

初めて彼女は本音を言う。

「私は、最初から。みなに………」

「お父様、ごめんなさい………」

その瞬間 

天から眼球が焼けるような光が降ってきた。

俺と女神はその光の中に閉じ込められた。

「ご苦労だった。女神と国津神は預かる。」

何者かの声が聞こえたかと思い、目を開ける。

が、そこはさっきと変わらない諭鶴羽山の山中だった。



俺は白玉様に尋ねる。

「え、白玉様! さっきのは一体!?」

「高天原からの光じゃ。二神ふたりは連れていかれた。」

「国津神!生きていたのか!?」

「再起は不能じゃろう。本当に良くやった。」

「ありがとうございます! 二神はどうなるんですか?」

「さぁ? 牢にでも入れられるんじゃろう。」

「そうなんですか……」

「瀬織津姫はまだしも、国津神はムラの人々を殺害した。これは重い科じゃ。」

「………」

何も答えられなかった。 愛する人間の死で彼の全てが変わってしまった。 

「帰るぞ。飛鳥に。」

彼女の先に歩き始める。 俺は立ち尽くしていた。胸の辺りがモヤモヤしている。 本当の悪はいないのでは。見方を変えれば、その人の視点に立てば正義になる。


「待って下さい」

俺はまだ痛む胸の傷を抑えながら走る。 何故か、傷は治りつつあった。




諭鶴羽山を後にして2日。俺と白玉様は大阪と奈良の狭間にある山中を歩いていた。

小鳥のさえずりを浴びながら道なき道を進む。

前から誰かが走ってくる。

俺は避けようと、道を外れた。

少年は複雑に入り組んだ木の茎に足を捉えられ、派手に転ぶ。

脳に衝撃が伝わり気絶したようだ。


「白玉様………この人、金髪ですよ………!!」

良く見れば薄い金髪なのだが、何故、この時代に??

「面妖な……」

俺達は少年が起きるまで待っていた。


「はっ!」

少年は起きた瞬間、俺から距離を取った。

「起きた? 怪我は痛くない?」

「大丈夫だ。」

上代日本語が通じる。日本人なのか?

少年は俺に感謝する。

「ありがとう。あんた稲守だろ? 都で噂の」

俺は彼に答える。

「そう……なのか? 知らなかった……」

少年は鼻の下を人差し指で掻きながら言う。

「俺はあんたを探してたんだ。」

「仲間にしようと思ってな。」

白玉様は暇なのかあくびをする。 彼女が何をしようと彼には見えないのだ。



「俺はあんたと同じ、"同業者"だ!」

自身満々に言う彼に俺と白玉様は目を丸くする。

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