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神結の剣  作者: ソメイヨシノ
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女神の選択

瀬織せおり、神々に人の子らにどう伝えられようと、私はお前の存在を認知している。」

薄れゆく神代の記憶の中で、彼女の父は泣いていた。

「常に人の子の繁栄を願え。大海原のような広い心で葦原の中つ国を見守れ。」

「お前の役目だ。お前にしか出来ない。」

「…………愛娘よ………」

長い時間、己の存在を見い出せず、父の名前さえも忘れてしまった。




「お父様………」

黙り込んでいた彼女が発した言葉はその一言だけだった。

白玉様は彼女の顔を見る。

感情の読み取れない白銀の眼から涙がほとほとと流れている。

彼女は自分でも何故泣いているのか、わかっていないようだ。

涙を一頻ひとしきり袖で拭いた後、口角を上げ笑い出した。

「ふふふ………」

その不気味な微笑みは暫し続いた。




俺は全速力で山の麓を目指し走っている。

地面からは鋭く尖った木の根が大量に飛び出し、空からは岩石が絶え間なく降ってくる。

淡路島を横断した為に両脚の疲労は限界に達しており思うように動かない。

しかし、歩みを止めてはいけない。止めれば、根に捕まり、頭上から岩に押しつぶされる。

「うぉぉおおお!」

目の前で顔を出し網のように入り組む根を刀で断ち、道を開ける。

100mほど進むと開けた場所に出た。

四方から大地が裂け、巨大な根が姿を現した。 山に近づくにつれ神の力も強大になるのだろう。

その根達は先端が尖っており、俺目掛けて猛スピードで四方から襲いかかる。

地面を蹴り上空へと飛び上がる。

根達も俺を追ってくる。

上からは岩、下からは根と絶望的な状況になってしまった。


「諦めるな!」

己を鼓舞する為に声を出す。

空中で身をひるがえし槍と化した根を避ける。

岩が根とぶつかり、双方が粉々になる。


着地した俺は息を大きく吸い込み、両脚に力を溜め、限界以上の速度で走る。

山の麓まで来ると攻撃が止んだ。


「「何故、戦う?」」

呼吸を整えている俺に山は尋ねた。

「「貴様は人の子。関係ないはずだ。」」

刀を逆手に持ち替え言う。

「神と人間は共存の関係にあるからだ。」

「「くくく……」」

俺は声を荒げる。

「何が可笑しい!!」

「「可笑しいさ。人の子、稲守よ。」」

「「本来、人の子など要らぬのだ。」」

「何!?」

「「考えてもみよ。お前は未来よりこの時へと来たのだろう? このうつつより先、人の子同士は何をし合う?」」

答えられなかった。歴史を知る者なら、いや、現代を生きる俺達ならわかる。

「「殺し合いだ。」」

そうだ。俺達人間はイデオロギーや価値観の違いなど、様々な理由から、争いを続けてきた。

「「そのような下衆共と、我ら神が共存?」」

「「笑止!!」」

彼の怒りは大地を震わし、空気にも緊張感が漂っている。

俺は反論する。頭の中は纏まっていない。だが、言わねばならない。

「……確かに、俺達人間は殺し合いをする。人類の歴史は殺し合いの上に成り立っている。」

「だがな!その尊い犠牲の上に"今"があるんだ!!」


「皆、死ぬべくして死に、後世に"歴史"として紡がれる!!」


少しの間の後、山は激昂する。

「「そのような愚かな思考能力しかないのか!? 歴史だと? 馬鹿にしおって!」」

「「貴様ら人の子は神々にとって害でしかない!」」

「「消えねばならない! 消えろ!! 消えろ!!! 消えろ!!!!」」


山の怒号と同時に頂上から斜面が崩れていく、土砂崩れだ。

麓であるここにいては巻き込まれる。

俺は後方に走る。 数十秒後俺が見た光景は絶句するものであった。


木は殆ど無くなり岩盤が斜面に顔を出している。麓には土砂に倒木が混ざり砂煙が上がっている。

これが神様の力………。人間には遠く及ばない人智を越えた代物……。


山は高らかに宣言する。

「「我々はあの神の名の元に!」」

「「人の子を放し飼いしている高天原の神々!」」

「「それらを統べる頂点である天照大御神に!」」


「「挑戦する!!!」」


大地を震わせ山は叫ぶ。

「「人の子、稲守よ! 全人類を我々は滅ぼす!! その第一候補はお前だ!!!」」


俺は山を睨みつける。

「それがあんた。いや、あの悪神の考えか」

そして俺も叫ぶ。この時代、俺の生まれ育った時代、全ての存在を力に変えて。


「そんなこと俺がさせない! 俺がお前を止めてみせる!!」

「「無駄なことを!」」


「俺が歴史を、皆を守る!!」

麓の土砂を越え、山の斜面を駆け上がる………。



「こら! また学くんは怪我をして……」

2歳年上だった茜さんは、小さい頃の俺の面倒よく見てくれた。

「ごめんなさい。 神社で蛇が虐められていたから……」

「おぉ! 蛇を助けたのか!? 凄いなぁ!」

お父さんの信楽さんは俺を褒めてくれた。

「どんなに、小さな命も"生きている"。 この事を理解しているお前はどんな子よりも偉いぞ。」

「お父さん! 絆創膏持ってきて!」

信楽さんは熱くなりやすい性格だった。 娘の茜さんはよく父を叱っていた。

茜さんは疑問をぶつけてくる。

「なんで…そんなにボロボロになるまで守るの?」

俺は少し思案し、言う。


「自分でもわかんない。なんとなく、守らないとって思ってるんだ。」




何故今になって、あの時の事を思い出す? 

それも10年以上前の小さい頃の………


あぁ、これが走馬灯と言う奴か。 


今、俺の目の前には斜面を転がってきた無数の大木の一つがある。

事故のとき、周りがスローモーションに見えると言うのは本当らしい。

時間にして約1秒もあれば俺の身体は押しつぶされるだろう。

山の神の笑い声が聞こえる。 

俺は……ここで死ぬのか? 皆を守ると啖呵を切った結果がこれか? 恥ずかしいな。

すみません。白玉様、建御雷神様、………

両親にも謝れてない。 佐久山郎女さんとの縁談も断れてない。 日国光巫女にも感謝しきれていない。

意外とやり残した事多いな……。


俺が死んでも歴史は続く。俺は本来、この時代の人間じゃあない。 いない方が良いのかもな……。


目を閉じる。 

脳の奥底で誰かが泣いている。

「………ご武運を………稲守様……」


ハッとし目を開け、腕を力一杯目の前で振り上げ、大木に刀を刺す。

腕力を使って大木を後方に打ち上げる。

「おおおお!!!」

国津神の笑い声が止む。

「死ねない………。まだ、死ぬわけにはいかない!」

脳裏を掠めたのは佐久山郎女だった。彼女をこの目で見るまでは諦めない。


一気に斜面を上昇する。 途中、根や倒木による邪魔も入ったが、剣、身体能力を駆使し、避けていく。


山の中腹辺りに差し掛かった。地面は岩盤がひたすら広がり、木は殆ど残っていない。 



少し冷静になって考える。 神は何処にいるのか。 神自体が山であるならどう倒せばよいのだろうか。

何処かに弱点のようなものはないのか? 

特徴的な岩、木、様々なものが本体に繋がっているかもしれない。


何処からともなく声が聞こえる。

「「貴様は私を倒せない。」」

「黙れ! 必ず倒す!」

とにかく頂上を目指して走れ! 止まれば殺られる。足を止めるな! 

自分に言い聞かる。


右足を地面に着地させた瞬間だった。

「!!」

地面が消えた。 俺のいる空間に大きな穴がぽっかり空いている。

「「貴様を飲み込み、糧としてやろう。」」

俺の身体は穴へと落ちていく。

右手に持っていた刀を穴の側面に刺し、壁を蹴って淵へと手を伸ばす。

なんとか助かった。急いで地上に戻らなければ。


斜面に復帰し、歩み始める。

「「貴様の行動は手に取るようにわかる。」」

また地面が消える。さっきよりも大きな穴だ。

俺を中心として広がっていく。

なんとか側面に刀を刺し難を逃れる。

「マズイ………」

何故、俺の動きがわかる? 上空から見ているのか? 眷属神が俺の行動を逐一報告………これはタイムラグがあるので現実的じゃあない。

なら上から?

俺は空を睨む。 

その間に穴は縮小を開始する。

このままでは圧死する。 地面に戻る。


「はぁ、はぁ」

俺は動け無かった。 何処から見られていかもわからず、踏み出しても穴が出てくる。


右前方の大木に目がいった。先程の転がってきた木はここら一帯に生えていたのか。

とにかく、地面に足を着けているのは危険だ。

「はぁ!」

木に飛び移る。

もしもこの行動も読まれていたら、この木ごと落ちる。

「………」

息を潜め地面の動向を伺う。


30秒程が経過し、俺は一つの結論に辿り着く。

山の斜面は国津神の皮膚の様なモノなのだろう。 斜面全体に神経を張り巡らし、俺が着地すると穴を開ける。

今は木にいるので奴は気づいていない。

これは好機だ。ここから一番遠くまで跳び、頂上に少しでも近づく。

「「気づいたようだな。」」

彼の言葉に心拍数が跳ね上がる。

「「どうする? 今、私はお前の居場所を掴んでいない。」」

「そうか……なら!」

俺は跳び、遠くの斜面に着地する。

縮地の要領で最高速度を持ってして駆け抜ける。

俺の進路先を予測して穴が開くが、まだ地面を捉えている左足に力を込め上空へと身を上げる。


宙に舞い上がりながら次の着地場所を算定する。



「落ちて下さいまし。」

真後ろから女性の声が聞こえた。

嫌な声だ。後ろを振り返ると同時に両手で穴に向けて落とされる。

そこには瀬織津姫せおりつひめがいた。白玉様、なんで………。

彼女は、船で見せた不気味な笑みを浮かべていた。


「瀬織津姫ぇ!!!!」

俺は怒号を発しながら真っ暗な穴へと落ちていった。




15分前………

彼女の笑い声は徐々に大きくなり、邪気を孕み天上に響き渡る。

「あっはははは………!!!」

みな死ぬ! 皆! 死ぬ!!!」

彼女の変容ぶりに白玉様は困惑する。

「この日本ひのもとの人間も! 高天原の神々も!」

「あの神の名の元に!!!」

白玉様は冷静に言う。

「やはり貴様は、裏切り者だ。」

彼女を睨み上げ怒りをあらわにする。

「高天原の神々に弓を引くなど断じて許さん!」


瀬織津姫は冷たい視線で彼女をギロリと見る。

「…………稲守は死にました。」

「何!?」

わたくし達に刃を向けた時からの運命さだめです。」

「彼の神に勝つ? 取らぬ狸の皮算用も程々になさいまし。」

「我らは次の高天原を治めるやんごとなき神々です。」

彼女は両腕を大きく広げ、叫ぶ。

「葦原の中つ国より人の子を滅し、我々の為の理想郷を創る。」

「それが、彼の神のお考えです。」


白玉様は鼻を鳴らし答える。

「馬鹿馬鹿しい。」

「所詮は、厄介者の集団ではないか。お前は利用されている。」

「何を言うかと思えば………。」

ひざまずきなさい。 この私に。今、ここで。 命だけは助けてあげましょう。」

彼女は無視して続ける。

「お主が長年抱えてきた悩みや不安を、あの悪神はそこにつけこみ、利用しているのじゃ!」

「目を覚ませ! 人の子と神は共生の関係じゃ! どちらも欠けてはならぬのじゃ!!」

女神は冷徹な眼差しで一蹴する。

「物は言いようですね。」

「しかし、もう遅いのです。何もかも……」

「何じゃと!?」

彼女は口角を引き上げ言う。


淤能碁呂島おのごろじまの封印は解かれました。」


白玉様は茫然と立ち尽くす。


「それでは失礼致します。戻って来たときには、稲守めの首もお持ちしましょう。」

瀬織津姫は気味の悪い奇声じみた笑い声を上げたまま、龍神へと変化し、南へと飛び去って行った。




大きな穴へと吸い込まれた俺は何処かで目を覚ました。

山の内部なのか? 灯りがない。一寸先も視認できない。

「瀬織津姫! やっぱり敵側だったのか!」

足止めをしていた白玉様の安否が心配だ。 

「クソッ!!」

裏切られたことに苛立ちを覚え、壁を殴りこむ。何よりも、国津神を倒し、白玉様の元へと帰れなかった無力な己に後悔する。


「誰かいないのか? 誰か!!」

声は空間をこだまするばかりだ。

とにかく歩いてみよう。 前に進めば道はきっと開く。



10分程歩いただろうか。いつの間にか俺を取り巻く環境は変化しており、誰かの記憶?が壁面を映像のように流れていく。


淡路島ではない赤黒い場所で国津神と何者の声が響き渡る。

「………。」

「「仰せのとうりに。必ず不穏分子は私がこの手で。」」

「…………。」

「「そんな!私はまだまだやれます!? どうかご慈悲を!!」」

「………。」

「「はい!御意に! 稲守めの首を持参致します!」」


「「瀬織津姫よ。私と共に稲守を亡き者にするぞ。」」

「はい。 私は難波で彼奴きゃつと船に乗り嵐にて葬ります。出来なかった場合は貴神あなた様にお願いします。」

「「あぁ。あの方の為に必ず殺す…………!」」



そこで映像を止まった。

一番初めの場面では、国津神は何者かに怯えていた。

多分、例の悪神だ。

瀬織津姫も国津神も何故、悪神側についたのか疑問が増えた。これも問ただせねば。


先に進む。 

また雰囲気が変わる。次はなんだ? 

壁の壁面に手をつける。身体に電流が走る。それと同時に映像も流れてくる。


「これは………国津神の記憶なのか?」

「ずっと……前……神代の記憶……」


手を離し、その掌を見る。

寝返った原因はさっきの記憶の中にあった。

両手を握りしめ走る。

この先に国津神がいる。

直感的にそう思い真っ直ぐ進む。

道の先に光が差し込んでいる。 

その光に届くよう腕の伸ばす………



諭鶴羽山に向かって走る猫神は同じことを呟いていた。

「遅かった、何もかも……。遅かった!」

考えが纏まらず、口が先に動く。

「しかし、何故じゃ? 神々と日国光巫女が強力して封印していたハズ。 日国光巫女の力は稀に見る鬼才に溢れておる……。もしや、巫女が寝返った? 可能性としてはあり得ない。巫女からは邪気など感じることができぬ。それどころか清らかな勾玉のような心の持ち主じゃ。」


そこで一つの結論を導く。


「高天原の神々の内誰かが、裏切り者なのか?」


この推測が正しいかは分からないが、一考の価値はある。学にも伝えなければ。




猫神が麓についた頃、俺は、国津神がいる空間に立っていた。


「国津神! もう止めろ! 悪神に味方なんかするな!」

彼は切れ長の眼を此方に向ける。

「「私は正しいと思う事をするだけだ。」」

一向に揺るがない瞳に言葉を投げる。

「あの女の子の死がきっかけなんだろ?」

瞳が少し動いた。動揺している。

男神は、空間を揺らし長刀を地面に打ち込む。

「「貴様が、その子を口にするな!!!」」

「っ!!」

彼の怒号は一帯に広がり、頭上から岩が落ちてくる。

ここで引き下がる理由はない。

「馬鹿野郎! 悪神と共に戦って、天照大御神を倒しても!何をしてもお前の闇は消えない!」


「過去と向き合え!国津神!」


俺の叫びもまた響き渡る。

彼は腕を引き上げ刀を抜く。 長い刀身があらわとなった。

刀身を此方に向け、叫ぶ。

「「………消えよ! 私の視界から消えよ!」」

「戦うしかないのかよ………」

いやいやながらも刀を抜き呟いた。


息を大きく吸い込み、覚悟を決める。

逆手に持ち替え、男神を見据える。

「何処で道を踏み外したんだろうな?」

また彼の瞳が揺らぐ。 

と、思うと、残像を残し、右の視界端から現れ刀を俺の首に斬り込んできた。

咄嗟にしゃがみこみ、攻撃を避けるが、振り下ろしがくる。

「……くっ!」

バク転をし、距離をとる。


「マジかよ……」

彼の剣は地面に突き刺さり、大きなクレーターを作った。

こいつは本気以上の力を出さないとやばい……。


俺は足に力を入れ、縮地で国津神に急接近する。


そして、刀身を国津神の首へと薙払った。


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