淡路の国津神
飛鳥京を離れ、一日目は、山中で夜を過ごした。
次の日には現在の大阪湾付近に着き、ある女神の歓迎を受けた。
「遠い飛鳥の地よりご足労をおかけします。」
彼女は俺を一目見るなりそう言った。
彼女は、全体的に白と青色で構成されている天女のような服装をしており、頭には団子を2つ並べたように髪を丸く纏めている。目には覇気がなく、文字どうり真っ白だ。
「初めまして。鳥辺 学です。」
「ご存知ですよ。都では、稲守様ともお呼ばれになられますよね?」
「はい。所で貴神のお名前は?」
彼女は腰を曲げ、深々とお辞儀をする。
「申し遅れました。私は」
「瀬織津姫と、申します。」
白玉様は不安げな表情をしていた。
「また、知らない神様だ………」
俺は彼女に直球な感想を零す。
白玉様はそんな俺に説明する。
「………いつもなら怒る所じゃが、今回は神が神だからな。免じよう。」
「神が神……って?どう云うことですか?」
「この女神は、殆どの人の子に知られていない。なぜなら、記紀にも登場しないからだ。」
「へぇー。結構マイナーな神様なんですね。」
俺は彼女を見ながらボソッと言う。
「加えて、様々な神と同一視されておる。そのせいで余計に女神の存在を隠しているのじゃ。」
「様々な神と……」
白玉様の言葉の意味がよく判らずに混乱していると、瀬織津姫が話しだした。
「私は天照大御神様の片割れや、宗像三女神の市杵島姫命様に弁財天様としても伝えられています。」
彼女はサラッと物凄い事を言ったがそれよりも気になったことがある。
「貴方自身はどう思っているのですか?」
「? どういうことをですか?」
「上手く言えないんですけど、そんなに沢山の神様と一緒にされて、何とも思わないんですか?」
俺が言い終わると、彼女の表情が暗くなった。真っ白な眼は黒い影に染まり、綺麗は唇は震えている。
彼女は頭を抑えながら口を開く。
「………私は、わ、私は……」
その異様な雰囲気に俺は思わず声をだす。
「す、すみません! つい心ない言葉を………」
白玉様は彼女をじっと見つめている。
瀬織津姫は海岸に座り込み動かない。
白玉様は俺を後ろ足で蹴り、遠くに見える一本松を目で示す。
「せ、瀬織津姫さん? ちょっと、席を外します。直ぐに戻ってくるので」
彼女はうんともすんとも言わない。
一本松まで走っていく。
白玉様と松の木の木陰に座りながら話す。
「瀬織津姫さん、どうしたんですか?」
「わからない。しかし、表情が暗くなる一瞬、何かとても恐ろしいモノを感じた。」
俺は尋ねる。
「恐ろしいモノ?」
「得体の知れない感情……。殺意や憎悪……」
俺は遠方に見える女神を目にして言う。
「俺そんなに不味いこと質問しました?」
「触れてはいけない神々の事情……」
「またその台詞ですか?!」
「だけでは片付けられない何かがある。」
また彼女に目を遣ると、もう立っており、俺達に手を小さく振っていた。
「取り敢えず戻りましょう。」
俺はそう言うと小走りで浜を駆け出す。
「警戒しておれ、あの女神は危ない。」
彼女は俺にしか聞こえない声で呟きながら歩きだす。
「先程は申し訳ありません。」
「大丈夫ですか?」
「はい、もう良くなりました。少し頭が痛かったのです。」
彼女は頭を少し小突いて笑った。
そのまま女神は言う。
「淡路に早く行きましょう。一刻も早くです。」
「そうですね。先ずは船を探さないと……」
彼女は微笑み言う。
「それならもうご準備出来ております。あちらを御覧下さい。」
そう言うと、優しく腕を海岸へと伸ばし船を指す。
「おぉ!凄い!」
「早くお乗りになってくださいまし。」
女神は俺達を急かす。
白玉様は常に彼女から少し離れ様子を伺っている。
「お乗りになって下さい。猫神様。」
白玉様は全身の毛を逆立て前足で木船を叩く。
「うーん。白玉様、失礼します。」
俺は彼女を抱き上げ船に乗せる。
「やめろ! 降ろせ!」
「何故、そのように嫌がっていられるのですか?」
瀬織津姫は顔を傾ける。
白玉様は彼女を睨みつけ口調を強める。
「………何を企んでおる。」
「??? 何も企んでなどおりませぬ。」
「私はただ、稲守様と貴神様の航海を手助けをしたいだけでございます。」
一匹の猫神と美しい女神がお互いを見つめ合っている。
「貴方のお付きの神様は用心深いのですね。」
瀬織津姫は俺に顔を向け言った。
「いつもはこうじゃないんですけどね。」
「そろそろ発ちます。 皆様よろしいですか?」
そう言うと彼女は船頭に立ち、祝詞をあげた。
すると、船が一人でに進みだした。
「まず、播磨の港に行きます。次に淡路へと航路をとります。」
彼女はそう説明すると、太陽光を反射して光っている広大な水面を見つめていた。
航海の途中、嵐が起き、波が荒立ち船を包み込んだ。
空からは無数の雨粒が槍のように降ってくる。
「……!!」
白玉様が何か叫んでいるが聞こえない。
「何と言って……」
直後船が大きく横に揺れ、俺は海へ投げ出されそうになる。
「うぉ! 危ない!」
船のふちでなんとか踏ん張り耐える。
瞬間、後方から物凄い殺意を感じた。
俺は咄嗟に後ろを振り向く。
「大丈夫でございますか?」
彼女はわざとらしく聞いてきた。
「………」
白玉様は彼女を警戒しろと言っていた。
何故、俺の真後ろに立っていたのか。そして、一瞬彼女の顔がとても歪んで見えた。真っ白な眼の奥に言葉では表せない負の感情も見えた。
俺は彼女に尋ねる。
「何してるんですか?」
「私は稲守様を助けようと手を伸ばしていたのですよ?」
「………本当ですか? 俺には貴方が俺を突き落とそうと……」
「ふふふ………そんな事ありえません。」
俺と彼女は互いを見つめ合う。
「そろそろ播磨です。もう暫く船旅をお楽しみ下さい。」
そう言うと彼女は振り向きざま、口角を上げ不気味な笑みを浮かべた気がした。
じきに嵐も収まっていく。髪の毛の先から水滴が木船へと落ちていく。
播磨の港につき、瀬織津姫から離れて白玉様と話す。
「瀬織津姫、ヤバいですよ。」
二人はヒソヒソと声を細める。
「奴は……敵だろうな。」
「俺もそう思います。」
「あの女神は本来、海の神じゃ。嵐を起こすなど造作もなかろう。」
顔を引きつりながら言う。
「なら、あの嵐は………」
「意図的じゃろうな。」
「しかし、何故敵側に? 天照大御神様の片割れとも言われているんですよね? そんなことしても意味がないと思いますが……」
「知らぬ。女神に聞いてみよ。」
「出来ませんよ! まだ本当に敵側だと決まったわけじゃ……」
彼女は俺の言葉を制し、言う。
「とにかく、警戒を解くな。」
「淡路に着いたら先に行け。女神は任せておけ。足止めをしておく。」
「……わかりました。」
瀬織津姫の元に戻り、船に乗る。
「先程の嵐でお怪我などはありませんか?」
「……大丈夫です。」
「それは良かったです。出発致しましょう。」
女神に白玉様は皮肉を言う。
「この船底が地獄に続いて無ければよいな。」
「面白いことを仰るのですね。」
彼女は長い袖を口に当てて微笑んだ。
俺は彼女に尋ねる。
「今度は大丈夫でしょうね?」
「何がですか?」
ここに来て、しらばっくれている。
「もう災難は起きないでしょうね?!」
「わかりません。」
「あんたなぁ!!」
白玉様は絶叫する俺を止め告げる。
「船を出せ、淡路へと向かえ。」
これまでこちらまで恐怖する声を聞いたことがない。
「御意に」
瀬織津姫は白い眼を少し細め祝詞を上げる。
船は大海原へ一人でに漕ぎ出した。
播磨の港から淡路島へは何も無く到着した。
俺と白玉様は船の中央と後方に位置取り、何が起きても大丈夫なように万全の体制を敷いていた。
「ふんっ!」
俺は浜辺に跳び、着地すると島の中央の山へと走り出した。
「あらあら、元気が一杯なのですね。」
瀬織津姫の声を背に、白玉様の先の発言を信じ走った。
「瀬織津姫。お主はここで待っておけ。」
白玉様は女神の足元で低く言った。
女神は言う。
「貴神は私を何とお思いなのでしょうか?」
「あの邪神に魂を売った神……そんなところじゃ」
女神は静かに笑う。
「ふふふ、何の根拠をお持ちになって?」
白色の目が猫の体を捉える。
「あの嵐はお主が起こしたのであろう? 学を島に着く前に葬る為に。」
女神は何食わぬ顔で答える。
「確かに私は海原を治める神ですが、あの程度の嵐なら、天照大御神様の弟君である、須佐之男命様にも起こせると思いますが?」
「確かにな。しかしだ、時折お主から憎悪や殺意と云った負の感情が垣間見える。これは何故だ?」
「さぁ? 私にはわかりません。」
彼女は瞳から涙を流しながら言う。
「私は悲しいです。八百万の神々、人の子稲守様が手を合わせて彼の神を抑えようとしており、私もお手伝いをしたいだけなのに……"裏切り者"だと推測されておりまして……」
白玉様は彼女を冷たい眼差しで見ていた。
二人の神がそんなやり取りをしている頃俺は淡路島の北東部にある山の「妙見山」へと着いた。
事前の情報では、この淡路島の国津神は名もない神様らしい。
そして、神気や人の信仰心が集まる山にそのような神は鎮座している。今俺がいる妙見山、島の中央にある先山、南端に位置する諭鶴羽山の3つがあり、何処かに神がいる。
予想では最後の諭鶴羽山にいると思う。
理由は簡単だ。標高が一番高いからだ。富士山と同じ理屈である。
白玉様が瀬織津姫を足止めしている間に急がねば。
「ここにはいないのか?」
ここ一年、大気都比売神の食事……いや、彼女を間接的に食べることで霊感とは違う神を感じる能力が開花した。白玉様曰く、人間の要素と神の要素が半身ずつ俺の身体に宿っているようだ。
「神様のいる気配がない……」
立ち止まっている訳にはいかない。次は先山だ。
その頃、飛鳥京の板蓋宮。
厩戸皇子は推古天皇に訴えていた。
「推古様、これ以上馬子殿の狼藉を許してはいけません!」
「わかっています。しかし、私にはどうする事も……」
同席していた一人の家来が進言する。
「我が陛下。今こそ、彼奴を討つ時です!」
家来達が口々に話す。
「物部守屋様も殺されました!」
「先代の崇峻天皇様まで手にかけておって!」
皇子は難色を示す。
「討つのは不味い。 今、馬子殿は豪族のなかでも力を持っておる。反乱でも起こされると、まず勝てない。」
彼女も口を開く。
「私の親戚でもある馬子殿に弓を引くことは出来ません。」
「なにより、殺生をしたくないのです。私は血を流させる為に天皇の位を継いだわけではないのです。」
家来達は体を前に出し言う。
「しかし!」
「戦をすれば多くの民が困窮し、死ぬでしょう。」
「………」
皇子は言う。
「何か良い策はないのか? 彼の暴走を止め、平穏に解決する手段は??」
皇子たちが頭を悩ませている時、宮中の女中達が飲み物を持ってきた。
厩戸皇子はその中に佐久山郎女を見つけ、近くに呼び話しかける。
「佐久山郎女よ。稲守はどうしたのだ?」
頭を下げたまま彼女は言う。
「とても大切な用事があるようです。」
「大事な用事? 」
「腰に刀を差してゆかれました。」
彼は少し思案し、口にする。
「日国光巫女も言っておった。稲守はこの国の守人になると。今しがた誰かと剣を交えているのか………?」
彼女は顔を上げ、不安を覚える。
「いない! 先山にも! やっぱり、諭鶴羽山にいるのか!? 」
俺はかなり根を上げてきている足を一叩きし、最後の山に向け走り出す。
途中、山の精霊か島の精霊達が、山への最短ルートを指差しで教えてくれた。
「貴神は稲守様が彼の神に勝てるとお思いですか?」
泣き止んだ瀬織津姫は猫神に尋ねた。
「八百万の神々の選択を疑うのか?」
「いえ、そのような無礼な事は致しません。ただ、貴神の正直な感想を聞きたいのです。」
瀬織津姫は腰を低くし、顔を近づけ問う。
「どうなのですか?」
白玉様は俺が走っていった方角から目を逸らさず答える。
「信じておる。必ず勝てると。」
「………そうなのですね。」
白玉様は聞き逃さなかった。瀬織津姫が小さく、「愚かな人の子」と言ったことを。 彼女の疑問は確信へと変わった。 なんとしても学が帰ってくるまで彼女を足止めしなければ。と誓った。
「はぁ、はぁ、はぁ、」
かなり息を切らしながらも最終目的地である諭鶴羽山に到着した。
大きく息を吸い込み大声を出す。
「出てこい! 国津神!!」
「姿を現せ!!!」
俺の声は辺りに反響するばかりで何も起きない。
「クソッ……ここでもないのか??」
途端、地面が大きく揺れだす。周りにある木はなぎ倒される。俺を中心に円形を描くように倒木たちが横たわる。
太陽が何かに遮られ上空を見上げる。
「!!!!」
大量の巨大な岩石が空から降ってくる。後方に飛び去り難を逃れる。どうやら、例の山から飛んできているようだった。
「「チッ」」
舌打ちのような音が聞こえた。
「「大人しくしていれば楽になれたものを。」」
腹の奥まで響く大声が山からこだましてくる。
俺は咄嗟に叫ぶ。
「だ、誰だ!?」
山から返事が返ってくる
「「お前が探している淡路の"国津神"だ。」」
これまで会ってきた神々は白玉様を除いて全て人の形をしていた。しかし、今度は山が神なのか? それとも神が山に憑依しているのだろうか?
しかし、今更関係ない。どんな形であっても、国津神がその山に居るのであれば突入するだけだ。
「お前を倒しにきた!」
山は笑う。
「「わざわざご苦労。」」
「「だが……ここで……」」
「「あの神の名の元に徒花と散れ!!!」」
刹那、山からの投石が息を吹き返す。
「行くぞ!」
俺は刀を抜き、眼前に広がる諭鶴羽山に向けて全力で駆け出した。




