春日の社
煌々と輝く月に向かい飛び上がる。
7mが経過、8mに達した。いつもならここで重力に任せて落下が始まる。
しかし、今回はまだ行ける。
近づく木の頂点を見据える。
無数の葉が俺の体に当たる。 もう、そこまで飛んだのか。
そして終に一番上。跳び始めてから12m地点に到達した。
目を閉じ、ここまで来れた全ての存在に感謝する。
跳躍力が重力に負け、地面に向けて落下していく。
数秒後俺は地面に着地する。 衝撃を逃すために、前転をする。
成功した。その思いが胸一杯に満ちる。
白玉様と建御雷神は目を見開き俺を見ている。
「や、やりおった……信じられん………!」
と、感想をもらす男神に向け、白玉様は言う。
「な? 言った通りじゃろ? 神々の采配に狂いはなかったのじゃ」
震える拳を抑え、歓喜する。
「白玉様! やりました! 俺………」
「あぁ。良くやった!」
白玉様も大声で応える。
建御雷神は俺に近づき、面目無さそうに謝罪する。
「すまなかった。」
「あ、いえ、大丈夫です。 それよりも、叱咤激励をありがとうございました!」
夜が明け始め、太陽が東から上がってくる。
「学。貴様にはこの太刀を授ける。」
そう言われ手渡された太刀は、平安時代以前の日本で主流だった真っ直ぐな刀身をしている「直刀」だった。
「この神刀は刀鍛冶の神である天目一箇神が貴様専用に作った刀だ。」
持ってみると本来の刀以上の重さを感じた。
「お、重い………」
「まだ、重いだろうな。 その刀は貴様の力量によって軽くなっていき、手に馴染む様になる。」
白玉様は口を挟む。
「これから鍛錬を積み、軽くしていけば良い。」
「そうだ。」
建御雷神も賛同する。
「これからはもっと厳しくなるぞ?」
「覚悟は出来ています。」
「手を」
男神はそう言うと右手を差し出して来た。
「これからも宜しくお願いします!」
その手を右手で握る。
「学。この刀はな………」
陽が山々に差し込み、木漏れ日が俺達3人……二人と一匹に降り注ぐ。
板蓋宮に帰り、部屋に戻る。
「あっ、佐久山郎女さん!」
座りながら睡魔と戦っていたであろう彼女の顔を見て、本当に生きて帰ってこれたのだと実感する。
「………!」
彼女は、みるみる顔が崩れ、ついに涙を流し始めた。
「良かった……良かった……」
そう言う彼女の声に安心し、目尻が熱くなる。
「いなくなるかと……思って……私………」
「すみません。 なんとか戻ってきました。」
涙を流しながら俺は告げる。
眩しい陽光に目を細める。
次の日、俺は天香久山にいた。
建御雷神から直々に例の神との戦いに向けての訓練が始まった。
「学よ。 貴様に足りぬものが2つある。何かわかるか?」
男神は告げる。 俺は考えてみる。
「足りないもの………。」
「貴様に足りぬものは、動体視力と俊敏性だ。」
「どうやれば鍛えられますか?」
「私の動きを目で追い、攻撃を加えてみろ。」
そういうと、彼は姿を消した。
「! どこに!」
ふいに、背後から声が聞こえた。
「この程度を見られるようにせよ。」
振り返るが誰もいない。
「まずは私の動きを追え」
先程までいた場所に男神はいる。
「移動したんですか………?本当に?」
俺は問いを投げかける。
「していたぞ。」
白玉様の声が木の上から聞こえる。
「最初は見られなくても良い。 毎日こなすことで目を慣らせ。7日もあれば残像くらいは捉えられるだろう。」
と、建御雷神は俺に告げる。
俺はいつしか飛鳥京の中で「稲守」と呼ばれていた。
俺が白玉様に連れられ外周を走っている時、遠くから子供を追いかける大人達を見た。
子供は手に稲を持っており、怒っている大人達の表情をみると、盗んだそれであることはわかった。
「助けないと……!」
「待て、何故助けなければならない? あの童は盗んだ稲を持っているのじゃぞ?」
「いや、でも……」
困惑する俺を見て彼女は言う。
「放っておけ。」
俺はいつの間にか子供に向けて、走り出していた。
子供に覆いかぶさるように上になり丸くなる。
俺を容赦なく罵倒と暴力が襲ってくる。
「な、なんだよ!大人が寄って集って子供一人を!」
棍棒を持った者が言う。
「このガキは大事な稲を盗みやがったんだ!」
取り巻きも同調するように口々に言う。
「このクソガキがぁ!」
「返せ!盗人!」
「そこらへんで止せ。」
後方から男性の声が聞こえる。
大人達は地面に伏せる。
「う、厩戸皇子様!」
聖徳太子の登場に俺は面食らっていた。
「何事だ? この騒ぎは?」
「ははっ、この子供が我々が大事に育てた稲を盗んだのでございます。」
そう言われた彼は子供を一瞥する。
「何故盗んだ?」
子供は俺の下から出てきてお辞儀をし、言う。
「と、父ちゃんが病気で、お米食べさせてあげたくて……」
「そうか、」
皇子はそう言うと、少し考え口を開く。
「和をもって、尊しとなせ。」
「童よ、盗みは良くない。」
「………。」
子供はビクッと反応する。
「しかしだ、父君を想う気持ちは素晴らしい。ので、今回の事は不問となす。」
皇子の発言を聞き、大人衆は目を見開く。
「なぜですか!?」
側近達に言葉を慎め!と言われるが、皇子はそれを制して言う。
「確かに盗みをした童にも落ち度はある。しかし、幼子に暴力を用いて、取り返そうとしたお前らにも落ち度はないか?」
「………。申し訳御座いませんでした。」
そう言うと大人達はとぼとぼ家に帰って行った。
「お前、言葉がわかるのか?」
皇子は俺にそう問いかける。
「はい。 佐久山郎女殿に教えて貰いました。」
彼は笑って言う。
「ははは。あの娘が。」
「はい。」
「そうか、そうか。」
「始めてお前をみた時は、得体の知れない恐怖を感じた。」
「そこで、推古様に掛け合い、お前を亡き者にしようとした。」
あの時、慌てふためいていたのは推古天皇だったのか。
「推古様は殺生を好まない。 それは甥である私にも通じる。あの時、殺さなくて良かった。」
彼は高笑いしたあと俺の目を見て告げる。
「お前の事を稲守と呼んでもよいか?」
「先程の一部始終を見て思いついた。」
「稲守か。お前にぴったりの名だな。」
建御雷神は笑いながら言う。
「そうですかねぇ? まぁ、聖徳太子と話せたしいいか。」
「そこか!?」
白玉様はツッコミを入れる。
7日が経過し、俺は建御雷神の動きがだんだんと見えてきた。 彼は木と木の間を縫うように高速で移動しているのだ。平面ではなく、立体的に動き回っている。
「そこだ!」
俺は男神の進路を予測し、そこ目掛けて跳び上がり刀で切り上げる。
しかし、彼は、一瞬空中で静止したかと思うと、地面に向けて急降下し、俺の真下にくると飛び上がり突進を繰り出してきた。
彼の奇襲を間一髪で躱すが右脚を捕まれ、地面に向けて叩きつけられた。
「ぐぅ!」
肺にとてつもない痛みが生じる。
そのまま腹を蹴られ、吹き飛ばされた先にある大木にぶつかる。
「………これヤバい………。」
腹を抑え蹲っている俺に建御雷神は言う。
「まだまだだな。」
あまりの激痛に意識が遠くなる。
最後に聞こえたのは白玉様の声だった。
「今は寝ておれ。」
額に冷感を感じて目を覚ます。
視界に映る腕の持ち主へと視線を移す。
一人の女性が俺の額を布で拭いていた。
ここは何処だ? 確か、昨日は天香久山で倒れて……。
「起きましたか?」
寝ている部屋の入口から声が聞こえる。
声の主に問いかける。
「あなたは?」
女性は俺の目の前まで来て名乗る。
「この社の巫女である。日国光巫女です。」
その人は俺がこの時代に来たときに見た冠を挿した女性だった。
「あ、あの時の……。」
「はい。お久しぶりです。」
彼女は俺に言う。
「建御雷神様の元で夜な夜な鍛錬に勤しんでおられますよね?」
「なんで……それを……」
「私は神々と人を繋ぐ巫女です。貴方の事は高位なる神々から聞いております。」
「……そうですか。」
「今日の明け方、貴方が森の中で倒れているのをそこの者が見つけ、運んできたのです。」
看病をしてくれていた女性に目を遣りながら彼女は言う。
「貴方を一目見たときからわかっていました。」
「何をです?」
彼女は俺を見つめる。
「この国、歴史の守人になると。」
俺はあの日起きたことを言う。
「何故、あの日板蓋宮に来たんですか?」
「お告げです。 貴方がこの時代に来たことは知っていましたから。」
「結構危ない所でしたけどね。」
俺ははにかみながら言う。
「そうですね。 その時は私も必死に厩戸皇子様と推古様を説得しました。」
「え? 」
「あの方を生かさなければ天変地異が起こると。」
彼女の言葉を聞き俺は笑って答える。
「それは誇張し過ぎじゃ………」
日国光巫女は真剣な表情で言う。
「いえ、本当に起きます。あの神を討たなければ。」
例の神の名前が出て、表情が強張る
「やはり知っておったか。」
白玉様の声が聞こえ、その方を見る。
「はい、あのような禍々しい神は感じたことがありませんから。」
彼女には白玉様が見えているのだろう。
「し、白玉様! うっ…!」
「急に動くな、傷が開くぞ?」
「すみません……」
「お前はしばらく、この社で世話になれ。傷が癒えてから修行すれば良い。」
「………わかりました。」
3日後、俺の傷はすっかり癒えており、すぐさま修行が再開された。
「ふん!」
建御雷神の放つ剣撃を受け流しつつ、反撃を伺う。
彼が右肩目掛けて振り下ろした刃を受け、鍔迫り合いとなるが、力を込めて跳ね返す。
「そこだ!」
がら空きになった胴体を左から右へと切り裂くが。
「甘い。」
向こうの方が先に体勢を立て直し、俺の左肩を斬る。
彼の剣は寸での所で停止した。
「油断を怠るな。今のは確実に貴様の左肩を断っていた。」
「………は、はい」
すっかり意気消沈してしまった俺はか細い声しか出なかった。
「私がこれまで貴様に教えた事を思い出せ。全てがなっておらん。 太刀筋から構え、振るい方まで全てだ。」
2週間前………
「神に対して貴様ができ得る攻撃方法はなんだ?」
「とにかく速く一撃を与える……」
「概ねあってはいるが……」
建御雷神は俺の答えに虚を突かれた顔をしている。
「正解は」
「神の間合いの内に入りに込み、回避不可能な一撃を持ってして討つことだ。」
「そのためには、刀の持ち方から変えねばならぬ。」
「どうすればよいか考えてみよ。」
彼はそう言うと刀を収めて座ってしまった。
普通の剣の持ち方で敵の間合いに入り込むと渾身の力で刀を振れずない。小回りが効かないからだ。
刀を効果的に振るには力を乗せ最高速度で叩きつける、あるいは刺突せねばならない。
間合いに内側に入り込むと相手との距離の如何にもよるが、それが出来なくなる。
ならば……、どうする?
俺は考える。 間合いが至近でも速度とパワーが伴う持ち方……。
持っている神刀を見つめる。
刀の長さは、刃の部分だけでも、50〜60cm程の短刀だ。
!? その長さは、後世に誕生する太刀よりも断然短い。 一番近いもので忍者刀だ。
白玉様の言葉を思い出す。
「鍛錬を積み、軽くすればよい。」
もしかして………
俺は逆手持ちに持ち替えた。
それをみて建御雷神はニヤリと笑う。
「そうだ。それが正解だ。」
俺は彼に言う。
「この長さなら、間合いに入っても扱い易いですし、速度を持って突進した時にも斬れますよね? 」
「それに、この刀の特徴である持ち主の技量によって軽くなっていくって奴は、手首に負荷が大きくなる逆手持ちに対する対抗策なんですかね?」
白玉様は目を開ける。
「よく気づいたな。」
「白玉様の助言がなければ無理でしたよ」
「手柄じゃな。」
はっとした俺の表情をみて男神は静かに言う。
「初歩を忘れるな。基礎が出来なければ応用など、夢のまた夢。」
「これを肝に命じておくのだ。」
彼はそう言うと木の葉に巻かれて消えてしまった。
それから、約一年が過ぎた。
一年間剣と己を鍛え続けた。初めの頃は日国光巫女に世話になったりもしたが、着実に力を蓄えていき、建御雷神と五分五分に闘えるまでになった。
「白玉様、行きましょう。」
俺は腰に帯を巻き、刀を差し込み彼女に言う。
「今日こそは勝つのじゃ。 最近は向こうも手加減はしておらん。死ぬやもしれんぞ?」
「重々承知の上ですよ。」
「建御雷神を倒して認めてもらうんじゃな。八百万の神々に。」
「はい!」
秋を感じる月夜の夜、俺と白玉様は天香久山へと足を踏み入れた。
俺と建御雷神は距離を取り、向かい合う。
「今日こそ、貴方を倒します。」
「言葉は不要だ。 貴様の刀で語れ。」
彼はそう言うと刀を抜き構えた。
秋風が男神の長い髪を揺らす。
暫しの間の後、俺と神は互いを目掛け駆け出した…………




