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神結の剣  作者: ソメイヨシノ
3/9

試練の果て

建御雷神たけみかづちのかみとの一件以来、俺と白玉様による猛烈な訓練の日々が始まった。

未明に起こされ、飛鳥京の外周を走らされ、運ばれてくる味の薄い低カロリーな朝食を済ませ、筋肉トレーニング。 昼飯は無しでただひたすら走り、腕、腹、肺、脚を鍛える。夕飯時には帰り、飯を済ませ、天香久山まで走り、そこでひたすら跳躍の練習。



一週間もすれば、履いていた靴は擦り切れ、衣類はボロ切れと化していた。


走っている最中に足の裏に痛みを覚え、前を疾走している白猫に訴える。

白玉しらたま様! 靴が破けました! 待ってください!」

声が届くと、彼女は立ち止まりこちらへ戻ってくる。


「まったく、物を大事に扱えなんだか。」

「無理ですよ! こんなに毎日ガムシャラに走ってたら」

「それもそうだな。」

皮がめくれ、流れている血がを止めようとしている俺に白玉様は笑って答える。

「そんなこともあると思い、前々から用意していたぞ。」

そう言うと頭上から靴と衣類が降ってきた。

「……いて!ありがとうございます。」

頭に靴が当たり手で抑えながらも感謝する。

「でも、誰からですか? やっぱり神様ですか?」

「そうじゃ。 天機姫命あめたなばたひめからじゃ。」


止血も済み早速服を着てみる。 

「おぉ! この服、ちょうど体にフィットする………!」

「しかも靴は軽いし履いてる感じがない!」

感動している俺に彼女は言う。

「これも神だから織りなせる物じゃ。走るぞ。」

「わかりました! …………痛っ!足の裏治ってないんですけど! 」

そう言う俺の声は届かなかった。



部屋に戻り運ばれて来た朝食を食べながら白玉様と話す

「この服をくれたあめたな……って神様はどんな方なんですか?」

天織姫命あめたなばたひめじゃ! 全く……」

「すみません…。」

「彼女は、機織はたおりりを得意とする神じゃ。 有名な話しとしては天照大御神様に衣服を織ったことじゃな。」

「へぇー。結構凄いんですね。」

「昔は良く服を作ってもらったものじゃ。」

白玉様は少し笑みを浮かべる。

「猫って服着てたんですね。」

「何を! 今でこそ愛くるしい猫の姿だが、神代かみよの頃は、それはそれは美貌が有名な神じゃたんだぞ? 求婚者が絶えなかったのう!」

俺はずずずっと吸っていた汁物を嚥下できず、むせる。

「こほっ、こほっ。白玉様、昔は猫じゃなかったんですか!?」

「そうじゃ。」

「なんで今は猫なんですか?」

俺を一瞥すると顔を反らし言う。

「神々には触れてはいけない事情があるのじゃ。」

「いや、それ、建御雷神の台詞………」


そんなやり取りをしている内に一人の女中がやって来て食膳を下げていき、数分後に走って戻ってきた。

息を整えた彼女は筆先に墨をつける。

「…………。」

いつもの様に日本語の練習が始まる。

彼女が筆で紙に文字を書き、俺が上代日本語で読み上げる。 

彼女が俺を気に掛けてくれる様になったのは3日ほど前からだ。


「えっと……、名前……ですか。」

彼女は自分を指差しながら文字を書く。 

佐久山郎女さくやのいらつめさんですね。」

彼女は首を横に振り口を開く。

「つぁくや」

と発音する。

「あ、そうでしたね。」

俺も彼女を真似して発音する。 彼女はうんうんと嬉しそうに首を縦に振る。


彼女は俺に名前を聞いてこない。 それどころか文字、発音、文法を一生懸命教えてくれる。

自分と同じ位の年の人間を宮中で見つけて嬉しいのだろうか。


半紙に教える文字を書いている彼女の顔をみると、意外と整っていることがわかる。 髪は頭の上で一旦纏め、耳の辺りで円形を作り、後ろ髪はそのまま下ろしている。

顔には、薄い口紅に白粉おしろい。額には花鈿(かでんを挿している。


「?」

気がつけば、彼女がこちらを見ている。

「あ……いや、ははは。」

俺は誤魔化すように両手を振り、笑みを作る。

「ふふふ……」

彼女も笑う。


白玉様は大きな欠伸をしながらその様子を見ていた。




そんな生活を約一ヶ月過ごした。 身体は隅々まで鍛えられたが、食事の栄養価が少ないので力が入りにくく、筋肉も付きにくい。

跳躍力は多少は向上したが、白玉様の訓練を持ってしても1mさえ飛べなかった。


焦りを感じ始め、一週間。頭に浮かぶのは高カロリーの食事ばかりだ。

「白玉様、俺はこのままなんでしょうか?」

「このまま、約束の日を迎えて殺されるのでしょうか?」

日に日に訓練に付いて行けなくなる己の身体に苛立ちを覚え涙が出る。

白玉様はそんな俺を見て言う。

「いずれ、こうなるのではないかと思っておった。」

「わかった。 今からある所に行くぞ。」

そう言われ白玉様に付いて行った。


飛鳥京を離れ、東にある山へと向かい、深い森林に入っていった。

「ここじゃ。」

震える足を抑えながらも視線をその先に移すと、柔らかな顔つきをした女神がむしろに座っており、そこには大小様々な食器が用意されていた。

「学。お前の為にこの大気都比売神おおげつひめのかみが食事を用意してくれた。」

もう神様の名前など俺には聞こえておらず

「い、頂きます!!!」

そう言うと、女神が作った食事を胃の中にかきこんだ。


「うっめぇ!生き返る!」

そこには白米はもちろん、食いたくて止まなかった肉類、焼き魚も揃っており、箸が止まらない。

「そう言って頂けると幸いでございます。」

女神は俺に物腰柔らかに言う。

「ありがとうございます! こんなに食べるのはほんとに久々で……」

俺は食べ物を口に含みながらモグモグと話していた。

「食べながら話すな!」

猫パンチを食らわせてきた白玉様と俺を大気都比売神は微笑ましそうに見ていた。



「食ったぁ〜!」

食事を終えた俺は神に感謝をつげる。

「御馳走様でした。美味しかったです。」

「いいのですよ。これからも食べに来て下さい。」

「ありがとうございます。」

そんなやり取りをしている俺たちを見ていた白玉様は何か企んでいる顔つきで俺に問いかけた。

「学よ。 さっき食べた食材は何処から生まれた物だと思う?」

大気都比売神は頬を赤くする。

「何処って。 普通に畑、川、山からじゃないんですか?」

「実はな。すべて彼女の体内から生まれたのじゃ。」

「目からは米が、足を切れば肉が、胃の中から魚が。と言った具合にな。」

「えっ………」

「因みに、お前が旨い旨いと言って食っておった大豆は、彼女の尻からじゃ。」

俺は彼女を見る。 女神は頬を手で抑えて悶ている。

「うっぷ………」

咄嗟に口元を手で抑える。 人生の中で一番旨いと思えた豆類が尻から生まれるとは、これから毎日彼女の手料理を食うと思うと、失礼ながら吐き気を催した。

そんな俺を白玉様は笑う。



お礼を言い、俺達は下山した。 

「今日の昼の鍛錬はもうよい。 夜まで休んでおれ。」

「でも……」

「よいよい。」

そう言われ、俺は少しでも跳躍力を上げるために訓練をするべきではないかと一抹の不安を残しながらも彼女の言葉に甘える事にした。



夜になり天香久山へと向かう。

俺が飛び越えなければならない大木を見つめる。

「学。助走をつけて、いつものように飛んでみよ。」

白玉様に言われそうする。

「ふんっ!」

教えられたとうり、脚全体をバネの様に縮め、一気に地面を蹴る。

「えぇ!?」

俺が飛び上がり見た景色はここ一ヶ月間のそれとは全く違ったものだった。


地面に着地し仰天している俺は暫し固まっていた。

これまでどうやっても60cm程しか飛べなかった。 しかし、今回は目測でも2mは飛んでいた。

「なんで、急に……」

「昼飯のおかげじゃ。」

「昼飯?」

そう聞き返す俺に白玉様は説明する。

「神から生まれた食材を食したお前は、間接的ではあるが神の力を得た。お前の身体の限界値まで身体能力を引き上げ、大気都比売神を食べる事で更に超えた身体能力を手に入れたのじゃ。」

「そんなことって……」

誇らしげな顔で俺に言う。

「神になら出来る。」

「まぁ、毎日あの鍛錬をこなせたからでもあるな。」

顔を近づけ言う。

「あと、2ヶ月この調子で行くぞ。 必ず飛び越えてみせろ。」

「はい!」

少し希望が見えた。 無理難題を何とかクリア出来るような気がしてきた。





それから約2ヶ月が過ぎ、今日が約束の日となった。

俺はまだ飛び越えることが出来ない。

あれから鍛錬を積みなんとか8mほどは跳べるようになった。

オリンピックに出れば優勝できるだろう。しかし、あの木は約12mはある、あと4m。夜までに出来る気がしない。


「やっぱり、無理でしたね。」

「………。すまない。」

白玉様は俺に謝る。

「いやいや、白玉様のせいじゃありませんよ! 完全に俺のせいです。」

「あの神は本気じゃ。 仮に逃げても無駄だろう。」

「ですよね。」

気まずい空気が流れる。 このままだと俺は今夜、建御雷神たけみかづちのかみに不適格だと判断され殺される。



部屋に佐久山郎女さくやのいらつめさんが入って来た。

紙と筆をもち今日も授業が始まる。

人間、異国の地で3ヶ月もいると、現地の言葉を理解し、話せると言うのは本当らしく俺も上代日本語を話せる様になっていた。


「佐久山さん。こんにちは。」

「こんにちは。」

彼女は問いかける。

「今日は、何処にも行っていないんですね。」

「はい、まぁ。」

「今日は何をお話ししましょうか?」

彼女は俺に微笑み話しかける。

「何でもいいですよ。」

俺がそう答えると彼女は目を輝かせ言う。

「じゃあ、貴方が住んでいた国について教えて下さい!」

白玉様は俺を見つめる。 

「いいですよ。」

そう言うと俺は話し始めた。 未来から来たことは言わずに。


夜も更け、俺は横になっていた。佐久山は座ったまま世間話を続けている。

誰かと話すのも最後。 息をすることも、風を感じる事も最後。

そう思うと、無償に誰かに、俺の存在を見つけてほしかった。

「佐久山郎女さん………聞いてくれる?」

俺はそう言うと、天井の木目を見ながら、現代日本語で話し始めた。


「俺はこの時代の人間じゃあ、ないんだよ。 今からざっと1500年先の日本人。 君の孫の孫のずっーーと先の孫の世代の人間。」

彼女は、急に話し始めた俺を不可解だと見てくる。

「でさ、この時代に来たのは、神様を倒せって命令。 あり得ないよな。神様を倒すなんて。」

俺は少し笑いながら、続ける。

「でも、神様と戦う前のスタートラインにさえ俺は立てなかった。 今日殺されるんだ。」

涙が出てくる。 嗚咽に混じった声を上げる。

「殺されるなんて嫌だよ。もっと生きていたいよ。母さんにも父さんにも謝れていない。 茜さんや、信楽さんにも最後の挨拶が出来ていないんだよ。」


俺は悔しくなり拳を地面に叩きつける。

「こんなことってあるのかよ! この3ヶ月必死に努力してきたんだぞ!? そりゃあ、不満もあった。でも、それでも! 必死にやってきたんだ!」

白玉様は終始無言だった。

「でも、せめて……」

俺はそう言いながら座り直し、佐久山を見る。


「せめて、君にだけは、俺が生きていたことを覚えておいてほしい。」

「俺がこの時代にいたこと。」

「読み書きの生徒が俺だったこと。」

「ここに来て、初めて仲良くしてくれたこと。」



「それらを含めて。俺が居たことを。存在を。忘れないで欲しい。」



思っていた事を全て言うと、死ぬ事が怖くなくなった。いまなら、いつ殺されても文句はない。


夜もすっかり暗くなり約束の刻限だ。

俺は白玉様をみると

「行きましょう。 白玉様。」

「………。」

彼女は無言のまま俺の後ろを歩き始めた。



天香久山についた俺を建御雷神は刀を抜いた状態で見ていた。

「出来なかったのか。」

「はい。」

「わかっているな。」

「………はい。」

言い終えると俺は首を下げ、斬りやすい様に座った。


建御雷神は俺に歩み寄り、刀を掲げる。

「………一瞬で終わらせる。痛みのないようにな。」

このひとに殺されるなら悔いはない。 

生きることを諦めた俺は地面に散った葉を見ていた。


「まて、建御雷神。」

白玉様の声が聞こえた。彼女の方を見る。

「なんだ?」

「一度だけ、機会をくれ。今ここで跳ぶ機会を。」

「貴様という神が何を申すかと思えば。 そんなことか。命乞いをするなど、人の子に情でも湧いたか?」

馬鹿にするような口調で白玉様につっかかる。

「情と言えばそうじゃな。個人的にはそやつには興味がある。」

「今更遅い。 もう無駄だ。」

「信じたいのじゃ。鳥辺 学と云う人の子を。」

「……。」




「学よ。跳べ。 一度だけだ。」

建御雷神の声にはっとする。

「出来なければ、そこの猫神に構わず殺す。」

俺は立ち上がり白玉様と男神を見て拳を握り締める。

「…………やります。必ず成功させます!」



軽く準備運動をする。 その間頭にあったのは、3ヶ月間の苦い鍛錬の日々、大気都比売神の昼食。 そして、佐久山郎女の笑顔だった。

成功させてみせる。 絶対に跳ぶ。死ぬわけにはいかないんだ。


俺は意を決して走り出した。


地面をしっかり両足で捉え踏み込み、宙へと飛び上がる。

「うおおおっ!!」



深い森には俺の声だけがこだました。

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