建御雷神の試練
タイムスリップ?を体験して、なおかつ、自身の置かれている状況に混乱している俺に一人の男性が近づいきてた。
足音が頭の横で止まると、一人で話し始めた。
「…………………。………………」
歴史を勉強するなかで、古代言語にも興味を持っていた俺は独学で古代中国、朝鮮の言葉を勉強をしていた。
役に立つわけないと思っていたが、こんな場面で役立つとは。
恐らく、隋か、唐の言葉だろう。
俺は話すことが出来ない。 その人は俺がその言語を話さないと見て、何処かに行ってしまった。
入れ替わるように別な人物がやって来て、又も耳元で話し始める。
「……………………。」
聞いている限り、古代朝鮮語のような気がする。
彼も、俺に通じないと判断してか、何処かに戻って行った。
数分程経った。 隣の武人が俺を置いて前に歩き出した。 俺は顔を上げ、何が起こっているのか確認する。
どうやら、宮殿の中にいるようだ。 前方の立派な建物の中には、椅子に座っている女性と、その横で先ほどの二人の男と話している若い男性がいる。
若い男性が、女性に何かを告げると、彼女は慌てふためき、彼の袖を掴み何かを訴えている。
その一部始終を見ていると、後ろから誰かに押さえつけられた。 頭が宙に浮かされる形となった俺は戦慄した。 これはまさか、斬首の体勢じゃなかろうか。
隣に、先ほどの武人が来て、刀を抜いた。独特の金属音が耳に響く。
訳もわからないこの状況で死ぬのか!? 俺は咄嗟に声を上げた。
「おい! 待て! 言葉通じないかもだけど! 待ってくれ!」
俺の声は宮殿内に響き渡った。 俺が話すことはないと思っていのか、そこに居る全員の緊張が伝わってくる。
刀を振り上げた姿勢の武人は若い男性に向かって大声で何かを訴える。
俺はここで死ぬのか。 嫌な脂汗が滲む。
もう駄目だと思い、目を閉じて心を落ち着かせる。 最後に思ったのは、喧嘩別れをした両親の顔だった。 "ごめんなさい"この言葉しか出てこない。
ふと、耳に後方からやってくる鈴の音色と足音が入ってくる。
武人と、俺の背中を押さえていた人は、その足音の主に膝まづく。
ひんやりとした風が俺の頬を撫で、身体を上げる。 目が合う。
女性だった。 全身に白い衣をき、頭には金色の冠を差した、細身の女性だった。
彼女は宮殿に行き、二人と話している。
話終えた後、俺は立たされ、歩かされた。
行き着いた先は、牢屋だった。
牢屋につき、頭を整理するためにも寝転び考えた。
この時代は一体いつ頃なのか。
この問いに対する答えは容易に出た。
飛鳥時代だ。猫神様も言っていた様に約1500年前。 ここは奈良。いや、大和だ。 それなら、若い男性はおそらく、厩戸王子、聖徳太子であり、横に居た女性は、推古天皇だろう。
それに言語もなんとなく、上代日本語に近かった気がする。
次に、俺の荷物はどこに行ったのかだ。
目が覚めた時には消えていた。と言うことは、俺が眠っている所を誰かが見つけて役人か誰かに、報告したのだろう。 その時、この時代では見られないリュックや、その中身を見て廃棄したか、何処かで保管されているのかもしれない。
そうこう思考していると、看守?が食事を持ってきた。
玄米に小さな魚、そして汁物だ。 資料でしか見たことのない俺は興奮を抑えきれない。 現代で再現し、作ることは簡単だ。しかし、この時代で食すことは何人にも叶わないのだ!
両手を合わせ、箸を持ち玄米から頂く。
…………冷えてて美味しくない。 次に魚と汁物を頂く。 …………イマイチだな。 この時代なら調味料はそれなりに充実しているハズだが、まぁ、庶民の食事なので、こんな物だろう。
飯を貰えるだけでも有り難いと思わなければ。
客観的に見れば、俺は日本語はおろか周辺言語すら通じない人間だ。余り出過ぎた行動は控えよう。
夜も更け、俺は眠る。 背中に冷たい土の感触を感じながら。
夢だろうか? 現実だろうか? 俺は山の中で立っていた。 周りには木しか生えていない。 自分の呼吸音が聞こえるほど静寂の世界に俺は居た。
何処からともなく声が聞こえた。
「明日の夜中、天香久山で待っておる。」
全方位から声が響いて来た。
「え? 天香久山って、なんでっ………!」
朝、夏とは思えないひんやりとした空気に起こされた。 昨日の夕食と大差ない飯を頂いた後、縄で両手を縛られ連れていかれた。
縄がほどかれた場所は宮殿の内部だった。
しかも、物置部屋のような汚い場所でだ。
「なんで………」
困惑している俺を横目に看守は出ていった。
「ここに居とけってことか? マジでどうなってんだよ………」
部屋の中央で狼狽していると、女中のような人達がなだれ込んできて、部屋を整理し始めた。
約15分後、邪魔にならないよう外にいた俺は出てきた高齢の女中の仕草で部屋に入ってもよいと判断し入って行った。
「おぉ………めっちゃ綺麗になってる………!」
感動に浸っていると女中達はいそいそと退出していった。
俺はお辞儀をし、礼を言う。
「ありがとうございます!」
彼女達は、聞き慣れない言葉に困惑するも、お辞儀をし返してくれた。
昼頃。 部屋で呑気に横になっていた俺は昨晩の夢の内容を思い出していた。 白猫様との一件以来、神様の存在は認めている。あの声の主はやはり神様なのだろうか?
天香久山。 俺が今居る宮殿………いや、都の名前が史実どうり"板蓋宮"ならば、北北西の方角に約4.5キロほど歩いた場所に合ったはずだ。
夜中、天香久山に行くと何かあるのだろう。
新しい神様?に会えると思うと胸が高鳴るのを感じる。
「建御雷神に呼ばれたのか」
部屋の隅から声が聞こえ、振り向く。
「猫神さま!」
白猫がいた。 たった2日ぶりだが、とても長い間会っていなかったと思えた。
「全く、そこから動くなと言ったのに破りおって……」
猫の姿をした神は顔を手で拭きながら呟く。
「そんな事を言ってたんですか……。何も聞こえなかったので……」
「まぁ、よい。」
「それよりも今夜、神に会いに行くのだろう? 付いていこう。」
「ありがとうございます。」
その後、俺はここ数日の苦労を嫌と言うほど愚痴った。猫神様は途中から嫌そうな表情をしていたが気にせず話し続けた。 自分の話す日本語が通じるだけでも嬉しかったのだ。
話しながら疑問に思ったことを言う。
「何故、猫神様もこの時代にいるんですか?」
「お前一人では心もとないと思ってな。 それよりも、猫神様と呼ぶな。煩わしい。」
「すみません。 じゃあ、なんと呼べばいいでしょうか?」
猫神様は少し考えた後
「白………、白玉じゃ。」
結構真剣に考えていたのに、名前が白玉だと聞いて俺は笑ってしまった。
「ぷっ………ははは。白玉様ですか。可愛いですね。」
「笑うな! 貴様、女子に対して失礼だぞ!それも神になど無礼千万! 万死に値する!」
その発言を聞き俺は仰天する。
「えぇ!猫神……じゃなくて、白玉様、女性だったんですか!?」
「そうだ。 気づかなんだか、阿呆が。」
久々に大笑いした気がする。知り合い?がいるだけでも精神的に救われたことを実感した。
夜も更け、月明かりだけを頼りに都を離れ天香久山へと向かう。道中、例のたけみ………なんとかと言う神様にについての説明を受けた。
「建御雷神じゃ!」
「神様の名前って難しいですね。すみません。」
叱咤する白玉様に謝り、月を仰ぐ。
「月……綺麗だな。」
文明が発達した現代では、ほんの昔の人が発明した"電気"のおかげで月の光を実感することは殆どなくなった。 しかし、電気はなく、唯一松明の明りが頼りのこの時代において、月光は夜道を照らす重要な道標だ。
俺の考えを読んだのか、白玉様は話し始めた。
「気づいたか。 人の子は、ここ数百年で急速に文明を発達させた。これ自体は悪いことではない。 救われぬ命が救われ、皆の生活も豊かになった。 しかしだ。自然や我々神に対する畏怖や敬意と云った心を、忘れかけている。」
「確かに……そうかもしれませんね……」
「これは由々しき問題だ。 本来、神と人は平等に互いを支え合う関係だ。一方が欠ける事などあってはならぬ。しかし、お前の居た時代の人の子はどうだ? 神など不要、存在せぬと決めつけ、横暴な態度をとっている。」
白玉様は俺を睨みつける。 その視線に耐えきれず俺は全人類を代表して謝る。
「本当にすみません!」
「わかればよい。 前を見ろ。見えて来たぞ。」
俺は彼女の言葉どうり前方を見る。
「天香久山じゃ。」
山の麓に来た俺は緊張しながらも足を踏み入れた。
「ここに神様がいるのか……」
天香久山は標高152mの小高い山だが、古来より人々に愛されてきた霊峰でもある。
5分ほど白玉様の後ろについて行き開けた空間に出る。
既視感が俺を襲う。
「ここって……、夢で見た場所だ」
背の高い木が生い茂り、空間を隔離するよを囲い、頭上の葉は月明かりを隠している。
急に風が吹き荒れ葉が舞い落ちる。
「そうだ。 人の子よ」
猛々しい声が聞こえ、その方に目を凝らす。
「私が建御雷神だ。」
背丈があり、雄々しい姿をしている。発する声には太鼓の様に胸の奥に響いてくる。
「こ、こんばんわ。 始めまして。鳥辺 学と言います!」
男神は俺を一瞥したあと、隣にいる白玉様に言う
「この人の子が本当に選ばれたのか? 覚悟を感じないぞ?」
白玉様は欠伸をし、言う。
「覚悟は少々欠けているが、八百万の神々に選抜されたのだ。狂いはなかろう。」
そして、俺の方を見る。
「学よ。お前にはこれから私の元で鍛錬をしてもらう。あの邪神に対抗するためだ。」
「よろしくお願いします。」
彼は目を閉じ告げる、
「お前には私を超えて貰わねばならない。」
「超えるって貴神をですか?」
建御雷神はそうだ。と頷く。
俺はこの時代に来る前から思っていたことを言う。
「ずっと、思っていたんですけど……その…神様達が戦った方が良くないですか? 人間の俺より全然貴神の方が強いだろうし。一刻を争う状況なんですよね? 八百万人も神様がいるなら皆で力を合わせて戦った方が合理的だと思うんです。」
俺の発言を聞き白玉様が言う。
「お前が戦う悪神は元は、伊邪那岐神と伊邪那美神の子息じゃぞ? 我々神々が戦う? そんな事をしてみろ。天照大御神様に弓を引く様な行為じゃ。」
「じゃあ、その天照大御神様に説得してもらったり、彼女が無理なら、他の兄弟にして貰うってのは……」
白玉様はやれやれと言い、話す。
「神では無理だった。それだけのことだ。」
「いや、それだけって………」
「見ていられなんだ。」
俺が話している最中に建御雷神は口を挟み、怒りを露わにする。
「御託はそこまでだ。学よ。貴様は自分に与えられた責務をこなせ。 人が触れてはいけぬ神々の事情があるのだ。」
圧倒的なオーラを前に俺は口をつぐむ。
「学。貴様にはこの"大木"を飛び越られる身体能力を3ヶ月で身につけて貰う。」
建御雷神が片手で叩いている木に目をやる。
「………無理でしょ!!!」
その木は軽く見積もっても10mは遥かに越える高さだった。
「普通の人間には無理ですって! アスリートでも、絶対……」
話している途中、彼に目をやり俺は沈黙した。
男神は腰に吊り下げている刀を抜き、顔を怒りで歪め、俺を睨みつけている。
「ほう……出来ぬのか……! ならば斬って捨てる………!!」
「…………!!なんで?!」
「序の序であるこの試練を出来ぬようでは、到底あの邪神に勝つことなど不可能!」
建御雷神はそのまま俺に歩み寄り、続ける。
「出来ぬ時点で貴様に割いている時間が勿体ない。早急に代わりの人の子を選ばねばならない。」
そして、目と鼻の先まで来、刃を俺の首筋に当て叫ぶ。
「今、不平不満があるのならば!!!」
「ここで貴様の命の灯火を我が刃で断たせる!!」
その気迫に押され一歩後ろに下がるが、向こうも合わせて前に出る。
「やるしかなかろう。」
地面から白玉様の声が聞こえた。
「………や、やります! 飛び越えてみせます!!」
男神は俺の頭に手を乗せ、少し微笑む。
「その覚悟だ。 決して忘れるな。」
「はい!」
「3ヶ月後、お前を殺すことがないことを楽しみにしておる。」
そう言うと建御雷神は、ふっと消えてしまった。
先程のやり取りが相当堪えていたのか、俺は力なく地面に座り込む。
「そんな、3ヶ月であの木を飛び越えられるのか?」
独り言を呟くと白玉様が告げる。
「仕方ない。 面倒を見よう。明日から始めるぞ。」
一人の人間と、猫神が居るこの空間は静寂の夜の暗闇に溶けていったた。