歴史改変
夕焼けが照らす神社の境内、一人のボロボロになった青年を白銀の毛並みをした老猫が見つめていた。 その猫は場から立ち去ろうとした。所詮人間は弱い生き物だ。しかし、だからこそ美しい。 永遠を生きる神々にとって、人の子などちっぽけな存在であった。もちろんその老猫にとっても………。
「痛ぇ………。あいつらやりすぎだろ……」
鳥辺 学は痛む腹を手で押さえる。たった一匹の白猫を不良達から守った代償がこの傷や痛みだ。
遠くから声が聞こえる。 俺の名を呼んでいるその声は彼の横で止まった。
「大丈夫?! 誰にやられたの!?」
彼女は長い髪が地面に届くまでしゃがみこみ俺に聞いた。
「あ、 茜さん。いつもの不良達ですよ。 大丈夫です。」
「大丈夫なわけないでしょ! 家まで来て!」
そう言われ俺は茜さんに着いていく。
神主である信楽さんの一人娘である茜さんは18の俺よりも二つ年上で、この神社の巫女である。
「痛っ! もう少し優しくお願いします信楽さん……」
消毒液を布に染み込ませ、傷口に当ててくる信楽さんに文句を言った。
「文句を言うな。 お前がこの家に来る時は毎回怪我を連れてくる。」
俺は言い返せず、黙る。
「お父さん。此処に絆創膏出しといたよ。」
茜さんは信楽さんに告げ、何処かに言ってしまった。
「それよりも学。 お前、白猫を境内でみたんだって? それ、物凄い縁起の良いことだぞ!? しかも、その猫を不良どもから守るなんて、今晩にも恩返しに来るんじゃないか?!」
信楽さんは早口になり俺に言う。 いつも、何かとオカルト信仰を持っており、今みたく話始める。
「神様も幽霊も、いないって。」
俺はいつも否定する。 しかし
「信じるものは救われる。だ。端から否定していても面白くないだろ?」
と、なら自分一人でやってくれ。他人を巻き込まないでくれと思う発言をする。
「しかし、お前は小さい頃から自分よりも矮小な命に対して必死に守るよな。」
絆創膏を俺の腕に張りながら呟く。
「………………」
「良いことだぞ。 誇りを持て。」
「自よりも他を大切にする心を忘れるな。決して。」
帰宅した俺は家族に怪我を心配されたが、気にも止めず自室へと入り、勉強机に座った。
俺は自他共に認める「歴史オタク」だ。幼稚園のころから今まで、ほぼ毎日歴史について調べている。 今日は、聖徳太子がいた飛鳥時代についての知見を深めようと決めていた。
歴史の参考書を手に適当なページを開く。
該当ページを見つけ、読みふける。この時間こそ至福の時であり、生きる原動力となっている。
一つ欠伸と伸びをして時間を確かめる。 02:40を示しているデジタル時計を見て四時間も読んでいたことに驚く。 明日も学校があるので、眠ることにする。
ベッドに目を向けると何か白い物が座っていた。 本の読み過ぎで眼の疲労が溜まっており、焦点が合わない。 しかし、10秒もすると、その正体がわかった。
猫だ。 それも、夕方に俺が庇って助けた白猫だった。
良く見ると、尻尾の先が二股になっている。 俗に云う化け猫の類いなのではなかろうか。
俺が猫を見つめて固まっていると、猫の方から声が聞こえた。
「人の子、お前の名は?」
喋った。 猫が話した。 その事実が余計に俺を困惑させた。
「……です。」
「は?」
白猫は綺麗な三角形の耳を此方に傾け聞き返す。
「………鳥辺 学です………」
俺は震えた声で答えた。
「そうか。」
猫は目を閉じて何か、考えていたかと思うと、目を開き俺に言う。
「学。お前は今から過去に行って貰う。支度をするのだ。」
なおも固まったままでいる俺に告げられた命令は意味が理解し難い物だった。
「聞こえたのか?」
白猫は聞く。
「あ、は、はい。」
「なら支度をせよ。」
「む、無理で……す」
俺の言葉を聞き、白猫は目を見開く。
そして大声で叫ぶ。
「何故だ!? 神の言う事が聞けんと申すのか! 一大事なのだ!!」
その気迫に押され、尻込みをした俺に乗っかかる。
頭の中は疑問符が飛び交っていた。 急に猫が話始めたかと思うと、神だの過去だの支度だのと意味がわからないことばかり言われたのだから。
「学よ。 お前は選ばれた。八百万の神々によって選ばれたのだ。」
八百万? 神道の用語だったような気がする。
何か答えなければ、この猫に、そう思い、胸にいる猫に言う。
「えっと、まず! あなたは誰ですか! それと、なんで猫が話しているんですか!」
「ん? 私か。 私は神だ。 お前は名前さえ知らぬような神だがな。」
「神………って、本当に神様っているんだ………」
俄には信じられないが、目の前の話す猫を見て納得してしまった。
「いる。 今の人の子は忘れているが、お前達人間と神は共生の運命だ。」
「はぁ。あ、あと、過去に行くって言うのは………」
「それも言葉の通りだ。お前には過去に行って貰う。」
「拒否権はないんですか?」
「ない。 これは我らを………いや、我らと人の子を統べる天照大御神様からのご勅命だ。」
「マジか………、なら家族には………」
「会えない。責務を全うするまで会えない。」
「……………やっぱり、嫌です。」
「お前が必要なのだ。 お前しかいないのだ。」
猫は困った顔で訴えた。
「何故俺なんですか? 日本全国を探せばもっと適任な人間が………いるんじゃあないんですか?」
「それは至極簡単な質問だな。 答えるなら……お前は弱いからだ。 誰よりも。」
「はい? そんなの理由に………」
「だがな、だからこそ、誰よりも強くなれる可能性を秘めている。 自よりも他を大切に出来るお前だからこそなのだ。 神々のお墨付きだぞ?」
正直、弱いと言われて悔しかったが、何故か俺にしか適任者がいないと思ってしまった。
気づけば俺は猫に決意を申していた。
「わかりました。 その仕事俺にやらせて下さい。 俺にしか出来ないんですよね? なら、なおさらやります!」
俺の発言を聞き、猫は笑った。
「あいわかった。」
「でも明後日迄時間を下さい。」
考えうる限りでも、最後にやるべきことが多い。 その為にも時間を貰わなければ。
猫は悩んでいる。 今すぐの方が良いのだろうが、こっちにも事情がある。
が、直ぐに
「わかった。 3日後、黄昏時に奈良の春日大社で待っておるぞ。」
奈良と聞いて反射的に声が出る。
「ちょっと待ってください!奈良って、めちゃめちゃ遠いですよ!? なんで!?」
猫はため息を一つつき、
「来ればわかる。」
と言い、瞬きをした間に消えてしまった。
またも目の前で起きた現象が信じられず、猫が居た場所に、何か痕跡がないか探し回った。
ベッド上で見つけたのは、二本の白銀色の猫の体毛であった。
次の日は部屋の整理整頓をした。母から自殺を考えているのかと心配される程、真っ白な模様になった。
悩みの種はどうやって両親を説得出来るかだ。俺がいなくなっても学校に在籍しているので、休む毎に出席点が減っていく。最悪、留年か退学のどちらかだろう。 いや、それ以前に半年後に控えた大学受験を受けられるかもわからない。 両親にどう伝えれば良いのだろうが。 今日中に伝えねばならない。ベッドに横になり、考えている内に睡魔が襲ってきた。
猫神様との一件から2日経った。 今日、俺は学校を退学する由を両親に伝えた。昨日、眠る前に決めた事だ。 もちろん、両親は大反対した。だが、俺は折れずに、やるべき事がある。それは何年かかるかわからない。と、必死に説得した。
結局、今日は学校を休み、奈良へ向かった。両親からは勘当を言い渡された。 当然の事だ、覚悟は出来ていた。
奈良につき、電車を乗り継ぎ春日大社へと向かう。
今、背負っているバックにあるのは、少しの現金にスマホ、そして歴史書だ。歴史書は要らないと思うが、肌身話さず持って行きたかったのだ。
夕方、春日大社に着いた。 そこには約束どうり白猫がいた。
「待っていたぞ。 ついてこい。」
そう言われて猫の後を追った。 夕方と言えども、有名な神社兼パワースポットとだけあって、参拝客は大勢いる。
猫は道を外れ、深い山の中へ入って行った。 ここは神社の外だろうか。
猫は立ち止まり、俺に振り向くと、説明を始めた。
「お前にはこれから過去に行ってもらう。 だが、その前に経緯を説明しなければならない。よく聞いておくように。」
話が難しすぎて頭に入って来なかったが、噛み砕くとこうだった。
人間……いや、この日本列島が出来る前からの話だ。 男神である伊邪那岐神と女神の伊邪那美神が国産み……日本列島を形成する所から始まった。 当初、女神のほうから男神を誘った。結果、不良児が次々と産まれた。 その子らは島に成ることが出来ず、淤能碁呂島へ流され、封印された。 逆に男神から女神を誘った時は上手く行き、今の日本列島が形成された。
問題は淤能碁呂島に流された神々だ。 自分達が神として人間に祭られず、神々からはタブーとして存在してきた不良児達は憎悪、怨念が集まり、一つの悪神となった。 その神が歴史を変えようとしているらしい。
「と、こんな所だ。 知恵の神、思金神が気づき、急遽お前に旅立って貰うことになった。」
俺は疑問をぶつける。
「質問を一ついいですか?」
「なんだ?」
「上手く言えないんですけど、その神様はこの時代にいるのですか?」
「いや、いない。 何故だ?」
「えっと、ならこの世界は幾つもあるってことですか? 所謂平行世界が………」
「その通りだ。 ………いや、違うとも言えるな。 全ての事象は単一の時間の中での出来事だ。 しかし、極稀に時間をそれて、独立した世界ができることもある。 その際はその問題のある地域の神達が修正していた。」
どういう事だ? 俺は頭を悩ませるが、猫は続ける。
「今回ばかりは、我ら八百万の神々を持ってしても駄目だった。しかし、ここで手を打たねば、天照大御神がよしとしてきた歴史が根本から崩れる。」
猫は話終えると俺を青色の眼で見据え口を開く。
「人の子、鳥辺 学に告ぐ。 現より1500年前に遡り、神を討て。」
その声を聞いた途端に視界がぐにゃりと歪む。白猫は何か言っていたが、何も聞き取れ無かった。 左腕に巻いていた腕時計を見ると、反時計回りに全ての針が回っている。 吐き気がしてその場に膝を付く。 頭の中で、何かが切れた音がしたと思った瞬間、俺の意識は暗い闇に消えて行った。
顔に冷水をかけられて目が覚める。
頭を押さえられ、手足も縛られている様で動けない。
聞いたことのない語彙が俺に襲いかかる。
思いっきり頭を上げて、辺りを見回す。
「どこだよ………ここ…………?」
隣にいる武人は激怒している様子で俺に言い寄る。
髪の毛を鷲掴みにされ、頭を下げさせられる。 額から血が滲む。
冴えない脳内で、考える。 あれから何日経った? ここは何処だ? 見たことのない唐服みたいな衣類を来ている人をチラッと見えたぞ。
もしかして、俺は………
俺は………本当に来てしまったのか、1500年前の日本に………




