1 稲月雷輝 【電流石火】
この世界にはかつて古来より、特別な能力を保有する者達が存在する。
その者達は時代により、神の代行者や英雄として崇められる時もあれば、魔女や悪魔の子として蔑まれた時代もあった。
そして、現代において特別な力を保有する者の事を人々は異能保有者『サイキック・ホルダーズ』略して『ホルダー』と呼ばれている。
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「う…うう……ここはどこ?」
黒髪の少女は目を開けて周囲を見渡す。
壁には【救世人情】と墨で書かれた文字が飾っており、近くのは古びたテレビや机が置かれている。
自身を見ると着物の代わりにイヌのマスコットキャラが描かれているTシャツを着て、怪我をした箇所は包帯が巻かれている。
そして目の前には見知らぬ人がいた。黒髪に金髪が少し混ざっている男と赤髪の女がいた。いずれも紺色の服を着ている。
男と女は目を覚ました少女に気づいたようで、近づいてゆく。
「大丈夫か?お嬢ちゃん」
「ここは……どこ?」
「ここは【交番】だ。お嬢ちゃんはな、路地裏で倒れてたんだ。見つけた時は焦ったもんだ。あ、そうそう俺の名は稲月雷輝だ。で、こっちの赤髪の女性が」
「剛堂逸華よ。よろしくね、お嬢ちゃん」
自己紹介を終えた赤髪の女性剛堂逸華は、目覚めたばかりの黒髪の少女にお茶がはいった茶碗を差し出す。
喉が渇いていた少女はグッと一気に飲み干した。喉の渇きが癒えた少女に、稲月雷輝が慎重に喋りかける。
「お嬢ちゃんはどうして路地裏で倒れていたんだ?」
「うーん……わかんない」
「それはこまったあ、親や兄弟はいるのかな?」
「うーん……それもわかんない」
「ヤバイな、じゃあ自分の名前が覚えているのか?」
「うーん……」
「わかんない。だな……記憶喪失って奴か。厄介だな」
迷子届けと睨めっこしながらポールペンで頭を掻く雷輝。そんな雷輝に熟考していた少女が自身の名前を微かに思い出した。
「ア……ゲ……ハ……アゲハ」
「アゲハ?それが君の名前かい?」
「多分そう」
「良かった〜。名前さえ忘れてたら、そんな悲しいことは無いからな。とにかく良かったよ」
雷輝は迷子届けの名前欄のところに『アゲハ』と書き込み。
「でも名前だけで、なんの情報もなしか……はー」
「ごめんなさい」
「いやいやいや、謝らなくていいよ。だって君は何一つ悪いことはしていないんだから」
雷輝は記憶喪失のアゲハに慰めの声をかける。
「でもそうなると親元に届けるのは難しくなるそうだ」
悩む雷輝に同僚の剛堂逸華がある提案をする。
「ねえねえ雷輝くん、実は私の両親は警視庁にいるんだけど、母がDNA鑑定の専門チームを率いているらしいの、だからねアゲハちゃんのDNAを解析してもらうのはどうかな?」
「なるほど、それは案だ」
DNAを解析することにより出身地や生まれ年代を詳しく突き止めるようになっている。
雷輝はアゲハの髪をハサミで一本だけきり、袋の中に入れて迷子届けの封筒と一緒に入れて、送ることにした。
調査には一週間程度かかるらしく、雷輝と逸華はその間アゲハを交番内で面倒を見ることになった。
アゲハは育ち盛りなだけあってか。ハンバーグやお寿司をよく食べた。
「ねえねえ雷輝くんこれみて」
「ん?なんだ?」
雷輝はテレビに注目する。テレビでは若い女性キャスターが最近起こったニュースを読み上げていた。
『先日、種子島宇宙センターから発射されたロケットは順調に宇宙空間に到達、人工衛星での初の双子衛星【双月】は無事軌道に乗りました。
この人工衛星は【双】という言葉通り、二つの球体の衛星が四本の線でつながっており、私たちに電波をより正確に届けられるようにななります。更なる生活の質が上昇することでしょう。
それと皆様知っていると思われますがこの衛星、双月は数百年前に突如として消えてしまった、《《月》》の代わりを成すと期待されています――』
「月か……」
稲月雷輝は、自身の名前に入っている月の文字を気にしている。この世界には数百年まで本物の月が存在していたと言われているが、本物の月を見たことがいる人は誰一人生きておらず、文献だけに残っている幻のものとされた。
人類は月の代わりに人工衛星で明るさをカバーして来たのだ。
雷輝は月のことを意識しながら、明日鑑定結果を聞くために東京の渋谷には行かねばならないので、人工衛星のことは頭の隅に置いて、早々に寝るのだった。