いざ決闘
俺達は、村の端に在る広場へと移動していた。遊んでいた子供達は目を輝かせ、ギャラリーと化している。
「が、頑張ってください!」
「気を付けてねー」
俺に声援を送る聖女と魔性を、乾いた目で見返す。どうしてこうなった。
「おっしゃ、ボコボコにしてやるぜ」
目の前では、甲冑を身に纏った屈強な大男が、指をポキポキと鳴らしている。
そうか、お前の所為か。っていうか誰だ。
「お前、冒険者でもEランクなんだってな。俺は手強いぜ?」
自分で言うな。
「相手は剣術の師範よ!」
「おう、今は武者修行中よ」
それはニートと言うのではないか?
「ボッコボコにしてやる」
何故か、相手の怒気が膨らんだ気がした。どうしたニート。
「へっ、そんなナヨナヨした体型なんだ。先手は取らせてやるよ」
「――有難い」
俺は一礼し、口元に布を括る。戦いにおいてマスクは重要だ。言葉を、唇を読めなくする。まだ発声が無いと術を発動出来ない俺は、特に注意を払わなければならない。
さてどうしようか。実力は相手が上だろう。初手は貰えているのだから、出来れば決着まで持ち込みたい処だ。
「どうした? すくんじまって動けねえのか?」
煽りプレイまで発揮するとは、侮れんな。
俺は棒立ちのまま、相手に見えないよう右手に苦無を持った。手は真っ直ぐにして、包み込むような形だ。それに合わせ、下ろしたままの左手で印を作る。
「――木遁」
スナップを効かせ、右腕を跳ね上げる。右手に雷を宿し、包まれた苦無が凄まじい勢いで発射された。レールガンの要領だ。
音速の苦無は男の頬を掠め、近くの木に突き刺さる。俺はまだ未熟だ。一度に複数の術を使えない。このまま金遁でも出来れば良いが、苦無も一本しか操れない。これは目眩まし――思惑通り、奴の視線が横に逸れた。
「水遁!」
左手の形を変える。血液を操り、身体能力を爆発させて一気に近付く。
「うお!」
視線は逸れていた筈だが、男は直ぐ剣を抜いた。反応が早い。流石だ。この強さなら、俺も抜刀した方が良いのかもしれないが、今は印を変える余裕が無い。速さ重視で進める。接近して判る。奴の鎧は薄い。皮より防御力は高いかもしれんが、剣で敵を捌く前提で造られた物だろう。構造も見れ取れる。魔物の身体と一緒だ。これも修行の成果か。
「ふん!」
厚みが薄い箇所に拳を放つ。
「おお!」
一撃入れ、二撃目を入れようとすると、男の剣が滑り込んできた。だが、俺は腕の軌道を変え、同じ部分を拳で叩く。
「ぐ!」
鎧が凹んで、男が呻いた。しかし、剣筋は衰えず速いままだ。印を変えなくて正解だった。水遁を解除すれば反応出来なくなる。火遁は使えない。それならば――
俺は胸の紐を解く。刀を背に結び着けている紐だ。そのまま腰を捻って屈み、右肘で剣先の鞘を叩いて上下を反転させる。一回転しながら刀を抜き、男の剣にぶつけた。
「お前! 強いな!」
「まだまだ未熟!」
「片手で俺と戦ってる時点で異常だっての!」
いや、片手で身体能力を上げなければ――ん?
そうか。別に、水遁を解除しても、直ぐ血流が消える訳では無いな。刹那に賭けるか。
「往くぞ!」
「あ?」
俺は刀を離し、足で蹴り上げる。男が顔に回転しながら迫る切っ先を躱している最中、両の手で印を作った。
「水遁」
鎧の腹で、一際薄い部分に拳を打ち込む。
「ぐはっ!」
狙うは内腑。両手で印を作ったのには理由が有る。片手で己が身体を、片手は拳に乗せ、鎧を通し相手の内臓にダメージを与える為だ。
「おおおおおお!」
一発、二発、寸分違わず同じ部分に拳を打ち込む。
「おおおおおおおおおおおおお!」
そのまま両手で二十発、一瞬で男の腹を凹ませた。鎧は裂け、男が吹き飛ぶ。
「ちょっと! 兄さん大丈夫!?」
「――え?」
ルーシーが、倒れた男に駆け寄る。
「いや、ははは。強いな、お前。ホントにEランクなのか?」
男が半身を起こし、豪快に笑った。流石お兄さん、鍛え方が違いますね。
「いえ、それより、兄さん?」
クロエさんも驚きながら近付いて来た。
「あー、そうよ。ウチは六男二女の大家族なの」
ルーシーはバツが悪そうに言う。
「じゃあ、色んな男って――」
「ルーシーほどの美人なら、他にも働く方法はあるだろ? 兄ちゃんや弟達としては、家族を危険な目に合わせたくなくてな」
「じゃあ、勇者パーティって」
「なに! 勇者パーティだと! 魔王と戦うなんて、お兄ちゃん認めないぞ!」
「子供8人に両親、両祖父母、14人家族なのよ」
「無視するな!」
「生活の為でしたかぁ。言ってくだされば、ギルドとしても、なんらかのお手伝いを……」
「言える訳ないじゃない。ギルドにも一人いるのよ? 居場所バレちゃうでしょ」
「なかなか居場所が掴めないから、兄ちゃんも放浪するしか無くてな」
何だ、只のニートじゃなかったのか。
「お兄ちゃんは戦いたいだけでしょ」
お前もう帰れよ。
「ま、まあ鎧も買い直さなくちゃならんしな! もう少し旅を続けるよ」
「――で?」
「なんだ?」
「はぐらかさないで! この人は合格なの?」
「う、ぐ、ご、合格」
「やった!」
「え、別にパーティを組むと言ったつもりは」
「そうですよ! あなたのパーティ試験が、まだ終わってません!」
「なによパーティ試験って! 聞いたことないわよ!」
ルーシーとクロエさんを苦笑いで見ながら、俺は拳を撫でた。血は出てないが、青く変色している。内出血してるな。まだまだ修行が必要だ。
「シンさん。手は大丈夫ですか?」
「ええ」
クロエさんが気付いて手を取る。
「治しますね」
「え? 治せるんですか?」
「ええ。冒険者のお役に立てるよう、回復魔法を少しだけ」
俺は、そんな相手に気功を使ったのか。自分が恥ずかしい。
「私、自分を治すのは下手なんですよ」
気持ちを察してか、クロエさんが優しく微笑んだ。
「ほら、お兄さんも治しますから」
「なんと! 君は聖女か!」
「そうだ」
「シンさん!?」
「――え? あの聖女、受付嬢だったの?」
再び、邪神が目を円らかにする。
「然り」
「出たよ、しかり。そっちだって何度目の『しかり』なのさ」
「真似るな」
「はいはい」
「――『召喚者』とは、如何なる者か?」
「読んで字のごとし、だよ。こちら側で『勇者』たる者の数が足りなければ、『世界神』に召喚されるのさ」
「世界の神とは、神を統べる者か?」
「いや、世界のバランスを調整してる人かな。最高神は別にいるよ。で、召喚された者が見つかったら、国に報告される。手厚く教育を受けて、魔王討伐の一人になるのさ」
「討伐の後は還れるのか?」
「元の世界に? 当たり前さ。元の世界、元の時間に、元のままで戻れるよ。召喚された勇者は普通死なない。魔王が死ななくても倒せるように、勇者の数とレベルが調整されるのさ。例え死んだとしても、元の世界に還るだけ」
「芝居なり」
「そう、これは出来レースさ。勇者と魔王はシステムなんだ。人々が争わないための、ね。でも、今の魔王には死んで欲しくない。せっかく生み出した娘なんだ」