勇者とは
一旦ギルドに戻って手銭を足し、ルーシーと喫茶店に入る。
「な、なんでギルドの受付嬢が一緒に来てるの?」
そう、貯金を下ろしたら、クロエさんが付いて来た。
「ゴホン! ワタクシ、シンさんの専属ですので。パーティメンバーになる方を面接する義務があります」
「そうなんですか?」
「そんな義務ないわよ!」
「ともかく、ワタクシのお眼鏡にかなう人でなければ、認められません」
クロエさんが、眼鏡を持ち上げニヤリと笑う。
そもそも、自らを『ワタクシ』なんて呼んでなかった気がするんだが。
「――それで、こんなEランク捕まえてどうするんですか?」
最初は警戒して口調を崩したが、彼女は年上だろう。俺は言葉を正した。
改めて、座って帽子を取った顔を見る。気怠そうに垂れた目に、ぽってりとした唇、浅黒い肌、どこかエキゾチックな雰囲気を漂わせた美人だ。
「そもそも、あなた見ない顔ですよね? 冒険者登録してるんですか? お名前は?」
「もちろん登録してるわよ。私はルーシー、Cランクよ」
問いにルーシーはふんぞり返って答えた。大きな胸を組んだ腕に乗せているので、更に強調されている。クロエさんが『聖女』なら、彼女は差し詰め『魔性の女』といったところだろう。
「俺の遥か上じゃないですか。パーティなんて組む意味有ります?」
「あるわよ――あなた、勇者と知り合いらしいじゃない?」
勇者よ。貴様の知らん処で、俺に事件が降りかかってるぞ。
「あの勇者が、何か?」
「あの勇者って――あなた、『聖女』相手にけっこうな物言いね」
俺はクロエさんを見る。『聖女』とは、彼女の事を言うのだ。彼女こそ聖女だ。そんなクロエさんは俺の視線に気付き、何故か顔を赤らめた。
むしろ、あんな粗暴な聖女が居るものか。あれにホイホイ近付いて行く奴が居れば、俺はそいつを『変態』と断定し、思わず性癖を探ってしまうだろう。
「勇者とは顔見知りな程度ですよ。それがどうしたんですか?」
「アタシ、勇者パーティに入りたいの」
「それで?」
「お金が欲しいの」
「は?」
「そういうことですか」
「クロエさん?」
「勇者パーティのメンバーには、各国から支援金が入るんですよ。お給料みたいなものですね」
「そう。それも、なかなかのお金がね。幸い、今の勇者パーティは、彼女の他に一人だけよ。まだ入れる余地がある」
「――そう言えば、『勇者』とは誰が決めるんですか? 国?」
俺の言葉に、二人は目を丸くして驚いた。
「え? 何か変な事言いました?」
「『鑑定』スキルを持った人が見れば判ります!」
「常識よ?」
知らん。俺を常識人と思うな。しかしながら、『鑑定』なるスキルが在るのか。言葉では真贋を見定めるものに思えるが、スキルも判断出来るとは。
「でもパーティって――ん? ルーシー?」
クロエさんが首を傾げる。それに対し、ルーシーは目を逸らした。
「あー! ルーシー! シンさんダメです! この人、パーティクラッシャーですよ!」
「は? クラッシャー?」
この女も勇者なのか?
「パーティに問題起こして、解散させちゃう人のことです! なんでも、色んな男に付きまとわれてて、いちいちその男達が強いらしいんですよ!」
「え、下僕?」
「なんでそうなんのよ!」
まさに魔性の女だったか。
「本人じゃないから、ギルドに目は付けられてませんけど」
「そうよ。アタシは悪くない。だからパーティ組みま――」
いきなり大きい音が響いて、俺達は振り向いた。甲冑を着た大男が、入口から店内を見渡して居る。
「見つけたぞ!」
「げっ」
大男はずかずか足を踏み鳴らしながら近付いて来て、ルーシーの腕を掴んだ。
「よお、またパーティ組もうとしてるのか?」
「あんたに関係ないじゃない」
「つれないこと言うなよ」
嫌がるルーシーに、男は下卑た笑いで言葉を返した。見てられんな。
「止めろ」
俺は男の腕を掴み、捩じ上げる。
「いててて! 誰だお前!」
「今まさに、パーティに誘われていた男だ」
「くっ!」
奴は腕を振り解き、俺を指差す。
「俺と勝負しろ!」
大男が轟く様な声で、高らかに宣言した。
だから、俺も声高らかに宣言してやった。
「ことわる!」
「――なに断ってんの?」
此度は、邪神が目を円らかにした。奴は横たわり、頬杖を突いて居る。
「私闘は師に迷惑なり」
「でも戦ったんでしょ?」
「是なり」
「それで? 次は何が聞きたいの?」
「言の葉よ。『伝心』は我が技能であろう? 師匠は、己と交えていたぞ」
「あー、そういうこと? 確かに、『伝心』は君のスキルだ。それを知った上で、彼は君に言葉を教えた。言葉使いはちょっと特殊だけどさ、テレパシーが出来るのに、習得が遅かったんじゃないか? どういう教え方をしたか判るかい?」
「否」
「彼は、君の世界の言葉と、この世界の言葉を混ぜて話していたんだ。そして、少しずつこの世界の言葉の比重を増やし、君が少しずつ理解しているように錯覚させたんだ。実際、君は覚えていったし、『詐欺師』も使われていたから、彼がテレパシーなんかじゃなく、言語で君と通じているなんて思わなかっただろう? しかも彼は、この世界の複数の言語を混ぜて教えた。旅の途中で、色んな種族と話せただろう? テレパシーもそうだけど、元々話せるようになっていたんだ。だから通じた。まあ、テレパシーやら『多言語習得』やらで、君の言葉はちょっと面白いことなっちゃったけどね。理解やら文章やら、きっと自分の都合に合わせて、それなりに変換されているはずさ」
「何故、師は己の世の言を知り得たのだ?」
「それは、彼が『召喚者』だったからだよ」