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優しい世界の歩きかた  作者: 狐面
深淵にて
7/41

日常

 ギルドに登録して三月が過ぎた。朝は鍛錬、昼は冒険者、夜は鍛錬、合間に家事の日々が続いている。俺のレベルは未だ80に届かず、冒険者ランクもEに留まっている。ランクは師匠を超えるつもりは無い。ただ、実力は上げておく必要がある。もっと鍛えなければ。ゴリラ勇者のマリア――ゴリア?が次に来るまで、一年を切った。もっと鍛えなければ、はかなく散ってしまう。俺の命が。


「お願いします」


 今日も今日とて、俺はギルドに獲物を持ち帰った。裏の鑑定所に査定を任せ、自分は表から中に入る。


「戻りました」

「お帰りなさい。シンさん」


 カウンターに座るクロエさんが、髪を整えながら声を返してくれた。幾ら専属とは言え、Eランクの俺に身形みなりなど気にする必要無かろうに。しかも、彼女が休んでいる気配が無い。俺は日課だから、毎日何かしらの依頼を受けに来るが、いつも彼女は座って出迎えてくれている。俺のようなに申し訳無い。


「クロエさん、休んでます?」

「ええ。シンさんは朝と夕方、だいたい同じ時間に来てくれますから、私は昼間に時間休を頂いてるんです」

「そんな休み方じゃなくて、週に一日は休まないと、身体が持ちませんよ?」

「シンさんこそ、休んでないじゃないですか」

「身体を動かしてないと気持ち悪いだけです」

「私もですよ」


 そう言って、歯を大きく見せて微笑んだ。綺麗な彼女が無邪気に笑うと、とても愛らしく思えてしまう。


「では、せめて」


 彼女の頭に手を乗せ、体内の気をうかがった。矢張やはり乱れている。

 

「えぇ? シ、シンさん?」


 俺は、『気』を操作出来るように成っていた。内なる循環を円滑にする。


「水遁」


 片手で印を組む。『水遁』で、体内の水を足りない部分へ流す。血行も良くして、身体の冷えた部分を温めた。


「――どうですか?」

「え? ええ。はい。なんだか、あったかくなってきました」


 手を離すと、彼女は上気して真っ赤に染まっていた。少しやり過ぎただろうか。


「鑑定終わった、ってよ!」


 そんな彼女の両肩を、同僚のリッカさんが掴んだ。彼女はこの村の出身だ。しかも、俺に最初に声を掛けてくれた女性の娘さんだった。長く茶色い髪を、首の後ろで一つに束ねている。年は二十代半ば、クロエさんの姉貴分と言ったところだ。


「わ、わわ――」

「熱いねえ、お二人さん」

「暑い? それはそうでしょう」

「え? 認めんの?」

「わ、わー! わー! もう! リッカさん!」

「ほれほれ、報酬渡してやんなよ」


 カラカラと笑う彼女から、書類と巾着を受け取ったクロエさんが、こちらに向き直る。 


「ゴホン! えー、今回は『ハニーベアー』の討伐でしたね」


 『蜜熊』は子熊くらいの大きさで、比較的大人しい草食性の熊だ。熊が肉を食べないのも驚いたが、もっと驚いたのは、体内に『蜜嚢みつのう』と呼ばれる、糖分を貯める器官が有る事だ。この器官は、高価な砂糖の代用品として、非常に重宝されている。肉に臭みは有るが、毛は柔らかく羽毛と同じように使える。ただ、身体が余り大きくないので、上手く仕留めないとこれらを傷付けてしまう。『慣れ』が必要だ。また、容姿も子熊のごとく愛くるしいので、仕留めるには別の意味で勇気が要る。一部の貴族には、愛玩動物として飼われているくらいだ。


「3体の討伐。状態も良かったので、今回はなかなかですよ!」


 差し出された巾着から何枚か硬貨を抜き、そのまま返す。


「じゃあ、これは貯金で」


 ギルドでは、金の保管も請け負ってくれる。


「だいぶ貯まってきましたよ? なにか大きな買い物でもするんですか?」

「いえ、使う当てが無いだけです」


 食い扶持ぶちの為に働き始めたのだが、俺も師匠を金を使わない。自給自足で、買うのはパンかミルク、米、料理に使う調味料や酒ぐらいだ。今日も『蜜熊』の肉を引き取り、持って帰る事になっている。臭みが有るから処分されるのだが、実はしっかり処理すれば普通に食える。『蜜熊』を対象にしたのは、それもあっての事だ。野菜が足りなければ、野草か一部の魔物から手に入る。ちなみに、米は東方の国が主な産地だが、似た物が流通している。そちらは安価だ。『米蛇べいじゃ』と呼ばれる蛇の魔物、その肉を切り分けて炒めると、ポロポロと崩れ米に酷似した状態になる。

 着る物は布を買って仕立て、ほつれたら自らつくろう。男二人で針仕事とは、人に見られたくない姿なのだが、逆を言えば、男二人で造形に気を遣う意味も無い。武器と装備は師匠譲りで、何の金属が使われているのか、異常な強度を誇っている。刃もこぼれず、血も『水遁』で剥がすので、錆びる気配も無い。


「堅実ですね。さすがです」

「そんなつもりは」

「しっかりしてるし、腕っぷしも強いし、顔も良い。クロエ、しっかり捕まえときなよ?」

「ちょっと、リッカさん!」

「ギルドに必要だろ?」

「え? あ、はい」

「なにあんた? なんだと思ったの?」

「もう、ちょっと! あっち行っててください!」

「それじゃあ、今日はこれで」

「あ、はい。また明日」 

「ばいばーい」


 二人に見送られて外に出る。ギルドに入る前から、視線を感じるな。

 

「――土遁」


 俺は印を組み、術を発動させた。『土遁』は俗に言う『光学迷彩』だ。周りの風景に、人に溶け込み、自身を認識の対象から外させる。

 道行く人を避けながら、堂々と歩いて視線の先に歩いて行く。相手は見失って驚いたのか、キョロキョロと周囲を見回して、こちらに走って来た。


「誰だ?」

「え? あ? げっ」


 前に来た身体を受け止め、術を解除する。今度はもっと驚いて、腕の中で身体がビクリと跳ね上がった。


「誰だと聞いている」


 俺より年上だろうか。大きな帽子を被り、ローブを着た女性だった。


「ル、ルーシーよ」


 取り繕ったように笑う。


「私と、パーティ組まない?」






「――それが、あのパーティにいた魔法使いかい?」

「応」


 邪神が、再び酒を注いだ。


「女難の相が出てるねえ」

いたぞ――何故、おれが『伝心』をびている?」

「君のスキルだからだよ。君の師匠は嘘を吐いたんだ。言っただろう? 『スキルの神も驚いて、君に変なの付けちゃった』ってさ」


 思えば。

 ――しかし、テレパシーとはさすが師匠だ。

 あれは、俺の事だったのか。


「師は知っていたか」

「そりゃそうさ。彼が、どうして一人で戦えたと思う? スキルのせいだ。彼は『情報開示メレディス』を持っていた。初めに目覚めた時、『膜が張っていた』んだろう?」

「ぬ……?」

「ステータスを見られていたんだ。『情報開示』は、相手のステータス・スキル・使用魔法、ものによっては弱点まで見えるからね」

「貴様、何故師匠の技能を知っている?」

「会ったことがあるから」

「我が師は、神と拝謁したか?」

「いや。彼と会ったのは、僕が『魔王』だった頃だよ」

「今、何と――」

「僕が前回の魔王だったんだ。前回は『スキル』やら『カルマ』やらが発生して、神々も忙しくてね。しょうがないから、僕が『魔王』を買って出た。死んでから、神にまつり上げられたんだ」

うぬは魔族か?」

「いや、僕はただの外道さ」

「師匠は、何故『伝心』をおのが技能とたぶらかしたのだ?」

「『詐欺師ウルフズレイン』が発動出来るのは、人のための嘘だけなんだよ? 君のために決まってるじゃないか。転移して、テレパシーなんて厄介なスキル持ってるなんて気付いたら、取り乱すに決まってる」


 確かに、この邪神は知っていたのだ。

 ――君のような転移の傍に、そんな人がいるなんて運がいい。

 おれは、れ者だ。身を尽くしてくれた師を弔えず、愚かに生き続けている。

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