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優しい世界の歩きかた  作者: 狐面
深淵にて
6/41

冒険者登録

 師匠の元で修業を始め二年が経過した頃、俺は近隣の村を訪れていた。

 この世界には、『冒険者ギルド』なるものが存在する。其処そこに登録して来い、と。端的に言えば、師匠から「ぼちぼち食い扶持ぶちを稼げ」と言われてしまったのだ。

 俺は緊張していた。ずっと森の生活だったから、師匠と自称勇者以外の人間に会うのは初めてだったのだ。

 森を抜けて少し歩くと、レンガが敷き詰められた街道に出た。そのまま言われていた方に向かうと、遠くに同じようなレンガの塀と、巨大な門が見える。

 ――村、か?

 規模としては街に見えるのだが。


「旅の人かい? 見ない顔だね」 


 門を潜ると、恰幅かっぷくの良い女性に笑い掛けられる。髪は茶色い。周りを歩く人々も同じだ。師匠の白髪ならともかく、俺の黒髪は目立ったのだろう。


「あの、此処に冒険者ギルドが在ると聞いてきたのですが」

「あー、なんだあんた、冒険者だったのかい?」

「いえ、これから冒険者になろうかと」

「その年で?」


 俺は十八と成っていた。勇者の言では、この世界の成人は十五歳らしく、言わば『出遅れた』存在なのだろう。ちなみに、その勇者は生まれた時から『勇者』スキルを持った稀有けうな存在だったそうで、あらゆる貴族が養子に貰おうと、壮絶な謀略戦が繰り広げられたそうだ。くして、『スタンスフィールド』の家が勇者を勝ち取り、小さな頃から英才教育を施されたらしい。また血塗れにならねえかなあ、あいつ。

 曰く、自分はエリートなのだそうだ。一切聞いていないのに、襤褸雑巾ぼろぞうきんから人に戻った俺の横で、一晩かけて偉そうに喋っていた。死ねばいいのに。


「はは、田舎に住んでいたもので」

 

 乱れた心を平穏に治めつつ、俺は笑顔で答えた。


「田舎って――ああ、その黒い髪、もしかして、たまに来る爺さんの孫かい?」

「そうです」


 俺の言葉は通じるようだ。経緯を説明する事も出来ないので、申し訳ないが師匠に甘えさせて貰おう。転移者が人々に浸透しているか否か、転移者は迫害か利用される対象か判らないしな。


「爺さんの知り合いなら大歓迎だよ! この『アイリ』は、あの爺さんのおかげで潤ってるんだからね!」

「アイリ?」

「この村の名前さ。その昔、大魔法使いが村を救ってくれてね。それ以来、そのことを忘れないように、村の名前にもらったってわけさ」

成程なるほど

「ギルドならあっちにあるよ!」


 指差す方を見ると、中心部と思われる場所に大きな建物が在る。そのまま女性は近寄り、俺の耳元で囁いた。


「あんた、ちょっと訳アリだろ? 頑張んなよ!」


 言いながら背中をバンバンと叩いてくる。勘が鋭い。


「あ、ありがとうございました」


 地面も一面の石畳だ。良く整備されている。だが、一般的にイメージする『村』というものの発展レベルではない。どういうことかと考えていると、直ぐくだんの建物に行き当たった。

 中に入ると、大きな銀行のような空間だった。入口近くに掲示板、手前片側にはカウンターが並び、それぞれに制服を着た女性が座っている。奥には飲食スペースも在るようだ。カウンター前には、テーブルと椅子が幾つか配置されていて、鎧やローブをまとったファンタジーの登場人物が談笑している。


「こんにちは」


 所在無く周囲を見回していると、近くの受付から声が発せられた。年は二十歳前後、少し緑がかった髪、眼鏡を掛けた美しい女性だった。優しそうな笑顔で、声も柔らかい。そして、胸を強調させるような制服を着てなお、とても、大きい。

 勇者よ。お前が自称勇者なら、彼女は誰もが認める聖女だ。


「こんにちは。冒険者登録をしたいんですが」

「初めていらっしゃったようですが、近隣の方ですか?」


 『村』ならば、人口は少ないだろう。客の顔も覚えているようだ。プロだな。

 心なしか、女性の笑顔に輝きが増した気がする。


「ええ。森に祖父と二人で暮らしていたのですが、食い扶持の足しに成ればと」

「あ、もしかして、『スメラギ』さんですか?」 

「え? ええ、多分」


 師匠は伝説の暗殺者らしいが、名が世に知れた暗殺者とは如何いかに。偽名か?


「いつもいつも、規格外の魔物を仕入れてくれるんですよ。おかげでギルドも村も評価が上がってまして、皆から感謝されているんです」

「そうなんですか?」

「ええ。今まで数えきれないくらいの魔物をお持ちになりまして。特筆すべきところでは、ポイズンスネークキング、ワイバーン、コカトリスもお持ちになりました」

「それは、凄いんですか?」

「準災害級です」


 災害、とは――矢張やはり師匠は化物か。


「この辺りは、そんなに危険なんですか?」

「いえ、そんなことはないんですけど……なんでも、『自分には魔物が寄ってくる』なんておっしゃっていましたが。ご存じないんですか?」


 存じ上げないから聞いている。今まで、師匠が長く家を空けた事など無かった。ならば言う通り、魔物から寄って来たと考えるのが妥当か? いや、あの人なら、一晩で一山二山越えるのも些末さまつかもしれん。

 俺が考え込んでいると、受付の女性が我に返った。


「ああ、申し訳ありませんでした。登録でしたね」


 申し込む前に、簡単な説明を受ける。

 魔物は皮、部位など、素材が人にとって有用となる。また生物として習性を持ち、人を襲う場合も有る。って各国が出資し、『冒険者ギルド』という世界的な討伐組織を結成し、『冒険者』という職業が生まれた。

 冒険者はFランクから始まり、E、D、C、B、A、Sと上がっていく。ランクによって受注出来る依頼に制限が掛かっており、低ランクでは薬草採取や所謂いわゆる『おつかい』のような荷物の運搬しか出来ない。依頼を達成し『自身の有能さ』をギルドに証明していけばランクは上がり、応じて、受注可能な難易度・報酬も上がっていくらしい。

 師匠はCランク――持ち込むものをかんがみれば、欠損は少ないし獲物も上位ランクなのだが、「依頼を受けたものではないし、災害級に駆り出されるのは面倒」として、かたくなに昇級を断っているそうだ。単純に、魔物の素材を売れるよう登録したのだろう。


おおむね理解しました」

「では、こちらの申込書にご記入お願いします」

 

 名前と年齢を記入する紙が差し出される。シンプルな紙だ。これは、言わば『危険な目に合うが構わないか?』という『同意書』なのだろう。

 俺は紙に『シン』『18』と書き入れ、彼女に戻す。

 

「シンさん、でよろしいですか?」

「はい」

「では、こちらのカードに血を一滴落として下さい」


 目の前にカードが出てくる。俺は苦無くないで指先を傷付けると、血を垂らした。カードはほんのりと輝き、彼女が回収する。そのまま奥に入って行くと、今度は大慌てで戻って来た。


「こ、これ、は、あなたのカードになりました」

「どうしました?」

「いえ、奥でステータスを確認させていただいたんですが――レベルが想定外でしたので」


 確か、俺のレベルは70前後だったはずだ。


「そんなに低いですか?」


 レベルには聞き覚えがあるが、考えてみたら、俺はこの世界のレベル上限を知らない。3桁、しくは4桁だったら目も当てられん。


「いえいえ! 高いんです!」


 どうやら2桁――99が上限の可能性が有るな。いや、初心者にして70は高いという意味かもしれない。これも修行の賜物たまもの、師匠に感謝しなければ。しかし、俺が70で在れば、師匠のレベルはどれ程なのだろう。


「試験さえ受ければBランクから始めれますが、どうしますか?」


 女性は身を乗り出し、上目使いで俺の顔を覗く。期待してくれている。

 いや、これは師匠の知り合いたる俺を、ギルドで懐柔しておきたいという思惑が含まれているのかもしれん。


「折角のお誘いですが、辞退しておきます。右も左も解らぬ身で上に座っては、先達に申し訳ないですから」

「そうですか。残念です。ですが、ですが! 今回から、あなたの担当は専属! このクロエが務めさせていただきます!」


 先刻、お抱えの受付嬢は上位ランクからだと聞いた気がするが。そこまでして、俺を繋ぎ留めたいのか。良いのか? 師匠の足元にも及ばぬ、不肖の弟子だぞ?






「――今回の魔王のレベルは、5000だよ」


 邪神が勝ち誇ったように笑う。


「勝てる訳無かろうが!」

「仕方ないよ。君の師匠が人外レベルだったんだ。いいかい? 『勇者』のスキルが外れても、レベルはそのままなんだよ? そんな奴が残ってる世界に魔王を創ろうとしたら、レベルもそれなりになるよ」

「事は悪化の一途を辿るか」

「いや、勇者が量産されれば、こうはならないよ。今までもそうだった。君の師匠は例外、単独で魔王を撃破したんだ。彼だけのスキルを使って、そうならざるを得なかった」

「何?」

「問題のスキルは、これだ」


 神が手を上げると、眼前に膜が広がる。


スキル:詐欺師

一人につき一つだけ、嘘を信じこませることができる。ただし、相手を害する嘘や、二つ目の嘘を吐いた場合は無効。


「此れを、師匠が?」

「彼は全世界に嘘を吐いた――『勇者』は自分だけである――と。だから彼は自分を鍛え、一人で戦い抜いた。そりゃ『カルマ』も真っ黒になるさ、だから世界が存在を消そうと魔物が寄ってくる」

「何故だ」

「彼が、とても良い人だったからさ。戦うのは自分だけで良い。まして、惚れた女が勇者などもってのほかだ。全てを騙し、魔王を倒し、好いた女性が遠くで幸せに暮らしていれば、自分は生きた価値がある。そんな人だった」

「馬鹿な!」

「そう、馬鹿だったのさ。話を聞いた限り、君は二つ目の嘘を吐かれたよね? それなら、ステータスを見てごらん? 今なら信じられるだろう」

「――自己、顕現」

「ステータスに触れて、右から左へ手を流してごらんよ」


 言われた通り、俺は手を振った。


「こ――」

「そうだ。『2ページ目』だよ。君はスキルを複数持ってると言っただろう?」


 俺の前に、『伝心』の文字が浮かんでいた。

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