跳梁跋扈
何日か言葉を学びながらリハビリを続けていると、少しずつ身体に力が戻ってきた。
「シン、今日は己の『技能』を確かむ」
「その――私にも、技能とやらは有るのでしょうか?」
「存ず。この世に生ける人は、皆授かる」
「は、はい」
「後瀬で生きる糧となるやもしれぬしな」
「解りました」
言葉はまだ曖昧だ。老人の恩に報いるよう、もっと精進しなければならない。
「身体は動くな? 芳縁なり、表へ出よ」
思えば、初めて外に出る気がする。共に暮らす彼は頻りと外に出て行くが、俺は碌に動くことが出来なかったので、窓から外を眺めるばかりだった。見ていた光景は緑ばかりだったが、どうなっているのだろう。そう思って外に出ると、変わらず緑ばかりだった。どうやら、森の中に小屋が建てられているらしい。
「ど、どうすれば良いのですか?」
「自己顕現――と、唱えよ」
「ジ、ジコケンゲン」
俺はたどたどしい言葉で、彼の言葉を真似た。
目の前に半透明な膜が浮かび、見覚えの無い言語と、数字らしきものが表示されている。これは、俗に言う『ステータス・オープン』というものだろうか。残念ながら読めない。
「よ、読めません」
「末尾に『技能』が在る。字を書き出してみよ」
言いながら、老人が枝を手渡してきた。俺は膜を睨みながら、文字を地面に書き写す。
「技能――跳梁跋扈――魔を呼び寄せる、か」
「え……」
駄目だ。説明を聞く限り、モンスターか何かを呼び寄せるらしい。明らかな『外れ』だ。俺は、この時から、この忌むべきスキルを使わないと誓った。
「――それでも、君はスキルを使った、と」
目の前で、神が微笑みながら言った。
「魔王に敵わないと悟り、諸共果てようとな」
「魔王の前で魔を呼んで、何も起きなかったらどうするつもりだったの?」
「知らん」
「よっぽど自暴自棄になってたんだね」
「言うな」
「まあ、一度は使ったんだよね? スキルは、使って初めて詳しく表示されるんだ。もう読めるだろうから、見直してみたら?」
「――自己――顕現――」
眼前に、薄い膜が立ち上がる。俺は、最後の文を読み返してみた。
スキル:跳梁跋扈
半径1km圏内の魔物を呼び寄せ、自身の軍勢として操ることができる。呼べる魔物は自身のレベルより下に限定されるが、召喚中は魔物のレベル合算が自身のレベルとなる。また、スキル所持者は、召喚している間バーサク状態となる。スキルは所持者が敵と見なした存在を滅ぼす、もしくは行動不能になるまで継続する。
「な――」
「そりゃ魔王もビックリするよ。魔物が自分を狙って暴走するんだもん。しかも、君みたいな化物レベルの人間が、怒り狂った状態で一緒になって襲ってくるんだよ? 泣くよ? 幸い太刀打ちできたからいいものの、世界のパワーバランス崩れちゃうところだったんだからね?」
「異折、己が強く成れば、魔王も斬れるか」
「だから止めてってば――まあ、場所次第だね。今回は魔王の拠点で発動したから、魔物より魔族が多かった。それでも少し危なかったんだ。逆に、レベルの低い魔物がいる所で使っても、数を揃えなくちゃ、君のレベルが低くなるだけだ。そもそも、君は敵討ちに向いてないよ」
「否。己が得手不得手は、己で決める」
「ちがうよ。前の世界で殺してないと言ったろう? 君は人を殺せないんだ。運命、とでも言おうかな。君は、どうあがいても相手が死なない運命にあるんだ」
「何?」
「いや、君の『カルマ』があまりに綺麗だったからね。君が気絶している時に、『運命の神』に視てもらったんだ。君は――君が『誰か』を殺そうとしても、相手に運が加わって、下手をすれば幸運にすらなってしまうのさ」
「空言を。己は魔物を滅したぞ」
「モンスターは対象外だよ。『あれ』は、人々の生活のために、『魔神』が創ったんだ」
「魔神? 居るのか?」
「いるよ? すっごく良い人。見るからに善人なくらい」
「まだ戯言を吐くか?」
「本当だって。スキルだって、この世界に生きるものが幸せになるように、それこそ、君のお師匠様が言ったように、生きる糧となるように、人にも魔族にも、魔物にすら創られて、与えられたんだから」
「面妖な」
「君は選ばれたんだね。君みたいな良い人、この世界には合ってるよ。この世界には、善人しかいないんだ」
「斯様な世界が在るものか」
「あはは、そうかもね。悪人はいるか、僕だ。あっはっは」
全く面白くなさそうに、奴は乾いた笑いを放った。
「君が出会った人達も、そうだったろう?」
「――ああ」