悪魔を憐れむ歌
「まったく、なにが『加護』だよ。ただ取り憑いているだけじゃないか。それで? 魂と人格の定着は済んだかい?」
「お、己は――」
「びっくりしたよ。魔王だった僕を倒した時、勇者が自殺するんだもん。あれ、僕に取り憑こうとしたんだよね? 何かおかしいと思った。僕は憑依も経験者だったから気付けた。こいつに、何か取り憑いてるってね。だからお前を見つけられるように、とっさに世界中に『カルマ』をばら撒いた。神々も君に気付いて、僕を急遽『神』へと引っ張り上げた。だから君は、魔王城に潜入していた暗殺者に、やむなく取り憑いたんだろう? で、その子だ。君も驚いただろう? 目の前に『伝心』を持つ子が現れるなんて。正直、僕らも驚いたよ。でも、反応はまったくの逆だ。君は、『伝心』があれば、今度こそ魔王に取り憑けるなんて喜んだだろう。しかも、僕がダメだった時のために、自分が仕組んで、高レベルにした魔王にだ。だから、その子を育てた。だが、僕らは違った。『伝心』があれば、君をその魂に縛り付けられるんじゃないだろうか、って思った。時間を稼がせてもらったよ。結果は予想通りだ。君の魂は、その子と結びついてしまった。もう、他の人に転生できないよ? その子が死んだら、君は死ぬ。まったく、自分から肉体を捨てたんだ。さっさと死んでおけば良かったものを。欲を出すからだよ」
「己は――」
「なんだい? もう自我も取り戻しただろう? 言い訳があれば聞こうか?」
「ちがう!」
「ちがわないよ。『スキルの神』が、どうして神になれたと思う? 『邪神の加護』って、スキルを設定したからだよ。ようするに、君を見つける方法を創ったからだ。まあ、師匠は君に敬意を払って『加護』って名付けたけどね。『加護』って言葉もおぞましい。ただの呪いだろうが。自分が死んだ時、邪神の魂を他の者に憑依させるなんて」
「貴様!」
「やっと本性が出たか。残念だったね。その子の師匠が死ぬ時、魔王が来たのは嬉しかったでしょ? バーカ。行かせたんだよ。勇者が近くにいるんだ。魔王が人払いをしなきゃ、その子だけにならないだろうが。魔王には、あらかじめ『スキルの神』が、『純潔』を付けておいたよ。可愛い娘の魂を、君の魂で汚す訳にはいかないからね」
「ぐ――ぐぐ――」
「さて、青年。そろそろ起きたでしょ? 出てきてよ。君には、僕の『加護』を付けさせてもらったって言ったよね? 邪神を跳ねのけた僕の加護――それは、『任意に邪神の人格を封じ込めることができる』だ」
ゆっくりと、俺の心が浮かんでいくのを感じる。
俺は目を閉じて、再び開けた。
「大丈夫?」
周囲が明るい。何も無い空間に、俺と神が座っている。
「ごめんね。君の中に邪神を封じ込めちゃった」
口調は軽いが、神が深々と頭を下げた。
「頭を上げて下さい。師匠が文字通り己の中で生きているのなら、こんなに頼もしい事は有りません」
俺が言うと、上目遣いで顔を見た神が、大袈裟な身振りで胸を撫で下ろす。
「良かった。君がそんな人だから、僕らも動きやすかったんだ。ただ、充分気を付けてくれよ? 相手は人格になりさがったとは言え、神だからね」
「こらあー!」
「げ」
俺達が見つめ合っていると、手を上げた女性が、何処からか現れた。
果ても見えない空間だぞ。本当に何処から入って来たんだ?
「師匠!」
「またみんなを困らせて!」
殴る振りをする女性に、神は両手で頭を覆う。
「師匠? では、このお方が――」
「スキルの神だよ」
「そうです。えっへん」
少し幼さを残した女神が、可愛らしく胸を張る。見目麗しい。
「あー、この人に騙されちゃダメだよ。人の頃から年齢不詳だったんだから」
「殴るよ!」
「ひえー」
夫婦漫才を繰り広げる二人に、俺は微笑んだ。
「さて、シンくん? で、いいのかな? 君のこれからの道は、大変なものとなるでしょう。そこで、わたし『スキルの神』が、君に『勇者』スキルを授けてあげます」
女神が快活な笑顔で俺を見る。
「え? 良いのですか?」
「いいのです。他の神さまにも許可をいただいてきました」
彼女は、座る俺の頭に手を翳す。
「きらりーん! シンは『勇者』を手にいれた! たまっていた経験値が加算されます。レベル100を突破しました。スキルがランクアップします。『跳梁跋扈』が『超越跋扈』に変化します。『伝心』が『伝承』に変化しました。えー、その他もろもろ、変化します」
あ、端折った。
「ちょっと? 師匠? ちゃんと説明してあげなさいよ」
「なに言ってるんですか。これからの道は、君のフォローでしょう? 君が――」
「僕の『カルマ』は、元々師匠の尻拭いです」
「お尻だなんて、はしたない!」
「なに猫かぶってるんですか。このロリバ――」
「あとでお話があります」
「すいませんでした」
この二人、師弟と言うより夫婦に見えるな。
「あー、そういうの止めてね」
「まったくです」
神が揃って俺を見る。
「あ、そうでした。テレパシー持ってるんでしたね」
「変わったみたいだよ? 後で確認してね」
「はい」
「さて、君にはもう一つ。旅の仲間を与えよう」
男神が手を挙げると、今度は黒い鎧が入って来た。
「ノワール!」
「シンさん!」
互いに駆け寄って手を握る。
「無事だったか!」
「シンさんこそ!」
「彼女は魔王軍に拾われてね。幹部まで上り詰めてた」
流石『暗黒騎士』だ。強さは折り紙付きだし、魔王軍でも一目置かれただろう。
「取りあえず二人旅――他のメンバーも無事だけど、合流するかは任せるよ」
「有難う御座います」
本当に、無事で良かった。
「ノワールさん、だっけ? 仲間を悪く思わないでくれ。勇者パーティは、行軍にけっこう切羽詰まってたし、彼は人格を乗っ取られていたんだ」
「俺が弱かった所為だ。申し訳無かった」
「いいの。大丈夫。魔王さん、優しくしてくれてたし」
「魔王が?」
「ほらぁ! あの子、良い娘なんだよ!」
「親バカもたいがいにしなさい」
急にテンションが上がった男神を、横の女神が嗜めた。確かに目は優しかった、ような? 良く覚えとらん。
「じゃあ、ぼちぼち外に送るよ。気を付けてね」
神が手を挙げる。
「感謝します。神様にこう言うのも可笑しいんでしょうが――」
「なに?」
「お二人も、息災で」
俺が言うと、二人の神が目を合わせた。
「あっはっは!」
「ぷっくく」
「いや、本当に変な事を――」
「いやいや、大丈夫。気持ちは伝わったよ。ありがとう」
「君たちも元気でね」
何となく、俺とノワールは手を繋いだ。
白かった視界が、更に白く消えていく。
「その旅路に、幸多からんことを」