跡の祀り
「ぬあぁぁぁぁぁ!」
俺は構えて、刀を振り回す。
「あ、此処は?」
しかし、握った手は空っぽで、足裏には布の触感が有る。
「起きました!」
「大丈夫!?」
「おい!」
「よかった!」
「ああ……」
どうやら、俺はベッドの上に立って居るらしい。マリアとノワール、リアムとルーシー、クロエさんが身体を掴んだ。
「己は――そうか。あれから如何した?」
「それより、何が起きたのよ」
「そうです。あれは高位の魔族でしょう? 『名乗り』を上げませんでしたか?」
マリアが真っ直ぐ見詰め、ノワールが横から顔を出す。
「名乗り――魔王か」
「魔王!? そんなものが単独で? どうして?」
「師匠を手に掛けに来たのであろう」
「『スメラギ』ほどの暗殺者なら、考えられなくはないけど」
「師の術を警めにやったか、後生を疎く思うたからか――が、あれから幾十許が過いだ?」
「一か月ほどです。ずっと眠りっぱなしで」
クロエが俯く。
「クロエはね。実はあんたと出会ってから、ずっと回復の練習してたのよ。今回、あんたのこと治してくれたのもクロエなんだから。ポーションぶっかけたり飲ませたりしたただけじゃ、ぜんぜん効果なくて」
ルーシーが彼女の肩を抱く。
「礼を言う」
「そんな」
「師の亡骸は?」
「それがね? 私達が行った時には、もう埋められてた。それと、これ。アンタの武器を回収してきたわよ」
俺は差し出された苦無を受け取る。
「皆にも礼を言う。己は生かされた」
「あんたさ、喋り方おかしくない?」
「そうだぜ。どうしたんだ?」
「なんだか、印象も、ちがう」
ルーシーとリアムに、ノワールが賛同した。
「己は己だが?」
――が、言われてみれば覚えも研がれた心地よ。
否、何ぞ?
体内の気は、前より感じ取れる。眠っていたにしては、筋肉の衰えも感じない。無意識に水遁を繰り返していたのだろうか。だが眠り過ぎたからか、思考が、おかしい。頭の中を、ぐちゃぐちゃと掻き混ぜられているようだ。
「己は、師の仇を罷づる」
「は? いきなり何よ、魔王に向かうっての?」
「そんなの? 死んじまうぜ?」
兄妹が揃って口を出す。
「構わぬ」
「待ちなさいよ。魔王を倒すのは、勇者の仕事よ」
「勇者さまが行くなら、わ、わたしも」
そんな俺たちを見て、リアムは肩を竦めた。
「――仕方ねえなあ。女ばかりに、良い恰好させられねえっての」
リアムを見て、今度はルーシーが息を吐く。
「はあ、兄さんが行くなら、あたしも行くわよ」
「あなたが行くなら、ワタクシも行きます!」
「は? 受付嬢の出る幕ないっての」
「それがですね。先日、ワタクシ『聖女』スキルの発現が確認されまして」
「えー! すごいじゃない!」
「えへへ」
「皆、良いのか?」
俺は全員を見回す。
「ここまで来たら、一蓮托生でしょ」
「有難し」
「だから、その口調、どうにかなんないの?」
「忝のう存じまする」
「もっとひどくなってる!?」
「――言ったでしょ? 『カルマ』が染まれば、病気にかかりやすくなるって」
神が、俺を見透かすような目を向ける。
「真か?」
「本当だよ」
「俄かには信じられん」
「彼は、自分の身体が長くないことを知っていた。そんな時、目の前に君が現れた。だから育てたんだよ」
「師匠が」
「君の師匠は、実に厄介なスキルを持っていたからね。魔王に、ちゃんと最期を看取って、弔ってやってくれって頼んだのさ。その分、君自身が弔えなかったから、申し訳ないとは思っているよ。悪かった」
「為れば、我が師は『業』とやらの所為で死したのか?」
「言ったろう? 『カルマ』にも『穴』があるって。だから、君の出番なのさ」
「而して、仮令て己は、如何様に事を成せば良い?」
「いいのかい? 師匠の仇を前にして、あまり怒らないんだね」
「『業』とやらを視て、真実を見極めん」
「そう。いずれにしろ、君に任せるよ。カルマの術式に向かって、修正を加えて欲しい。場所は、連邦国家『バロミュス』――『魔女の森』だ」
「然らば、己を此処より出せ」
「まあ待ちなよ。もう少し君と話したいんだ」
「如何程か」
「そうだね。『跳梁跋扈』の発動までかな? そこまで話せば、君の記憶も定着するだろう」
「何の事か」
「いや、こっちの話さ。さあ、続けよう」