表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
優しい世界の歩きかた  作者: 狐面
深淵にて
15/41

魔王

 師匠から、怒りや殺意は封じろと言われてきた。それらはおのれを曇らせ、判断を鈍くする、と。

 今の俺には無理だ。目の前でみすみす師を殺され、何も感じぬ訳が無い。育ててくれた恩師が血溜まりに倒れている。そして、その横には手を濡らした女が立って居る。これを見て冷静で居られるものか。馬鹿にするな。俺は愚鈍だが、ただの案山子では無い。断じて血の通わぬ棒切れでは無い。見よ、全身の血が沸騰している。今にも、身体から噴き出さんばかりではないか。


「往くぞ」


 俺の声に、女はこちらを向いた。

 返事を待たず、俺は駆け出した。後ろ足で鞘を蹴り上げ、刀を前に弾き飛ばす。回転して落ちてきた刃を、そのまま木遁で蹴り飛ばした。


「逃がすと思うな」


 俺は腰を叩き、苦無くないを空中に撒いた。そして金遁を使い、全てを女へ差し向ける。印は組んでない。発声もしていない。だが、今の俺には無用と思えた。全身を駆け巡る血が、気が、手に取るように解ったからだ。


「えっ?」


 女が驚いたような声を上げる。しかし、本当にこの女が師を殺したのか? まだ若い。二十歳そこそこだろう。殺気や、マリアに感じるような強さも無い。そんな女に、師匠が殺されたとは信じ難い。信じ難いが――


「危ない!」


 俺の些末さまつな戸惑いは、一瞬で無と還った。

 女が声を出した。ただそれだけで、眼前に迫る刀も、空を切る苦無も、全てが力を無くし、地に落ちたのだ。

 この女、強いのか? いな、この女が強いのでは無い。何も感じぬでは無いか。きっと俺が印と発声をおこたったからだ。ならば。


「火遁!」


 俺は印を組み、劫火ごうかを発生させた。そのまま自身も中に飛び込む。


「だから危ないって!」


 まただ。今度は炎が掻き消えた。が。 


「まだだ」


 俺は分身していた。二人分の鞘が、女の腹に伸びる。


「まったく!」


 女は、『実体』の鞘を躊躇ちゅうちょ無く掴んだ。足で土遁は発生させていた。勇者にも攻撃を通した戦法だったのに、女は迷わず一撃を見極めたのだ。


「もー!」


 鞘が砕け散る。

 馬鹿な! オリハルコンを収めていた頑強さだぞ!?

 驚く俺に、女が手を振り払った。


「ぐ!」


 触れてもいないのに、空中に吹き上げられる。そのまま高速で木に叩き付けられる寸前、俺は空中で回転し、木を蹴って女に飛ぶ。

 手元の苦無はあと三本――いけるか?

 俺は一本を女に投げ、一本を落ちた刀に向けた。


「金遁!」


 地への苦無は刀を叩き、宙へ持ち上げる。擦れ違いざま掴んで、残す苦無も女に投げた。


「なんなのよー」


 酷く気怠けだるそうに、女が浮かぶ苦無を爪で弾く。知った事か。俺は砕けた破片の中、女の顔目がけて蹴りを放つ。


「さっきから何してるのよー」


 蹴った足に、女がそっと人差し指を立てた。


「ぐぅ!?」


 それだけで足の肉が裂け、血が噴き出した。


「なんの!」


 すねから太腿ふとももに裂創が生じるのもいとわず、今度は刀を横にいだ。


「ほい」


 が、刃は届かず、再び空中に投げ出される。女は手を前に出しただけだ。足を損傷した俺は、成す術も無く地に落ちた。


「が! く――」


 内臓がやられた。肋骨も折れた。


「ま、まだ、まだぁ!」


 水遁を発動し、震える身体に鞭を打つ。


「えー、ちょっとー、やめてー」


 刀を支えに立ち上がる俺に、女がげんなりとした顔でこたえた。


「お弟子さん!」


 誰、だ。

 今にも閉じようとするまぶたを押し上げ、ぼやけた視界で声を探ると、微かに黒い鎧が見える。


「ノワール、か?」

「誰です! なんです! この状況!」

「来るな!」


 先頃までの、俺を羽虫としか思ってない動き――規格外の強さ。これはマリアより上だ。師匠が殺されたのもうなずける。何も感じなかったのでは無い。感じぬよう、身体が、本能が拒否したのだ。恐らく、感じただけで恐怖に狂い、死ぬ。ノワールの強さが如何程いかほどか知らんが、間違いなく殺されるだろう。


「ダ、ダークウォーター!」


 霞んだ視界に、墨汁が吹き込まれる。身体が担ぎ上げられた。


「逃げます」


 耳元に、ノワールの声が響く。


「だが、奴をまだ――」

「あれは魔族です! 今の状態で、まともに勝てませんよ!」

「そうよ?」


 逆の耳から、女の声が脳に届いた。


「きゃっ!」


 身体が揺さぶられる。ノワールが剣を抜いたのだろう。


「もー! ただ驚かそうとしただけじゃない」


 鈍い音がして、支えられていた力が消えた。俺は咄嗟とっさに小さな鎧を抱く。


「ノワール! どうした!」

「気絶しただけよ。行くならさっさと行きなさい。魔王が、わざわざ見逃してあげるって言ってんのよー?」

「ま――」

「そうよー? ほら、早く行きなさいよ」

「おのれ魔王が!」

 

 俺は刀が振り回すが、宙を漂い、そのままノワールと共にバランスを崩した。


「よっと」


 二人が、魔王にって抱えられる。


「何をする!」

「お師匠さん? 殺したの私じゃないから」

「嘘を吐け! 血に染まっているでは無いか!」

「あー、復讐? そういうの止めてね」


 どの口がほざく!


「うっぐぁぁぁぁ!」


 身体よ。動け。どうした。今動かずして何とする。動け。動いてくれ。頼む。


「じゃあね」

「おのれがあぁぁぁぁぁぁ!」


 俺とノワールは、ボールのように魔王に投げ飛ばされた。






「――復讐するの、止めてね」

「断る」


 邪神の言に、俺は顔を背けた。


「魔王は嘘を言ってないよ。言ったろう? 魔王は、人を殺せないんだ。正確には、『今の魔王』は、だけどね。スキルにも『穴』がある。だから僕は『カルマ』をばら撒いた。人と魔族には『同族殺し』を禁止する。だが、人を超える魔族は、もっと厳しく管理しなくちゃならない。だから、魔王には『同族殺し』を設定せず、『異種族殺し』を禁止したんだ。言ったでしょ? 魔王に向かわないでくれって。魔王は君を殺せない。抵抗は出来るけど、延々向かってくるのを防御するしかないんだ」

「また空言そらごとを。の者は、血にうてったぞ」

「じゃあ、答えを言おうか」

「何か」

「君の師匠はね、病死だよ」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ