誕生日
マリアとの闘いから大凡二週間が経過し、俺は村を訪れていた。
「お前、そろそろ勇者の責務はどうした?」
「休暇よ、休暇」
「それは前も聞いたが、長くないか?」
「大丈夫よ。最近は、ギルドを通して近場の処理してるし」
そう、俺の横にはマリアが歩いている。靡く金色の髪から、美しい笑顔が見えた。鎧は胸と肩、足を包んでいるのみで、履いたスカートからは二ーソックスに包まれた脚線美を見せている。まさに『今どきの勇者』といったコーディネートだが、彼女も年頃だ。戦乙女たるファッションも気になるのだろう。
などと考えていると、当のマリアが前に立って、俺の顔を覗き込んだ。
「何だ?」
「ん、別に。なーんかジジ臭いこと考えてるんじゃないかと思ってね」
失礼な奴だ。そんなに言うなら、俺も年相応の事を考えてやろう。
マリアの全身を見る。うむ。
「お前は変わらんな」
「なっ! ちょっと、今どこ見て言ったのよ!」
頭に拳骨がめり込み、俺は地面に叩き付けられた。
「何をする」
「アンタが何してんのよ!」
やれやれ。成長したのかもしれんが、まだまだ筋肉が足りんと思っただけなのだが。矢張り健全に鍛えられんと、内に秘める心も成長せんのか。
「――なんか殺意が湧いてくるわ」
「迷惑千万」
今日は初の休日だ。昨日、世間話をしていたら誕生日の話になり、「いつ?」と聞かれたから、「知らん」と答えたら、皆に「じゃあ、明日にしてお祝いしよう」と言われ、今に至っている。
言われてみれば、俺はぼちぼち十九に成っただろうか。この世界に来てから日々が濃密過ぎて、誕生日など顧みる暇が無かった。まあ、聞かれた処で正確な日付も判らんのだが。
「マリア」
「なに?」
「お前の誕生日は過ぎてしまったが、何が欲しいんだ?」
「――え」
彼女が固まる。正直、俺には女性の好みなど解らん。面と向かって聞くのが一番だ。
「無いのか?」
「どうしてそうなるのよ!」
「じゃあ何だ?」
「あー、でも、アンタには『眼』もらったしなあ」
彼女は自分の眼を指差す。マリアの眼は、片側が蒼く、片側が碧へと変わっていた。
元々は両目が蒼かったのだが、闘いにおいて『水遁』を撃ち込んだ折、防御魔法が瞳に定着し、『魔眼』へと変質したらしい。以降、彼女には常に防御魔法が張られている状態と成ってしまった。しかし、攻撃されて成長するとは、『勇者』と言うのはどれだけ際限が無いのだ。俺は襤褸雑巾と果てるだけだと言うのに。少し分けて欲しい。
「うーん。もう名前で呼んでくれてるしなあ」
再び歩き出す。
「友ならば当然だろう」
マリアの耳が赤く染まる。どうした。今日は一段と起伏が激しいな。
『友人になる』と決めてから、まず改善したのは呼び名だった。どうやら、マリアは『勇者』と呼ばれる事が殆どで、余り名前で呼ばれてこなかったらしい。
「それより! アンタは決めたの?」
「――何が?」
「プレゼントの話してたでしょうが!」
振りかぶる腕を両手で押さえ、俺は逡巡する。
「苦無が欲しい」
「武器はナシよ」
「何故だ? 俺はお前に貴重な二本を砕かれて、補充したいのだ」
「乙女が『砕いた』とか吹聴するな!」
「事実だ」
「もう! でも、実際無理なのよ。アンタの苦無も刀も、たぶんオリハルコンだろうし」
「オリハルコン?」
「最高峰の鉱石よ。アタシの鎧とか、剣にも使われてる。アンタの師匠に聞いてみたら、『青生生魂』って言ってたから間違いない。たしか東方の呼び名だもん」
「そうか」
『青生生魂』は聞き覚えが有るな。オリハルコンもゲームで見た気がする。
「加工だって、この村じゃ無理よ。生産してる東方に行くか、ドワーフじゃないと」
「ドワーフ? 居るのか?」
「いるわよ! アンタ、ホント知らないのね」
「俺は無知だ」
「自分で言うな!」
「俺は無知だが、これだけは言える」
「なによ!」
「マリアが騒がしい」
「きー!」
「ゴリア」
「――殺す」
「冗談だ。で、プレゼントだが」
「アンタが死んだ後で聞いてやるわ」
「死んだら言えん」
「だからなんなのよ!」
「これをやる」
「は?」
俺は懐から首飾りを出し、マリアに渡した。
「え、あ、これ、え? いつ?」
「落ち着け」
「え? でも、あれ? え? え?」
「落ち着けと言っている。お前を宿に迎えに行く前に買っておいた。いきなり聞かれても答えられんだろうと思ってな」
「じゃあ聞くなよ! ムダに困っちゃったじゃん!」
「要らんのか?」
「アンタ会話できないの!? そんなこと言ってないじゃない!」
手を差し出すと、マリアは庇うように胸に押し付ける。
「タリスマンのお守りらしい。戦闘に役立つかもしれんし、邪魔にもならんだろうとな。安物だから、他に欲しい物が有れば言ってくれ」
「そう」
俺の言葉を碌に聞いてない様子で、彼女はお守りを日に翳している。そして向き直り、恥ずかしそうに俯いた。
「あ、ありがとう」
「いや、安物だから気にするな」
「そんな意味じゃなくてね。で、アンタは? なにが欲しいの?」
「俺は――」
今度は、俺が空を見詰めて首を傾げる。
「要らんな」
「えー」
「いや、真面目にな。こうして休暇を取れたし、皆が祝ってくれるなら、それで十分だ。誕生日として特別な価値を貰った」
休みなど要らんと思っていたが、いざ『何もしない』となると、それはそれで良いものだと思えてきたのだ。
「そっか」
マリアが、ふっと口の端を持ち上げた。良かった。首飾りは気に入ってくれたようだ。
「これ、どこで売ってたの?」
「向こうの小物屋だ」
「そう。ねえ、買い出しはアタシが済ませて行くから、先に帰っててよ」
「女一人に荷物は持たせられん」
「いいから!」
「そもそも、それでは俺は、お前を起こしに来ただけでは無いか」
「は? 起きてたってば! むしろ早起きしたっての! 人をお寝坊さんみたいに言わないでよ! いいから! 先帰ってて!」
「何故だ?」
「いいから帰れ!」
仕方無く村を出る。
確かルーシーとリアムは、夕方にクロエさんとケーキを持って来てくれるんだったな。手作りすると息巻いていたが、世界の聖女に迷惑を掛けていないだろうか。
――これは、何だ?
森に入ると、異様な空気が渦巻いていた。
獣も、風も、木や草も、何も動いていない。何も無い、居ないとしか思えない程、只、只管、静寂に包まれている。いや、包まれているという言葉すら烏滸がましい。これは静止だ。森の中に何か居て、全てが動けず、じっと固唾を呑んでいる。
師匠は無事か!
俺は駆けた。木を避け、草を掻き分け、自分でも信じられないスピードで駆けた。
「師匠!」
師匠は家の前に居た。
家の前で、血溜まりに沈んでいた。
「ししょお!」
その横に、見知らぬ女が立って居る。
「きさまぁぁぁぁ!」
「――まさか、誕生日に魔王が来るなんてね」
神は、何処か居心地悪そうに目を伏せた。
「吐いてみよ。魔の王とは如何なる者か」
「ああ。魔王は、魔族が生まれた時から設定された、文字通り『魔族の王』だよ。『勇者』はスキルだけど、『魔王』は神が創る。人に対するアンチ・アイコンだ」
「然れど、勇者も古より居ったぞ」
「あー、そうだね。魔王を倒すのが、勇者なのは変わらない。『スキル』に変わったのは最近さ。魔王に対抗する者が手を挙げなくても、魔族と拮抗できるよう、それなりのスキルに『スキルの神』が設定したんだ。『勇者』の特性は、レベル上限突破、ステータスの倍化、そして素質を持つ者が集まること」
「集まる?」
「『勇者』のレベル上限は、『魔王』のレベルを人数で割った数になる。だから、『勇者』は『集まる』までスキルに設定されているんだ。そうすれば、実力伯仲して拮抗状態が続くだろう? もちろん、誤差はあるけどね。それが『倒す』か『倒される』かの違いさ」
「己らは、何処まで人で戯るのだ」
「でも、君の師匠は、それなのに、単独で魔王を倒したよね?」