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優しい世界の歩きかた  作者: 狐面
深淵にて
13/41

伝心

「お待たせしました」 

「いえ」


 俺は外に出て、空を見上げる。曇天か。風には水の匂いを感じる――雨が降るな。水遁に使えるが、剛力に武具を抜かれないようにしなければ。

 視線を落とし、マリアと交える。


「――三年ですか」

「ええ、三年です」

「驚きました。見違えるように強くなっていますね。今回は、私も剣を抜きましょう」


 彼女の手が、実に滑らかに剣を挙げる。

 その途端、全身が熱湯を掛けられたかのように、ひりひりと燃え上がった。の自分に至ってなお、剣気なのか、殺気なのか、正体も判らない圧倒的な強さ。身体中の毛穴を無理矢理こじ開けられ、延々と針を差し込まれているかのような錯覚を抱いた。

 確実に俺より強い。だがおくするな。まだ奴は高みに達してない。俺と同じ道の途中だ。全てを知らない。小手先を駆使すれば光明は差す。俺は勝てる。


「――両者、構えよ」


 師匠が間に立ち、腕を上げる。


「はじめ!」


 走り出す勇者に、俺は印を組んだ。


「火遁!」


 目の前に劫火ごうかが広がる。俺は中に苦無くないを二本投げ、印を組み直す。


「金遁!」


 勇者の一太刀で炎が打ち払われる。が、忍ばせた苦無が彼女の剣にまとわりつく。


小賢こざかしい!」


 今まで傷一つ負わなかった苦無が、勇者の剣で打ち砕かれた。ここまでは予想通りだ。俺もただ見ていた訳じゃない。印を組んで刀を抜き、鞘を蹴って足で動かす。


「水遁!」


 迫る勇者の剣に対し、片手で印を組みながら、足の鞘と手の刀で迎え撃つ。印は外せない。リアムの時もそうだったが、勇者の実力は更に上だ。この距離で解いたら、間違いなく反応が追い付かない。


「面白い剣術です」


 まだ本気には見えない。だが、今の状態でも、まともに刃を合わせれば、一撃で武器を砕かれるだろう。俺は回転させる鞘と刀で、彼女の攻撃を逸らし、目をくらませているのだ。


「時間稼ぎですか?」


 読まれた。が、俺が何を考えているかまでは想像出来まい。


「終わりにしてしまいますよ?」


 勇者が振りかぶる。

 ――刹那、二人の間に雨が一滴落ちてきた。 

 これだ! 空を見た時から、これを待っていたのだ!


「水遁!」


 降りる一粒の雫――俺はその一滴を、水遁で勇者の片目に飛ばす。

 マリアは剣を向き直すが、極小の粒を防げず、水が目に吸い込まれる。俺は力の限り念を飛ばした。


「くっ!」


 勇者が顔を歪ませる。そうだ。お前がどんな防御魔法を持っていても、一瞬で熱湯へと変わった目の水分を防ぎきる事は出来まい。

 俺は鞘を蹴り上げ、刀と持ち換える。


「木遁!」


 鞘に雷を流し、空中の刀をビリヤードのように突く。


「――この――ザコが!」

「っ! 空蝉うつせみ!」


 脱いで残した上着が、見る間も無く真っ二つにされた。


「驚いたわね。どうやって避けたの?」


 幽鬼のごとく、ゆっくりゆらゆらと、マリアが俺を見る。

 出たか。

 目は血走り、片側の口角からはきしる歯が見える。これが、この女の本気だ。咄嗟とっさに足の指で印を作り、移動術を発動させた。足の印は隠し玉だった。手の印を印象付け、ここぞと言う時に使うつもりだったが、真逆まさか反撃にも使えずさらしてしまうとは思わなかった。気付かれたかどうかは判らない。だが、次はられてしまうだろう。


「ゆ、勇者さま?」


 ノワールだけでは無い。兄妹も呆気に取られている。俺は知っていた。何となく、この女の本性が暴虐に在ると感じていたのだ。マリアはまつり上げられ、蝶よ花よと育てられ、我がままの限りを許され、それでも勇者として尊敬される。並の者では文句を言えない実力も持っている。要するにしつけが行き届かず、幼いままなのだ。そんな者が、自分の意にそぐわない事態が起こればどうするか。幼子おさなご癇癪かんしゃくならいざ知らず、勇者の怒りは暴虐に等しい。

 しかし、一縷いちるの望みは在る。マリアを勇者足らしめんとしているのは、生来の優しさだろう。俺の五体が砕けても、ポーションを求めて村まで走りに行っていたしな。そうである、はず、だ?


「シィ!」


 最早、勇者らしからぬ呼気を出し、マリアが剣を振った。


「はや――」


 受けた鞘が砕け散る。鞘どころでは無い。掴んでいた手の指まで折れた。指はあらかじめ気を練り込んだ髪の毛と、『鉄蜘蛛』の糸をり合わせた鋼糸を巻いていたが、無ければ千切れ飛んでいただろう。


「これで、もう手は使えないわね?」


 マリアが笑う。悪魔か、この女。


「どうして、其処そこまで師匠に固執する? お前程の実力者なら、師の技など持たずに強く成れるだろうが」

「うるさいわね」

 

 ふと、マリアの目が揺らいだ。

 今だ!


「土遁!」 

 

 俺は足で印を組み、自分を見え難くする。


「そんな子どもだまし」


 知っている。勇者ならば多少見えずらいだけだろう。それで良い。


「分身!」

「な――」


 これが本命だ。

 マリアは目の前の俺を斬る。今度こそ真っ二つだ。


「おい、本物だったらどうしてくれるんだ?」

「え?」


 奴の背後から、俺は力の限り拳を振り上げ――


「きゃっ!」


 頭にチョップした。


「いたーい!」

「へへ、俺の勝ちだ、な――」


 そのまま彼女にもたれ掛かる。


「ちょっ! ちょっと!」


 何だ? もう力なんか残ってないぞ。ちょっと寝かせてくれ。

 その途端とたん、思考の奔流ほんりゅうに呑まれそうになる。


「いづっ!」

「えっ? なに?」


 これは、この。


「は?」


 俺は抱えられながら、マリアの顔を見た。


「お前は――そうか。自慢ではなかったのか」 

「何を……」

「生きるのが下手なんだな。そんなに功績を主張しなくても、周りはお前が勇者だと、ちゃんと思ってるよ」

「なっ! なに言ってるのよ!」


 自分は勇者だ。自分は勇者だから、周りは必要としてくれている。

 けれど、『それ』が無くなったら?

 無価値な自分を、世界は必要としてくれるだろうか。

 だから、勇者として振る舞う。

 自分の功績も主張する。自分は頑張っている。これほど勇者である、と。


「お前は、俺と同じだなあ」

「な、なんで!」

「お前だって、そう思ってたんだろ? なんでか知らないけど。だから、師匠を言い訳に、何度も会いに来てくれたんだろ?」

「おい! それ以上言うな!」


 骨がきしんでいる。

 止めろマリア。今の俺なら簡単に死ねるぞ?

 雨が強くなってきた。その中であっても、マリアから伝わる温もりは熱い。


「大丈夫だよ。そんなことしなくても、ちゃんと友達になってやるから」

「――勝手に言ってなさいよ」

「そうだなあ」


 俺が微笑むと、マリアの頬も緩んだ気がした。そうだ。それで良いんだ。無理するな。

 仮初かりそめを、正しい雨が流していく。

 こうして、俺達の三年に及ぶ決斗は幕を閉じた。






「――まさかのお友達宣言かよ!」


 神が叫ぶ中、俺は改めておのが技能を見た。


スキル:伝心

相手に、自分の思ったことを伝えられる。伝える範囲は任意で制御できるが、修練が必要となる。肌に触れることで、相手の深層心理まで見ることも可能。ただし、それには相手も自分を想っている必要がある。

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