勇者、再び
「あなたも、今はパーティを組んでいるのですね。良かった」
我が家の数少ない椅子を占拠し、勇者マリアとそのパーティメンバーの少女が座っている。以前より豪奢と成った勇者の白銀鎧と、少女の真っ黒な鎧が目に刺さって仕方無い。対するは俺と師匠の普段着師弟コンビ、リアムとルーシーの成金兄弟だ。俺と師匠はテーブルを挟んで勇者と向き合い、椅子の無い兄妹はそわそわ忙しなく動きながら、立って会話を見詰めている。
「『スメラギ』さんも、お元気そうで何よりです」
そう言って、美しい女性が微笑んだ。
うむ。誰だ。
これが、聖女モードのマリア・ストラスフィールドだとでも言うのか。或いは、俺は彼女に対するトラウマで幻想を見ているのだろうか。しかし、俺は誤魔化されん。俺は本当の聖女を知っているぞ。クロエさんだ。聖女は彼女しか存在しない。断じてマリアは聖女とは呼べん。そんな事を考えていると、マリアのプレッシャーが大きくなったような気がした。それと、横に座る少女が目を細めた。二人共、凄い気迫だ。これが勇者パーティか。
「あの、彼女は?」
「彼女は私の大切な仲間、『暗黒騎士』のノワール・ノルンです」
勇者と並んで座る少女は、『大切な』の部分で目を見開き、恥ずかしそうに俯いた。年は俺達の中で最年少、十五歳くらいか。大きな目の中で、少し縦に細い瞳が揺らいでいる。漆黒の鎧からは跳ねた銀髪が飛び出し、何処と無く猫のような印象を覚えた。こんな可愛い暗黒き――暗黒騎士? ちょっと待て。今、暗黒騎士と言ったか?
「私の光魔法と彼女の闇魔法、私達は二人で一つなのです」
ノワールと呼ばれた少女は、益々身体を丸めた。一方のマリアは気品に溢れた口調で、優しい顔で、しかし口から突いて出るのは自慢話ばかりである。変わらないようで何よりだ。笑顔がドヤ顔にしか見えん。勇者よ、その少女を俺達のパーティに加えたいから、お前は出て行って貰えないだろうか。
「――彼女は、私に次ぐ実力者だと思っています」
「そんな、ことない」
褒め殺されている。良く聞くんだ。しっかり『私が一番』と言っているぞ。これは洗脳だ。俺が救ってやる。
「勝負せぬのか?」
幼い命を儚み、テーブルの下で拳を震わせていると、師匠が不機嫌そうにマリアの言葉を遮った。
「これは失礼しました。私としたことが、土産話に花が咲いてしまいましたね」
お前の自慢話だろうが。リアムは思考を停止したか、虚空を見て口から涎を垂らしていた。パーティと息巻いていたルーシーでさえ、押さえた帽子から息が漏れている。
「こちらこそ失礼します。少し装備を整えたいので、外でお待ち頂けませんか?」
「構いません。行きましょう、ノワール」
「は、はい」
立ち上がった二人を礼で送ると、リアムが自我を取り戻した。
「なんつうか、すげえな。勇者ってのは」
「ほんと、あんな人だと思わなかった」
「貴族には、選民意識が在るんですか?」
俺は防具を嵌めながら、兄妹に言葉を返した。『あれ』は、教育に因るものか、と言う事だ。
「貴族の奴とは、稽古でしか会ったことねえけどよ、あんなのは見なかったぜ?」
「否、揉まれず能うし者なれば」
「それって、心が鍛えられなかったって事ですか?」
「或は」
「どっちにしろ、あれが本性じゃないと信じたいわ」
残念だな、ルーシー。本性はもっと酷いぞ。あれに暴力と荒さが加わる。
最後の仕上げに、俺は指を解して印を組む。呼吸を整え、気を巡らすイメージを重ねた。指が折れれば印は組めない。喉を潰されたら発声出来ない。印と発声、この二つで俺の術は二段落ちる。数段では無く、明確に二段――これが、俺の三年の結晶だ。
「気負うな」
「頑張ってね」
「なに、負けても死ぬわけじぇねえ。人殺しの勇者なんて聞いたことねえしな」
リアム、お前だけフォローじゃない。
「やるか」
俺の生涯を賭け、真昼の決斗が始まろうとしていた。
「――じらすねえ」
神が酒を注ぐ。
「酒に宛ごうな」
「さて、カルマ関連で、君にお願いがあるんだけど」
「己に?」
「そう。君のこれからに期待してね。悪いようにはしないよ」
「何か」
「正直、今のカルマには『穴』があってね。君にバージョンアップを頼みたいんだ」
「己には――」
「ああ、君の仲間は残念だった。その代わりと言っちゃなんだけど、僕からスキルを一つ授けよう」
「己は、技能が神では無かろうが」
「いや、僕でもあげれるスキルがあるんだよ。それはね、『加護』さ。神の権能、そのごく一部を、人間が扱えるようになる」
「ほう」
「おっ、いい反応だ。それじゃ、いくよ。はい」
「――終いか?」
「えっ、そうだよ? もう付けた」
「――自己、顕現」
俺は手を振り、己が技能を確認する。
「神よ」
「なに?」
「技能が神は、己の師と申したな?」
「そうだよ?」
「貴様、師に疎んじられて居るのか?」
「え? なんで?」
「明に『邪神の加護』と出ておる」
「え? マジ?」