地下牢に囚われる③
茶ローブが掲げていたトレイには、カットフルーツとピアディーナに似ている小麦粉を薄く焼いたような物、白身魚や根菜が入っているスープ――と呼ぶにはドロリとしている、少しスパイシーな香りがするトマトスープらしき物、そしてオレンジ色の飲み物が乗っていた。
サイドテーブルの上に置かれたそれらの料理を、こんな状況だけど、おいしそうだなと食い入るように見入ってしまう。
ふいにぐるるる――と唸る声がしたので、大狼に目を向けた。するとこの匂いにつられたのか、口元からだらだらよだれを落としている。その目は料理が乗ったトレーに釘づけだ。
――大丈夫だろうか、と不安になる。扉は開いたままだけど、空腹のあまり入ってきたりしないだろうか。
ちらちらと狼に視線を走らせる私に気づき、白ローブが茶ローブに鉄格子の扉を閉めるように合図した。
軋んだ音を立てて扉が閉められると、ホッとして木のスプーンに手を伸ばす。
「ところで、あなたには死ぬまでここで過ごしていただくことになります。食事は一日二度、朝と夕に。昼には果実のジュースを出します。
排泄はその隅にあるトイレへ。誰も見ていませんから、パーテーションなどは必要ないでしょう? あと一日に一度、0時に入浴場で沐浴を。
その際はあのロウ――というのは狼の名前です」
そこまで聞いた私は、スプーンを持つ手を止め、機械的に尋ねる。
「――死ぬまで?」
「はい。死ぬまで」
私はまだ21歳。若くて健康だ。死ぬまでって――あと何年? 気が遠くなる。
「どうして? 私が何をしたっていうの? 家に帰してよ」
「この国に現れたことで、あなたは十分に罪を犯しているのです」
「わっけ分かんない。不可抗力でここに来たってだけなのに、ただ幽閉するだけのために私をここに入れたっていうの? なんで?
この国に来たことが罪っていうなら、卒業旅行は切り上げて私だけさっさと帰国しますから。あなたたちのしたことも顔も忘れて訴えたりしません。約束します。だから解放して――」
スプーンを握ったまま必死に懇願している私を冷たい目で見下ろし、白ローブはサイドテーブルに乗せていたトレーに手をかけた。
「食事はいらないんですか? では下げますよ」
「――ちょっ! 待って、食べます!」
私はトレーを守るように覆いかぶさる。
――料理を作るのも、食べるのも好き。だから普段は口にすることのないような料理を目の前にすると、どうしても食べたくなってしまう。
この容姿で意外と大食漢なものだから、けっこう周囲には驚かれる。この体型を保っていられる秘訣を良く尋ねられるが――適度な運動と、あとは体質だと思う。
だからこの料理も、食べずにはいられなかった。頭は痛いけど、食欲はある。
吐き気がしなければ大丈夫と聞いたような気もするけど――と思いながら指先で触れて、包帯が巻かれていることに気づいた。気を失っている間に、どうやら手当てはしてくれたらしい。
「ぱっくり開いていた傷口は縫って、薬も塗っておきました。骨には異常がなかったようですし、大丈夫でしょう」
白ローブの恩着せがましい口調にイラっとしたものの、
「ありがとうございます」
と、一応礼を言っておいた。
――でも縫ったって、誰が? まさか素人じゃないでしょうね?
一抹どころじゃない不安がよぎる。
いきなりこんな場所に閉じ込めて死ぬまで出さないと言ったり、なのにきちんとした食事を出して怪我の手当てをしたり――
それにモヒカンのリスはまだいいとしても、あの大きな黒い狼は正直ありえない存在だと思う。
ロスという大きな都市で、こんな生き物が放し飼いをされていれば大きな話題になりそうなものなのに。しかもテーマパークの中で。
……しかし私もさすがにうっすら気づき始めていた。
私はテーマパークどころか、ロスにさえいないのではないか、と。