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地下牢に囚われる②

 気づいたら、一人ベッドの上に横たわっていた。


 シャツやパンツはエスカレーターから落ちたときに汚れ、ところどころ破けている。二月のロスの気温は二十度前後だし、今日はとくに暖かかったから、上着は来ていなかった。


 が、地下で石に囲まれたこの部屋は、すごく寒い。


 あの四人の男は、気を失っている私に毛布をかけてくれる優しさも持ち合わせていないらしい。粗末で薄くてごわごわしていて少しかび臭い毛布は、私の体の下にあった。


 あちこち痛む体で苦労して起き上がり、足をベッドから降ろそうとしたとき、重い鉄の輪をつなぐ鎖ががちゃりと鳴った。


 自分が得たいのしれない者たちに囚われているという恐怖に、再び錯乱状態に陥りそうになる。


 地下だけに外の様子を確認する窓もなく、辺りに人の気配も感じない。この薄暗い地下に、今は私一人きりなのだろうか。


「…あの…」


 私と同じ境遇の人はいないだろうか。おそるおそる声を出してみたが、静寂の中に吸い込まれて消えただけ。返ってくる言葉はない。


 立ち上がり、重い鎖を引きずりながら鉄格子へと向かう。隙間から見えるのは、石の壁だけ。顔を押し付けて奥を覗こうとしたけれど、そう遠くまでは見えなかった。


「誰か、いませんか?」


 先ほどより大きな声を張り上げると、ガサリと何かが動くような音がした。もう一度、声をかけてみようと口を開いたけれど――。


「あの、どなたか…」


 言葉の途中で目の前に現れた黒い物体に度肝を抜かれ、口をあんぐりと開けたまま、私は後ずさりをした。


 黒くて大きな犬――か、狼? いずれにしても、こんなに大きいはずがない。ピレネー犬とか私が見たことのある大型犬種より、断然大きい。その獣の頭は私の顔と同じくらいの位置にある。


 その犬もしくは狼が、牙を剥いて威嚇してきた。静かだった地下牢に、唸り声が不気味に響き渡る。


(なにこれ。地獄の番犬ってやつ? でもさすがに鉄格子を破って襲ってきたりはしない――よね?)


 獣をこれ以上刺激しないよう、そっとベッドに戻った。すると獣はそこにお坐りし、私がベッドに座った後もじっと睨み続けている。


 私は犬は苦手ではないし、幼い頃は飼っていたことだってある。――獣とはまったく共通点のなさそうな小型犬のパグだけど。


 でもあのローブの連中が飼っているのなら、少なくとも人に慣れているはず。ということは、私にも慣れてくれるかもしれない。あのリスもどきとも仲良くなれたんだし。


「こんにちは。私は神崎清華」


 意味なくフルネームを名乗ると、獣の耳がピクリと動いた。睨んだままだが、先ほどのようには唸らない。


 少しは私に興味を持ってくれた――のかと思い、立ち上がって近づこうとした。とたんに獣は攻撃のポーズを取り、唸る。


 その迫力たるや、ライオンや虎以上のような気がした。といっても、私がその猛獣を実際に見たことがあるのは動物園で、つまらなそうにうろうろ歩き回っている様子だけだが。


 いずれにしても、ものすごく怖かった。


「おやおや。この狼はとても大人しい子なのに、怒らせるとは。さすが厄災を呼ぶ女」


 白ローブがトレイを掲げる茶ローブを伴って現れた。獣の横に立ち、なだめるように首筋をトントンと叩く。すると獣はとたんに静かになり、甘えた声を出す。


 この大きな獣は、やはり狼に見える。


 しかし狼にしたって、大きすぎる。この国では、突然変異かなにかでちょっと変わった動物が多いのだろうか。


 唖然として狼を見つめていると、白ローブが懐から鍵を取り出して説明を始めた。


「さて。あなたも食事は必要でしょうから、用意いたしました。扉を開けますが、そこから動かないでくださいね。


お分かりでしょうが、私の許可なくこの扉から出ようとすれば、この子があなたを襲いますよ」


 どちらにしても足枷があるから不可能であることは一目瞭然なのに――いちいち嫌味な男。


 見た目は妖精かなにかかと思うほど透明感のある美青年なのに、中身はどす黒い。


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