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リスもどきに同情される

 頭が痛くて動けないから、しばらく転がったまま空を見上げて雲が流れる様を眺めていた。


 しかしいつまでたっても、誰も声をかけてくる人はいない。


 友人たちは、私がエスカレーターから転落したことに気づいているはずなのに。


 ――なんで海外でこんな目に合わなくてはいけないのか。


 あんな言いがかりをつけてくるようなブスを、煽った私も悪かったと思う。


 でもあの時は、私も頭に来ていた。翔平とかいう男は、あの女を振る口実に私を使ったのだろうと思ったから。


 それにしたって、ふる口実に他に好きな人がいると言うのは分かるけど、なんで私が色目を使ったと言ったのか。わたしには立志という素敵な許婚がいるというのに、なぜ翔平なんていうまったく記憶にない男に利用されるのか。


 ミスコンが終わるまで、変な男に付きまとわれたこともある。いわれのない中傷を受けたことも。


 それも優勝候補と騒がれた私に対する嫌がらせだと思えば、我慢できた。


 でもこれはダメだ。今度その翔平とやらを突き止めて、彼女の前で訂正させないと気が済まない。


 腹の底から沸々と怒りが沸きあがってきたとき、耳元でカサリと音がした。


 目だけそちらに向けると、茶色い小動物が後足で立ち、つぶらな瞳でわたしを見つめていた。リスに見えなくもないけど、おでこからしっぽに向かってモヒカンみたいに毛が立っている。


 アメリカ特有のリス? 


 旅行前にいろいろ資料や雑誌で調べたけどそんな案内はなかったし、ネットでも見かけていない。


 驚いて見つめる私に、リスもどきは首を捻り、「キィ」と鳴いた。


 何をしているのかと尋ねられたような気がして、


「頭に怪我をしていて動けないの」


と話しかける。するとリスもどきはその場でくるりと一回転して再び後足で立ち、「キィ」と鳴いた。


 そして頬袋の中からナッツのようなものを取り出し、カリカリと食べ始める。なんだか得意げで、私に見せつけるように。


 まともに返事をした自分がばかっぽく感じられて、ため息をついた。


「だよね、助けてくれるはずないよね」


 独り言をつぶやくと、リスは私の胸の上に乗り、半分ほど食べたナッツを私の唇に押し付けた。


「――え、いいよ。食べなよ。しかもそれ、食べかけじゃん」


 動物にこんなに親切にされたのは初めてだが、相手は野生動物。どんな菌を持っているか分からない。ナッツが入ってこないように唇を引き結んだら、リスもどきは私の首筋を尻尾でふさふさと撫でた。


 ――くすぐったい。


「――止め――」


 思わず声を出したら、その隙にナッツを口の中に押し込まれた。その瞬間にまた尻尾で首筋をふさりとやられ、笑おうとしたとたんに小さな欠片を飲み込んでしまう。


「……」


 衝撃を受けて呆然としている私に、リスもどきはまた「キィ」と鳴いた。おりこうさんとでも言っているかのように、わたしの頬を舐める。


 どうせ頬袋にしまい込まれていたナッツを食べてしまったのだし、触ったところでたいして違いはないだろうと思い、ゆっくりと手を伸ばしてリスもどきの背を撫でる。


 モヒカンのような毛は、柔らかめの歯ブラシのような感触だった。リスは触れられても逃げることなく、うっとりと半目になっている。


 この公園で放し飼いにされてる動物なのかもしれない。パンフレットにはそんなことは書いていなかったけど、でも新しいアトラクションで――


 考え事をしながら撫でていたら、リスもどきが急に立ち上がり、宙に鼻を突き出して匂いを嗅いだ。そして遠くを見つめた後、私の胸から飛び降りる。


そのまま駆け去っていったと思ったら一度戻ってきて、ついてこいとでも言うかのように私のシャツの裾をかじって引っ張った。


「だから、頭が痛くて動けないの」


 そう説明したら、リスもどきはまた立ち上がって私の体の向こうを確認し、「キィ!」と言って脱兎のごとく走り出す。


 何をそんなに怯えているのか不思議に思った私は、痛む頭をゆっくりと逆方向に傾けて視線を転じる。すると遠くに人影が見えた。遠すぎてどんな人かは分からない。


(あの人に、この旅行の引率か友人を呼んでくれるよう頼んでみよう)


 私は片手を上げ、その人影に向かって助けを求めた。



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