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いきなり求婚される②

「皇子、早く戻りませんと」


背後から、黒ローブの声がした。喜びのあまり、私は笑顔で彼らを振り向く。が、二人はしかめ面を浮かべてにらみ返してきた。


――いいの、別に。ここから離れられるなら、にらまれるくらいどうってことない。


私は期待のまなざしで皇子の整った横顔を見つめ、そして見とれた。


それにしても、きれいで品のある顔だちをしている。


たぶん、年は私と近い。輝く金髪はよく手入れされていて、顔の動きに合わせてサラサラと流れる。


女性の私も嫉妬してしまいそうになるほどの、透き通った白い肌。


鼻筋も細く通っている。こんなにきれいなら、ネットで「イケメンすぎる皇子」などといったまとめに載りそうなものだと思う。


じっくり見たことはないけど、そんなタイトルの記事ならなんども見かけているし。


――立っているだけで身体からただよう高貴な空気。


きっとわたしが隣に立っていちゃいけないくらい身分が高い人なのだと、今はじめて実感できたような気がした。


その皇子が私と視線を合わせ、とたんに眦を下げた。そして、埃やらなにやらで黒く汚れた私の両手を取り、

「あなたも一緒に来てもらいたい」

と言って、甲に口づけようとする。


その瞬間、ローブたちが「それは!」と声を上げた。


私も慌てて手を引き、傷ついた顔をした皇子に小声で「失礼しました。でも……」と弁解する。


さっきまで、汚物が詰まった壺を運んでいた手ですから。


どんなばい菌が潜んでいるかわからない。これで皇子が病気になったら、それこそ罪人扱いされそうな気がする。


まぁ相手が誰であっても、殺菌効果のある石鹸で入念に洗い、そのあとアルコール除菌をして、ぴっかぴっかに磨き上げてからでないと、この手に口づけるなんてとんでもない。


それに、臭いだって相当なものだ。しかもそれは時間がたてばたつほど、強烈になっていくような気がする。


……だってほら。風が吹いたとたん、風下になった長老がかすかに眉を顰め、ハンカチで口と鼻を覆った。そして軽く咳き込んでいる。


あそこまで臭うんだとしたら、隣にいる皇子や後ろにひかえている黒ローブたちはどれほどなんだろう。


なのに「あなたの匂いなら……」と言ってみたり、汚れた甲に口づけようとしたり、この皇子もちょっと変なのかもしれない。世の中にはいろんなフェチがいるんだし。


皇子が何フェチなのか考えたとたん、私はまた深く落ち込んだ。


――じゃあ私のことを美しいといったのは、汚くて臭いからなんだろうか。なら、やっぱりここではブスというカテゴリーに入るのかな。


長老たちになぜ敵視されているのか知らないけど、「自信を打ち砕く」という目的は十分に達することができたと思う。かつてないほど、思考回路がネガティブになっている。


「皇子、なぜその者の臭いに耐えられるのですか? ものすごい臭気ですが」


 自分自身でどんどん大きくしている不安に押しつぶされ、うつむいてうつうつと考え込んでいる私に向かって、長老は追い打ちをかけるようなことを言った。


「長老ともあろう者が、なぜそのようなことを言う? これほどまでに美しい女性に向かって、失礼ではないか」


 皇子がたしなめると、長老は軽く首を横に振った。


「見た目はどうあれ、臭いはひどいものです」


「この方の匂いなら、どのようなものであれ、私にとってかぐわしいものに感じられるぞ。それに、お前の命で汚物を運んでいたからついた臭いだ。あのような仕事をさせておいて、その言いようはないだろう」


 皇子が怒気をはらんだ声で責めると、長老は深いため息をつく。


「いえ、私の命というわけではありません。あれはその者がどんな仕事でもいいから、どうしてもやらせてほしいというから与えただけのこと。私が命じて無理に、というわけではありません」


 ――確かに。


 まさか汚物を運ばされることになるとは思っていなかったけど、とにかく外に出たいからなんでもやると言ったのはこの私だ。だから仕事をえり好みなんてできなかったし、臭いのは長老の言うとおりなんだけど……


「ならばよけいに、臭いなどと言っては失礼だろう。労働の証なのだから」


 ――皇子って見た目だけじゃなく、心もキレイな人みたい。こういう身分の人たちって、庶民の味方をするどころかまったく興味を持っていないと思っていた。


 少なくとも、婚約者の立志は無関心だった。


 私には優しいけれど、ほかの人に対しては冷淡だったように思う。


 あの頃は初めて経験するセレブの世界に憧れ、圧倒されていたけど、振り返ってみると立志の裏の顔というか、本来の性格というものに気付いていなかったかもしれない。


 まあ、今は立志の性格についてはおいといて。


 たとえば婚約する前に出会っていて、しかもこんな状況じゃなかったら、皇子に恋していたかもしれないな、と思いながら、皇子を見上げた。


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