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外に出る②

 婚約者の面影が脳裏に浮かんだ。


 プライドは高いし、彼に意見すると不機嫌になる幼いところはあるけれど、そこがまたかわいいと思う。日ごろからジムで鍛えている細マッチョな体も好みだった。


 何より、私を大切にしてくれる。いつも綺麗だねって言ってくれる。


 なのにどうして、ここでは厄災を呼ぶ女と言われ、ブスと蔑まれ――


 落ち込みはしたものの、私は本日最後の食事に手を伸ばした。昼はフルーツのみだから、この時間帯になると腹が痛くなるほどに空いている。


 ――ああ、それにしても。


 ここで出される食事は本当においしい。


 今夜の食事のメインは、蒸した魚介を香草と塩で味付けたもの。シンプルだが素材の旨みを最大限に引き立てていて、口の中に旨みが広がる。


「……うまい」


 思わずつぶやいていた。




 外の景色を見ることができるのは、沐浴の時間だけ。一時間にも満たない。しかも見えるのは、夜空のみ。


 ――太陽が輝く青空を見たい。


 グアンに抱かれることなど想像するだけで吐き気がするが、それより外に出たいという渇望のほうが強い。


 すでに私の心は、病み始めているのかもしれない。


 しかし白ローブが現れるのは今か、今かと待ちわびていたのに、夕食を食べ終える時間になっても現れなかった。その後沐浴の迎えに来たグアンは、ずっと不機嫌な顔をして黙りこんでいる。


 浴場に到着したあとも何も言わないから、痺れを切らした私は強い口調で尋ねた。


「ねえ、司祭様は? 聞いてくれたの?」


「――聞きたくたって、司祭様は火急の用事で王都に向かわれた。会えなかったんだから、仕方ないだろ。明日でもいいか?」


「でも――約束は今日中だったのに」


「だから、会えなかったって言ってるだろう? 不可抗力だ。期日を延期してくれ」


「――明日なら、いるの?」


「昼には戻られる予定だ」


「そう。――じゃあ、それでいい。明日は絶対に聞いてね」


「――前払いでもいいんだぞ?」


 好色な笑みを浮かべて、グアンが私の体を舐め回すように見つめた。ふいに寒気を覚え、身震いする。


「来るか来ないか分からないのに、そんなことをするはずないでしょう?」


 冗談じゃない。


 思わず語気を荒げて答えたら、グアンはぶさいくな顔を歪ませ、チッと舌を鳴らした。


「舌を鳴らす癖、司祭様に注意されてなかった? はしたないですよ、って」


 するとグアンはぶさいくな顔を歪ませて

「立場をわきまえろ、ブス」

と怒鳴った。


 ――お前に言われたくない


 そう思ったが、これ以上怒らせたところで良いことなんてないと考え直し、大きく息を吐いて気持ちを紛らわす。


「とにかく。お礼は司祭様が来てくれたら、ということで。前払いはしません。じゃあ沐浴をするので、向こうに行っていただけますかね」


 そう言って、グアンの横で私を睨みつけている大狼にちらりと視線を向けた。


 相変わらず慣れてくれないし、私の体を見て時折興奮している様子を見せることもあるが、白ローブに諫められてからはずいぶん大人しくなっている。


 しかし司祭が不在の今、グアンを怒らせて狼を焚きつけられたら非常に困る。


「――まったく、図々しい女だな。ロウ、行くぞ」


 グアンは捨て台詞を吐きながら背を向け、入口のほうへと歩いていった。狼はしばし動こうとしなかったが、もう一度グアンに名を呼ばれ、小さく唸って彼のあとをついていく。――助かった。




 ――そして、翌日。


 沐浴の前に司祭がやってきた。


 彼と話したからといって外に出してもらえるとは限らないし、これでグアンへの奉仕をすることになったのだと思うと、あまり喜ぶことはできなかったが。


 さぞ期待に目を輝かせているだろうと、白ローブの後ろに控えているグアンの顔をうかがったら、予想外に落ち着きなく目を泳がせている。


(奉仕しろと言ったのがばれたのかな?)


 不思議に思っていたら、白ローブが牢の中に入ってきた。そして、淡々とした口調で告げる。


「明日、皇子がこちらにいらっしゃることになりました。だから沐浴はしばらく遠慮してもらうことになります」


「――は?」


 外に出してくれと頼もうと思っていたのに、唯一の楽しみ、沐浴まで奪われることになるなんて。


 ――冗談じゃない。


「皇子って――どうしてその人が来ると、沐浴できなくなるんですか?」


「厄災を呼ぶあなたを皇子に会わせるわけにはいかないでしょう?」


「会わないようにすればいいじゃないですか。外の景色もまったく見えないこんな寒い場所で一日過ごしているのに、沐浴までできなくなったら私の頭がどうにかなってしまいます」


 慌てる私に、白ローブは冷ややかな視線を向けた。


「別に構いません。神に仕える身で殺生は禁じられているから、閉じ込めているだけで。それにここは神殿ですから、あまり不潔な者を置くわけにはいかないと思い、沐浴を許していただけのこと。

あなたが正気であろうとなかろうと、私たちには関係のないことです。皇子が帰られた後にまた沐浴は許しますから、それまで我慢なさい」


「そんな…! お願いします。皇子に会わないようにしますから、外に出してください。――私ができるような仕事はないですか? なんでもします。給料もいりませんから――」


 ――お金なんていらない。とにかく外に出たい。


 その皇子とやらがいつまでいるのか分からないのに、ここで一日中壁を見つめて過ごすなんて…ありえない。


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