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外に出る①

 ショートパンツで肌を露出しているからロウたちが興奮するのだろうと言って(なにを今さら!)、白ローブは生地の厚い茶色のワンピース――と呼ぶにはあまりにも簡素な服だったが――を用意してくれた。


 頭からかぶって終わりだから、風呂に入るたびにいちいち足の鎖を外す必要がないというのもあるようだ。


 日の光は一切届かない薄暗い地下で食べては寝、深夜に風呂に入るだけの生活。


 本もテレビもPCもない。


 白ローブはあの騒動以来現れなかったから、話し相手といえばロウとグアンくらいなもの。


 当然、まともな会話なんてできない。というより、グアンとは一切言葉を交わしたくないけど。


 外の音も一切届かないから、晴れているのか曇っているのか暴風雨なのかもまったく分からない。


 茶ローブが食事を運んできたとき以外は、ロウが歩きまわる際のチャッチャッという爪の音がBGM。


 そんな環境で三日も過ごすうち、私は精神的に参ってしまった。意味もなく涙が溢れ、叫び出したくなる。


 でも叫ぶとロウに威嚇されて怖いから、埃と黴臭い枕に顔を押し付けて泣き喚いた。


 膨れ上がる一方の不安に押しつぶされそうになり、ジャラジャラと鎖を引きずりながらうろうろと狭い牢獄の中をうろつきまわる。


 冷たい床に足がかじかんでも構わない。とにかく何かをしていたかった。


 着替えは食事を運ぶ際にグアンが持ってきて、

「もう一度だけ鎖を外すから、その洋服を脱いでこれに着替えろ」

と偉そうに命令してきた。最初は言い返す元気もあったが、四日目の朝を迎えた頃には何を言われても反応できずにいた。虚ろな顔をして、ただ食事を受け取る。


 そんな中で楽しみなのは、相変わらずおいしい食事と、沐浴タイムだった。


 食べている間と湯につかっている間だけは、ささやかな幸せを感じることができた。


 これがあるおかげで、かろうじて正気を保っていられるような気がする。



 裸を晒してしまった翌晩から余計な騒動を避けるため、沐浴が終わるまでの間はロウとグアンは扉の向こうで待機するようになった。


 その代り沐浴の間だけ、歩こうとするだけでつんのめりそうなほどに足枷の鎖を短くされたが、湯船に入っている分にはまったく問題ない。


 昼の間に芯まで冷え切った体を湯に浸し、空にまたたく星を眺めながら、深いため息をつく。


 かつてモデルのバイトで颯爽とランウェイを歩き、ミスコンでも女王に選ばれた輝かしい私はもうどこにもいない。


 綺麗に整えられた爪はボロボロに欠け、ネイルアートもところどころはがれて汚くなっている。


 頭には今も包帯が巻かれ、髪は絡まってぼさぼさ。足にはまだどす黒い痣が色濃く残り、冷えのせいで肌の色も悪い。


 ――閉じ込められたままでもいい。せめて日の光が差す場所に出たい。


 そう切に願った。




 ――四日目の夜。


 夕飯を持ってきたグアンに、

「あの――長老様、でしたっけ?――に、会えないかな。お願いしたいことがあって」

と切り出した。


「はあ? 長老様は忙しいんだよ。それに尊い身分の方にこんなところに降りてこいだなんて、俺からは言えないね。あちらから来るって言わない限り」


「ここじゃダメなら、沐浴場に来てもらえると――お願いします、グアンさん」


 グアンに懇願する。機嫌を取りたくて、上目遣いで精一杯媚を売った。


 こいつのことは大嫌いだが、この際、そんなことを言っていられるような状況ではない。完全におかしくなってしまう前に、この状況をなんとしても変えたかった。


 普段は命令を受ける側の茶ローブは、誰かにすがられるなんてシチュエーションには慣れていないのだろう。無意識のうちにふんぞり返り、機嫌の良い表情になった。


「ふん。そんなに頼むのなら、長老様に伝えてやってもいいがな。しかし本当にお忙しい方だから、期待はするなよ」


「ありがとうございます!」


 両手を握りしめ、拝まんばかりに礼を言っていると、何やら思いついたグアンがほくそ笑んだ。


「それで、礼に何をしてくれる?」


「――え? 礼って――」


「何かをしてもらうなら、それなりの礼は必要だろ?」


「でも今の私は何も持っていないし――」


「なら、その身体で払ってくれよ」


 グアンはまた、下品な表情を浮かべた。


 ――こいつに抱かれるってこと?


 ……考えただけで吐きそう。


「そういうのって、長老様が許さないんじゃないの?」


「言わなきゃ分からないだろ。…それとも何か? 口を効いてやらなくてもいいっていうのか?」



 ――この時の私は、本当に追い詰められていた。


 こんな私を弱いと言うなら、私の身に起こっていることを実際に経験してみればいい。


 足枷を付けられ、ジメジメとした暗く冷たい地下に閉じ込められ、話し相手もなく、粗末な毛布一枚与えられただけで何もせずに一日中過ごしていれば、外に出るためなら何でもしようという気にもなる。


 ……と、心の中で言い訳しながら、私は涙目で頷いた。


「分かった。長老様を呼んできてくれたら――一度だけ、抱いていいから――」


「約束だぞ。じゃあ、伝えておく」


「でも今日中に長老様に会えなかったら、この約束は無効だから」


「は? だから長老様は忙しい方だからって――」


「言わないのに言ったって言うかもしれないでしょ。伝えてないくせに、ダメだったって言われても私には確認しようがないんだし。だからリミットを決めておかないと。あと、抱かれるのは一度きり。それ以上なにかしようとしたら、長老様に言いつけるからね」


 できるだけ私が受けるダメージが少ないようにと、いくつかのルールを決めるのが精いっぱい。


「ちっ。仕方ねぇな。じゃあ、今日中ってことで頼んでみるよ」


 テーブル代わりの小さなサイドボードに食事が乗ったトレーを置き、グアンは牢を出ていった。


 私のこんな姿を見たら、立志さんは幻滅するだろうか。


 生きるためとはいえグアンに抱かれたなんてことを知ったら、婚約は破棄されてしまうのだろうか。



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