沐浴する①
時間が過ぎるにしたがって、地下の気温も下がってきたような気がする。日が落ちたのかもしれない。
カタカタ震えながら、あの汚い毛布を掛けた。固くてちくちくするし、かび臭い。誰かが使ったあとに洗ったようにも見えないが、そのことはあまり意識しないように努めた。
今はとにかく、体を温めたい。
大狼は、また床に寝そべって眠っていた。狼の習性は、犬とはやはり違うのだろうか?
でも白ローブに対する態度は、犬に近かった。だから十分に人慣れしていると思われる。それか、警察犬と同じ訓練を受けているのかもしれない。
そんなこんなでやっと沐浴の時間が来たと茶ローブが呼びに来る頃には、寒さのあまりカタカタ震えていた。
「来い、ブス」
ずんぐりとして私より背の低い男が、ふんぞり返って横柄な口調でそう告げる。
――さっきまで、びくびくしていたくせに。
「ブス、ブス言わないでくれる? これでも大学のミスコンで優勝したんですけど」
言い返したら男はきょとんと間抜け面を浮かべたが、すぐにまたふんぞり返る。
「大学だか何だか知らないが、ここではそんなの通用しないね! それにお前はブスなんだ。厄災を呼ぶ女なんだから」
「――あ、そう。で、どうして私が厄災を呼ぶと思ってる訳?」
尋ねたら、男は表情を歪ませた。
「なんでそんなに偉そうな口調で話してるんだ? ブスのくせに、人を見下すような態度をしやがって」
ブスと呼ばれたのは、今日で何度目だろう。さすがに、かちんときた。
「――ねえ、おっさん。あなた、人の容姿をどうこう言えるの?
あまりこういうことは言いたくないんだけど、いい加減頭に来ちゃったから言わせてもらいますけどね。自分の姿を鏡で見てみたら? 自分だって不細工じゃない。少しはダイエットしたらどう?」
「んな――! お前、自分の立場が分かってるのか? そんな態度なら、沐浴はなしだ」
沐浴だけを楽しみにこの寒くて暗い場所で耐えていたのに、それは困る。思わず怯んだ表情を浮かべた私に、茶ローブは厭らしい笑みを浮かべた。
「沐浴したいなら、俺の言うことをきちんと聞くこったな。おい、ロウ。お前はしんがりを頼む。後ろからこいつをびびらせておけ」
すると大狼は、不服そうに低く唸った。
どうやらこの男に命令されるのは嫌らしい。白ローブだけに忠誠を誓っているのかもしれない。
男は唸り声に怯んで一歩下がり、大狼から視線を外した。
――そんなんだったら調子に乗らなきゃいいのに。情けない
「じ……じゃ、行くぞ。ついてこい」
それでもまだ私に対して虚勢を張り続ける。
いつも指示を仰いでいるだけの人が逆の立場になったとき、必要以上に偉そうにしてしまうのかもしれない――と、こいつを見て思った。
最初は私に対してもオドオドしていたくせに、ちょっと立場が上だと思ったとたんに急に調子づいているから笑えてくる。
――でも沐浴したいから、笑うのは我慢するけど。
やっと鉄格子の向こうへ出ることができて嬉しかったが、足枷はついたままだし、後ろにはロウがいる。一定の距離を取って、ヒタヒタと。
あの大きな口なら、一噛みされただけで致命傷になりそう。逃げたくて仕方がないけど走ったところですぐ追いつかれるし、攻撃する口実を与えるようなもの。振り返るのも怖くて、私はひたすら前に立っているずんぐりした男の背を睨みつけていた。
通路の先にある階段を昇り、扉を開く。深夜だからどこに行っても真っ暗で、ここも灯りは燭台の淡い光だけ。
でも、空気は澄んでいた。鼻孔に残っている地下の淀んだかび臭い匂いを消したくて、大きく深呼吸する。
見上げると、窓の向こうに大きな丸い月が見えた。




