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きぐるみ学園

学園のイケメンが私には動物のきぐるみに見えるのですが。

作者: でぃー太



「黄山センパーイ!!がんばってーー!」

「あ!シュートしたわ!!」

グラウンドに響く溢れんばかりの黄色の歓声。

湧き上がる拍手。

盛り上がるオーディエンス。


そんなライブ会場かと錯覚するような空気感の中、私は一人、死んだ目で棒立ちしていた。




◇◆◇



時を遡ること二か月前。

晴れて高校へと進学した私は桜舞い散る中、入学式を迎えていた。

運良く中学から仲の良かった由乃とも同じクラスになれたし、その時の私はこれからの高校生活は明るくて輝かしいものになると信じて疑わなかった。

·····もし、時を戻せるというのなら私は受験期に戻って全力で志望校を変えてくれと自分に頼み込むと思う。

土下座しろって言われたら頭がめり込むまでスライディング土下座しながら頼み込むし、靴を舐めろと言われたら全力で舐めてた。ペロペロキャンディ?って錯覚するレベルで舐めてたと思う。

まあ、とにかく何が言いたいかと言うと取り敢えず私はこの学園に進学したことを全力で後悔しているということだ。


別に友人関係に困ってるわけでも授業についていけない訳でもない。学校生活もそれなりに楽しんでいるし、学校のノリも良い。それなら何故私がこの学園に入学したことをそんなに後悔しているのか。

その理由は、目の前の光景にある。



「黄山先輩って本当にカッコ良いわよね!!!」

隣で由乃が鼻息荒くそう問いかけてきた。

「あ〜、その。·····由乃って本当に黄山先輩のこと好きだよね」

「そりゃーね、あんな完璧な男子高校生今まで見たことないもの!」

由乃はキラキラと輝く瞳をグラウンドに向けたままそう言った。その姿はどこか夢見心地に見える。

完璧ね·····。


引き攣りそうになる頬を必死に押さえつけて私はあいまいに笑う。

「なによりも、サッカーをしてる時のあの真剣さと普段の犬っぽい雰囲気のギャップが素敵·····」

「そう」


相変わらずグラウンドから目をそらすことなく乙女の顔をする由乃に私は言えなかった。

「え、あれ犬のきぐるみですよね?」なんて。





ここで私から見えるグラウンドの光景について説明しよう。

まず、大勢の女子がグラウンドを囲むようにして立っている。中には他校の子まで混じっているのも見える。どんだけ人気なんだ。

そしてその真ん中ではサッカー部が練習試合をしていた。

が、その景色の中に明らかに異質なものがいた。


それが女子がこぞってキャーキャーと歓声を上げる黄山先輩だ。


黄山 明。高校二年生。色素の薄い天然の茶髪に整った顔立ち。さらに運動神経も抜群の彼はとてもモテる、らしい。

その人気はファンクラブができる程で人懐っこい性格も相まって学年どころか、学園の人気者。

まあ、ある意味少女漫画のヒーローかとツッコミたくなる存在ではあるけれど、私が黄山先輩を異質と言っているのはそれが原因ではない。


これに関して一番の問題は、私にとってその黄山先輩とやらがどこからどう見ても大きな犬のきぐるみにしか見えないということだ。




一応言っておくけど、比喩ではない。紛れもない事実だ。見たままをありのまま言葉にするとそうなる。

どうしてなのかとかそういう質問は受け付けない。そんなの私の方が聞きたい。


私の目がおかしいのか周りがおかしいのかは分からないし、確かめるすべもないけれどとにかく私にとって黄山先輩は犬の着ぐるみにしか見えない。

だから私はどれだけ周りが盛り上がろうが、騒ごうが、静かに死んだ目で棒立ちするしかないのだ。


·····だって、想像してみて欲しい。

グラウンドのど真ん中。

周りが人間しかいない中で、一体だけ居る犬のきぐるみ。

しかもそれはきぐるみとは思えない俊敏な動きを見せてボールを奪い取るのだ。

その上、高速で横移動している犬のきぐるみが!何故か女子に大人気!!!


最早、狂気だよ!!!私か?!私の目がおかしいのか?!私がなにかしたんか!??


そりゃあ死んだ目にもなるだろう。

女子がこぞって犬のきぐるみに頬を赤く染めあげているのを見たら。

ついていけない。ついていけないどころか一人だけ置いてけぼりだ。


最初の頃は大掛かりなドッキリを疑ったりもしたけど、どうやら周りの反応を見るに、皆からは本当にあのきぐるみはイケメンに見えるらしい。実際、由乃以外にもあのきぐるみについて意見を聞いたことがあるけど、由乃と同じように褒めたたえていた。尚、頬を赤く染めるというオプション付きだ。

もうむしろドッキリであって欲しかった。テッテレ〜って種明かしして欲しかった。




なんてことを考えているうちにいつの間にか練習試合が終わっていたらしい。

さっきまで練習試合をしていたグラウンドには今はたくさんの女子達が犬のきぐるみを囲んで立っていた。

やっとこの地獄の時間が終わったのか、と息をついていると由乃にグイグイと腕を引っ張られた。

「え、ちょっと、なに?」

「ほらほら!早くしないと先輩帰っちゃうでしょ!!私もせめて一言だけでも話したい!!」

「え"」


思わず固まる私に気づかない由乃は私の腕を引っ張りながらグラウンドへ向かう。

待て待て待て。誰も一言も行くとは言ってないぞ?なんで強制的に私も行くことになってんだ。

「待って由乃。私、別にいいよ。あそこで待ってるから」

私はつい先程までいた場所を指さして一人で行くように由乃を説得する。が、由乃は何をどう曲解したのか、私に「照れなくても良いよ!」と言うとそのまま足を止めることなくグラウンドの中心に近づいてゆく。


いや、照れてねぇよ。一ミリたりともなんの照れもねぇよ。

と、叫びたくなるのをぐっと堪えて私は「いや、本当にいいから」と由乃に声をかける。

「·····本当に?あんなにイケメンなのに、話しかけなくても良いの?私、行くよ?」

「本当に大丈夫だから」

ここだけは譲れない、と由乃の目を見て真剣な顔で告げると由乃は「分かった」と不満そうにしながらも頷き、一人できぐるみの元へと向かった。


「·····はぁ」

一人になった私は思わずため息をこぼす。

あそこに行って皆と同じテンションで盛り上がれる自信が無い。


遠目で犬のきぐるみを一瞥すると私は背を向け、グラウンドの目立たない場所へと向かった。




「·····まだかな」

時計の針をみてから私はグラウンドに目を向ける。

·····あ〜、苦戦してるな。あれはもう少し時間がかかりそう。


グラウンドで女子の壁に阻まれて未だに犬のきぐるみに話しかけられない由乃を見て私は微笑んだ。

確かに犬のきぐるみはちょっと怖いし、できれば近寄りたくないけど別に嫌っている訳では無い。私以外の人はあれがイケメンに見えてるようだし、少しでも由乃が犬のきぐるみと話せればいいなという気持ちに偽りはない。



ただ、昨日少し夜更かししちゃったから少し眠くなってきたかも。

「ふぁぁ」

「ふぁぁ」

「ん?」


私が欠伸をすると同時に誰かが欠伸をする音が聞こえて、私は隣を見た。そして固まった。


「ね、こ·····?」


思わず飛び出した言葉に目の前の()()()()()()は首を傾げた。

そう、猫のきぐるみだ。あそこで女子に囲まれている犬のように、少しファンシーな黒い猫のきぐるみ。

きぐるみは私を見ると、一歩距離を詰めてきた。

「ひぇっ」

その動作に怯んでしまった私に猫のきぐるみはもう一歩距離を詰める。ひぃぃっ。


恐怖で動けない私に猫のきぐるみは更にどんどんと距離を詰めると、また首を傾げた。

「君、こんなところで何してるの?」

しゃ、喋った·····。しかも思ったよりイケボ·····!


一人、衝撃を受ける私に猫のきぐるみは「おーい」と声をかける。

「あ、はい。えっと、友達を、待ってます」

しどろもどろな回答になって決まったけれど、許して欲しい。

誰だっていきなり目の前に喋る猫のきぐるみが現れたらびっくりすると思う。

猫のきぐるみは私の言葉に「ふ〜ん」と返すと、何も喋らなくなった。

何も喋らないと喋らないで不気味だから嫌だな、なんて失礼なことを考えていると「眠い」という呟きが耳に入ってきた。

空耳かと隣を見ると、未だに隣に立っていた猫のきぐるみはもう一度、「眠い」と呟いた。どうやら空耳ではなかったらしい。

「今日は、あんまり眠れなかったんだ」

突然の呟きに私が返事をしようか迷っていると、「君は?」と猫に問いかけられた。

「え?」

「君も寝不足?」

「あ、はい。ちょっと夜更かししてしまって」

同級生なのか、年上なのか、そもそも何者なのかもわからないので私はとりあえずそれだけ返すとまた黙る。

にしても、随分とマイペースな人(?)だな。

·····この人が何者かは分からないけど、取り敢えず由乃早く帰ってきてくれないかな。そうすればこの人が本当にきぐるみを来てるヤバい人なのか私だけが着ぐるみに見える人間なのか分かるのに。


隣に存在を感じなからそんなことをつらつらと考えていると、隣ですぅ、と音が聞こえた。

なんの音かと横をみてみればそこには目を瞑っている猫のきぐるみがいた。さっきまでぱっちりと開かれていたはずの目は今はしっかりと閉じられている。え、これ寝てない?


「えっと、あの、お、起きてください?」

半信半疑で近づいて声をかけるも、猫の目はあかない。

どうやら本当に寝落ちしたらしい。しかも立ったまま。

肩を揺すったら起きるかもしれないが、きぐるみが何者かわからない以上触るに触れない。ていうか、普通に怖い。

「あのー!」

もう一度強めに声をかけると、猫のきぐるみが少し身じろいだ。

「あの!起きてください!!」

再び声をかけると、猫のきぐるみは「んん」と唸ってから目を開いた。目、でかっ。


「むう?」

なんだよ、とでも言いたげな猫のきぐるみに私は「こんなところで寝たら風邪引きますよ」と忠告する。というか、そもそも立ったまま寝るなよ。危ないぜ。

「んんぅ」

「それに、ここは人が沢山来ますから寝るなら保健室とか、裏庭とか、自分の家とか人目につかない場所にしましょう?」

眠たげに唸り続ける猫のきぐるみに私は尚も語りかける。

え?これちゃんと聞こえてるよね?

「ちょっと歩けばすぐ保健室ですから。外でたったまま寝るより寝そべって寝る方がよっぽど心地よいですし」

「うん」

やっとまともな回答が返ってきてほっとしながらも「じゃあ保健室に行きましょう」と言いかけた私に「真理〜!」と呼びかける人声がした。ちなみに真理とは私の名前だ。

声の方へ振り向くと、そこには笑顔の由乃がいた。

「あ、由乃。黄山先輩に話しかけられたの?」

「ええ!順番待ちしてやっと!!待ってくれて本当にありがとう、遅くなってごめんね」

「全然いいよ。話せてよかったね。じゃあ帰ろっか」

「うん!」

頷く由乃と一緒に帰ろうとして、私は一旦歩みを止めた。

振り返ると、そこにはまだ眠たげな猫のきぐるみが。

「あ〜っと。保健室、本当にすぐそこですし、寝るならそこにした方が良いですよ。それじゃあ」

未だに眠たげにしている猫のきぐるみに見えているかはわからないけれどお辞儀をしてから私は由乃と帰宅路へと向かった。

由乃は何故かしばらく私に何かを聞きたそうな顔をしていた。



猫のきぐるみに別れを告げてから一分程歩き由乃にさっきの猫のきぐるみがどう見えていたか、聞こうとした時、由乃にすごい勢いで「ねぇ!!」と話しかけられた。

「な、なに?」

「さっきのって紫田先輩よね?!」

「·····紫田先輩?」

「ほら!最後に真理が話しかけてた先輩よ!!二年の!」

「·····ごめん、どなたか存じ上げない」

「嘘」

信じられない、とでも言いたげに由乃が見てくるので私は「本当」と短く返す。

「紫田 理生先輩と言えば黄山先輩と並んで二大イケメンって言われてるのよ?!犬っぽい黄山先輩と猫っぽい紫田先輩でタイプが全然違くて甲乙付け難いって有名な!あの!紫田先輩を!真理ったら知らないの?!」


逆になんで由乃はそんな、解説員並みに詳しいの。

知られざる友の顔に若干引きながらも私は「うん」と答えた。

そうか、やっぱりと言うかなんというかさっきの猫のきぐるみは人間だったのか。しかもまたイケメン!


「真理ってそんなにイケメンに興味なかったけ?」

「いや、全然。めちゃくちゃ好きだよ。目の保養になるし」

訝しげに由乃に見られたので私は全力で否定する。

イケメンなら大好きです。話題の俳優が出ているドラマとかすぐ見ちゃう。


「·····だよね。中学の時もそうだったし。なのになんで黄山先輩と紫田先輩のことはそんなに反応薄いの?二人ともモデル顔負けのイケメンだと思うんだけど」

少し不満げな由乃に私は曖昧に笑って誤魔化す。

言えない。言えるわけが無い。

まさか、そのイケメンが犬と猫のきぐるみにしか見えないだなんて。むしろ恐怖心さえ抱いてますなんて。言えるわけが無い。そんなこと言ったら完全に頭のおかしい人だ。


「紫田先輩はね〜、黄山先輩とは違ってあの不思議なミステリアスな感じがいいのよね。艶のある黒髪に僅かに潤んだあの切れ長の瞳·····。私は黄山先輩推しなんだけど、紫田先輩も本当に素敵だと思うわ」

詳しい解説をありがとう。お陰で容姿の把握ができました。


心の中で密かに解説員、由乃にお礼を言いながら紫田先輩の容姿を思い浮かべる。なるほど。それはぜひこの目で見てみたいけど悲しきかな、私にはどう見ても黒猫のきぐるみにしか見えない。

切れ長の瞳なんて、プラスチックで出来た丸々としたぱっちりおめめにしか見えないし、そもそも黒いのは髪どころか全身だし。

唯一分かったことと言えばイケメンは声もイケメンだと言うことくらいだろう。


「そう、なんだ。·····あ、そう言えば由乃は黄山先輩と何を話したの?」

これ以上話を掘り進められると私が困るのでそれとなく話題をそらすと、由乃は嬉しそうに破顔した。

「あのね〜、私が今日のゲームも素敵でしたって言ったら微笑んでありがとう、嬉しいよって言ってくれたの!!えへへ、目が合っちゃった」

本当に幸せそうに笑う由乃に私は良かったね、と笑い返すとまたそれとなく話題を逸らした。

由乃もそれ以上はその話題に触れることもなかったおかげで私はそれ以上訝しげに見られることは無かった。

·····本当に、なんで私だけあんな風に見えるんだろう。


憎たらしいくらいに晴れ渡る空を見上げた私は一人、ため息をついた。


◇◆◇


次の日。

いつも通りの時間に登校して自分のクラスへ行くと、私の席で猫のきぐるみが居眠りをしていた。

·····え。なんで?


ザワつく教室、何故か目の前で眠っている猫のきぐるみ、隣ではしゃぐ由乃。

お分かりいただけるだろうか、このカオスを。

私は背中に沢山の視線を感じながら猫のきぐるみに近づく。

どこからどう見ても昨日見た黒い猫のきぐるみだ。

えっと、紫田先輩だっけ?私には相変わらず猫のきぐるみに見えるけれど、周りからは学園で一位、二位を争うほどのイケメンが私の席ですやすやと寝ているように見えるのだろう。·····多分。そう見えているはずだ。


「·····あの、先輩?起きてください」

私が声をかけると、先輩は少し身じろいだ。

「教室間違えてますよ、ここは一年生の教室です」

もごもごと眠そうに動く先輩に私はもう一度声をかけた。

「·····あ、真理?」

すると、猫のきぐるみがイケボで私の名前を呼んだ。なぜ私の名前を知っているんだ。恐怖。

「えっと、先輩?」

「うん、なに?」

可愛らしくコテンと首を傾げた猫のきぐるみ。あざといな。

「なんで私の名前を知ってるんですか」

私が問いかけると猫のきぐるみは横を向いた。

その目は由乃に向いている。由乃はそんなきぐるみにぽっと頬を染めていた。正直、視界の違和感が半端ない。違和感しかない。


「この子が君のことを真理って呼んでたから」

「あ〜、なるほど。·····でもどうしてここに?えっと、あなたは二年生ですよね?」

一応、確認すると猫のきぐるみはこくりと頷いた。

「君が昨日、ハンカチを落としていったから届けようと思って」

「え?」

先輩の言葉にそういえば昨日、帰ってからハンカチがないことに気づいたんだった、と思い出した。

「わざわざありがとうございます。このハンカチとてもお気に入りなので届けていただいて本当に嬉しいです」

思わず子供のようにはしゃいでしまった私に猫のきぐるみは「よかった」と呟いた。

少し微笑んでいるように見えなくもないけれど、そもそもの顔面のベースが猫のきぐるみだからあまり表情を読み取ることは出来ない。

でも隣で由乃が「笑顔を見れるなんて·····。美しすぎて目が潰れる」と低い声で呟いていたので恐らく笑っていたのだろう。

·····イケメンの微笑み、私も見たかった。こんな猫のデフォルメフェイスじゃなくて!


悔しさからぐっと唇をかみ締めていると、猫のきぐるみがわたしを凝視していることに気づいた。

な、なんだ?私の顔になにかついてる?


ペタペタと自分の顔を触って確かめるも、何もおかしな所はない。


んん?と首を傾げていると、猫のきぐるみについているしっぽがゆらゆら左右に揺れているのが見えた。

·····え、しっぽ動くの?

思わず、ゆったりと動くしっぽをガン見してしまう。

あれ、どういう仕組みで動いてるんだろう。やっぱり感情と連動してるのかな。でもそうなるともう、きぐるみっていうか唯のでかい猫じゃね?え、そう考えると怖さが増すような·····。

「ちょ、ちょっと。何見つめあってるの·····?」

しっぽについて様々な考えが頭に浮かぶ中、隣にいた由乃から訝しげに声をかけられた。

·····あ、やべ。めちゃくちゃトリップしてた。


由乃の言葉に我に返った私は取り敢えず、改めてもう一度紫田先輩にお礼を言う。

「ハンカチ、本当にありがとうございました」

「うん」

「·····」

「·····」


紫田先輩は返事をした割に席から動こうとしない。

··········あれ、なんでこの人帰らないの?用事はもう私にハンカチ渡した時点で済んだよね?

なんかお礼した方がいいの?


微動だにしない先輩にどう反応していいか分からないでいると、HRを知らせるチャイムがなった。

「あ、なっちゃった」

黒い大きな猫はしっぽをへたんと下げて一言そう呟くと、やっと私の席から立ち上がってくれた。本当にマイペース·····。


「じゃあ、またね」

「はい」


またね、という言葉に頷きながらも私はもう話すことも無いだろうと紫田先輩に手を振った。





それなのに。



次の日もまた次の日もそのまた次の日もなぜか私が登校すると、私の席で猫のきぐるみが気持ちよさそうに寝ていた。

·····いや、本当になんで。


「·····紫田先輩、起きてください」

私は眠る猫のきぐるみに近づくと躊躇いなく触れる。

最初は触れることも躊躇っていたんだけどこの人相手にそんな様子見している事が馬鹿らしくなってココ最近は普通に揺り動かして起こしている。

そして驚くことなかれ。

見た目は完全に猫のきぐるみであるこの紫田先輩だが、触ってみると完全に人間だと分かる感触が伝わってくる。

実際、今も肩を揺らしているけど手に伝わってくる感触は制服の感触だ。

何が原因なのかよく分からないけど、取り敢えず新しい発見があったのは少し嬉しく思う。


私にかなり強く揺らされた紫田先輩は「むぅ」と唸ると渋々顔を上げた。

ちなみにクラスのみんなはもう最近は「またやってるよ」みたいな雰囲気をだしてくる。由乃もそこまではしゃぐことなく私の隣で「先輩、起きてくださーい」と声をかけている。

ちょっと待って、やだよ。私はこれを日常になんてしたくないからね?皆、そんな慣れた雰囲気出さないでよ。


「あ、真理おはよう」

「おはようございます、先輩何回も言ってますけど寝るなら自分の教室で寝てくださいね。ここ一年の教室ですよ」

「ん〜」

先輩は私の言葉など聞いていないようにしっぽを揺らしながら目を擦る。

「せーんーぱーい?」

「まあまあ、いいじゃないの。目の保養になるし」

再度、先輩に詰め寄るも隣から由乃が先輩を援護する。

う、裏切りやがったな·····!


「良くないでしょ!この状況かなりおかしいからね?!」

「真理は嫌なの?俺がここに来ること」

声を荒らげた私に先輩が問いかけてくる。デフォルメされた猫の顔できゅるんと首を傾げられた私は何も言えなくなってしまった。その上、声も寂しげとくれば誰が頷けよう。

「嫌、ではないですけど·····」

思わず口篭りながらそう答えれば、由乃がにっこりと満面の笑みになる。その隣の猫のきぐるみもどこか嬉しそうだ。

二人にまんまと乗せられた感じがして納得いかないでいると、ちょうどチャイムがなった。


先輩はなんだかんだ言ってゴネていてもチャイムがなると教室に帰る。だから今日も帰るだろうとほっとしていた私だったけれど、今日は何故か先輩は私の席から動かなかった。

「先輩·····?チャイム、なりましたけど」

「·····ずっとここいちゃダメかな」

「普通にダメですね」

私の言葉に先輩はショックを受けたように身を引いた。デフォルメされた猫の口元も今は三角形で固まっている。

「·····じゃあ、真理が教室までついてきてよ」

「普通にイヤですね」

私の言葉に先輩はまたガンッと効果音がつきそうなくらいショックを受けていた。ちょっと面白い。

「·····じゃあ、ここから動かない」

「いや、それは普通に困ります」

私が反論するも先輩は少しムスッとしたまま何も言わない。

どうしようか、と悩んでいると教室の扉が開く音がした。

その音につられて何気なく扉の方へ目をやった私は顎が外れそうになった。っていうか外れた。


だって·····、そこに居たのは犬のきぐるみだったから。


絶句する私とは反対に、教室はざわめき、黄色い歓声が所々で上がる。

もしかして·····、と由乃を見ると案の定由乃は目をハートにさせて犬のきぐるみを見ている。

「えっと、黄山先輩?」

一応、確認を取ると由乃は犬のきぐるみから目を逸らさずに頷いた。

·····あ、やっぱり?


「あ!!!理生、こんな所にいたのかよ!」

そして、あろう事か犬のきぐるみは紫田先輩を見つけるとズンズンとこちらに向かってきた。

待って待って待って。一回止まって、まじで、お願いしますから。


早歩きで向かってくる犬のきぐるみに恐怖を覚えて私は後ずさる。


なんて言うか、紫田先輩はまったりしてるし、動きもゆっくりだから最近は慣れてきたけど、黄山先輩は動きでかいし、声もでかいし、パワフルだからやっぱり滅茶苦茶怖い!!

想像してみて!でっかい犬のきぐるみがめちゃくちゃ元気に近づいてきたらちょっと怖くない?!


そんな私の状況を知る由もない由乃は隣で「え、どうしよう」なんて焦っている。

·····本当にどうしようだよ。まじで出来ることなら教室の隅っこまで逃げたいんですけど、ダメですかね?ダメですね、はい。

せめての抵抗としてバレない程度にジリジリと後ずさっていると、突然ガシッと誰かに手首を掴まれた。

「ひゃいっ!!」

緊張状態の中でそんなことをされて変な声をあげてしまう。

誰だ?と若干の恨みを込めて手首をつかんだ人を見れば、私の手首をつかんでいたのは意外なことに紫田先輩だった。

やっぱりというか、なんというか見た目は猫のきぐるみでも掴まれている感覚はしっかりと大きな男性の手だ。

「紫田先輩·····?」

「どうしたの、明」

私の問いかけには答えずに紫田先輩が黄山先輩に話しかける。

お互い下の名前で呼びあっているあたり、仲がいいのだろう。

意外な繋がり。やっぱり類は友を呼ぶ的なあれなのかな。


なんて思っていると、黄山先輩が「どうしたもこうもない!」と声を上げた。

私はその声に大袈裟なくらいビビる。

突然大きな声出さないで欲しいです·····、怖いです·····。

思わずまた一歩後ずさると、紫田先輩の手首を掴む力が少し強くなった。

「普通にこのままじゃ遅刻扱いだぞ。まったく、最近朝いないと思ったら一年の教室にいたんだな、なんで?」

紫田先輩のほわほわしている喋り方とは真逆のハキハキと話す犬のきぐるみ。

紫田先輩は黄山先輩の質問に一度欠伸をした。

「別に、明には関係ない」

犬のきぐるみは紫田先輩の言葉に「なっ?!」と謎の言葉を発し、固まった。

·····これは、とてもショックをうけている様だ。

先程の紫田先輩の様子を思い出してデジャヴを感じながらそんなことを思っていると、キッと黄山先輩に睨まれた。·····多分。

紫田先輩と同様に黄山先輩のイケメンフェイスも私にとっては犬のデフォルメフェイスにしか見えない為、正直表情の変化はよく分からない。けど、多分私は今、睨まれてる。

黄山先輩は目線を紫田先輩に掴まれている私の手首にやった。

「·····その子は?」

黄山先輩は目線を私の顔に戻して、そう質問する。

え、待ってください。私を巻き込まないでください。私、本当に何もしてませんって。


こっそりと黄山先輩の視界に入らないところに行こうにも、紫田先輩にしっかりと掴まれている手首のせいで自由に身動きが取れない。

ひたすらに気まずい雰囲気の中、私は黙り込むことしか出来なかった。

「·····なんで明に紹介しないといけないの。もう戻るから、先行ってて」

「·····なっ、なっ?!」

紫田先輩の言葉に分かりやすくギョッとした黄山先輩はしばらくショックを受け、固まっていた。

そして、今までは気づかなかったけれども黄山先輩も紫田先輩同様にしっぽがついてるらしく、しっぽまでピーンと固まっていた。黄山先輩は犬のきぐるみだから紫田先輩よりは少し短いしっぽだ。


数秒後、衝撃から戻ってきた黄山先輩が再び私をキッと睨みつけた。

「ま、負けないからな!」

ビシッと指をさされて、謎の宣戦布告をされた。

えっと、こういう時はどう反応すれば?


対応に困って黄山先輩を意味もなく見つめてしまう。

が、その時私の目にシュンと垂れている犬のしっぽが飛び込んできて私はそんな状況じゃないと分かっていながらも、思わずにやけてしまった。

だって、どれだけ虚勢を張っても全て素直にしっぽに現れてしまっているのだ。きっと今も威勢よく見えているけど心の中では落ち込んでるんだろうなと思うと、怖いはずの犬のきぐるみも少し可愛く見えてくる。

「なっ、何笑ってるんだよ!」

しかし、黄山先輩は馬鹿にされたと思ったらしく怒られてしまった。

「笑ってないですよ」

「笑ってた!」

「見間違いですよ」

「嘘だ!」


私の否定の言葉を信じずに怒る黄山先輩だけれど、しっぽがまるで怯えるように内側に丸まりこんでるのをみて私はついに我慢できなくなり吹き出してしまった。

どうしよう、物凄くからかうのが楽しい·····!!


そんな私の様子に対して黄山先輩がさらに怒っている声が聞こえてきた。

これはやばいと、必死に笑いを堪えようとするもなかなか上手くいかないでいると、不意に視界が真っ暗になった。

「え?」


突然のことに何が起こったか分からないでいると、背中に手が回ってきた。どうやら私は誰かに抱きしめられているらしい。


混乱している私の耳に「笑わないで」と紫田先輩の声が聞こえてきた。

「俺以外の前で俺以外の人に笑いかけないで。そんな可愛い顔しないで」

そう言うと、ぎゅっと抱きしめる力が強くなる。

私はこの時、ようやく私を抱きしめているのが紫田先輩なのだと理解はできたものの、状況を受け入れるには私は少し混乱しすぎていた。

まず、今私は紫田先輩と密着しているわけだけれども、どうしてこんなことになっているのかもよくわかっていないし、体に当たる感触は全て人間の男性のものと同じだ。体温だって伝わってくるし、なんなら心臓の音だって聞こえてくる。

紫田先輩を猫のきぐるみとして認識していた私にとっては非常に混乱する状況だった。


「もう明嫌い」

そんな私の頭上で突然ボソリと紫田先輩が呟いた。

「えっ?!!!」

それに大袈裟な程に反応した黄山先輩は「き、らい?」と呆然と繰り返す。

「理生に、嫌われた·····?」


一気に勢いをなくし、真っ白な灰になる一歩手前の黄山先輩はそのままふらふらと教室の扉へと向かってゆく。

ぶつぶつと「嫌われた·····」と呟きながら帰って行く姿はかなり危ういけど、由乃や他の女子は心配そうにその様子を見守っている。

犬·····。強く生きろよ。

なんだか気の毒になってしまった私はそっと犬のきぐるみの背中にエールを送った。


「·····」

「·····」

犬、退場。

そして、沈黙。


先程まで犬のきぐるみの登場に頬を赤くしていた女子たちも展開についていけていないようでぽかんとしている。

何だこの状況。

·····ていうか、私はいつまで猫の着ぐるみに抱きしめられてるのだろう。


ムゴムゴと腕の中で僅かに抵抗すると意外と紫田先輩はあっさりと私を解放してくれた。

「えっと、あの先輩のこと追いかけなくて良いんですか?」

取り敢えず気になっていたことを問いかけると紫田先輩はこくりと頷く。

「うん。明はいつもあんな感じだから」

「い、いつも·····」


いつもあんな感じって相当うざ、面倒臭い気がする·····。

「長い付き合いなんですか?」

「幼馴染だよ」

「へぇ〜」

紫田先輩と黄山先輩の意外な繋がりに驚く私と同様に、由乃やほかの女子も驚いていた。どうやら、この情報は由乃たちも知らなかったらしい。

「あ、というか先輩。そろそろ教室戻らないと本当にやばいですって!」

さっき、黄山先輩も遅刻扱いになるって言ってたし。

私は紫田先輩の背中をグイグイと押して扉へと向かわせた。

「真理」

「なんですか」

が、紫田先輩は途中で立ち止まると、私の名前を呼び、振り返る。


急になんで立ち止まったんだ?

首を傾げていると先輩は私の手を取った。

そして、その手を口元へ近づけ·····



チュッ



柔らかな何かが可愛らしい音を立てて、手の甲に触れた。

きぐるみの感触なんかじゃない、柔らかな何かが。


今のっ·····!


一気に自分の顔に熱が集まるのを感じる。

思わず猫のきぐるみを睨み付けるも、彼は満足気にしっぽを揺らしているだけだ。

くそ。こんな、おめめパッチリの猫のきぐるみに顔を赤くするなんて·····。不覚!



あまりに猫のきぐるみが楽しそうにこちらを見てくるので、もはやなんと言えばいいのかも分からなくなっていると、先輩と目が合った。すると先輩は私の手をぎゅっと握り、

「真理、かわいい」

と言って、私の手に頬ずりをした。

「先輩っ!!!」


こんの、猫は!!人が黙ってるからって調子に乗って!

あまりの先輩の自由さにいい加減にしてください、と怒鳴ろうとした私だったけれど次の瞬間、言おうとしていた言葉をのみこみ、固まってしまった。


なぜなら一瞬だけ、綺麗な顔つきをした黒髪男子がとても嬉しそうに笑ったのが見えた―――気がしたから。


「·····え」

呆然と呟く。

が、次の瞬間にはもう元の黒い猫のきぐるみにしか見えなくなっていた。


「じゃあ、また後で来るね」


幻覚か?と目を擦る私をもう一度軽く抱きしめると先輩は先程とはうってかわって、ご機嫌な様子でしっぽを揺らしながら帰っていった。




いつか、先輩の素顔を見れる日は来るのだろうか·····?




この問いに答えを返せる者はまだ誰もいない。 





















































気が向いたら·····、続きを·····、書いてみたいです·····。

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― 新着の感想 ―
[一言] 面白かったです。 ……続編、書かないんですか?書いて頂いたら喜んで読ませて頂きたいです。
[気になる点] 続き読みたいです!いつまでも待ちます! [一言] 猫系男子好きです。カッコいい---
[一言] 書いて欲しいですぅぅぅぅ
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