7話 生還と独り身
「ゴアァァァ……ガァ?」
「やべぇよやべぇよ……見つかったら即死敗北ルートじゃねぇかこれ……」
「見つかりたくなかったらもうちょい静かにしとけ。ついでに意味あるかわからんが祈っとけ」
ルヴィス達は今、見つかったら即死なかくれんぼをしていた。
相手はレッドゴブリンの上位種が通常ではあり得ない力を持って進化してしまった特異種であるブラッドオーガとその取り巻き達だ。先程から何かをずっと探し回っていて、何回か二人が隠れている茂みにも近づいてきている。一応ずっと小声で話しているのでバレてはいないが、見つかってしまうまではそうかからないだろう。
「うへぇ……ちょっ、何してんのあの返り血鬼」
「ん?……あ、死んだな。アイテムはドロップするのかな?だったらやだなぁ」
「言ってる場合かシオン!?ヤバイヤバイヤバイ……」
「グガガガガ…!ゲェア!」
見つかったのだろうか、茂みに向かって手に持った棍棒、というよりかは金棒を顔に笑みを浮かべながらブラッドオーガは振り下ろした。
ヒュッ!ドガァァァァァン!!
「ブギィィィイ………」
「グッグッグッ、ゲェ、ガァ!」
確かにブラッドオーガは茂みに向かって振り下ろした。しかし、それは二人が隠れている隣の茂みだった。そこには猪らしき動物がいたらしく、それを回収し満足したブラッドオーガは取り巻きに何かを呼びかけ、この場から去っていった。
「…………ん?声が遠ざかっていく…おい、ルヴィス、なんとかなったっぽいぞ」
「潰れたときはどんな……っえ?マジで?助かった?」
「隣の茂みに猪っぽいのがいたらしくてな、それを回収してどっかいったぞ」
「………うあぁぁぁ、死ぬかと思ったぁぁ…!!」
「ほんとにな……さて、危機も去ったしまたエネン草を集めるぞ」
「あぁ、そ、そうだ「大丈夫かい二人ともぉぉぉ!!?」な……あっはい、大丈夫です」
ルヴィスが気合いを入れ直した瞬間、周囲に凄まじい量の魔法をスタンバイさせた状態で全力で移動してきたと思われるレミアが現れた。その顔を見るに、本気で二人を心配していたのだろう。ただ、全力を出していた影響だろうか、レミアが来た方向は地面が少し抉れていたり木が粉砕されたりしている。
「あぁ、良かった。さっきとんでもない音が聞こえてきたからね、こりゃ亜種どころの騒ぎじゃないって思って本気で戦う準備をして来たのさ」
「あー、正解ですレミアさん。鑑定してみましたが個体名はブラッドオーガ、特異種だということまでは分かりましたけど、ステータスとかは全く見えませんでした。一応スキルLvは上がってきてるのに…」
「シオン、お前よくそんな度胸あったな……あれモンスターにかけるとたまに隠れてても敵対されて襲いかかってくるよな?」
「そんな呑気にしてる場合ではないよ二人とも……特異種なんてここ二十数年出てきていないんだぜ?出てきたら即緊急討伐クエストが出して、金か黒ランク以上の冒険者でパーティーを組んで全力でぶっ倒すか、最後の手段として街を放棄するくらいしか対処法が取られていないんだよ?」
特異種は数十年に一体か二体ほどがどこかで出現し、近くの国などに甚大な被害をもたらす非常に厄介な存在で、過去にはその個体だけで国を二つ滅ぼしたという記録も残っている。とレミアは二人に付け加えるように説明した。
「とにかく、今エネン草集めをするのは流石に危険すぎる。ここは一旦街に戻ってギルドに報告しに行こう。いいね、二人とも」
「分かりました。流石にあんなやつに襲われたら瞬殺されそうですし、強い人たちが倒すのなら自分たちが無闇に出しゃばるわけにはいきません」
「まぁそうだよな。じゃあ、街に戻りましょうレミアさん」
その後、特に何事もなく街に戻った三人は、アニスの森深部にブラッドオーガが出現したことをギルドに説明した。その報告が本当だということが確認されると、すぐに緊急討伐クエストが依頼ボードに貼られた。これから金ランク以上の冒険者に招集もかけるようなので、ひとまずこれで大丈夫だろう、とレミアは言った。
「むぅ、まさかこんなピンポイントであんなのに遭遇するとはね……君たちもこちらに来てからまだ三日目だろう?すまないね、こんなことになってしまって」
「いえ、別にいいですよ。他のプレイヤー達は掲示板で色々言ってますけど、遭遇した身からするとあんなの現段階で挑んでも負けイベント的な感じになるでしょうし」
「そういえば達成報酬を忘れていたね。はいこれ、一人700Gだ。これだけあれば色々と困らないだろう」
「え?でも、こっちは四本しか集めてないですよ?」
「これはあれさ、無闇に突撃せずちゃんと生き残ったことへの報酬さ。情報もくれたし、なによりこちらから一方的に頼んでおいて払わないなんて失礼な話だからね」
「そういえば、俺とシオンも集めてたエネン草は何の材料になるんですか?この街でしか採れないのならば結構すごい効能な気がしますけど」
「そういえば言ってなかったね。これはー、えーっと、何に使うんだったかなぁ………思い出した!ニトロポーションだ!」
「爆薬になるんですか?だとしたら他所にもありそうですけど…」
「それが意外なことに液状爆薬はエネン草を使ったポーションしか無いっぽいんだよねぇ。あ、ちなみにこれ、狭心症の治療薬にもなるんだよ。便利だよね」
「レミアさん、それって要するにニトログリセ」
「おおっと、それ以上はいけない。そういうもんだと思わなきゃやってられないのが盛り沢山なのがこの世界だ。地球での常識は人としての品性とマナーだけ持ち込むべきだよ?そうだ、もう暗くなってきたしんだ。折角だからうちに泊まっていかないかい?お金はとらないからさ」
若干触れてはいけない場所に触れかけたのだろうか、レミアは話を逸らした。しかし、逸した先の話題は二人にとってもありがたいものだった。宿泊費を浮かせられるのならそれに越したことはないし、なにより誘いを断るのも悪いだろう。
「いいんですか?こっちとしてはとてもありがたい話ですけど……」
「もちろんさルヴィス君、というか第二の家としてくれても大丈夫だよ?」
「いえ、流石にそれは…」
そうルヴィスが言いかけると再び徐々にレミアの目が死んでいくのが見えたので、慌ててルヴィスは言い直した。
「分かりました、そうします、第二の家にしますからその据わった目というか悲しそうな目でこちらを見るのをやめてください」
「ほ、本当かい!ありがとう、友人ができてから余計に一人なのが悲しくなってきてね。さぁ、そうと決まったらすぐに行こう!」
そう言いながらレミアは何故か鼻唄でクリスマスソングを唄いながらとても嬉しそうに歩いていくので、二人もそれに付いていった。
「ルヴィス、これでいいのか?確かに宿代の心配が無くなるのはいいことだが……」
「多分これが正解だと思いたい。あそこで断ったらこっちの心がめっちゃ痛むような表情になってたから……」
「あー、うん、確かにそうだったな。まぁ百年以上もソロだったところに俺たちの存在だからそりゃああなるか」
「何か言ったかーい二人ともー!まぁ今は気分がいいから何を言ってても問題は無いんだけどね!ハッハッハ!」
よっぽどキツかったんだな…と二人は思いつつ、三人はいつもの薬屋の前に到着した。
レミアの鼻唄を聴いて泣いていたプレイヤー達が周囲に沢山いて怖かった。と後にルヴィスは言っていたようです