6話 勘と実力、死の予兆
アニスの森の中を三人組が歩いていた。
その三人組は女一人、男二人で行動していて、女の方は何やら怪しげな笑みを浮かべながら先頭を歩き、その後を二人が若干不安そうにしながらついていく。
あるところで女が立ち止まり、二人の方を振り返った。翡翠色の髪と瞳が美しい女の顔には、未だに見た者が不安になる笑みが浮かんでいる。
「さぁ着いたぞ。ここはアニスの森のだいぶ奥まったところ、君達がクエストを受けてた場所よか多少強い敵も出てくるだろうが、まぁ君たちなら何とかなるだろう!鬼化もあるのだからね!」
「うわぁすっごい不安……ところで、どんな植物を探しているんですか?まさかマンドラゴラとか言いませんよね?」
「ハッハッハ、流石にあんなぶっこ抜いただけで状態異常てんこ盛りで更に敵を呼び寄せるヤバいやつを探してくれなんて言わないさ。探してほしいのはエネン草と呼ばれている植物でね、軽く説明したとおりこの森にしか生えない植物なのさ。見た目は………そうだね、如何にもこれがエネン草だ!って感じのやつを探してくれ」
「いや、それで採取できたらどれだけ楽なんですかレミアさん?いやまぁ、『鑑定』持ってるんでどうにかしますけど」
男二人の最後に喋った方――シオンが呆れを含みながらそう言うと、レミアも多少困ったような表情をした。
「いや、正直エネン草を例えやすい植物が他にないレベルで独特でね?冗談抜きで直感で分かるようなやつなのさ。ほら、地球にもいただろう?」
「分かるような分からんような……結局『鑑定』使うことに変わりないですけどもね」
「探すのは良いとして、この三人組のまま探すのか、俺とルヴィスとレミアさんそれぞれ別れて単独行動で探すのか、どっちになりますか?レミアさんは単独でもなんとかなると仮定して、こっちはペア行動のほうが死亡率も減って助かるのですが」
「ふむふむ、どうしたもんかな……あ、そういえば言い忘れてた。君たちプレイヤーはHPが0になっても実際に死ぬわけではないんだ。でも、当然だけどそれ相応の痛みは街にある神殿での復活時に襲いかかるから気をつけなよ?」
二人はこちらに来てからずっと気にかけてはいたが、知るための手段が見つからなかった死亡時にどうなるかを偶然とはいえ聞けて安心した。だからといって無駄に死ぬようなことはしたくないのでどちらにしろ安全行動をすることに変わりはない。そのことも込みで話し合った結果、シオンの提案通りの組み合わせで探すことになった。
「さて、ノルマとしてはー……そうだね、見つけるのも地味に難しいからそれぞれ五個集めたらここに戻ってこよう。私特製のポーションがあるとはいえ、危険だと思った戦闘は避けてくれよ?あ、そうだ。確かチャット機能があった筈だから、それに私を登録しておいてくれ。やり方は教えるからさ」
「分かりました。ヤバいと思った時か集め終わったときに連絡します。では……なんかこっちに来てるっぽいんですけども」
「ん?あぁ、赤帽か。安心してくれたまえよ、『アースアロー』」
レミアがこちらの方を見たまま魔法を使うと、彼女の近くに数本の土で出来た矢(というかもはや鉄棒ほどの太さであるが)が生成され、彼女の背後の草むらから出てきたばかりの真っ赤に染まった棍棒を持ったゴブリン達に直撃させ、その五体を爆散させた。体格的にもゴブリンの上位種であることは間違いなかったが、それでも一瞬で見ることもなく殲滅した威力に二人は唖然とした。
「さて、じゃあそれぞれ集めに行こうか!」
「いや待って、なんかすごい光景が見えたんだけど?何今のごん太土棒、魔法の名前的に矢なんだよね?それをえーと、5本くらい一瞬で出してしかも見ずに当てるって……」
「おや、言ってなかったかな?これでも種族的に魔法の扱いには自信があってね。いろんな危険地帯でのソロ素材集めの経験や暇つぶしでの魔法制御を舐めてはいけないぜ?」
「でも危険地帯に行くなら仲間を雇えばいいのでは……?物理しか効かない敵とかもいそうですし」
そうシオンが言うとレミアの目から光が消え、表情が一気に暗くなり肩を落とした。どうやら特大の地雷を踏み抜いてしまったようだ。
「いやまぁね?確かに仲間を雇えば楽にもなったかも知れないさ。でも実はかなーーーり人見知りする方でね?怖くて出来なかったのさ。おかげさまで魔法が効かない相手にも地形ダメージが通ることを知ったわけだけどもね。ハハハハハ……ちくしょう!」
「なんか………すいませんでした。まさかそんなことがあったとは」
「(というか地味ーにすごい有力情報をゲットしたんだがな……覚えておくか)シオン、レミアさん、そろそろやりましょう。集める時間が無くなりますよ?」
「というかそうなってくると君たちのような二人組も若干妬まし……ハッ!そ、そうだね、じゃあ気を取り直してレッツゴー!」
据わった目で若干不吉なことを呟いていたレミアも気を取り直し、三人はそれぞれエネン草を探しに散らばった。
「シオン!そっちは大丈夫かー!?」
「なんとか大丈っ夫ゥ!あっぶねぇ!やっぱ強いなこいつら!」
「グウゥゥ……ガァッ!」
「『スラッシュ』!……はひぃ、やっと倒せた……鬼化が無かったらヤバかったかも…」
「はぁ、はぁ……その気の抜けた声なんとかならんかルヴィスよ。なんだよはひぃって」
「しょ、しょうがないだろ。自然に出てくるもんなんだから」
二人は道中それっぽい植物をレベルアップにより上がったMPを少しずつ消費し『鑑定』をかけていき、ついにエネン草を見つけたがそこでレッドゴブリン達との戦闘になってしまった。
レッドゴブリンはゴブリンの上位種であり、血に染まった赤い棍棒を持ち、ある程度の集団戦もこなす厄介な敵だ。もっとも、そんな敵をあっさりと爆散していたレミアのせいで二人はその脅威度が分からないまま戦闘になり、今まで使ったことのなかった『鬼化』も使いなんとか撃破した。
二人は最初その力の上がり具合に慣れなかったが、死にたくない一心でなんとか慣らすことに成功した。
「あ゛ーー……これ絶対俺たちのレベルでなんとかなる場所じゃないと思うんだけど…」
「俺もそう思ってる……レミアさん、とんでもなかったんだなぁ。こいつら最初に覚える魔法で一撃って……」
「しかも詠唱なかったよなぁ。まぁいいや、シオン、さっさと集めてまた探すぞ。見た感じ妖怪一足りないに取り憑かれてるっぽいし」
「またなっつかしいものを……まぁいいや。この調子だとレミアさん既にたくさん集めてそうだなぁ」
「常に魔法スタンバイしてエンカウントアンドデストロイしてそうだよなあの人……」
雑談を交えながら二人は四つのエネン草を集めてまた探す作業に戻ろうとすると、レミアからの連絡が来たので二人は出ることにした。
【レミアさん、どうかしましたか?】
【すまない君たち、今この森に赤帽のさらに上位種、いや、亜種がいるらしい!まさかそんなやつがいるとはこちらも思っていなかった。十分に注意して行動してくれ!何かあるといけないからそちらに合流する!】
【マジですか……分かりました、警戒しながらいきます】
「………マジかぁ、アレよりも強いとなると流石に死ぬ気がするぞ?」
「あーーー、そのことなんだがなルヴィス、なんか聴こえないか?雄叫びみたいなのが……」
そう言われルヴィスが集中すると、確かに木と思われる物を踏み倒しながら進む音と同時に雄叫びが聴こえてくる。しかもその音はこちらに近づいてくるようだ。二人は咄嗟に近くにあった茂みの中に隠れ、様子を伺うことにした。
「おいおい、運の値は少しは高いはずだけど…戦闘関連も関わってくるのか?こういうラノベ主人公的な運とかも」
「さぁ、どうだろうな……静かに。やっぱり来やがった、これは死んだかもな……」
隠れる二人の前には、レッドゴブリンよりもがっしりとした体格に赤を通り越してもはや赤黒くなった棍棒と腕の皮膚や額から生えた二本の角。そして数体のレッドゴブリンを取り巻きにつけた亜種、ではなく更に凶悪である特異種―――ブラッドオーガがそこにはいた。