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深淵のアリス  作者: 沢森 岳
9/33

9 再会

三十日ぶりのお嬢様です。


 緩くウェーブのかかった横髪が、肩口に触れて少し跳ねている。健康的に焼けた肌色に対し、髪の色はそう、確かにグラハムと同じ色だ。


「あら、あなたは、郵便屋さん?」

「またお会いしましたね、メルファさん」


 前回会った時と比べると、更にもう少しだけ日に焼けただろうか。後ろ髪を一つに纏めているのは徐々に伸びてきたからだろう。化粧も飾り気もないが、彼女の魅力はちっとも損なわれないように思える。

 見開かれた彼女の瞳は、好奇心が警戒心を上回っているであろうことを主張していた。

 嗚呼、可愛い。


 きっと彼女は訝しむだろう、そう思っていたレオンは精いっぱいの営業スマイルで向き合った。

 まったく、また会えたらいいな等と思ってはいたけど、本当に会えるとは思ってもみなかった。そもそも、こんな短期間に、こんな辺境の惑星に再び訪れる事になるとは夢にも思わなかった。

 ここのところ、夢にも思わない事が目白押しだ。


 レオン達の乗るスレイプニール号は、惑星ノアの閑散とした宇宙港には目もくれず、さも当然のように大気圏へ突入して直接地上へ降下した。

 そして降下した先にはランツフォート家の別荘が構えてあり、その隣接する駐機場に降着すると、今度は別荘まで専用の通路が続いていた。


 つまり星から星へ、ドアツードアで移動してしまったわけだが、ランツフォート家の一員としてはそれが特別な事とは思わない様子であった。まるで自家用車で別荘にでも行くような気軽さだが、もちろんそんなことは無い。

 レオンとしては、「住む世界が違う」とはどういう事かを実感するばかりである。


「兄様。これは一体・・・」

 レオンの目の前で彼女は、年の離れた兄に向って問いかけたが。


「おお、メルファ。無事で何よりだ」

「うむ、うむ」


 クーゲルは今にも涙を浮かべそうな表情で、ひし、と彼女の手を握りしめた。


 男三人がお互いに頷きあっているのを目の前にして、彼女は今度こそ訝しんだ。

「いったい…何が、あったのですか?」



 惑星ノアにあるランツフォート家の別荘は、北半球の中緯度域にある大きな島に存在している。陸地面積が30%を下回るこの星に於いてももっと大きな陸地はあるが、火山活動と地殻変動の少ないプレートを選んだ結果なのだそうだ。


 なぜ実験中の、テラフォーミング中の惑星に別荘があるのかとレオンならずとも思うところであろうが、問われたクーゲルはこともなげに答えた。


「この星は、ランツフォート家の所有物です。のみならず、アルラト星系全体が別荘と言えますな」


 えーっと?


 レオンは少し考えた。クーゲルの言葉を頭の中で整理するのに数瞬の時間を要した。

「見渡す限りが、とか、この島全体が、じゃなくて、惑星どころか星系全部!?」


 桁違いだ。一般人とはそれこそ五桁も十桁も違う。


「そうです。今この環境に至るまでに投下された資材、技術、人、資金などのすべてが」

 ランツフォート無くしてこの星は存在し得ない、そう言いたげですらあった。


「ランツフォート家のものです。がしかし、得られた知見は人類のもの。それは確かです」


 まさに、その通り。ランツフォート家であるからこそ、この惑星規模の実験などが行えるのだ。

 短期的な利益などは望めそうにはない。しかし、このテラフォーミングによって得られた結果は、いずれはランツフォート家に莫大なリターンをもたらすんじゃないだろうか。

 地球に酷似した可住惑星が一個出来上がるんだもんな。


 レオン達が今いる島はあらかじめ居住しやすいように調整されているようだが、それ以外の大部分を成す原野を開拓するのはかなり大変そうではある。


 その大きな島の比較的温暖な地域に建つ別荘は、百年を超えて風格をたたえ、陽光に耐えた屋根は色褪せつつも落ち着いた景観を呈している。トーラスの「お屋敷」に比べればまだ控えめな屋敷の一室で、館の主たちは今後の所作について言葉を交わす。


 すぐにでもトーラスへと戻ろうとするグラハムに対し、メルファ・ルイーズこと、メルファリア・ルイーズ・ランツフォート嬢は強硬に反対した。

 初見の印象とは違い、なかなかに芯の強いお嬢様らしい。


「今回は、護衛艦を手配する間もなく来ているのだよ。私たちの動きを知られる前に、トーラスに戻りたい」

「またいつ来れるのかわからないのに。とにかく、もう少し待って下さい!」


 隣室にまで漏れてくる兄妹のやり取りを耳にはさみながら、レオンとクーゲルは同じテーブルで待機していた。


「お嬢様は、なにかココに執着するような理由があるんですね」

「其の様ですな。しかし、いつまでも此処に居続ける訳には参りません」


「狙われているのだとすれば、時間が経てば経つほど居場所を知られる可能性は高くなるわけですからね」

「その通りだ。なんとか、お嬢様には納得して頂かねばなりませんな」


 隣室のやり取りは、いささかヒートアップしている様子で、こちら側としてもそわそわしてしまう。

 聞こえてしまうのだから仕方ないが、それでもやはり聞き入っては申し訳ないような気もする。

 黙っていてはなんとも気まずい。自らに急かされるようにレオンが切り出す。


「むしろ、ええとその、メルファさんが固執する理由を解消してあげられれば、いいんでしょうね」


 レオンとしては素直な気持ちの吐露でしかなかったが、クーゲルはその言葉にはっとした。

「…うむぅ、その通りだ」


 やおら腕組みをして難しい表情を浮かべたあと、レオンに向きなおる。微笑んだようにも見えた。

「そう、解決して差し上げることこそが上策だな。私とした事が、説き伏せる事ばかり考えてしまっていたようだ。しかし、どのような理由か。まずは聞いてみねばなりませんな」


「なにかしら手伝える事があれば、いいんですけどね」

 お嬢様に対して出来るだけ協力するという方向性で認識を合わせ、二人は頷きあった。


 と、軽やかに階段を駆け上がる足音が遠ざかっていき、しかる後に隣室からグラハムが疲れたような顔で入ってきた。


「どうしても調べたい事があるのだそうだ。私の言葉を聞こうとしない」

 声が僅かに荒れている。


 音もなく立ち上がり、初老の偉丈夫は主の座るべき椅子を引く。


「お嬢様の調べ物に、協力して差し上げられれば良いかとは思うのですが」


 一呼吸置いて、クーゲルが落ち着いた声で応じる。

 絶妙な間の取り方だった。

 グラハムはその言葉を租借し、一旦目を閉じ、再び開いたときにはいつもの落ち着いたまなざしに戻っていた。


「…そうだな。解決できれば、それが一番良い。詳しく事情を聴いてみる事にしよう」


 そう言ってから、グラハムは二人に経緯を話して聞かせるのだった。


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