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深淵のアリス  作者: 沢森 岳
7/33

7 スレイプニール号(1)

とんぼ返りすることになりました。


「さあキョロキョロせず、速やかに入りたまえ」


 強面の偉丈夫に否応なく急かされて慌ただしく移動した先は、先ほど手渡便の受け渡しを行った屋敷から、長く伸びる通路で繋がった駐機場であった。

 外を眺める余裕などは無かったので其の規模を測りかねたわけだが、駐機場とは言っても其処はレオンの想像を大きく超えた規模の、立派な宇宙港設備だった。


 そもそもこの星トーラスの宇宙港は、レオンのたどり着いたお屋敷から無人誘導装輪車で1時間ほどだったはず。その程度の距離にもう一つの宇宙港があると思う者はいないだろう。開発の進んだ星であっても、宇宙港の地上ステーションは各大陸毎にしか存在しないのが普通だ。


 しかしここは惑星トーラス。ランツフォート家の実質上の本拠地なのだ。


 レオンの運んできた手渡し便の配達先は、トーラスでは知らない者のいない、「お屋敷」と呼ばれているランツフォート家所有の豪邸だった。しかもこの豪邸は様々な来客を迎え入れる為の、迎賓館として使われる邸宅であって、ランツフォート家の者が住まいとしているわけではない。

 彼ら本物のVIPが住まうのは、「お屋敷」からは丘の上に見える、荘厳なまでの威容を誇る「お城」であった。


 丘陵地帯全域に及ぶ「お城」には広大な中庭がある。幾つかの庭園があり池があり、そして小規模な宇宙港施設があった。やんごとなき彼らは、自分の所有する宇宙船を以て、他者に煩わされることなく地上での離発着を行うのだ。


 その中庭の宇宙港で、レオンは外観を眺める余裕もないままに、とある宇宙船に飲み込まれた。席の割り当てもされずクーゲルに付き従っているうちに船は離陸し、そのままいつのまにか、成層圏へと上がってしまった。

 そこに至ってやっと、自分の乗っているのが自力で大気圏を離脱できるタイプの宇宙船の中なのだと分かった始末である。凝った内装のVIP用シャトル船かと思いきや、それは既にランツフォート家の所有する外宇宙航行船であった。


 宇宙船の中とは信じがたい、豪奢なラウンジ様の船室の中で、グラハムとクーゲルはスーツ姿のままだ。レオンはいつまでたっても落ち着かない。まあ無理もないが。


「ああそうだ、レオン君。君は国際郵便船乗船の任を解かれて、私の直属になっているからね」

 グラハムが業務連絡を、業務連絡的に伝える。


「え?なっている、って、そんな」

 辞令なの?軽くない?


「権限はある、私にな。私はUNPの理事でもある。つまり、君の所属している組織の取締役だ。私の名前は、グラハム・マークス・ランツフォートだよ、レオン・ウィリアムズ君」

「そういうことです」

 と傍らから追従する声があがる。


「UNPの理事・・・はは、そうですか。あ~・・・はい」

 やっぱ小指ほども動かさないんだわな。


 一時的な身柄の拘束というだけではなく、航海士補佐としての任も解かれてしまうのか。理事という幹部の直属といえば本来は喜ぶべきなのかもしれないが、航海士としての活躍を夢見ていた青年としてはやはりいささか不本意だ。

 センパイ、俺どうなっちゃうんでしょう・・・。


 あとで、別の郵便船に再配属になったとしても、また「新入り」から積み上げるんですかね?

 今にも泣きだしそうな、情けない顔をしていたんだと思う。


「どのみち、君の乗っていた郵便船は、君を置いて行かざるを得ない」

「そーでしょーね」


「だが前にも言った通り、君に非は無い。だから、埋め合わせをしたいとは思っているのだよ」

「はあ。・・・ありがとうございます」


 気の無い返事ではあったが、多少なり救われたような気はした。そして、グラハム、クーゲルの顔をそれぞれ眺めてから、意を決して彼は話しかけてみた。


「あのう、聞いてもいいですか?」

「なんだね?」

 とクーゲルが応じる。


「まさか、あなた方が彼女を狙う不審者、ってことは無いですよね?」


 じろり、と睨む双眸には気押されそうだったが、その真意は理解してくれたようであった。

「ふむ、そう考えるところはむしろ評価できるな。つまり、今はもう()()思ってはいない、という事だな?」


「はい。それで、であるならば、この船の行動は目立ち過ぎるんじゃないでしょうか」

 レオンの言葉にクーゲルが、いかにも意外そうな顔をした。


「そうなのか?」

 とは、傍で聞いていたグラハムの言葉だ。


 そもそも、一般的な貨客船は各惑星の衛星軌道上に浮かぶ宇宙港に入港、停泊する。惑星地表への降下と、その逆に地上から大気圏外への離脱には、当然だがその為の装備が必要になるわけで、軍艦以外にそういった装備を備えるのは、VIP用のクルーザーなど一部の船しかない。


 クーゲルは少し考え込んでから呟いた。

「我らはこの船でしか動きませんから、それを特に意識しませんでしたが、良からぬ事を企む連中からすれば、そもそもこの船は目立ちますな・・・」


「しかしな、連絡を取り合うよりも迎えに行った方が速いのは当然だし、ならばこの船が一番速い」


 この船はランツフォート家の所有する快速クルーザーで、スレイプニール号と言う。新しい船ではないが、高出力の駆動系を搭載していて足の速さはピカイチなのだとか。国際郵便船リーリス104もかなりの快速だが、さてどちらが早いかな等と詮無い事を、ふとレオンは考えた。


 もちろん、レオンとしてもグラハムを咎めようとしているわけではない。言われている通りの速度性能ならば、この船で迎えに行くのは良い選択だと思う。ただ、目立つこと、狙われていること、を認識して対策は講じるべきだろう。

 臆する心を抑えて、レオンはさらに続ける。


「その、彼女を狙う連中が何者なのかは知りませんが、VIPを狙おうというのですから、この船がマークされているという可能性は十分にありますよね。むしろ航行時こそ狙いやすいかも」

「ふむ」


「一般の船に偽装した武装船とか、海賊たちを雇うとか、どんな手段を用いてくるのかはわかりませんが」

「海賊・・・」


「でも、この船なら例えば武装船にも十分対応できるんでしょう?ランツフォート家の船ですし」


 船乗りの性であろうか、乗り込んでからというもの船のあちこちについつい視線が向かう。乗組員の身のこなしは、統制がとれていて軍人のそれの様であり、質の高さが見てとれる。また、船齢は比較的高そうだが、一見して内装の質は非常に高く、手入れも行き届いている。


 そういった点からは、不安感は全く感じない。乗組む者たちに対し不安を惹起させないというのは、星系間航行船においては地味だがとても重要なことだ。


 G7の一角、ランツフォート家の者が乗るのであるからと、周りからすれば備えの周到さを期待するのは当然だろう。だがしかし、クーゲルの返答はそんな期待に応えるものではなかった。


「この船は、足は速いが武装は心許ないですな。近接防御用のレーザーのみでありますから」

「え?そうなんですか」

 関係者外秘ですよねそれは。知りたくないです。


「・・・」

 この船の主人たるグラハムは、無言だった。


 近接防衛用のレーザーとは、衝突コースにある微小なデブリの破砕などの、障害物除去を目的とした装備だ。たとえば、デブリなどよりももっと問題のある、宇宙船にとって最も厄介なものの一つには宇宙機雷がある。

 これが厄介なのは、敵意の有無にかかわらずそこここに存在して害をなす可能性があるからだ。商用航路しか通らない貨物船でも、機雷排除にも使用できる近接防衛用レーザーだけは装備している。つまり、スレイプニール号はそれら商船と同程度でしかなく、武装と言えるほどのものは無いという事だ。


 クーゲルがちらりと主の方を見やる。すると、少しばつが悪そうにグラハムが言葉を絞り出した。

「私はこの船が気に入っているのだよ。それに、メルファが心配で、ね」


「もちろん、このスレイプニール号は、足の速い良い船です。が、問題はそこではありません。速やかなる保護を最優先とするため、護衛艦を置いてきた事です」


 やだなー。無防備じゃないですか。ノーガードじゃないですか。

 勿論口には出しませんけど。


「・・・」

 グラハムはさらに申し訳なさそうな様子。ばつが悪そうに首をすくめている。


 クーゲルは、レオンの方に向き直して言葉を続ける。彼としては、護衛艦を置いてくることには反対であったようだ。レオンに対して、概況を説明する。


「本船は、本来であれば護衛艦を随伴させるのだが、今回はノアへの到着を早めることを最優先として単独での航海となった。護衛艦は出港準備に時間が掛かるうえ、船足も本船のほうが速く、護衛艦に合わせては日数が多くかかるとの判断からだ」


 メルファリア嬢の速やかな保護のためには妥当な判断だし、この船は、逃げ脚だけなら最速の部類のはずだ。だがしかし、航行中の襲撃に関してはもう少し慎重に考慮すべきだったかもしれないという思いがクーゲルにはある。

 これまでは、ランツフォート家の船を襲撃される可能性など、およそ考えたこともなかった。警護役としては、責任を感じずにはいられない。


 話を聞きながら顎に手を当てて考え込んでいたレオンが、黙りこんだ警護役に声を掛ける。

「なら、念のため、今のうちから不審な船の有無を解析した方がいいですよ。まずは相手を知ることから、ですよね。敵を知り、己を知れば百戦危うからず、です」


 若き航海士の口から出た言葉は一般論の範疇ではあったが、それだけに反駁する必要もなく二人に受け入れられた。


「それは、そうだな」

「君は、海賊などに遭遇したことは有るのかね?」

 クーゲルが、やや険しい顔でレオンに話しかけた。言葉そのものにはしかし、険しさはない。


「直接にはありません。が、遭遇例はいくつも見てきています」

「そうか。・・・では少し、協力を願おう」


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