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深淵のアリス  作者: 沢森 岳
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6 クリフォード星系,ランツフォート家の星

大ボス登場です。

 次なる寄港地トーラスは、比較的古くからの入植歴を持ち、造船業などの重工業が盛んな星系だ。とはいっても宇宙船の造船業の場合、造船プラントは大部分が宇宙にあるので、惑星上には比較的のどかな景観が保たれている。

 造船以外の重工業にしても、他星系への輸出を考慮するならプラントは宇宙に構えた方が合理的であることが多く、牧歌的な地上に比して惑星の周辺宙域には、造船プラント等のメガストラクチャーが幾つも浮かんでいる。


 そんなトーラスの宇宙港は、ノアのそれとは比較にならない大きさで、行き交う船も多種多様、隻数も格段に多かった。歴史のある、人類域の主要星系の一つなだけあって航路も多く、繋がっている星系との往来は、UN本部のあるデルフィにも見劣りしない。


 こういう混みあった航路では、特に宇宙港に近くなってからは、オートパイロットと宇宙港からの誘導に任せてあまり手は出すな、とは先輩からのありがたい御言葉だ。

 つつがなく入港手続きを終えたリーリス104は、積み荷と情報を載せ替える。とはいえ、ノアからの積み荷はごく少ない。それに、情報の積み替えには更に手間がかからない。港にアームでドッキングした後は有線通信を行えるので、ユニバーサルネットの更新情報もあっという間に送受信が完了する。

 UNPの船は各宇宙港で補給と整備が優先的に受けられる事になっており、乗組員たちはその間、実のところそれほどやるべき事もないのだ。


 そういった状況だから、田舎の宇宙港と違って、さながら一個の大きな町とも言えるほどの規模のあるここトーラスの宇宙港では、先輩もやけに機嫌がよろしい。長い停泊期間が設定されたことも、その理由の一つに違いない。この星系は賑やかな所だから、彼にとっての楽しみが幾つも存在している事だろう。


 そういえば、ここは色々な珈琲豆が手に入るから、とか何とか言っていた気がする。

 そんな先輩がレオンをびしっと指さしながら一言。


「おまえはちゃんと手渡便を届けてこいよ」


 賑やかなこの星でも、先輩は地上に降りる気はあまり無さそうである。まあ、ここは大人しく言われておこう。それでいて運搬用車両の手配はしてくれるんだから、結構面倒見はいい人なのである。


「はいはい、ちゃんと届けてきますよ」


 今回の手渡便は宛先がGPS座標指定になっていて、宇宙港から装輪運搬車両で1時間程度の場所らしい。郵便局での受け渡しではなく、指定場所への配送を行うのはレオンは初めてだった。

 目的地が宇宙港の地上ステーションからさほど離れていない事に感謝しながら、レオンは手渡便ケースを運搬車に載せて移動する。


 地上用の制服に着替えるのに少々手間取りながら、送り先は一体どんな人なのだろうなどと考えても見たが、もちろん、余計な詮索は御法度だ。中身が何であるのかも、確認は出来ない事になっている。彼はただ荷物を運び、確実に手渡すのみ。


 と、そう考えていた。この時点では。


 自動運転の搬送車にスーツケースと共に揺られながら指定場所へ到着してみると、それは懐古趣味的な外観の大きなお屋敷で、通された先も広間と言えるほどの大きな部屋だった。西暦と表記されていた頃の地球時代の建築様式のひとつだが、レオンにはそれ以上の知識はなかった。博物館のようだ、などと見当違いな感想を抱くのみの青年を一瞥し、案内役の女性が声をかけた。


「受取人がいらっしゃいますので、少々お待ち下さい」


 しかし、そう言って年配の女性が退出し、もう三十分以上経つんじゃないか?


 座り心地の良いソファに腰を深く沈め、お茶を頂きながら物珍しげに調度品を眺めていたが、それも飽きてきたころにやっと、男が二人、重そうな扉を開けて姿を現した。細身で背の高い中年男と、もう一人はがっしりした体形の初老の男だ。二人共に、身だしなみには隙がない。

 単なるおじさんではない事だけはレオンにもわかった。


 細身の中年男が、優雅と言える立ち居振る舞いのままレオンの前に立つ。


「私がグラハムです。荷物を受け取ります」


 指定された受取人の名だ。グラハム・マークス、と、確かそう記されていたはずだ。細身だが神経質そうには見えない、気品の感じられる紳士然とした男である。少しウェーブのかかった金髪が収まり悪そうではあったが、若いころはさぞやモテたのではないだろうか。

 いや、今でもモテそうだ。


 受け取り確認手続きの後、荷物の中身を確認したのは、クーゲル、と呼ばれた初老の男の方だった。ケースを開けて内容物を確認するクーゲルを横目に、受取人であるグラハムはレオンに話しかけた。


「君は、依頼人の女性に会ったかな。彼女は元気そうだったかね?」


 そう問われたレオンの脳裏に、あの時の郵便局内での光景が浮かんだ。

 白いワンピース姿と、対照的な小麦色。そして弾むように通る声に、円らな瞳。

 可愛かったなあ…。


「あ、はい。とても元気そうでした…??」


 …こんな受け答えを求められるとは、思っていなかったな。


「そうか、それは良かった」


 中年男の笑顔は本当に嬉しそうだ。


 そこへクーゲルが耳打ちをする。すると、受取人の顔から笑顔はすうっと消えた。

 その様を視界内に見ながらレオンは、なにか微妙な空気の変化を感じていた。グラハムと名乗った紳士が、傍らの初老の男にひとつふたつ言葉をかけた。そして、二人共がレオンの方に向き直る。


「レオン君と言ったかな。君の身柄を拘束する」

 初老の男は、レオンの顔を見つめ、野太い声でこともなげにそう言った。


「は?・・・それは・・・」

「君に非はない。が、君の身の安全のためでもある」


 どういう事かと言いだしかけたレオンにかまわず、初老の男クーゲルは話し続ける。


「君がケースを依頼された女性だが、彼女の名前はメルファリア・ルイーズ・ランツフォート。つまり、ランツフォート家の人間だ。そして今、彼女はその身を狙われている可能性が高い」


 ランツフォート家。


 それは、UNを実質的に統括する”G7”と呼ばれる七つの実力者のひとつ。

 宇宙開拓に黎明期から主導的な立場で貢献し、現在は主に造船と海運業で栄える複合産業体のオーナー。これはUN職員としての基礎知識だ。自分たちの大ボスのひとりとして、レオンも当然知っていた。とはいっても、銀河百科事典に記載されているような基本的事項を知っているのみだが。

 それでも、とてもじゃないが、普通ならレオンがお目にかかれるような人達ではない事だけはわかっている。そして、彼の命運など小指一つほども動かさず左右にできるだろうことも。


「ランツフォート家の・・・お嬢様、か。あの子が、狙われている?」


 初老の男が、ゆっくりと頷く。


「彼女がどこにいるのか、現在どのような人相なのか、というホットな情報は狙われるのだよ」

 初老の男は、その仕立ての良さそうなスーツの内側からカードを1枚取り出すと、レオンの目の前に差し出した。


 それは、厚手の紙片に印刷されたフォトカードだった。


 手渡されたフォトカードに写っているのは、ランツフォート家の令嬢。写真の中では豪奢なドレスを着て金髪を見事に結い上げているが、良く見れば確かに、あのお嬢さんだった。ノアでは程良く日に焼け、短めのヘアスタイルが尚更に健康的な印象を振りまいていたが、目鼻立ちは確かに同一。


 この写真の彼女は薄化粧に紅を点し、またとびきりの可愛さだ。

 この写真、貰っちゃおうか、と魔が差したのを感づかれたものか、クーゲルは淀みのない仕草で、そして目にもとまらぬ速さで、フォトカードをレオンの手から取り上げた。


「確かに、彼女ですね。私が会ったときは日焼けをしていて、髪の毛は短かかったんですけど」

「うむ。つまり、そういう情報こそが狙われるわけだ」


 あー、そういうことか。


「我々が彼女を保護するまでは、申し訳ないが外部との接触を断ってもらうことになる」


 眼光鋭く、この初老の男には隠しきれない威圧感が備わっていた。

 つまり、レオンからお嬢様の現状に関する情報が漏れるのを防ごうというわけだ。

 軟禁、という単語がレオンの頭の中に浮かぶ。


「・・・」


 言葉に詰まった。

 彼らの口ぶりからは暴力的な気配は感じないがしかし、そこには拭いきれない拒否反応が纏わりついている。この屋敷内のどこかに閉じ込められてしまうのだろうか。単純に、自由を大きく制限されるであろう事に対する嫌悪感もある。

 アドレナリンが分泌されて、血圧が上がるのを喉の奥に感じた。手荒に扱われたりすることはないのだろうが、このときレオンは、このまま諦念しようとは思わなかった。


 どうする?今俺に何ができる?

 残念ながら、深く考える時間はなさそうだ。


「ちょっと待って下さい。彼女を保護する、という事は、ノアへ向かうという事ですよね?」

「ん、・・・ああ、そうだな」


 レオンは思い切って意見をぶつけてみる事にした。

「だったら、俺も連れて行って下さい!」


「なに?」

 レオンのこの反応は、彼らにとっては意外だったようだ。


「俺を隔離するんだったら、それが一番確実じゃないですか、宇宙船が。それに俺、こう見えても航海士ですから、船でなら役に立つと思うんです。いえ、絶対に役に立ちます。掃除でも何でもします!だから、一緒に連れて行ってもらえませんか。それに、彼女が狙われるのは、俺としても許せません!」


 途中からはもう支離滅裂で、何やら必死に訴えるだけになっていたが、それが功を奏したのかも知れなかった。すがり付かんばかりの勢いに困惑するクーゲルに、グラハムが助け船のように口を挟む。


「UN職員という事は、出自や思想的に問題はないという事だろう?」

「は?・・はい。左様ですな」


「であれば良いんじゃないか。彼の言い分にも一理ある。連れて行こう、時間も惜しいからね」


 大きくひとつ瞬きして初老の偉丈夫は一歩引き、恭しく頭を下げる。

「仰せのままに」


 クーゲルに対して軽くうなずくと、グラハムは穏やかな表情のままレオンを見る。

「レオン君、君を連れて行こう。ただし、このクーゲルの指示に従うように。いいね?」


 その言葉にレオンは肩から力が抜けて、こわばった口元が緩んだ。

 周囲の空気まで温くなったと思うのは気のせいだろうが、彼一人の運命などどうとでもできる(と彼は思っている)紳士たちを前に一旦口元を引き締めて、あらためて返事をした。


「はい、よろしくお願いします」


 閉じ込められることに対する抵抗感と少しの勇気から取られたこの行動が、今後の彼の運命を大きく変えることになる。

 この時点でまだそのことを理解できていないのは仕方ない。彼は今、地上での軟禁生活を免れたであろうことに、まずは安堵するばかりであった。


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