33 旅は道連れ
宇宙に坂道はありませんが。
宇宙船にとって大質量に近づくときは下り坂で、遠ざかるときは上り坂のようなものかな。
なんちゃって。
ランツフォート家は、王家ではない。
形式上は、デルフィの住民である。だから与えるべき爵位などを持っているわけではなく、“騎士”といっても警護役をそう呼んでいるだけではあるのだが、なにせ人類全体に対するランツフォート家のプレゼンスは絶大だ。
世界有数の軍産複合体のオーナーであり、あらゆる産業の様々な分野で権益を保有しているばかりか、実験惑星であるノアを含めると星系を3個まるごと所有している。このクリフォード星系もそのうちの一つにして、実質上ランツフォート家の本拠地と言えるものだ。
大多数の国家が一つの星系だけで成り立っていることと比較すると、その強大さが窺えるというもの。いっさい公開はされていないが、抱える軍事力もまた一廉ならぬものと目されている。
G7のひとつ、と称されるのもむべなるかな。
「レオンさん、騎士となられたことオメデトウゴザイマース。俺からもヲ祝いさせて頂きマす。スレイプニール乗組員一同、感謝感激雨あラレ……」
陸に上がった船乗りたちは皆気分よく歓談し、酒も進む。レオンも酒を口にするが、今夜はなかなか酔えない。興奮が過ぎて覚醒してしまっているのだろうか。
一度落ちついてみようかと窓際に一人歩いて行くと、とたとたとやや軽い足音と共にメルファリアが近付いてきた。ちゃんとドレスの裾を軽く持ち上げている。
……ちゃんと?
「レオン、どうしました? ご気分は?」
「いえ、大丈夫ですよ。というか、むしろ酔えません」
ははは、と苦笑いするレオンにメルファリアがぐいっ、と近づく。
「でしたら、少しお話があります」
二人は肩を寄せ合うほどに近づいたまま、夜空の見えるところまで歩いた。
「ノアで、手渡し便の受け取りに来てくれたのがレオンで、本当によかったと思っています」
「光栄です」
メルファリアは、前を向いたまま話し続ける。
「結局、手渡し便で依頼した、記録の真贋鑑定は必要なくなりましたね。レオンがお宝を見つけてくれましたから」
お宝というのは、ラーグリフのことを指す。金銀財宝などではないが、そもそもメルファリアは金銭的価値を求めていたわけでもないので、ヒントが指し示す何かがなんであれ、見つけ出したものは”お宝”だったわけだ。
「ラーグリフを、俺が管理したままでいいんですかね?」
「レオンが騎士でいてくだされば、私が貴方を監督している形ですから、問題は生じませんよ」
「そうですか」
「私も、アリスさんに色々と聞いてみたいことが沢山ありますしね」
二人はゆっくりと歩いてベランダに出た。
僅かだが段差があり、レオンは作法に従ってメルファリアの手を引いた。
煌めく白いドレスの大胆な胸元が眩しい。眩しすぎる。
メルファリアはスマートだが、決して痩せぎすではないのだ。
そんな内心の動揺はメルファリアに伝わらないが、今はそれが有難い。
「……半ば強引に事を進めましたけれど、レオンは、UNPに戻りたいと思っていますか?」
メルファリアがレオンの顔を窺う。
「いいえ。まあ、UNPも嫌いじゃないんですよ、面白い先輩もいるし。けど、俺は今の状況が気に入っています」
それはもう、とっても気に入っているんです。今にも叫びたくなる程ですよ。
「そう」
反応は薄かったが、メルファリアも心なしか嬉しそうだ。
「私は、決めました。そして、行かねばならない処ができました。ちょっと遠いところへです。ですから、そこへの道連れとして一緒に来て欲しいのです」
メルファリアがぐっと拳を握る。真摯な眼差しで、更に言葉を続ける。
「この件について兄様に相談したところ、“ならばちょうど良い、レオン君をメルファの騎士として遇しよう”と言われて。急に大ごとになってしまいましたが、私としても兄様のお考えに乗ってしまおうと思いました」
一転して、小さく舌を出しそうな悪戯好きの顔でレオンに微笑んだ。
「ですから、昼間お話しした時の“ひとまず引き受けて”というのは正しくはないのです。しばらくの間は私の護衛をお願いすることになると思いますが、どうしても引き受けて頂きたくて、少し強引に外堀を埋めさせていただきました」
にっこり。図らずも、悪魔成分が滲み出てきてしまっていると言えよう。
レオンの顔にも笑顔があった。それはけっして営業スマイルではない。
「よろこんで。誰かに必要とされるのは結構嬉しいものです。で、どちらへ行かれるんですか?」
問われたメルファリアは、緩慢に夜空を見上げてから、ぼそりと呟いた。
「セヴォール」
可住惑星の名だ。
航海士を目指した青年にはすぐに分かる。ここトーラスからとなると、人類域の中でも最も遠い領域になるのではないだろうか。商業航路を乗り継いで行くとすれば、何カ月も掛かるだろう。まあ、ランツフォート家の人は自前の船で行くのだろうけれど。
「チェリルジュ星系か。そりゃ、かなり遠いな。ちょっと、どころじゃないですよ?」
そう言いつつも、心のなかでは長旅の気配を歓迎しているのだが。
「文句を言わないの。遠いからこそ護衛が必要でしょう? それに、この前の海賊騒ぎも、解決したとは言い難いのですから」
その通り。メルファリアが狙われている状況は、依然として続いていると考えるべき。
言い訳がましい、と自分でも思ったからなのか、言い終えた彼女の唇が尖る。
そんな仕草も可愛いな、などと思いつつレオンは応えた。
「べつに、文句というわけじゃありませんよ。で、どういった用件なんですか?」
ショールの位置を直し、それに視線を這わせながらメルファリアは躊躇いがちに口を開いた。
「婚約者に、会いに行きます」
「え?」
本来、レオンにはそんな資格もないのだが、動揺するなと言うのは無理な相談だ。
そう、例えるなら、贔屓のアイドルが引退宣言でもしてしまったような、妙な喪失感とでも言うべきか。少し離れた壁際で漫然と立ち尽くしているアリスが、ぴくりとしてレオンを見た。きっと、レオンの生体モニタに通常値からの逸脱が認められたことだろう。
けれどアリスはそのままで、慈しむような目でレオンを見詰めるのみだった。
「こ、婚約者、がいらっしゃったんですね。……そ、それじゃあ、会いに行くのが、ええと、楽しみ……ですね」
言葉が、ぎこちない。落ち着け俺。大人の余裕を擬装しろ。
レオンはできるだけ平静を装って、小さく静かに深呼吸をした。
だが、驚くのはまだ早かったのだ。このお嬢様は、知らず知らずのうちに相手の心を振り回すタイプなのかもしれない。もしくは、自らの持つ影響力を感知しない天然系か。
メルファリアはつまらなそうに、片手を腰に当てて小さく息を吐く。
「別に楽しみでも、なんでもありません。直接お会いして、婚約を破棄してくるのです」
「……は!?」
レオンは暫時、呼吸を忘れてメルファリアの横顔を見つめるのだった。
メルファリアは少し声を大きくして、さらに続けた。
「ついでに海賊の件もちゃんと片づけて、すっきりしたいわ。ね?」
ね、と言いながらレオンに微笑んだ。
……
「……は、はいっ」
つまり。
俺たちの戦いは、これからだ!
第一部 完w
言ってみたかったんです。




