32 ネクストミッション
自動化、ロボット化、AI化が進んだ未来では、人力が一番の贅沢になるのかもしれません。
人間は、自動化等によって職を追われるのではなく、人の手による贅沢を売るようになるんです。
……だといいなあ。
更に次の日、退屈が幅を利かせ始めた頃、メルファリアがレオンを訪ねてきた。
「折り入ってお話があります」
このお嬢様は、その物言いが、いつだってストレートだ。
「私の護衛を引き受けて欲しいのです」
定型的な挨拶の後、メルファリアは依頼内容を単刀直入にぶつけてきた。
「兄様に質したところ、レオンに今後どのような業務をお与えになるのか、まだお決まりではないと伺いましたので。正式な辞令が下るまでという事になるかもしれませんが、ひとまず引き受けて頂けませんか?」
護衛とは、対象者を警護する役目のことだ。つまり、対象者であるメルファリア嬢のほど近くに居なくてはならないということを意味する。当然ながら。
何もすることがない退屈とは比べようがないし、一方的憧れとはいえ其の対象者であるメルファリア嬢の警護役なら願ったりである。しかも当人からお願いされるとは、悪しからず思われているという事なんじゃなかろうか?
それは考えすぎかもしれないが。
航海士を目指していた青年は、その志をひとまず片隅に追いやって、内心小躍りした。
「はい、俺でよければ、喜んで!」
はにかみながら上目づかいをする美少女を前にして、気持ちが舞い上がるのもまあ仕方あるまい。
「レオンの生体モニタに通常値からの逸脱が……」
「黙れ」
レオンの顔は微笑んでいたが、声は冷たい。
「……承知しました」
アリスの表情は相変らず変化に乏しいが、セリフには不承々々なニュアンスが明らかに乗っていた。よく出来ている。完成度の高いAIなのは認めざるを得ない。
そんな掛け合いに、メルファリアが頬を緩めた。
「アリスさんも、ご苦労様。それではレオン、また後ほど」
メルファリアは、護衛の依頼だけでなくスレイプニール号乗組員たちとのパーティーへの参加要請をも申し入れてきた。無事に全員が帰還できたことを祝うのだそうだ。つまりは慰労会か。
断る理由はないし、今回はレオンが主賓なんです、参加して頂かないと困ります等と言われては、「喜んで参加させて頂きます」と言うしかあるまい。
数刻のち、レオンに新しい制服が支給された。郵便局員用ではなく、UN職員用に少し似てはいるが、これまたレオンの見かけた事のないものだった。サイズはぴったり。パーティーに出席するための服など持ち合わせていない今のレオンには、ちょうど有り難い。装飾が多く、制服というより儀礼用かとも思うが、問題視する程でもないだろう。
思いのほか着心地の良いそれを身につけて、レオンは予定時刻に間に合うようにアリスと共にパーティー会場へと向かった。お屋敷の中にも、だいぶ慣れてきたようである。
「おお、来たかレオン君」
そう言って、パーティー会場と化した広間で出迎えてくれたのはクーゲルだ。強面の相好を崩し、とても嬉しそうにしている。もう飲んでいるのか?と推度したが、さすがにそれはないようだ。
クーゲルの服装が、自分のそれに似ているような気がした。かたや見事に着こなしている傍で、自分は果してどう見えるのか、少し心配ではある。
「主賓が来てくれたのだから、もう始めるとしようか!」
どうやらこの爺様は、早いとこパーティーを始めたかったらしい。
おーっ! と賛同の声がそこかしこから上がり、俄然賑やかになる。
それにつれて、小さめの音量で流れていた生バンドの演奏が喧噪にかき消されるように聞こえなくなったかと思えたが、ほんの数刻で談笑する声が不意に途切れた。
パーティ会場内に居る者の多くが、つられるように同じ方向を振り向いた。
そして、ランツフォート家のVIP兄妹、グラハムとメルファリアが連れ立って会場に姿を現した。兄妹揃って、白を基調とした雅な装いに身を包んでいる。
「皆さん、ごきげんよう。堅苦しい話は抜きにしたいところだが、ひとつだけ重要な連絡があるので、聞いてほしい」
その宣言に合わせるように、再び聞こえてきていた演奏もフェードアウトする。
「レオン君、こちらへ来てくれたまえ」
不意に名を呼ばれたレオンの背中を、クーゲルがやけにニコニコとしながら軽く押した。
グラハムとメルファリアが並んで立つ面前へ、レオンは少し戸惑いつつも歩み寄る。
ドレスアップしたメルファリアは、いつぞや見かけたフォトのようにとびきりの可愛さだが、そちらに見惚れているわけにもいかない。
グラハムが口を開く。
「レオン君は、我が愛しの妹、メルファリアの警護役“騎士”として仕えてくれることを快諾してくれた。実に喜ばしい! 今後も、その実力をいかんなく発揮してくれる事だろう!」
大層嬉しそうに、グラハムはさらに続ける。
「諸君、皆の無事だけではなく、レオン君の新しい門出をも祝ってくれたまえ!」
「おー! ぱちぱちぱちぱちぱちぱち」
「え?」
事態をうまく飲み込めていないレオンは、むしろ無表情だ。
そんな青年の事情は全く考慮せず、輝くような笑顔で、メルファリアが一歩前に進み出る。その手には葡萄色の棒が緩く握られている。
「レオン、これからは私の騎士として励んでくださいね」
はい、と50cmほどの棒をレオンに差し出す。
レオンはまるで魅了の魔法にでも掛けられたかのように、両手を伸ばしてそれを受け取った。艶やかな葡萄色をベースに微細な金色の装飾を施されたそれは、程よい重量感でしっとりと手になじむ触感がある。レオンは吸い寄せられるように自身の手にあるその棒に魅入った。棒の断面は楕円形のようだ。
「これは?」
問いかけるレオンに、メルファリアが微笑みかける。
「それは、短剣です。ランツフォートの騎士であることの証でもあります。今後あなたにメリットをもたらす事ができると思い、お渡しするものです」
レオンの視線は、我が手にあるそれに戻った。
「騎士の証の短剣、ですか」
「そうです。しっかり握って、鞘から抜いてみて下さい」
言われてよく見てみれば、葡萄色の物体は控えめな造形の鍔を境にして、柄と鞘に作り分けられている。柄と鞘を、それぞれしっかり握る。すると、微かに電子音のアラームが聞こえて鞘のロックが外れた。レオンがゆっくりと鞘から抜くと、銀色に鈍く光る刀身が現れる。
それは複雑な紋様の浮かぶ、鍛え抜かれた刃だった。収まる鞘と共に、刃物というよりは美術工芸品といった雰囲気をたたえている。その刀身の妖しい輝きは、予備知識を持たぬ者にさえも感嘆の溜息を洩らさせるほど。
「これで貴方のプロファイルが登録されました。その剣は貴方のものであり、貴方でなくては抜くことができません」
「俺の剣……。ええっと、身に余る光栄、のような気がします」
刀身を鞘に納めつつ、レオンは自身の心情を正直すぎるほど正直に吐いた。
二人のやり取りを傍で見ていたグラハムが、レオンに声をかける。
「そんなことはない。君の功績に対する処遇として、むしろ控えめかとも思っているのだよ。あまり堅苦しく考えず、今後もメルファリアを守ってもらいたいのだ」
「……はい。できる限り、頑張ります」
もっと気の利いた言い回しはないかと頭の中を探るが、やはり見当たらないようだ。
自身のボキャブラリーの乏しさが恥ずかしい。
「よし、レオン君の決意も頂いた。では、早速乾杯するとしよう!」
グラハムさんは、わりと砕けた人物なのだなあ、というのがレオンの印象だ。世界でも指折りのVIPだが、だからこそ些細な事にこだわらない大らかさを備えているのかもしれない。グラハムは自ら乾杯の音頭をとり、飾らない態度で乗組員たちと談笑するのだった。




