31 25歳と900ヶ月
暦は、星系ごとにどころか、惑星ごとに別々です。
星から星へと渡り歩く人は、何歳と何ヶ月なのか、本人にしかわかりません。
つまり、言ったもん勝ちです。
お屋敷の中での平穏な日々が3日目となったとき、いつもとは違う報告をアリスがもたらした。
「と言いましても、レオンの体調に関する事柄ではありません。ラーグリフが、気になる物体を捉えました」
ラーグリフが捕捉したってことは、宇宙空間で、という事だろう。
「なんだそうか、ドキッとしたぜ。で、気になる物体ってのは?」
「はい。トーラスの公転軌道へ接近する比較的大きな人工物です。トーラスやその宇宙港に危険を及ぼすほどの距離には接近しませんが。移動ルートや観測された形状から、これはスレイプニール号から欠落していた一部分なのではないでしょうか」
そう言うと、アリスはテーブルの上に放置してあった携帯ディスプレイをとり上げてアクセスし、画像データを映してレオンに見せた。
「これって、ラーグリフが捉えた画像か? わりと鮮明に写ってるな」
「はい。複数方向からの観測ポッドのデータを利用して、補正してあります」
人間(つまり、レオンのこと)に分かりやすいように画像を仕上げてくれた、ということか。さすがウチの介護ロイドは優秀だ。マンマシンインターフェースを標榜するだけのことはある。
携帯ディスプレイには、見覚えのある船体(の一部)が映っている。レオンが直接スレイプニール号の外観を拝見したのは、件の小惑星への降下時にアームローダーの操縦席から眺めたのみだが、トーラスからノアへの道すがらにスレイプニール号についてのネット情報を様々に眺めていたのだ。
「確かにそうだな、スレイプニール号のだ。ってことは、分離破棄された部分ってのが、そのまま漂流していたってことか。それじゃあ、スレイプニール号の修理に役立つんじゃないか?」
「はい。そう思います」
レオンは、クラシカルで優雅なデザインの内線電話機を取り上げてクーゲルに取り次いでもらい、この事を伝えた。ラーグリフの観測ポッドで得た情報からは、傷なども無く状態は良好に保存されているようだ。位置と進路の情報を伝えると、クーゲルは思いのほか喜んでくれて、早速回収する為に軌道ステーションへ上がると勇んで伝えてきたのだ。それから、アリスへの御礼の言葉も忘れなかった。
「感謝に堪えない、ってさ。すごく喜んでたよ」
「そうですか。であれば、私も嬉しいです」
アリスは陶人形のように(人形だが)奇麗に整った顔で、にっこりと笑った。段々と表情が豊かになってきているような気もしたが、まあ気のせいだろう。見た目はあまりにも人間と区別がつかないから、アンドロイドであることを失念してしまいそうになる瞬間が、ままある。
ふと、聞いてみたくなった。
「なあ、アリス」
「なんでしょう」
「アリスは、アンドロイドなんだよな?」
問われたアリスは、ん? と僅かに首をかしげて、やがて微笑する。
「はい、そうです。この身体はアンドロイドで、私の本体は頭上遥か彼方、虚の深淵に漂っています。ただし、ある程度以上離れるとレスポンスが心許なくなるので、この義体に思考AI部分を載せています。知識データベース部分を本体に置いて、適宜送受信をしているのです」
「うんうん」
別に驚くような真相を期待していたわけでもなんでもないので、レオンの相槌はおざなりだ。
「……私はもう、あの暗がりには戻りたくはありませんね」
ぽつりと言った。
小惑星の夜側に着底していた時のことを言っているのだろう。百年以上もじっとしていたことを、退屈だったと感じているのか。
「AIでも、そんなふうに考えるのか?」
「ええ、そうですよ。好きや嫌いもあるんです」
この、スレイプニール号からパージされたブロックの回収が功を奏したものか、程なくしてラーグリフの搭載艇であるプロミオンの、お城への降着が許可された。
もともとアリスのメンテナンスのために必要だとして依頼をしていたものではあるが、プロミオンは当時の新造巡航艦をベースに、ラーグリフへの搭載のための改装を施した艦艇だ。船体はスレイプニール号に比べて二回りほども大きい。その占有スペースをめぐっての調整があったのだろう。タイミング良くアリスの貢献度合いを示せる案件があって、よかったと思う。
プロミオンは、大気圏内を飛翔し地上へと降下する機能を備える。また、新造当時に流行った変形機構を持つ、今となっては珍しいタイプの多目的巡航艦だ。宇宙での機動性と、大気圏内での運動性能を両立させるため、船体各所にある安定翼と動力機構が可動してその威容を変化させる。
降下時に立ち会ったクーゲルは、いかにも珍しそうにその姿を観察していた。
「この艦は、大気圏用に変形するのかね」
同じものを眺めながら、アリスが答えた。
「はい。汎用性を高めるためです」
「造船史上、変形機構は過去に何度か流行しましたなぁ」
暗に、現在のトレンドからは外れていることを喩えているわけだが。
「最新鋭です。私と共に」
と主張するアリスの返答につい、レオンは口を挟んでしまった。
「百年前の、だろ」
そう。人と見分けがつかないアンドロイドの開発追求も、だいぶ昔のことであって今では話題に上ることもない。というかそもそも、アリスのタイプで既に十分な完成の域に達しているのだろうと思う。
アリスが、真顔でレオンに問いかけた。
「私は、何歳なのでしょうか?」
待っていましたとばかりに、レオンは満面の笑みとともに答える。
「百歳だろ、おばあちゃん。物知りおばあちゃん(笑顔)」
「……とてもいやな気分です。外見に合った年齢を設定しましょう」
「設定、かよ。まあ、外見と乖離していると、周りも何かと面倒だからな」
では、とアリスが少し楽しそうに顔をほころばせて、自分の年齢を勝手に決めつけた。
「25歳くらい、という事でどうでしょう?」
「くらい? って、うーん、もっと若く見えるんじゃないのかな」
とにかく肌が無駄に奇麗だから、喋らなければ10代に見えなくもない。
「外見的にはそうかもしれませんが、活動の自由度を確保するためには各星系の法規上の成人である必要がありますし、何よりも私の内面は落ち着きのある大人の女性ですからね」
「ひとこと多いけどな」
「レオンもですよ、お互い様です」
アリスは、耳にかかる髪をかき上げながら視線をレオンに向けた。そして微かにほほ笑んだ。
大人の女性であることを主張したかったのかもしれない、と気づいたのは後になってからだ。視線を向けられたレオンは、どこでこういう仕草を仕入れるのやら、などと思いつつぼんやりアリスを見返したのだが。
「レオン、あまり見つめないでください。見惚れてしまうのは分かりますが……」
「いやいや、違うよ? 見惚れていたんじゃなくて、呆れていたんだよ?」
「ええっ、そうなんですか? ……難しいですね」
またしても学習のネタに使われたか。残念そうにしやがって。




