3 ボーイミーツガール的な
やっと女性キャラが登場します。
アルラト星系の第二惑星ノアは、かなり昔からその存在は明らかにされていたが、発見された時点で既に全惑星規模の活発な火山活動が確認されていた。
地球とほぼ同じ大きさと組成で居住に適するとされたが、若い惑星であるが故の活発な地殻活動が、テラフォーミングのやりにくさとして敬遠されたのだそうだ。
惑星開発は、ビジネスだ。素材が良くとも投資が膨大になりそうだとなれば、やはり敬遠される。しばらく放っておかれたあと、実験的な要素を含んでのテラフォーミング事業として開発が始まったらしい。
人の居住に最適化するのではなく、過去の地球の生態系をどこまで再現できるか、という研究目的が主なのだそうだ。
以来百年以上をかけ、様々な地球発祥の種を定着させてきて現在に至り、人の居住が始まったのはごく最近のようだ。一般人の移住はまだまだこれからと言ったところだろう。
というか、そんな野性味溢れる土地に一般人が入植するのだろうか。
甚だ疑問ではある。
つまりは、地上に降りても娯楽施設には期待できない、という事になるか。
経験を積んだ人類は、条件の良い惑星なら三十年程度で可住環境を整えることができる迄になっていた。それなのに、百年以上を費やすとはまた壮大と言うか、呑気すぎるな。
ふあぁ、あくびが出る。いったい誰がそんな呑気な事業をやろうとしたものか・・・。
ようやく彼にも、眠気が忍び寄ってきたようだ。
VTOLの機内アナウンスは、行き先の地上ステーションが現在昼間の時間帯であること、それから気象状況も穏やかな為、到着予定にも変わりがないことを伝えている。行き先の地上ステーションとはいっても、この星ではまだ地上ステーションは1基しか無いようであったが。
音声案内で述べられる内容は通り一遍で、この星に合わせてちゃんと設定されているのかすら怪しい。他星系から訪れる人などはまだ珍しいほどなのであろうが、そこら辺はちゃんとしてほしいものだ。
やがてアナウンスのとおり、VTOLは大気圏に降下しつつ上向きの推力を徐々に増して減速を開始し、最終的にはふわりと地上ステーションへ降着した。それは降下開始直後の雑な機動とは打って変わった繊細さで、下っ端郵便局員は少しホッとしたのだった。
地上ステーションに降り立ったレオンは、現地時間を確認すると、すぐには郵便局に足を向けず、展望デッキへと向かった。なんとなく、この星を眺めてみたくなったからである。
人が住むことを最優先としない可住惑星とは、一体どんな所なのか。
館内エレベーターを降りてデッキへの扉を開けると、そこには誰もいなかった。
そして、彼の目に飛び込んできたのは。まさに、飛び込んできたという表現こそ相応しい、鮮やかすぎる原色の奔流だった。視界いっぱいに大地の緑と空の青が広がって、それをノアの太陽が、これまた力いっぱいに照らしている。癒しの緑などでは決してなく、人を軽く圧倒する生命力の色。光源の苛烈さに目を眇めること自体が久しぶりだ。
木々の緑、剥き出しの地面の茶色、そして人工物の灰色。まるで、雑に書きなぐった油絵のように見えた。濃緑のすぐ上を、黒い点々が移動する。鳥だろうか。若いこの星は活発に活動していて、その様相を刻々と変化させていくのだろう。
しばらく無言で目をみはったレオンは、気圧されるだけでなく、嬉しさのようなものがこみ上げてくるのを感じて自然と頬が緩んだ。
「おお。なんか、すごいな」
漏れ出た感想は、まったく文学的ではない。
中肉中背に十人並みの容姿をもつ青年は、郵便局員としての制服に身を包み、こげ茶色の髪の毛を無意識に掻いてみた。特筆すべき容姿ではないが、彼の笑顔には素朴な魅力がある。
“田舎者”というと気を悪くしそうだが、まあそういう男というのが、多くの同僚の認識であった。
しばらく眺めた後、
「この状態にしてから入植するってのは、これは、むしろ大変だろうな」
大きなお世話ともいえる独白を吐いて、レオンは今度こそ郵便局へ向かう。
この星はまだテラフォーミング事業の従事者ばかりであり、生活用インフラの大部分を宇宙港の地上ステーションと共有していた。郵便局もまた、そのうちのひとつ。
レオンとしては、未開の地上を移動しなくて済むことに、やんわりと胸をなで下ろした。ついさっき、生命力にあふれる光景を脳裏に焼き付けたばかりだ。検疫を済ませたからといって、絶対的な安心があるわけではないことは十分に承知しているのだ。
地上階へと降りてきたことを示すシグナルののち、エレベーターは扉を開ける。たった一人だった密閉空間から飛び出すように歩きだし、レオンは気持ちを切り替えて業務に戻っていった。
果たして、郵便局の待合室には、既に手渡便の依頼人が待っていた。
白いワンピース姿の女性と思しき人物が、ダークブラウンの質素なソファに腰を掛け、何かを探すようにして今は顔を奥のほうに向けている。一人しか居ないので、レオンはその女性に声をかけた。
「メルファ・ルイーズさん?」
「あ、はい」
「お待たせしてしまいました、申し訳ありません」
依頼人は振り向いて、頭を下げるレオンをみると、すっと立ち上がる。
「あなたが郵便屋さん?私が早めに着いたのです。気にしないで下さい」
柔らかな物言いだった。
キャスターの付いたケースを動かしながら、依頼人はレオンの目の前に近づいた。華奢な女性だ。
軽く焼けた肌に肩より少し上までの、ややウェーブのかかった金髪がとても健康的に映る。小さな顔に碧色の大きな瞳も印象的で、落ち着いた言葉づかいが醸す雰囲気よりもずっと若く、10代と思える。
名も知らぬフレグランスがふわりと漂い、レオンの鼻腔をくすぐる。頭の奥がさざめく。
下げた頭を戻したレオンは、思いのほか近くに相手の顔がある事に少し動揺してしまった。自身を見つめる碧の瞳に、徐々に鼓動が速くなるのを感じる。
「お願いしたいのは、このケースです」
彼女は微笑んで、小さな声ではあったが、よろしくお願いします、と会釈をした。
三秒ほど、その笑顔に釘付けになった。
「あ、は、はい。オアズカリ、します」
大きさの割には軽いケースを受取りながら、自分の顔が赤くなってやしないかなどと、余計な心配をするレオンであった。
所定の手続きを済ませ、依頼人が踵を返して歩き去るのを彼は少しの間惚けて見続けたあと、待合室のドアが閉まる小さな音で、ふと我に返った。
「そうだ、次の上り便に間に合わせなくちゃな。置いてかれちまう」
置いて行かれる、というのは冗談にしても、まだまだこの星では宇宙港の昇降便の運行本数が少ない。乗り遅れると、その次の便まではだいぶ待たされる事になるので、自らが乗り込む郵便船の出港予定にまで影響する恐れもある。そんな事になったら、先輩にどやされるだけじゃあ済まないだろう。
航海士補佐から正航海士になるべく日々精進する彼が、船を降ろされ地上局勤務を拝命する事にもなりかねない。
そんなことはご免被る。
ゴロゴロとケースを転がしながらも、彼の歩くスピードが少しだけ早くなった。
手渡便は、原則としてUNP職員が依頼主より直接受け取り、送り先へ届ける。重要書類や美術品などの利用が主で、使用するケースの堅牢性にも一定の基準があり、郵便船の中にあっても一般のカーゴルームではなく、旅客室などと同等の耐衝撃制御の行われるエリアに固定される。
高度なセキュリティと厳しい保管条件を要求する、つまりは高価なサービスであった。
「いやあ、可愛かったなぁ」
ここは既にリーリス104の船内である。レオンは遅れずにちゃんと戻ってきた。そして、思い出してはニヤけて語りだすレオンに辟易して、先輩はうんざり顔だ。
「お前の言う可愛いって、信用できるンかね?」
頬を緩めたまま、レオンは先輩を見る。
「声も可愛いんですよ」
「・・・・あーはいはい。んじゃおまえ、送り先にもお前が行ってこいよ」
「やっかみですか?大人げないなーもう。まあいーでしょう。行ってあげますよ、先輩」
「うっせ、バーカ」
そんな言葉も、後輩は全く意に介さない。
思いがけず小さなときめきを得た彼が、ほんの少しだけ浮かれてしまっていたとしても仕方あるまい。テラフォーミングの最終段階に達したばかりのこの惑星には、一般人の入植などはまだまだこれからで、彼女ほど此処の現状に似つかわしくない人物も居ないだろう事に、思いは至らなかった。
そして、この小さな出来事が彼の運命を大きく動かすきっかけとなったことにも。
とにかく、また会えたらいいな等と業務に全く関係ない事を考えながらも、彼を乗せた不定期星間郵便船リーリス104は、次の寄港地トーラスに向かって錨を上げた。
小説を初めて書いてみました。
想像や妄想は楽しいですが、書くのは大変ですね。