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深淵のアリス  作者: 沢森 岳
27/33

27 エクストリーム船外活動

ラーグリフとアリスの組み合わせによる特殊効果で、いつまで経っても俺のターン!

ただし、焼き加減はレアで。


 今回も、ガストンの勘は冴えていた。いつも通りに。

 これまでと同じように、彼らは狙った獲物を見つけ、つけ回し、接近した。必死に逃げようとする獲物をあざ笑うように、まんまと接触して突入シャフトを打ち込んだ。


 いつも通り獲物を手に入れ、身代金とするか、それとも遊びに興じるか。これまでは常に主導権を握っていたはずなのだが、今回は顎髭と帽子の男の一味に奪われっぱなしだ。そして、ずるずると奪い返せないままだ!


 せっかくのオイシイ仕事が、掌の中から零れてしまう。

 だが、獲物と己自身を同じ天秤に掛けるわけにはいかない。先程の、ビーム砲の威力と砲撃精度は本物だ。接舷が解けてしまったら、狙い撃たれるのは間違いないだろう。


 それに、奴らはこちらのやり方を知り尽くしているかのように、アンカーワイヤを切断してきた。あらかじめ準備しておいたかのような、素早い対応だった。


 本能が激しく警鐘を鳴らして背筋を撫でる。

 プライドよりも自分の命をとるのが海賊だ。異論は認めるが、それじゃあ長生きできねえ。奥歯を噛み砕く寸前で、ガストンは決断した。

「…撤収だ」


 状況を共有しているブリッジ内が、しんと静まり返った。ガストンの言葉に対し、追従の声が無い。ただ、皆の目がガストンに向いていた。

「おらぁ、撤収だ!ぐずぐずするな!」


 スクリーンには、曖昧な表情で例の男が映ったままだ。こちらからの音声は無論OFFにしてあった。スクリーンの男も今は口を動かさず、ただこちらを見ている。

「この借りは返す。まだ諦めたわけじゃねぇからな!」


 そう言ってから再び音声通信をONにして、スクリーンに向かってガストンは吠えた。

「てめえ、…あ、アリス、とか言ったな。覚えておくぜぇ!」

 精一杯の凄みを利かせたつもりでの捨て台詞ののち、ガストンはオープンチャンネルの通信を切断した。


 ◆


「え?私、ですか」

 アリスはきょとんとしたまま疑問形で言葉を発した。無理もない。

 狭苦しい操縦席の中で、レオンは残りのワイヤを切断するという作業に勤しみながらも、からかう様に感想を述べた。

「おお、怖い。アリス、名前を覚えてもらって良かったな」


「良くはありませんが」

 レオンがアリスの名前を口走ってしまったからなのだが、スルーしておこう。

 表情は見えないが、人間であれば憮然としているであろう、アリスの音声はそんなイントネーションに聞こえた。


 レオンは作業用である重機を巧みに動かし、海賊船から打ち込まれたハープーンアンカーのワイヤを切断している。この重機にはスレイプニール号から乗り出した時に既に豊富なアタッチメントが装備されおり、その中に高周波カッターがあった。


 装備の一覧には手斧やスコップなどもあるが、強靭さと柔軟性を併せ持つワイヤに対しては、被切断物質に対しての周波数調整ができる高周波振動カッターが適している。無骨な二本足とザイルとで姿勢を安定させ、更に無骨な二本の腕で器用にワイヤを掴まえてはカッターをあてがう。

 その手際は、まかせとけ、と壮語を吐くだけはあると言える。


「敵に動きがあります。突入衝角を収めました」

「やっと離れる気になったか。けど、おとなしく白旗を上げたりはしないだろうな」


 レオンが言い終えぬうちに、海賊船は自らが打ち込んでいた残りのアンカーのワイヤを自船側から切断した。接触していた二隻の船が、お互いの質量が持つ引力に反してゆっくりと離れてゆく。突入衝角が引き抜かれた痕からは、スレイプニール号船体内の破損した構造部品などが辺りに散らばり、きらりきらりと散光している。

 破壊されたことによる、空気の散逸があるようだ。


「とりあえず、俺たちが人質にならないように身を隠そうか」

「艦砲で撃たれたくもありませんしね」

 手に入らないと分かった獲物に対し、海賊船は危害を加えてくるかもしれない。可能性はゼロではなかった。過去にないパターンは予測し難いのだ。


 突然に、まばゆい光が辺りを焦がした。

 そして、海賊船は猛然と加速し始める。その船尾から、光と共に大量の煙を噴射して。

「うわ、これは、またロケットブースターか?」


 打ち込まれ、置き去りにされたアンカーのワイヤたちが噴射に煽られてのたうつ。レオン達の乗る重機も、まき散らされる噴射煙と共に翻弄された。ザイルは繋がっているが、おかしな態勢で叩き付けられればダメージもあるだろうし、ザイルが外れてあらぬ方向に漂流してしまうかもしれない。


「アリス、頼む」

「指示が曖昧です」

 不規則に揺れるアームローダーの中で、涼しげな美声がそう伝えた。

 使いにくい奴だ。レオンはとっさに考えを切り替えた。重機の片腕でスレイプニール号から無残に伸びたままのワイヤの一本を掴みつつ、腰部のザイルを急いで巻き上げる。


「じゃあ、海賊船の動きはどうだ?」

「海賊船は急速に加速しつつ、外宇宙方向へ徐々に進路を変えています」

 ロケットを煙幕としても利用しながら、この宙域を離脱しようという魂胆だろう。後方に大量に煙を吐き出しつつ遠ざかろうというのだから、これをビームで狙うのは難しい。


「”推進剤があるうちにさっさとコイルの出力を上げろ”と怒鳴っていますね。それにしても、ひどいノイズです。適切に整備されているとは思えません。彼の船のメインコイルは、もうさほど長くは保たないのではないでしょうか」


 改造に改造を重ねた結果が今のアシッドクロウなのだろう。アナクロな装備が満載でステルス性の低い船は、ラーグリフにとっては丸見えも同然だ。がしかし、そのアナクロな装備がまさにビーム砲にとっては一番の障害物でもある。


 射線が通らないことには狙えないうえ、噴射煙はビームの攪乱にもってこいだ。それに対してラーグリフには、ミサイルのような実体弾兵装がほとんど搭載されていない。カプセルベッドでの睡眠学習の成果として、レオンはラーグリフの兵装に関する基本的な知識を得ており、煤煙の向こうに隠れてしまいそうな海賊船を眺めて、レオンは悔しさを滲ませた。


「くそう、逃げられちまうか」

 遁走する光点を目で追いながら、アリスが言い放った。

「いいえ、逃がしません。ラーグリフから、狙えます。ここから私が着弾観測を行えますから。ビームの収束率と威力を調整しつつ、100連射以上可能ですので、煙幕を吹き飛ばした上で、こんがりと焼いて差し上げます」


 興奮の色もなく、そして抑揚も乏しくアリスは伝える。そんなアリスの言葉の陰で、ラーグリフに搭載された無数の艦砲のうち、正面を狙える埋没式の半固定砲は射線を微調整し、自由度のある可動砲座は目標をぴたりと追従する。ジェネレータの出力が上がり、各砲座のコンデンサには滔々とエネルギーが流れ込む。


 そんな光景が見えたわけでもないが、自信ありげなアリスの様に、レオンは思わず口笛を吹くところだった。

 ラーグリフの砲撃力は、あまりに圧倒的だ。

「よし、まる焦げにしろ。やっちまえ!」

「はい」


 アリスの口から出た返答がレオンの脳に届くよりも僅かに早く、ラーグリフから放たれたビームが闇の一角を滅した。レオンは重機の両足をスレイプニール号の外壁に密着させて機体を静止したまま、モニタスクリーン上でビームの先を注視する。

 アリスは、その能力を最大限に駆使して目標船の観測を続ける。


 光の矢は次々と絶え間なく射出されてサーチライトのように標的を照らし続けた。まるでコマ送りのように海賊船が写し出され、荒波にのたうつ小舟のように翻弄される姿が見える。光の矢の数をレオンは途中まで数えたが、数拍で数えるのを諦めた。

 とても数えきれない、不規則で強烈なフラッシュの連続だった。


 ◆


 アシッドクロウのブリッジでは、機関オペレータが涙目になりながらメインコイルの出力を上げようと躍起になっていた。

「早くしろっ!」

 怒鳴り声はしかし、この海賊船に次々着弾する大出力ビームによるノイズにかき消されてしまう。姿勢が制御できず、進路が定まらない。


 船体表層の温度を示す数値がぐんぐん上昇する。通常であればダメージコントロールが働いて熱触媒が適切に流動し、より温度の低い部位へと熱量を逃がす。または放熱用のフィンが展開して放射するところだが、海賊船にそんな暇は与えられなかった。


 船体各所の温度は急上昇し、やがて数値が表示されなくなる。センサーが次々に焼き切れていく。警告音が幾重にもなる。様々な情報を映し出すモニターがひとつふたつ、と消えてゆく。

「なんだこれは!?や、奴等は大艦隊なのか?」


「訳がわからねえ!そんなのいなかったじゃねえか!」

 誰かがどこかで喚いている。誰なのかもどこなのかも、もう意味はなかった。

 疑似重力が不調をきたし、衝撃と共にガストンはキャプテンシートから放り出された。

「くそうっ、こんなところで!」

 連続して衝撃が船全体を覆い、視界が暗転した。


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