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深淵のアリス  作者: 沢森 岳
26/33

26 時間稼ぎ(2)

21世紀でも、某ソマ○ア沖などでは海賊行為が横行しています。

隠れる所や逃げ道が三次元的に拡大する宇宙では、海賊を撲滅するのは難しいかもしれませんね。

「とにかく、まだ拉致されていないことはほぼ確実です。それさえ判れば良いわけですから。作戦行動を次の段階へ進めます」

「なんとか間に合った、って事だな」

 二人で乗り込むには狭い重機の操縦席のシートで、レオンは安堵のため息をついた。


 この体勢ではレオンからは窺えないが、アリスの目は焦点が定まっていない。ラーグリフとの通信と、今まさに高速で宇宙空間を移動しているアームローダーの姿勢制御に集中しているためだ。


 アリスは続けて報告する。

「あと1分ほどで制動をかけます。この重機に慣性制御機構はありませんので、大きなGが掛かりますが我慢して下さい」


 彼らの乗るアームローダーは、ラーグリフから射出されて慣性で飛び続け、今まさにスレイプニール号に接近しつつある。

「あとの会話は、MAYAに任せて適当に受け答えしておいてもらおう」

「はい。手筈どおりに」


 レオンの鼻先で、アリスが小さくうなずく。作り物の細いうなじには、産毛まで生えているようだ。やや後ろを振り向くしぐさと共にレオンに話しかける。

「取りついた後の作業は、お任せして宜しいのですね?」

「ああ、任せとけって。これでも結構、自信あるんだぜ」


 ややあって、彼らの乗るアームローダーはくるりと向きを変え、最大出力で制動をかけた。二人の目の前に映る景色がぐるりと回転し、正面にこの星系の太陽が飛び込んでくる。自動的にコントラスト等が調整されるので、眩しくは映らない。


「あそこに、ラーグリフは居るんだよな?」

「はい。光学系センサーでは、揺らぎか黒点にしか見えないのではないでしょうか」


 ギギッと、機体が応力で軋む音とともに、自重の何倍もの重さが襲い掛かる。アリスを抱きかかえるようにシートに納まっているレオンには、アリスの重さまでもがのしかかる。美貌のアリスは、体の柔らかさなども人間そっくりな訳だが、今回ばかりはちっとも嬉しくない。アリスの体重に押されて、レオンの肺からは勝手に空気が押し出されてゆく。


「うぐ、これは…重い、な」

「重いだなんて、私に対して失礼ですよ」

 至って冷静に咎めるアリスにしかし、レオンには反論するだけの余裕は全くなかった。


「私のほうが体格が小さいので、こういう座り方をするしかありません。我慢して下さい」

 アリスは涼しい貌だが、その後頭部はレオンの喉元に密着し、ぐいぐいと圧迫していた。レオンは眉間に皺をよせ、口を引き結んで強張った。さすがにツラい。手加減してもらおうかと思ったところで、アリスからの業務連絡があった。


「まもなく制動終了。スレイプニールに接触します」

 Gが弱まり、アリスの的確な制御によってアームローダーは姿勢を乱すことなく、ガシャンと大きな音を伝えて、二本の脚でスレイプニール号の表装に着地した。


「ぷはああ、…死ぬかと思ったぜ」

「機体に異常なし。近くの作業用フックにザイルを接続しました」


 大きく息を吸い込みそして吐き出すと、体の隅々へと酸素が供給され、沁み渡ってゆくのが感じられた。次第に頭がすっきりする。レオンは続けてもう一度、大きく深呼吸をした。


 長々と吐き出された呼気に、アリスが抗議する。

「くすぐったいですぅ、遠慮してください」

 制服姿でしかないアリスが頭をもぞもぞ動かした。肩が小刻みに震えている。

「うるさいだまれ。作業開始だ!」

 抑揚の乏しいレオンのセリフには、僅かに刺があった。


 ◆


 ガシャン、という音と震動が伝わってきた。

 ついに来たか、とクーゲルは長柄をグイッと持ち直す。海賊は、アンカーを打ちこんで彼我を固定したあと、突入口を捻じ込んで来るはずである。

「敵はどこから侵入してくる?」


 だがオペレータからの回答は意外なものだった。

「敵の突入口は、まだスレイプニールの外装を突破していません。この振動は、アームローダーのものです。XA900レオン機、オンラインしました」


 特段の手続きなしで通信回線が自動接続するという事は、スレイプニール号に搭載されたアームローダーである事を物語っている。しかし、それはあり得ないことではないか。レオン機は、アルラト星系の小惑星上に置き去りにしてきたはずだ。搭乗者のレオンと共に。そしてそこから、この船は精一杯逃げてきたのだ。


 喜ぶわけにはいかない、とクーゲルが判断するのも当然だろう。

「待て。レオン機との通信は遮断しろ。敵に奪われた可能性がある」


「そんな、それじゃレオンは…」

 青ざめるメルファに対し、クーゲルは厳しい表情を向けた。

「何れにせよ、まずは確認しなければなりません」


 相変わらずオープンチャンネルには、髭面に帽子を被ったレオンに似ている男が映っている。

 海賊とやり取りをしているのだろうが、海賊の声はスレイプニール号には聞こえてこない。会話の断片から察するに、先程からしばらくは、押し問答のようなやり取りが続いているようだった。


 ◆


 海賊船のブリッジでは、ガストンの声が更に大きくなっていた。

「こっちはもう、獲物を確保してるんだよ!渡すわけがねぇだろうが!」

 とんだハッタリだが、それを咎めることに意味はない。スクリーンに映る、顎髭の男は冷たい目のまま、何度も同じようなセリフを繰り返す。


「さっさとその船から離れろ。それはこちらの獲物だ」

「なにをオウム返しみたいに言ってやがる。しつこいぞ!」


 実際には、今しがたやっと突入衝角が獲物の船体外装を破り内部に達したところだ。突入用のメンバーは、衝角先端が内部構造の有効な空間に達するのを待って雪崩れ込む算段だ。ただ、スレイプニール号は旅客船や貨物船などと違って外装が幾重にもなっており、突入に至るにはもう少し時間が必要だった。


「問答無用で撃ってこねえってことは、価値を認めてんのさ。引っ付いたままでいれば盾になる」

 通信音声を切ってそう言うと、手下に対しては檄を飛ばす。

「さっさと獲物を確保しろ!そうしたら、そいつらに命乞いをさせてやるさ」


 また映像にブロックノイズが入る。そして、レオン似の男の口調が変化した。

「さてと、…時間稼ぎはもう終わりだ、ガストン」

 口の端をもち上げ、にやりと笑う。

 もっとも、時間稼ぎをしたかったのは、どちらかというとレオンの方だったわけだが。


「んなんだとぉ?」

 ガストンが苦々しく呟く。さっきまでとは、モニタに映る髭面男の口ぶりが明らかに違った。表情がふてぶてしく、憎たらしくなった。不審に感ずるのと重なるように、オペレーターから怒声が聞こえてきた。

「アンカーワイヤが切れた。どうなってんだ!」


「なにぃ?」

 獲物であるスレイプニール号の船体に打ち込んだ、ハープーンアンカーの炭素繊維複合ワイヤが切れた。アンカーが抜けてしまったのならともかく、ワイヤが“切れた”というのは、明らかにオカシイ。瞬間的に大きなテンションが掛かったとしても、そうそう千切れるような素材ではない。


「ま、また切れた。…こりゃ、切られてるんだ!くそったれが!」

 オペレータが悔し紛れに、握った拳をコンソールに叩きつける。

「ああ?切られたぁ?」

 どうやって?


 この状況で船外活動に繰り出してきたとでもいうのか。もしもそうだとしても、あまりにも手際が良すぎる。あれだけ破損したスレイプニール号からは、こちらが何をやっているのか正確に窺い知れるものではないはずだ。

 本来は相手を翻弄するのは俺達であるべきなのに、さっきからは先手を取られてばかりいる。お株を奪われっぱなしであることに、苛立ちばかりが募る。


「くそっ、オイ!突入はどうした!」

 苦し紛れに確認する。しかし突入衝角はまだ、相手の船体外殻にめり込んだばかりだ。有効な空間まで到達しておらず、船内への突入には至らない。


 ガストンは珍しく逡巡した。彼のこれまでの経験にはない、予想外の事態であり、展開であった。

 そうこうしているうちに、更にもう一本のアンカーワイヤが切れた。現在の体勢では、これ以上新たに打ち込める銛銃もないのだ。


「こっ、これじゃ接舷を維持できねえ!どうする?」

 オペレーターがガストンの指示を仰ごうとする。


 接舷が解けてしまえば、オープンチャンネル上の男は、アシッドクロウだけを狙って艦砲を撃ち込んでくるだろう。うまくシールドを展開できたとしても、あれほどの高出力ビームに対しどれほど持ちこたえられるか分かったものではない。


 握りしめた手のひらには血が滲んでいる。ガストンの目は血走り、頬が引きつる。薄く開いた口腔からは唸り声が聞こえてきている。

 屈辱だ。

 何処の誰とも知れない輩に、目の前の獲物を掠め取られてしまうじゃねえか!

 何故だ!


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