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深淵のアリス  作者: 沢森 岳
25/33

25 時間稼ぎ(1)

地上では、良い環境を求めて南米の高地やハワイの山頂などに望遠鏡を据え付けます。

月の向こう、サイド3まで行けば、天体観測も捗るんでしょうね。

 偉丈夫が眉間に皺を寄せたその時だった。

 怪訝な顔でオペレータが振り向く。

「??オープンチャンネルに通信があります。ブロードキャストです」


「救援か?」

「いえ、救援ではありません。が、これは一体…」

 通信士が手元操作を行い、流れてくる映像をモニターに映し出す。そこには宇宙船のコントロールルームと思しき背景の前に、年齢不詳の男が一人。


「!?…あれは、レオン?」

 しかし、そう言うメルファリアの声にも、疑いの色が濃い。

「いや、まさか…」

 画面には、レオンに似た目元の男が顎髭を蓄えて帽子をかぶり、大写しになっていた。


 ◆


 同じように、アシッドクロウのブリッジでもオープンチャンネルを映していた。

「なんだぁ、こいつ?」

 苦虫を噛み潰したような顔で映像を睨みつける。その鋭い視線の先で、スクリーンに映った男は平然と言い放った。


「あー、そこの海賊船に告ぐ。そのクルーザーは我々の獲物だ。おとなしく手を引け」

 海賊船のブリッジ全体が唖然とした。海賊たちが、そろって理解不能という表情をしてお互いを見つめあった。そこへ、スクリーンに映った男は更に放言する。


「おい、ガストン。聞こえてるんだろう?お前のことだよ。手を引け」

 帽子に顎髭の男が、固有名詞を口にした。


 無言のまま、海賊たちの胡乱な目線が一所に集まる。

 どん、と肘掛けに拳を叩きつけ、ガストンと呼ばれた小男は音声だけで通信に応じた。

「てめえ、何者だ?」


「さあな。それよりもサッサとその船から離れろ。それは俺の獲物なんだよ、ガストン」

 上から目線の、尊大な物言いだった。

「ふざけんじゃねぇ!…いったい、離れなきゃどうするってんだよ?」


 しばしの沈黙。通信距離からくるタイムラグだろうか。

「お前たちに、命はないぜ?」

 帽子の男は冷たく宣言するが、海賊たちはまだまだ強気だった。


「ははっ、お前に何ができるってんだよ!ええ?」

 ハッタリ半分、様子見半分だろうか。海賊は、逆に挑発をしてきた。

 おそらくはまだ、相手の所在位置もはっきりとは掴めていないだろうに。


 スクリーンの中で、帽子の男はからかう様に言う。

「俺達との実力差もわからないとは、…やれやれ、だぜ」


「なんだとう!」

 煽り耐性は無いに等しい。それは判っていたことだ。帽子の男は得意顔のまま続ける。

「お前たちは、俺の位置もまだ分かっていないんだろう?だがな、こちらはお前たちの船アシッドクロウを、かなり正確に捉えているんだぜ」


「あぁ?んなわきゃねえ、デタラメ言ってんじゃねえぞ!」

 だが、スクリーンの中で、帽子の男はにやりと笑った。

 ああやっぱり、まだ補足できてないことが明白じゃないか。


 帽子の男は、真正面を睨んだまま顎をくいっと動かした。

「アリス、やれ」

 スクリーン上では小さな後ろ姿でしかない黒髪が頷き、了解、という声が聞こえてくる。

 女の声のようだった。


 間髪入れず、上方と下方4条ずつ計8条のエネルギービームが、接触している2隻を挟むように撃ち込まれた。プラズマ光が各々の網膜に強烈な残像を残していき、幾つかのセンサーが、許容範囲を超えてブラックアウトする。盛大なノイズと共に、通信も一時的に途切れてしまう。


「うおっ!」

 宇宙空間ではビームそのものに音は無い。だが、その強烈なエネルギーは2隻の船の船体を震わせ、背筋を凍らすようなノイズを生む。


 数秒おいて通信が回復し、オープンチャンネルに映る男が放った台詞は。

「我々のものにならぬなら、まとめて消えてもらおう」


 海賊船のブリッジがざわつく。キャプテンシートの小男も珍しくうろたえた。それはひとえに、撃ち込まれたのが桁違いに強力なビームだったからだ。被害が出るほどの近距離ではなかったが、それでもセンサーの幾つかはレンジを振り切っている。


「今のは、どこからだ?」

 ビームが飛んできたのだから、それを辿ればさすがに捕捉できるだろう。


「…いた!恒星と同じ方向だ。…あ、いや、これじゃ小さすぎるし近すぎる!」

「なんだ、どうなんだ?」


「す、すまねえ、恒星と重なっていて、うまく捉えられねぇ!」

 太陽と重なっていては船影も捉えにくいし、距離の計測も誤差が大きくなりすぎる。太陽の巨大な質量と強力な電磁波は、これを背にするのが宇宙戦のセオリーの一つだ。


「こしゃくな真似を!」

 とは言ってみたものの、難敵であることを理解しないわけにはいかなかった。


 得られたデータからは、発せられたビームのエネルギー量が膨大である事、そして夾叉した軌跡からは砲撃精度の高さが嫌でもわかる。特に戦術担当は傍目にも分かるほど青ざめた。

 普通に考えれば、大出力のビーム砲を正確に撃つのは、敵が大きな質量を持つということを示している。


「なんだ奴等は。機動砲台か何かを使ってるのか?それとも戦艦の艦隊か?」

 聞かれた男はしかし、その問いに対する答えを持ち合わせない。

「い、一発でも食らえば大穴が開いちまう。けど、こっちの主砲は全然届かねえよ!」

 そう言う顔には恐怖に近いものが張り付いている。


 スクリーンの中の、帽子を被った髭面は涼しい顔だ。

「返事を聞こう」


 ガストンは歯軋りしながらスクリーン上の男を睨め付けた。いくら考えても見知った顔ではない。ここら辺を縄張りにする同業者かとも思うが、類似の情報は見当たらなかった。

 臨機応変こそが海賊の真骨頂のはずなのに、唐突すぎる展開に完全にお株を奪われた格好だ。そしてその事が、この小男のプライドをいささか以上に傷つけた。


 砲戦担当は、涙目ですがる様にガストンを見上げた。

「獲物にくっついたままじゃ、偏向シールドもうまく張れねえ。あのビームを食らったら、まとめて木っ端微塵だ…」

「ちいっ…」


 しばらく見つめるままだったスクリーン上の男が口を開く。

「黙っているのは時間稼ぎか?」


 ガストンは返答しない。

 代わりに、手下に対してスレイプニール号への突入を指示した。目前の獲物を諦めるなんて選択は、あり得ないのだ。他者の言いなりに素直に従うなんて事は更に無い。


 更に対艦戦闘の準備も指図する。事態がどう転がるにせよ、準備するに越したことはない。

「ま、まあ、待て。俺達をまとめて消して、貴様に何のメリットがある?…フン、本当は撃つ気なんか無えんだろうがよ」


 それに対してスクリーン上の男は、感心したように表情を作った。

「ほお。そう考えるなら、お前はどうするって言うんだ?ガストン」


「気安く呼ぶんじゃねえ!」

 スクリーン上で、男の動きが暫し止まる。ブロックノイズで数舜画像が乱れた。


「それで?今はせっせと突入準備か。ああそれから、砲撃の準備も始めたみたいだな。届かねーけど。やっぱり、時間稼ぎをしてるじゃないか」


「なっっ…、なんだと!」

 明らかに狼狽の色が声に乗っていた。


「わかるんだよ、それくらいはな。おまえ、その船を乗っ取るための時間稼ぎをしているつもりなんだろう?けどな、そっちの内部事情は筒抜けなんだぜ。なぜだと思う?」


 そう言うと、男の映像がまた一瞬カクつき、もう一言喋った。

「あとそれから、念の為に言うけど、砲撃戦でこちらに勝てると思うなよ?」


 ガストンの額には血管が浮き出、汗がじんわりと滲んできた。今にも爆発しそうな呻き声が唇の間から漏れてくる。

 まるで内通者が居るとでも言いたげな口ぶりじゃねえか。

「あり得ねえ。一体、どうなっていやがるんだ」


 ◆


 ガストンの言うとおり、内通者などは居よう筈がない。

 それらはレオンとアリス、というかMAYAによる作戦によるものだ。


 海賊達の名前も然り、そして取ろうとしている行動も、過去の情報をスクリーニングして得たものと、そこからの予測だ。MAYAはこれまで、膨大な情報を蓄積してきた。そしてここまでの移動のさなかも、アシッドクロウに関する情報を収集し分析し続けた。


 対策を練るために、アシッドクロウシミュレータまで構築したのだ。おかげで、場面・状況・発散ノイズなどから、いまや様々な動きが手に取るようにわかる。


「ジェネレータの出力を上げて、艦砲をチャージしているようです。それから、突入用のシールドシャフトを、スレイプニールに打ち込もうとしていますね」

 狭い操縦席の中で、アリスがすぐ後ろに密着しているレオンに報告する。


「やっぱり。素直に従うわけがないよな」

 一人用である筈のアームローダーの操縦席に、アリスとレオンは体を密着させて何とか納まっている。

 今、二人はラーグリフには居らず、従って、オープンチャンネルの映像は生映像ではない。


 二人では狭すぎる操縦席の中で、レオンはヘルメットを被りグラスシールドを開放している。対してアリスはUNの制服姿のままだ。無重力下ではふわふわと邪魔になるから、黒髪は結いあげて纏めてある。


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